俺がまだちゃんと学校に行っていた中学時代。ゴミ袋をロウソクの熱で膨らませた簡易熱気球が、体育館の天井まで上がる実験をした。
構造的にはとても簡単で、この世界でも再現可能だと思う。軽くて大きな袋は……鉱山のみんなに相談してみようかな?
この世界にもユミルさん襲撃事件で使われたような酸があるみたいなので、それが塩酸や硫酸なんかの類なら、鉄粉かなにかと反応させて水素気球も不可能じゃないのかもしれないけど、手間がかかるし爆発したら怖い。
熱気球は火事に気をつければいいだけだし、ちょっと浮かすだけなら地上で暖めた空気を送るだけで十分だろう。
どこぞの海峡横断とかを目指す訳でもないんだし。
頭の中で計画を練っていると、エイナさんが疑わしい目のまま言葉を発する。
「人間が空を飛ぶなどと、にわかには信じられない話ですが、実演をして頂く事は可能ですか?」
「飛ぶと言っても鳥みたいに飛ぶ訳じゃなくて、吊られて浮くだけですよ。実演は今すぐには無理ですが、材料が揃えば。鉱山に調達しに行きたいのですが」
「……わかりました。ではそれを候補の一つとして、鉱山で試作をしてみましょう」
そんな訳で王都での事はリステラさんに任せ、俺達は翌朝、急遽鉱山へと戻る事になった……。
鉱山に帰りついたのは王都を発った翌日の夕方だったが、至急みんなに集まってもらって熱気球の材料について相談する。
『大きな袋を作りたい。軽くて、なるべく丈夫で、いますぐ調達できて、できれば燃えにくい物』という相談に全員が首をかしげたが、それぞれが専門分野から色々な素材を考えてくれた。
最終的に、『軽い木材で作った細い骨組みに、ニナやユミルさんの手術の時に使った薄いビニール状の樹皮を張り、上から丈夫な糸で編んだ網をかぶせて強度を持たせる』という結論に達し、リンネが夜の森へ素材を集めに走ってくれる。
網は糸の在庫を全部放出して、妹とレナさんが徹夜で編んでくれた。セレスさんは骨組みの作成を、薬師さんは燃料となる油の抽出に当たってくれる。
みんなが頑張ってくれたおかげで、翌朝には直径一メートルくらいの試作品が完成し、早速実験をしてみる事にする。
これが飛ぶという話にみんな疑わしげな視線を送っていたが、下から熱を送りはじめると気球は間もなくフラフラと揺れだし、やがてフワリと宙を舞った。
一メートル、二メートルと、どんどん上昇していく。
「おお……」「わぁ!」「ええ……」「うわっ!」「まさか……」「さすがお兄ちゃん!」
それぞれ見学していた、薬師さん・リンネ・レナさん・セレスさん・エイナさん・香織が空を見上げながら発した声である。
香織以外はリンネしか飛ぶって信じてなかったなこの反応。っていうか、むしろリンネはよく信じたな。
「これは……煙(けむり)が上昇するのと同じ理屈か? 熱が重量を……いや体積……密度か? なにが影響している……」
薬師さんはぶつぶつ言いながら考え込んでいるが、一瞬でわりと核心に迫っているのが怖い。他のみんな歓声を上げて空を見上げ、リンネは走って気球を追いかけて行ってしまった。子供か。
ちなみにライナさんには、1000万アストルを持って地元の貴族に挨拶に行ってもらっているので、この場にいない。第三王子派が勝った場合の保険だ。
ひとしきり上昇した気球は、ゆっくりと降下して地上に降りてくる。この分なら、もっと大きいのを作れば人間を吊り下げて飛ぶ事もできるだろう。
実際に飛ぶ事が分かったので、正式品の製作はみんな張り切ってやってくれ、輸送も考慮して直径二メートル、提灯(ちょうちん)式の蛇腹(じゃばら)構造で、高さ10メートルくらいの円筒形熱気球を二日で完成させてくれた。
縮めた状態でむりやり馬車に押し込み、慌しく鉱山を出発する。ファロス公爵を説得する時間の余裕は、あまりないのだ。
……というか、いつの間にか俺も同行する事になってないかこれ?
王都についてすぐリステラさんに会い、鉱山のローン清算が35億アストルで決着したとの報告を受け、その金額を預けて鉱山との輸送連絡もお願いする。
そのまますぐネグロステ伯爵家派遣の護衛と合流し、ファロス公爵領へと出発した。
ファロス公爵領の最大都市トレッドは、以前農場の買い取り交渉の時にも行った街だ。
前回は隊商と一緒に20日だったが、今回は専属の騎馬護衛と一緒に15日のハイペースで駆け抜ける。
道中の宿泊費や食費はもちろん、関所などの通行料も全部伯爵家が負担してくれるらしい。太っ腹だ。
ちなみにネグロステ伯爵家からは本当に護衛だけで、使者は本気でエイナさん一人に任せる気らしい。勝敗を決める最重要案件なのに、ホント思い切ったよな。
それだけ信頼が厚いのか、変人には変人をぶつけようという事なのか……。
畳んだ気球はかさばるので伯爵家の大型馬車に乗せてもらったが、俺達も早く大型馬車が欲しい所だ。
今頃鉱山でセレスさんが作ってくれているはずで、帰る頃には完成しているだろう。
ライナさんは出発前、レナさんに王都で買った馬を預けて、『よろしくお願いします』と頭を下げていた。ホントに馬好きだよなライナさん……。
出発から10日ほど経ったある日。王都から早馬が追いかけてきて、『ユミル様に対して二度目となる襲撃事件が発生。護衛が排除したのでユミル様に怪我はなし』という情報を伝えてくれた。
殺気立った伯爵家の皆様方が大変怖い。
エイナさんは『いよいよこれで衝突は不可避になりましたね』と、思案顔だ。
「……仮に、エイナさんがファロス公爵との交渉に失敗してもですか?」
「はい。加えて、勝てないと悟った第二王子派が白旗を揚げ、レインク侯爵家が手を引き、ユミネ様が嫁ぎ先から離縁されて孤立無援になったとしても、ネグロステ伯爵家は報復を果たそうとするでしょう。あそこはそういう家です」
こわ……どこぞの武闘派マフィアみたいな伯爵家だな。
「そんなにユミル様は大切にされているのですか?」
「ユミル様が特別愛されているのは確かですが、あの家は元々一族の繋がりが非常に強いのです。40年程前には、使用人の一人をかばって侯爵家と対立した事もあるほどに。ですから狙われたのが他の姉妹でも、おそらく同じ行動に出るでしょうね」
……俺、実はかなり危ない人達と関わり合いを持ってしまったのだろうか?
味方で良かったと心底思う……。
大陸暦419年12月8日
現時点での大陸統一進捗度 0.11%(リンネの故郷の村を拠点化・現在無人)(パークレン鉱山所有・エルフ3977人)(リステラ農場所有・エルフ100人)
資産 所持金 7億2213万(-35億5万)
配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(鉱山前市場商店主)