「……という感じで商売をやれたらなと思うんですが」

 俺から規格品の箱を使った運送業の話を聞いたリステラさんは、真剣な表情でたっぷり10分は考え込んだ。

 手癖(てくせ)なのか、エイナさんから渡されたのだろう紙の束を指先でいじりながら。

 そういえば最近は鉱山からの供給で多少値段が下がったけど、紙って結構な高級品なんだよね。

 この辺りまでは鉱山製の紙も流通していないだろうから、あの一束でも結構な値段がすると思う。

 軽くて薄くて書き易いから大量に扱うのにも便利だし、エイナさんほどの地位の人なら使うのも当然だろう。

 俺もメモ用に何枚か持っているけど、ほんとこの世界に来た時に比べて偉くなったよなぁ……。

 そんな事を考えながら昔の思い出に浸っていると、目線を上げたリステラさんはおもむろに持っていた紙束をテーブルに置き、俺の両肩をガシッと掴(つか)んできた。

「ちょ、リステラさん!?」

「……洋一様、大変興味深いお話でした。ええ、商売として成功する見込みは大いにあると考えます。ですがそれには、二つの要素が必要になるでしょう」

 戸惑う俺を気にする風もなく、リステラさんはその綺麗(きれい)な顔をずいっと近づけてきて、吐息(といき)がかかりそうな距離で言葉を続ける。

「二つの要素とは、大切な荷物を預けてもらえるに足る信用と、各地の主要都市を結ぶ広大な輸送網です。ところでその両方を併せ持っている存在に、私は一つ心当たりがあるのですが……」

 ちょ、顔近い顔近い!

 リステラさんは男なら誰でも目で追ってしまうくらいの美人なんだから、そんなに迫られたら変な気分になってしまう。あ、なんかいい匂いがする……。

「……お兄ちゃん?」

「あ……えっと……はい。心当たりってリステラ商会ですよね?」

 隣から発せられた妹の声に、はっと我に返ってなんとか返事をする。

「はい。自分で言うのもなんですが、一部の貴族に対して以外は誠実な商売をして、信用を積み重ねてきた自負(じふ)があります。全土にある支店の数でも、所有している馬車の数でも、うちの商会以上の適任はないと思うのですが……」

 一部の貴族以外にはというのがリステラさんらしい。親友を傷つけた貴族制度嫌いだったもんね……。

「そうですね、俺としてもリステラ商会に協力をお願いしようと思っていました。できれば共同運営みたいな形にしてもらえるとありがたいと思っています」

 俺の言葉に、リステラさんは太陽のような笑顔を浮かべてほほえむと、ようやく肩を掴んでいた手を離してくれた。

 お互いの鼻先が触れ合いそうなほどの距離まで迫られて、よく耐えた俺。マジがんばった。

「……私は今、洋一様の下で雇われ商会長をやっていて良かったと心から思っております。さて、ではさっそく詳細を詰めましょうか」

 リステラさんはそう言って、俺を別室へ引っ張っていく。

「リスティ、私がお願いした仕事も頼みますよ」

「はいはい。でも私、商業ギルド長や商業大臣の地位よりも、自分で現場に立って商売するほうが好きだから。他ならぬエイナのお願いだから頼まれてあげるけど、直接の雇い主である洋一様案件のほうが優先なのは覚えておいてね」

 そう言ってリステラさんはテーブルに置いていた紙束を取り、俺を押すようにして部屋を出ていく。

 妙な事を言われるとまたエイナさんからの評価がおかしな事になりそうなので、わりと勘弁してほしい……。

 リステラさんは俺を連れ、自分にあてがわれているらしい近くの一室に入ると、さっそく話を切り出してきた。

「洋一様。私はこの新しい商売に、この国の商(あきない)の常識を変えてしまうほどの可能性を感じております」

「は、はぁ……」

 一応テーブル越しだが、身を乗り出してくるのでまた顔が近い。

「この方法を用いれば、従来の物の移動に革命的な変化が起こります。今までは最低でも小型馬車一台分の荷物を集めるか、自分で担(かつ)いで運ぶ他に別の街に荷物を届ける手段がありませんでした。そして道中の経費や、護衛を雇うもしくは商隊に加えてもらうお金、貴族領を通るたびの通行税などで、多額の経費がかかっていたのです」

 ……そういえば昔、南西部にある農場まで旅をした時がそんな感じだったな。貴族領はもうなくなったけど、他の経費は健在だ。

 護衛を雇うのは高いし、商隊は馬車の故障とかでついていけなくなったら待たずに置き去りとか、わりと過酷な条件だった気がする。

 以前に南東部から王都へ運ばれてきたお米を手に入れて食べた事があったが、びっくりするような値段だったのもそのせいだろう。

 俺は適度に相槌(あいづち)をうちながら、リステラさんの話を聞き続ける。

「王都では塩の値段が小袋一つで2000アストルほどしますが、値段を分ければ海沿いの街での買値が400アストル、輸送費が900アストル、商人の利益が700アストルです。日数にして5日、それも大商会が大型馬車で効率の良い輸送をしてこの値段です」

 塩の小袋はたしか、1キロくらいのサイズのやつだ。

 そういえば鉱山を買い取った直後、エルフさん達の食料調達に苦労していた時、塩の値段が高かったのを思い出す。

「半分近くが輸送費なんですね」

「はい。運ぶ距離が長くなれば当然経費はさらに上昇します。この輸送費が物の移動を停滞させ、貴族の嗜好品となるような高級品の他は一部の例外を除いて、狭い範囲でしか商(あきな)われてきませんでした」

「なるほど」

「洋一様。洋一様はこの新しい商売を通じて高い利益を上げたいとお望みかもしれませんが、私としては可能な限り値段を下げ、物の流れを活発化させたいと考えております。売り先が増えれば産業が発展し、産業が発展すれば生産者の生活が豊かになって消費が増え、それによってさらに物の流れが活発化します。国全体で、街から地方の農村まであらゆる場所において、住民の生活向上が望めるのです」

 ちょ、また顔近い顔近い……。

 ……それにしてもリステラさん、考える事が大きいな。エイナさんに『商業大臣よりも現場の商人でいたい』って言ってたけど、ふつうに大臣のほうが適任なんじゃないか?

 そのリステラさんはじっと俺の目を見ながら、哀願(あいがん)するような声を発する。

「この新しい商売は、値段をある程度高く設定しても十分な利益を生むでしょう。ですが私としてはこの国の、将来的にはこの大陸全ての物の移動を活発化させて、北部の庶民が南部の品を手にできるような。貧しい農村が生活に困って子供を売るのではなく、民芸品や特産品を作って売れるような、そんな状況を作りたいのです……」

 う……女の子の涙目ってずるいよね。圧倒的に断りづらい雰囲気がある。

 それに俺も、先日この街で飢えた子供の姿を見た。

 エイナさんによると旧マーカム王国ではあんな子供はいないという話だったが、それは奴隷として管理されているからで、裏を返せば子供を売らなければいけないほど貧しい人達が存在するという事だ。

 そんな人々の生活が向上するならいい事だし、元の世界には薄利多売(はくりたばい)という言葉もあった。

 一つの利益は薄くても多く売れば大きな利益を上げられる訳で、リステラさんの望み通り大陸中に商売が拡大すれば、高い利益率で限定的な商売をするよりも大きな儲けになる可能性だってあると思う。

「……わかりました、リステラさんの希望通りにしましょう。それで、箱の規格と値段はどのくらいがいいと……うわっ!」

「洋一様、ありがとうございます!」

 リステラさんが突然、テーブル越しに抱きついてくる。

 お茶とかは出ていなかったのでテーブルの上が大惨事になる事はないが、リステラさんこんなキャラだったっけ……?

 ……考えてみると、リステラさんは商人としてあちこちに出向いていたから、色々と辛い光景を見る事もあったのだろう。

 俺がエルフさん達の境遇に触れて感じたのと、同じ感情を胸に抱(いだ)いていたのかもしれない……。

「――って、リステラさん! 苦しい苦しい!」

 リステラさんは意外に力が強く、抱きしめられて呼吸困難になりかけたので、慌てて放してもらう。

「も、申し訳ありませんでした。つい興奮して……」

 そう言って平謝りするリステラさんに気にしないでと告げ、改めて話の続きに戻る。

 とりあえず商売の具体的な方法と、箱の規格決めだ……。

大陸暦424年4月2日

現時点での大陸統一進捗度 31.4%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領大森林地帯・イドラ帝国をファロス王国に併合・サイダル王国をファロス王国に併合・ファロス王国に強い影響力)

解放されたエルフの総数 44万8377人 ※情報途絶中

内訳 鉱山に30万6251人(森に避難していた人達帰還) 大森林のエルフの村1112ヶ所に13万2318人 リステラ商会で保護中の沼エルフ9808人(内一人は鉱山に滞在して山エルフと情報交換中)

旧マーカム王国回復割合 95% ※情報途絶中

資産 所持金 605億4679万

配下

リンネ(エルフの弓士)

ライナ(B級冒険者)

レナ(エルフの織物職人)

セレス(エルフの木工職人)

リステラ(雇われ商会長)

ルクレア(エルフの薬師)

ニナ(パークレン鉱山運営長)

エイナ(ファロス王国財務大臣)