妹と一緒の買い物は半日のつもりだったのがなぜか丸一日になり、疲れたけど喜んでもらえたようなので善しとして、鉱山に戻った俺はしばらく平和な日々を過ごしていた。

 季節は11月に入って肌寒い風が吹きはじめる中、大森林では秋の実りが大量に収穫され、冬に備えて倉庫は大量の保存食で満たされている。

 牧場出身のエルフさん達も採取の技量が上がってきたので、この分なら今年の冬は問題なく越せそうだ。

 5000ヶ所に迫ろうとしている大森林の村でも特に問題は起きていないようだし、鉱山で作られる各種の木製品・布製品・革製品・薬などと、大森林で採取される素材の販売も好調らしい。

 今年はなんとか黒字に持っていけそうですと、ニナが嬉しそうに報告してくれた。

 少しずつではあるが、状況は確実に進展している。

 来年はいい年が迎えられそうだなと浮かれ気味に過ごしていた俺の元に、いつになく深刻そうな表情をし、顔色の悪いリンネが訪ねてきたのは、11月12日の事だった……。

「洋一様。このままでは森が枯れてしまいます……」

 今にも泣き出しそうな顔をして、リンネは俺にそう告げた。

 しばらく考えてその言葉の意味を理解した時、多分俺の表情もサッと青ざめた事だろう。

 リンネが告げた『森が枯れてしまいます』という言葉の意味。

 それは、エルフさん達を養う森の生産力が限界に達しようとしているという事なのだ。

 元々狩猟採集の生活は、農耕や牧畜に比べて一人を養うのに広い面積を必要とする。

 そして本来旧マーカム王国領だった範囲の大森林に暮らしていたエルフさんは、2000人ほどだったと聞いている。

 それが今や、その範囲だけで4000ほどの村に40万人以上が暮らしているのだ。ざっと200倍の数である。

 いくら大森林が広大だとはいえ、生産力が限界を迎えるのも当然だろう。

 旧イドラ帝国領やその向こうにも大森林は続いているとはいえ、そこにはイドラ帝国や東方の別の国で使われている奴隷エルフさん達が移り住む事になる。

 エルフさん達の数に対して、住む場所が足りないのだ……。

 そしてこの事実は、俺が進めている計画。人間とエルフを別々の場所に住まわせて接触を断つ事によって、平和共存を実現するという計画が破綻(はたん)を迎えようとしているという事でもある。

 リンネもそれを理解しているのだろう。暗い表情で、うつむきがちに俺の反応を待っているようだ。

 ……だが、この問題に容易な解決策はない。

 俺は最終的に、大森林と大湿地帯。そして東にあるという大密林にエルフの国を建て、人間達から完全に独立した相互不干渉の勢力圏を作るのが理想だと思っていた。

 元々大森林も大湿地帯も、多少の特殊な採取品以外は人間にとって魅力のある土地ではなく、ごく一部の冒険者くらいしか立ち入らない場所なのだ。

 行った事はないが、東方の大密林も同じだと思う。

 であるならば、多少の利益と引き換えに各国の上層部に話を通せば、国を建てる事自体は可能だと思う。

 あとは俺とエイナさん、リステラさんが生きている間に人間とエルフの完全な分離を成し遂げ、接触を断つ事によって人間からエルフという存在の記憶そのものを薄れさせ、それによって奴隷だ、劣った亜人だという認識も同時に消していく。

 生まれてから一度もエルフを見た事がない人間ばかりになれば、改めて一から今と違う関係を築く事も可能になるかもしれないと、そう思っていた。

 しかし、エルフさん達の自給自足が成り立たないならそれは不可能だ。

 大森林で無理であるなら、おそらく大湿地帯でも無理だろう。

 大湿地帯の生産力がどれくらいかはわからないが、確認された沼エルフさんの数は元マーカム王国とイドラ帝国にいた森エルフさんの合計を超える。

 地図でみる限り大森林より狭そうな大湿地帯でその数を養うのは、やはり難しいだろう。

 人間によって、奴隷としての需要のままに増やされていったエルフさん達は、すでに本来の生活に戻れる数を超えてしまっているのだ。

 ……そうなると、考えられる対策は二つしかない。

 一つは大森林や大湿地帯をエルフさん達の手によって開拓し、狩猟採取よりも生産効率の高い農耕や牧畜をやってもらう事。

 もう一つは、なんらかの形で人間との共生を図る事だ。

 だが、一つ目の方法は正直あまり現実的ではないと思う。

 農耕や牧畜は単位面積当たりの食糧生産を増やすとはいえ、エルフさん達は食料以外にも多くの物を森に頼って生活している。

 森の多くを切り開いて開拓してしまったら、本来のエルフさん達の生活はその多くが失われてしまうだろうし、そもそも木を切り倒すのが嫌だから木材は枝を切って入手しているようなエルフさん達に、森を切り拓(ひら)いて農地にしろなんて言えるわけがない。

 となると、必然的に二つめの方法しかない事になる。

 しかしなんらかの形で人間と接触を持つとなると、長期間接触を断つ事によって人間とエルフの関係を一旦リセットするという俺の計画は成り立たなくなってしまう。

 そもそも人間とエルフの交易自体、今はエイナさんの保護とリステラさん協力があるから成り立っているだけで、それは永久に続く物ではないのだ。

 いつか俺が死んでしまった時。エイナさんもリステラさんもいなくなってしまった時に、エルフに対する人間の認識が今と変わっていなければ、人間は対価を支払う事なくエルフから収奪(しゅうだつ)を行おうとするだろう。

 そして最終的に、また今のようにエルフを奴隷化して支配するようになるに違いない。

 そうなったら全てが無に帰(き)してしまう。

 元サイダル王国東部で行っている孤児たちへの教育にしても、10万人は大人数だが、大陸の全人口からすれば極々(ごくごく)少数だ。

 なんらかの大きな後押しがなければ、利益のない少数意見なんてあっという間に押し潰されてしまうだろう。

 ……どう考えてみても手詰まりで、絶望的な状況だ。

 俺は悲しそうにうつむくリンネにかける言葉も見つからず、部屋を重苦しい沈黙が支配するのだった……。

大陸暦425年11月12日

現時点での大陸統一進捗度 36.2%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・大陸の西半分を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児(こじ)用の土地を確保)

解放されたエルフの総数 77万5140人(+1060)

内訳 鉱山に13万9562人(-152) 大森林のエルフの村4592ヶ所(+2)に53万1897人(+211) リステラ商会で保護中の沼エルフ10万3681人(+1001)(内一人は鉱山に滞在して山エルフと情報交換中。一部は順次大湿地帯に移住中) 保護した孤児2万1053人(+1798)

資産 所持金 211億8222万(-4190万)

配下

リンネ(エルフの弓士)

ライナ(B級冒険者)

レナ(エルフの織物職人)

セレス(エルフの木工職人)

リステラ(雇われ商会長)

ルクレア(エルフの薬師)

ニナ(パークレン鉱山運営長)

エイナ(パークレン王国国王)