「見よ、量産型の軍用大型熱気球じゃ!」

 大公に案内されたのは、お城の敷地内にある広大な広場。そこに見上げるような大型の熱気球が浮かんでいた。

 大公が得意満面で解説をしてくれる。

「乗員一名の他、武装した兵士を10人。もしくはそれに相当する重さの荷物を積んで、一時間浮く事ができる。浮上中にも熱を送る事ができる大型ランプも装備可能で、その場合は積荷半分で10時間浮遊可能じゃ!」

 絵に描いたようなドヤ顔を披露してくれる大公。……だがエイナさんの方は、表情が厳しい。

「……たしかに素晴らしい出来ですが、移動が風任せである以上、戦場では高所からの偵察と全周を取り囲んだ攻城戦以外では安定して使えないのではありませんか? 偵察任務はもっと小型の気球でも足りますし」

「そうじゃ、それが一番の問題よ。移動用の特製大型馬車を作らせたので、それを使えばある程度発進地点を選ぶ事ができるし、舵(かじ)をつけたので多少の進路変更はできる。だがそれだけなのじゃ。船で使うような帆も研究してみたが、完全に風下となったらどうにもならん」

 まぁ、気球って基本風任せだからね。プロペラを回すようなエンジンは作れないしなぁ……。

「エイナよ、なにか良い知恵はないか? 敵の頭上に移動できて、相手の矢が届かない高さから一方的に弓を射る事ができれば、この上もない武器となる。それこそ、戦場を支配できるほどにじゃ」

 大公の言葉に、エイナさんは考え込む。

 俺も考えてみるが、動力つきの飛行船に進化しない限りは難しいよね…………あ。

 俺の脳裏に、元の世界で観た映画のワンシーンが浮かんでくる。

 その作品には、飛行船から飛行機が発進するシーンがあった。

 飛行機ももちろん作れないが、俺はちょっと前、帝国兵に追われて逃げている時に紙ヒコーキを作った。そしてライナさんに『珍しい物ならエイナにも教えてやってください』と言われた時、グライダーの参考になるかもしれないなと考えたのだ。

 別の映画では、建物の屋上から折りたたみ式のハンググライダーを使って逃げる怪盗がいた。あっちはアニメだったけど、実現不可能ではないと思う。

「ゴホン」

 咳払いをして、エイナさんに合図を送る。

「――大公閣下、なにか案を考えてみますので、しばらく時間を頂けないでしょうか? 長旅の疲れもありますので」

「おお、そういえばお主らは今日ここに着いたばかりじゃったな。もっと話したい事はあるがやむをえん、部屋は用意させてあるゆえ、ゆっくり休むがよい。なにか良い考えが浮かんだらすぐに知らせてくれ。戦いまであまり時間がないからのう」

「大公閣下はどのくらいと見ておられますか?」

「そうじゃのう、計画通りに上手く事が運んでイドラ帝国軍とサイダル王国軍を争わせたとして、双方が疲弊してからとなると二月(ふたつき)か」

「なるほど、では一旦失礼いたします」

「うむ、また明日にでも顔を見せに参れ」

「はい」

 そんなやり取りをして、俺達は一旦大公の前を辞す。

 二ヶ月後から戦いか……年内にこの国を解放して、鉱山に食料を届けるのに間に合うだろうか?

 気は急くが、焦って負けたら元も子もない。俺にできる事は、少しでも勝率を上げるために知識を提供する事だ。

 俺達の居室として用意されていたのは、城内にある立派な客室だった。

 その広さと豪華さに圧倒されている時間もなく、エイナさんに話をする。

「エイナさん、これを見てください」

 手早く紙ヒコーキを折って、ヒョイと投げて見せる。

 紙ヒコーキは広い部屋をフワリと飛び、壁に当たって床に落ちた。

「……洋一様、これは?」

 あれ、なんか反応薄いか……いや違う。エイナさんの視線は今も床に落ちた紙ヒコーキに釘付けになっている。単に感情を表に出さない術(すべ)に長(た)けているだけだ。

「ええと、俺の故郷にあった鳥を真似た子供のおもちゃです」

 飛行機って言っても通じないだろうから、その辺は適当に誤魔化しておく。

「……洋一様の故郷は紙を子供のおもちゃに使えるほど豊かなのですかという点は置くとして、鳥ですか? どちらかと言うと木の葉が舞う動きに近かった気がしますが?」

 お、さすが目の付け所が鋭い。飛行機は羽ばたかないからね。

「鳥か木の葉かはこの際どっちでもいいとして、これの応用で人が空を飛ぶ道具が作れるのです。こんな感じで……」

 別の紙に、元の世界のハンググライダーの絵を描いてエイナさんに見せる。

 子供の頃に読んだ『漫画でわかる飛行機のなんちゃら』という本を思い出しながら。

「材料は気球と同じでいいと思います。翼の大きさと骨の強度については実験をしてみてください。上昇できるかは風の流れ次第ですが、緩やかに下降しながらならかなり自由に飛べるはずです」

 熱気球で高度を稼いだ所から発進すれば、それなりの距離を飛べると思う。

 大雑把(おおざっぱ)に仕組みを説明はできるが実際に作ってみろと言われたら無理なので、そこは頭のいい人達に任せよう。

 俺が描いた絵を食い入るように見つめ、ライナさんが拾ってきてくれた紙ヒコーキをいじり回していたエイナさんが、矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。

「自由にとおっしゃいましたが、どうやって操作するのですか?」

「えーと、重心って分かります? 物を指先みたいな一点に乗せて、バランスが取れる位置の事です。人間はグライダーの重心から吊るした縄にぶら下がるのですが、その状態から重心を左右に傾けるとその方向へ曲がり。前後に傾けると速度が上がったり落ちたりするのです。風を受けて飛ぶので、空中で止まったりはできませんし、急な動きはバランスを崩して落ちてしまう原因になるので、やっちゃダメです」

「……風ですか? ここは室内で風など吹いていませんが、先ほどの紙を折ったものは明らかに通常とは違う飛び方をしましたよ」

「あー、それは吹いてくる風じゃなくて、本体が移動する事で風を受けるのと同じ状態になるのです。馬に乗って高速で走ると、風がなくても顔に風を感じるでしょう?」

 正直、あまり細かく突っ込まれると俺も答えられない。

 たしか飛行機が浮く原理は、ベラヌールだかベルヌーイだかの定理がどうのこうのだったと思うが、当時の俺には難しすぎて理解できなかった。

 なんとなく、翼の断面をこういう形にするといいよというのを覚えていたので、それを伝えて後は試作実験班に丸投げする。

 エイナさんと大公の天才コンビならきっとなんとかしてくれるって、俺信じてるから……。

大陸暦423年7月25日

現時点での大陸統一進捗度 2.2%(パークレン鉱山所有・エルフ31万2127人→25万人を森に避難中)(パークレン子爵領・エルフの村967ヶ所・住民13万2318人)

※鉱山とパークレン子爵領(大森林)の状況は不明なので、当面更新なし

旧マーカム王国回復割合 8%(南西部・ファロス大公領とその周辺貴族領)

資産 所持金 615億4841万

配下 

リンネ(エルフの弓士)

ライナ(B級冒険者)

レナ(エルフの織物職人)

セレス(エルフの木工職人)

リステラ(雇われ商会長)

ルクレア(エルフの薬師)

ニナ(パークレン鉱山運営長)