王都に来たついでにエイナさんとも会って話をし、隣国に不穏な動きがあるらしいとあまり穏やかではない話を聞いたりして、鉱山への帰路につく。

 季節はもう11月の下旬、はるかに望む大山脈は雪で真っ白に染まっていて、王都や鉱山周辺でも雪がちらつきはじめている。

 ドラゴンの肉と素材を回収に行ったエルフさん達は無事だろうか?

 森出身のエルフさん達は雪が積もった森でも行動できるらしいが、当然行動は鈍くなってしまう。

 採取できる食料も少なくなるし、いよいよ厳しい時期に突入するのだ……。

 鉱山に帰り着き、冒険者ギルドでもらったお金の大半をニナに預けて、当座の食料買い付け代金に当ててもらう。

 冬は農村での生産も減るので、特に野菜類の調達は大変らしい。

 それにしてもニナ、8億アストルを超えるお金をポンと渡されて、『はい、確かにお預かりしました』と言って平然としている辺り、ただ者じゃないよな。

 一応まだ12歳なのに……。

 まぁ、普段から扱っているお金が一日何千万とか、1億アストルとかだからな。そりゃ慣れてくるのだろう。実に頼もしい。

 薬師さんの手が空いてきたので、そろそろニナの火傷(やけど)痕に貼った皮膚を調整する小手術をやる予定なのだが、その間俺がちゃんと代わりをできるかの方が心配だ。

 俺は馬車を扱えないのでライナさんと、妹にも手伝ってもらって三人でやる事になっている。

 12歳少女の代役に三人がかりって、どうなんだろうね?

 冷たい風が強くなってきた鉱山前で、俺はニナから教わる細かい業務内容を、必死に頭に詰め込むのだった……。

 年が明けて、大陸暦423年の1月。

 鉱山は本格的な冬を迎えていた。

 この辺りの気候なのか雪はあまり積もらないが、風は冷たく気温は低い。

 張った氷が昼でも融けない日があるくらいだ。

 山エルフは人間より寒さに強いらしいがそれでも限度はあって、状況次第ではふつうに凍死してしまう寒さである。

 リンネによると『今年の冬は寒さが厳しくなりそうです……』との事で、主だったメンバーに集まってもらって対策会議を開いた結果、坑道奥の比較的温かい場所に避難する案と、なるべく多くの人数で集まって、互いの体温で寒さをしのぐ案との二つが出た。

 坑道奥は気温としては悪くないのだが、とにかく環境が悪い。

 埃っぽいし息苦しいしジメジメしてるし、なにより真っ暗だ。

 明かりの燃料となる油は森で採れるのだが、食料採取を優先しているので最低限しか備蓄がない。

 食料や水を運び込むのも手間だし、トイレの問題もある。

 なので結論としては後者の案を採用し、30人部屋として作られた部屋に50人で入ってもらう事になった。

 これはこれで住環境の悪化を懸念したのだが、2~3人に一枚の毛布しかない現状ではそもそも何人もが肩を寄せ合って一枚の毛布に包(くる)まっている状況で、30人部屋に50人を入れても若干の空きスペースがあるほどだった。

 なんか申し訳なくなってくるが、おかげで建物の不足が解消されて全員が部屋に入る事ができ、特に大きな不満も上がっていない。

 今はなにより寒さをしのぐ事が第一なのだと、みんなわかってくれているようだ。

 温泉のお湯を通してオイルヒーターのような暖房をする案も考えたのだが、お湯の量が全然足りないので却下となった。

 あとはもう、エルフさん達の体力に頼るしかない。

 体力を維持するための食事は、ドラゴンの肉が到着したのでそれを主に供している。

 ドラゴンの肉を一欠(ひとか)けらに、野菜と少量の麦、チーズを入れ、塩で味をつけたスープ。

 それを十日に一度という、なんとも味気ないが効率的な食事だ。

 食べる事が唯一の楽しみのような環境なのに申し訳ないが、こちらとしては作る手間が激減し、燃料も節約できて大いに助かる。ドラゴン様様だ。

 楽しみとはちょっと違うだろうが、時間だけはあるので冬の間に読み書きと計算の勉強をしてもらう事にした。

 ヒルセさんが教えた昔から鉱山にいるエルフさん達に先生になってもらい、各部屋を回って授業をしてもらう。

 紙とペンを人数分用意できる訳もないので、石板と炭を持った先生が書いて見せる字を毛布に包まったまま見て覚えるという、学習環境としては最悪に近いものだ。

 それでも他にする事がないからなのか、あるいは初めて触れる知識に興味があるのか、みんな真剣に聞いてくれてかなりの成果が上がっているらしい。

 身を寄せ合って寒さに耐えているだけでは精神衛生上よろしくないので、気晴らしの効果も期待している。

 先生にはエルフさん達の健康状態の確認もしてもらい、体調が悪そうな人がいたらすぐに病室につれてきてもらうようお願いしている。

 栄養状態がいいおかげか病人はあまり多くないが、冬はまだまだ続くので油断はできない。

 厳戒態勢下、寒さはそのピークを迎えようとしていた……。

 一番の困難が予想されている一年目の越冬。

 冬の空は薄暗く、落ち着かない日々が続くが、一つ明るいニュースがある。

 ニナの小手術が無事に終了したのだ。

 ニナの術後経過はすこぶる良好らしく、皮膚の張り具合の調整も少しで済んだし、火傷(やけど)の痕跡は近付いてよく見ないとわからないくらいだ。

 最初見た時は四本が癒着(ゆちゃく)して曲げる事さえできなかった左手の指も、かなり自由に動くようになったらしい。

 三年間ずっとリハビリを続けてきたおかげで、『見てください洋一様、こんなに文字が書けるようになりましたよ』と左手で字を書いて見せてくれたが、正直俺よりも上手かった。

 そして、『ニナって左利きだったの?』と訊いてみたら、『いえ、右利きですよ』と、右手でもっと上手な字を書いてくれた。

 ……左右両方で上手に字を書ける人って、世の中にどのくらいいるんだろうね?

 リハビリを通り越して、名人芸の域に達してしまっているんじゃないだろうか?

 それはともかく、俺も三日間ニナの代役を無事にこなす事ができた。

 ……いや、正直ちょっと危なかったけどね。妹とライナさんがフォローしてくれて助かった。

 一日一万人のエルフさんが到着していた時期とかだったら、無理だった気がする。ニナすごい。

 優秀な上にエルフに対する偏見もない貴重な人材なので、ぜひとも大切に育てていきたいところだ。

 リステラさんに引き抜かれないように気をつけないとな。あの人、優秀な人材大好きだから……。

大陸暦423年1月22日

現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ35万9676人)(パークレン子爵領・エルフの村504ヶ所・住民8万4701人)

資産 所持金 7億7720万(-4億1398万)

配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ商会長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(パークレン鉱山運営長)