ライナさんが操る馬車に乗って、俺と妹は王都へと急ぐ。

 二日の距離を一日半で走り、到着した王都はすでに戦争の話が広まっているのか、なんとなくザワついていた。

 門での審査も厳しくなっていて渋滞が酷いとの事で、エイナさんが手を回してくれて貴族専用の北門から街壁内に入る。

 初めてこの世界に来た日に見た北門だけど、くぐるのは今回が初めてだ。

 思えば色々あったなぁ……。

 しばらくそんな感慨にふけっていたが、王都の家に着く前に気持ちを切り替える。今は非常事態なのだ。

 到着と同時に、待っていたエイナさんから状況の説明を受ける。

 居間のテーブルに地図を広げ、エイナさんと向かい合って座る。ライナさんは仕事中だと認識してか、椅子(いす)には座らず俺の斜め後ろに立っている。

 いつもと違ってピリピリした空気の中、エイナさんはすぐに話しはじめた。

「すでにお聞き及びだと思いますが、サイダル王国が国境を越えて侵攻してきました。かの国は伝統的に友好国でしたが、友好関係の多くは国境を接する南東部の貴族達によって維持されていたのです。それが先年の内戦で南東部の貴族達がほぼ一掃(いっそう)されてしまい、多くがサイダル王国に亡命した結果、関係は急速に悪くなっていきました。そして今回、不当に領地を奪われた領主達を復権させるためにと大義名分を立てて、攻め込んできたという事のようです」

 今まで自分達の事に精一杯で外交関係とか気にした事がなかったけど、そんな事になっていたんだ。

 そういえば以前、エイナさんが『隣国に不穏な動きがある』と教えてくれた事があった。

「話はわかりますけど、なんで今になって? その理由ならもっと早く攻めてきたんじゃないですか?」

「理由の一つは、この国外交が下手だった事ですね。現王は……というより政治の実権を握っているのは宰相ですが、外交をおろそかにして友好関係を立て直す努力を怠(おこた)りました。サイダル王国の穏健派から、それなりに使者は来ていたようなのですがね」

 おおう、まさかの王様周り無能系か。

「宰相ってたしかファロス大公の血縁者でしたよね? そっち方面から修正は入らなかったんですか?」

「大公は元々中央の政治には無関心な人ですし、最近は別の事に夢中でしたからね」

 別の事……どう考えても熱気球と俺が普及をお願いした各種道具と知識だよね。ご協力ありがとうございます。

「なるほど。外交をおろそかにしたのが理由の一つという事は、他にも理由があるんですよね?」

「はい。他の理由としては、南東部で新しい領主達の統治のまずさからくる住民の不満が高まるのを待っていた事。あとは、サイダル王国内での穏健派との勢力争いや他の周辺国との関係など、色々あったようです」

 エイナさん、隣国の内部事情までよく知ってるな……情報源どこなんだろう?

 気にはなるけど訊いても教えてくれないだろうし、今はそれ所ではない。

「今の戦況はどうなっていますか?」

「現在入っているのは六日前時点での情報ですが、敵は相当な大軍。国境の防衛線は破られ、領内深くに侵攻を許しているようです」

 そう言いながら、エイナさんの指先が地図の上を滑る。

「六日前の時点で敵の先頭部隊はここまで来ていました。今はおそらく、この辺りまで進んでいるでしょう」

 エイナさんが地図の上に、一万アストル銀貨を三枚重ねて置く。兵数三万の意味らしい。

 そしてその後ろに、銀貨五枚重ねの部隊。

「……これ、速すぎません?」

 三枚重ねの銀貨が置かれた場所は、王国南東部というよりも中央部に近い。

 国境から王都までのほぼ中間地点だ。

 攻撃が始まったのは6月の22日という話だったので、まだ13~14日ほど。なのに、馬車で10日はかかりそうな距離を進んでいる。

 騎兵だったら移動速度自体は馬車より速いだろうが、敵地を進むのだから戦闘や補給の問題もあるはずだ。なのに、馬車での移動より少し遅い程度なのだ。

「おっしゃる通り、これは通常ではありえない速さです」

 わりと重大事態だと思うのだが、エイナさんは淡々と話を続ける。

「先の内戦から三年半ほど経ちますが、南東部では依然として旧領主だった貴族の影響を受ける役人や、有力者達が多いのです。加えて内戦後の統治も悪かった。本来なら要所に老練な貴族や有能な役人を配して安定を図るべきでしたが、宰相の独断によってほとんどが彼の息のかかった者達で固められました。実務能力に関係なくね」

 うわぁ、ありそうな話ではあるけど、ひどい話だ。

 エイナさんは小さくため息をつき、話を続ける。

「南東部の有力者や住民には、新しい領主や役人をよく思わない者が多かったようです。そういう工作もされていたようですが、実際生活が苦しくなった例が多いようですからね。そこに隣国に亡命していた元領主達が帰ってくるとなれば、あとの事は考えなくてもわかります。加えて内戦後サイダル王国に亡命した元南東部の貴族達は、数年前まで自分達の領地だった土地の事をよく知っています。それこそ、地の利は向こうにあると言えるくらいにです」

 ……なるほど、それなら異常に速い進撃速度にも納得がいく。

 この国の貴族を見る限り住民に慕われていたとは思わないけど、以前より生活が苦しくなったというのはよろしくない。

 『悪い』と『すごく悪い』なら、誰だって悪いだけの方がいいに決まっている。

 それに、街や商業ギルドなんかの有力者には旧領主と関係が深かった者も多いのだろう。レンネさんを使っていた製粉業者もそうだった。

 そういう人達がサイダル王国軍に協力したのだとすれば、補給の問題も足枷(あしかせ)にならない。

「……この国の対応はどうなっていますか?」

「宰相が慌てて軍を編成しています。一応元軍務大臣のなのでそれなりの兵力は集まるでしょうが、貴族達の士気は低いですね。宰相の専横(せんおう)は多くの貴族に嫌われていますから。

 とりあえず集められるだけの兵力を集めて明日にも王都を発(た)ち、適当な場所で迎え撃つつもりのようです。

 ファロス大公を中心にした南西部の貴族達は自領に戻り、別働隊としてサイダル王国軍の腹背(ふくはい)を突く計画になっています」

「なるほど」

 俺は軍事には詳しくないが、悪くない作戦なんじゃないだろうか?

 正面で主力が敵を止めている間に、側面や背後から別働隊が襲いかかる。上手くいけば勝てそうな気がする。

 貴族達の士気が低いってのは気になるけど……。

「勝てそうですかね?」

「それは現段階ではなんとも……。つきましては洋一様、私としては香織様と共にファロス大公領へ避難なさる事を強くお勧めしたいのですが、いかがでしょうか?」

「……え?」

大陸暦423年7月6日

現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ31万2127人)(パークレン子爵領・エルフの村967ヶ所・住民13万2318人)

資産 所持金 1128億6768万(-1億1200万)

配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(B級冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ商会長) ルクレア(エルフの薬師) ニナ(パークレン鉱山運営長)