王都に到着し、まずはエイナさんやリステラさんとエルフ解放計画について話をする。

 驚かれるかと思ったが、二人ともいつかこんな事を言いだすだろうとなんとなく察してくれていたらしい。

 意外なほどスムーズに受け入れてもらい、協力も約束してくれた。

『とんでもなく難事な大事業ですよ』とは脅(おど)されたけどね。

 二人の協力が得られた事で心を強くし、俺は最大の協力者候補の元へと向かう。

 紹介状を誰にお願いするかは迷ったけど、結局冒険者ギルドのエリスさんに頼む事にした。

 パークレン子爵であるエイナさんや、今や王国随一の大商会長であるリステラさんも考えたが、どちらも今回の交渉相手とは縁が薄そうなので、冒険者絡みで関係がありそうなエリスさんにお願いする事にした。

 エリスさんも今や、冒険者ギルドの王都郊外出張所長。

 肩書き自体はそう高位の物ではないそうだが、実際の影響力はずっと大きく、王国の冒険者ギルド統括(とうかつ)長、王都内の冒険者ギルド長に次いで、実質第三位。なんなら第二位に並ぼうかというくらいらしい。

 その影響力には毎年俺が大量に持ち込むフランの花が大きく関わっているらしく、俺のお願いはわりと最優先で聞いてくれるので、とても助かっている。

 一度他の人からそれとなく『王都内の冒険者ギルドに売却していただけませんか?』みたいな打診をされた事があり、それに

「昔からの付き合いがあるのでエリスさんに売っている。エリスさんに売らないのなら、付き合いのある商会を通して売る」

 と答えたのも恩に感じてくれているらしい。

 人間関係、とても大事。

 そんな訳でエリスさんの紹介状を手に、俺が立っているのは王都でも一際高い尖塔を擁(よう)する建物の前。

 大陸最大の宗教団体である、コンタル教会マーカム支部である。

 この世界の宗教はほぼ一つで、コンタル教という。

 大陸ほぼ全ての住民が信者だそうだが、熱心な人とそうでもない人が半々くらいらしい。

 俺の周りだと、エイナさんやリステラさんはほぼ興味ない。ライナさんやニナが食事の前に短くお祈りをする程度なので、今まであまり身近に宗教を意識する機会はなかった。

 教会は神の教えを広める他に、貧しい人に格安で医術を施したり、薬を配ったりもしているそうだ。

 一般の医術師や薬師はもっぱら貴族や富裕層相手に商売をしているので、庶民の間では教会に対する信頼と支持がかなり高い。

 その人気を貴族が利用するために、教会に通ったり寄付をしたりするというのだから、ある意味において公的な社会福祉制度的な物と言えなくもない。

 国を超えて大陸全土にネットワークがある事もあって、各国に与える影響力も侮れないらしい。

 国による差もあるそうだが、俺達のいるマーカム王国だと、熱心な信者率が高い事もあってわりと強い方との事。

 エイナさんが十日熱の薬を売り込んだベンボルグ伯爵も、王都郊外に貧しい人向けの治療施設を作る際には、教会と一緒にやっていた。

 まぁ、身分制度の厳しいこの国では、貴族や高度な知識を持つ薬師が平民と。それも貧しい貧民とは、触れる事すら嫌がる傾向が強いというのが大きいんだろうけどね。

 なので、おおむね貧しい人で構成されている低級冒険者は教会のお世話になる事が多く、それゆえ冒険者ギルドと教会は関係が深い。

 つまり、冒険者ギルドのエリスさんの紹介状が大いに力を発揮する訳だ。

 そしてこの教会。というかコンタル教の教えによると、人間は神に選ばれた偉大な種族であり、エルフは野蛮で汚らわしい亜人種であるらしい。

 はやい話がエルフの迫害にお墨付きを与えている総本山で、俺にとっては天敵と言ってもいい存在だ。

 だが以前教会について調べた所によると、現状は教会にとってもあまり好ましい物ではないらしい。

 最初はエルフを貶(おとし)めて迫害し、奴隷とする事によって利益を得ようとしているのだと思っていたのだが、どうも本当に純粋に亜人として嫌っているらしく、人間とエルフが接触する事自体をそもそも嫌悪しており、奴隷として使う事すらよく思ってはいないらしい。

 それはつまり、エルフの奴隷という制度を廃止しようとしている今の俺とは、方向性は違うが利害が一致するという事なのだ。

 そんな訳で、俺はエリスさんの紹介状パワーで、この教会で一番偉い人。すなわちこの国の教会関係者で一番偉い人である、ヌイビンという大司教との面会を取り付けてある。

 案内された教会の中は、豪奢(ごうしゃ)な作りではあるものの金ピカで成金趣味みたいな所はなく、純粋に神を讃(たた)えるために作られたのだと感じられる、荘厳な雰囲気を帯びた場所だった。

 妹とライナさんを伴った三人で、大司教との交渉に臨む。

 比較的質素な印象の部屋で俺達を待っていたのは、白いあごひげを蓄えた老人だった……。

 まずは無難な挨拶を交わしながら相手を鑑定してみると、

 オラン・ヌイビン 人間 65歳 スキル:政治学Lv3 礼儀作法Lv3 医術Lv2 謀略Lv2 状態:ふつう 地位:コンタル教会マーカム支部長 コンタル教団大司教

 と出た。政治学を修めているのはさすが王都の教会トップだが、不穏なスキルといえば謀略Lv2くらいだ。

 教会くらいの大組織の幹部となると色々あるのだろうが、65歳でLv2なら、そう黒い事ばかりして生きてきた訳でもないのだろう。

 エイナさんとか、あの歳で謀略Lv3だからな。ネグロステ伯爵家の長女さんも謀略Lv3だったし、あの辺の人は将来どうなるのか非常に心配だ。

 ともあれ、交渉相手として油断できない事には違いない。

 下手に腹の探り合いになったら不利は明白なので、最初から勢いで押す方向でいく。

「大司教様。私は敬虔なる神の信徒にして、教えの忠実な実行者です。日々神に祈りを捧げ、神のお言葉に従って生きております。しかるに世の中には不信心者が多く、中でも神が汚(けが)れた存在であるとおおせになった亜人共を街中で飼い、あまつさえ肉体接触を持つ者までいるというではありませんか! これは非常に由々しき事であると、心を痛めている次第です!」

 大司教は俺の剣幕に少し戸惑っているようで、さらに俺の来訪理由を図りかねているのか、『まことに嘆かわしい事です』『亜人との接触を取り締まるよう、国にもお願いしているのですが……』みたいな無難な返事を返してくる。

 様子を見られている感があるが、感触は悪くなさそうだ。

 なのでストレートに切り込んでみる。

「そこで大司教様にご提案があるのですが、この国から亜人共を一掃するため、亜人追放の教会令を出していただけませんか? 教会がはっきりと断固たる態度を示せば、不信心者共も目を覚ますと思うのです!」

「ううむ、それは……」

 あ、大司教の顔が『なんかメンドクサイ奴きたな』って感じになってる。

 そりゃそうだ。今の状況ではそんなお触れを出した所で現実的に不可能なのでスルーされてしまい、教会の威信を低下させる結果にしかならない。なので、実現の可能性を提示する必要がある。

「実は私、こう見えて顔が広く、貴族の方々にも多くの知己(ちき)を得ているのです。特に昨年子爵に叙(じょ)せられたパークレン様とは親しくさせて頂いており、かの方が領する北の大森林地帯に亜人共を追放する旨、すでにご了解を得ております。かの地は人間が一人も住んでいませんので追放地としては最適ですし、汚らわしい亜人の血でわれらの大地を汚(よご)す事もありません」

「ほぅ……」

 お、目つきが変わった。さすが王都の教会トップ、貴族関係の情報にも明るいらしい。

「大森林を領地に望んだ変わり者の貴族がいるとはうかがっておりましたが、もしかしてこの件と関係しておるのですかな?」

「お察しの通りです。さらに言うなら、パークレン様の行動はもっと大きな貴族家からのご内意を受けてのものです。今は詳細を申し上げられませんが、今年の内にもなんらかの動きがあるでしょう。それを見極めた上で、来年の春を目安に決断していただけるとありがたく存じます」

「ふむ……」

 大司教は白いあごひげを撫でながら考え込む。

 俺がほのめかした『もっと大きな貴族家』という言葉にどこを思い浮かべているのだろうか?

 エイナさんと関係が深い所といえば、ネグロステ伯爵家か、ファロス大公家か。

 まぁぶっちゃけ嘘八百なんだけど、精一杯想像を膨らませてほしい。

 現実になるようには、これからがんばるから。

「とりあえず今の所は、この話を頭の隅にでも留(とど)め置き頂ければ、それで十分でございます」

「……なるほど、お話はたしかに受けたまわりました。しかし、こちらとしても総本部におうかがいを立てねばなりませんので、すぐにはお返事できない事をご理解ください」

「それはもちろんですとも。よろしくお願いします」

 最後にガクッとハードルを下げたのが効いたようで、かなりの好感触を得られたと思う。

 俺が集めた情報によると教会は各国での独自性がかなり強いようで、この国限定の教会令ならおうかがいなんて立てなくてもいいはずだが、そこはまぁ即答を避けるための方便なのだろう。

 こっちもいっぱい嘘ついてるのでお互い様だ。

 帰りがけに、『これは神への捧げ物です』と言って、5000万アストルが入った箱を渡す。

 ブラックな相手だったら最初か途中にと思っていたが、ふつうに信仰心高めの方だったのでこのタイミングだ。

 お金で判断を釣ったと思われないし、5000万アストルをポンと出せるという事は確かな後ろ盾がいるのだと、今日の話に信憑性を持たせる事もできる。

 これであとは、嘘を本当にできれば教会の協力を得られるはずだ。

 あとは、教会令が受け入れられる状況作り。どっちも鍵になるのはやっぱりあの人だよな……。

大陸暦421年2月19日

現時点での大陸統一進捗度 1.2%(パークレン鉱山所有・エルフ3163人)(パークレン子爵領・エルフの村24ヶ所・住民2301人)

資産 所持金 32億7572万(-11万)

配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(パークレン鉱山運営長)