スルクトさんにつけられた奴隷の首輪を外すために、いったん首を切り離す手術が行われる事になった。

 薬師さんは小刀を手に取ると、指先で首の骨を探った後、首輪の脇にスッと刃を滑らせる。

 痩(や)せてほとんど肉がついていない首は一撫(ひとな)ででパックリと開き、血がほとんど流れなかったせいで、奥に白い骨がチラリと見える。

 エルフさん達が辛(つら)そうに目を背(そむ)け、俺もそうしたい衝動に駆られるが、俺のせいで死んだ人に対してそれは許されない気がして、歯を食いしばって手術を見守った。

 だが首が完全に切断され、胴体と離れた瞬間。一瞬意識が遠のきかける……。

「お兄ちゃん!」「「「洋一様!」」」

 妹とライナさん。リンネにニナまでが、慌てて倒れかけた俺の体を支えてくれた。

 ……情けない。俺は自分を頼ってきてくれた人の、そのせいで命を落としてしまった人への処置さえ、まともに見る事ができないのか……。

 実際に首を切り離す手術をしている薬師さんが、辛そうな表情をしながらも耐えているのに……。

 俺は必死に足を踏ん張って体を起こし、視線を手術台に向ける。

 妹が一瞬なにかを言いたそうにしたが、黙って隣(となり)に立ってくれた。

 ……切り離されたスルクトさんの首から首輪がそっと抜き取られ、ふたたび胴体と繋ぎ合わされる。

 首輪の下は皮膚(ひふ)が酷く損傷し、破れて肉がのぞいていたりするので、丁寧に修復して新しい皮膚を貼っていく。

 皮膚は最初薬師さんと言い争いをしていたエルフさん達が志願して提供し、部分麻酔の技術はないようなので、全身麻酔をして予備の手術台で皮膚を取り、スルクトさんの傷痕を修復する。

 さすがの技術で、首は切り離された痕も首輪の痕もわからないくらいにきれいになり、続いて体の傷痕の修復にとりかかる。

 スルクトさんの体は病室に運び込まれる前に洗ってもらったらしく、土埃は洗い流されて、服はボロ布(きれ)のようなものから鉱山のエルフさん達が着ている一般的なものに変えられていた。

 せっかく着せ替えた服だが、体の傷を修復するためにいったん脱がせる事になる。

 現れたのは痩(や)せ衰(おとろ)えてあばら骨が浮き、お腹がぺたんこに凹んだ小さな体。

 そんな体に、背中には鞭(むち)で打たれた痕だろう、古い物から比較的新しい物まで無数の傷痕が走っており、お腹にはいくつか火傷(やけど)の痕もある。

 大森林を裸足(はだし)で歩き続けた足は、傷だらけでボロボロだ。

 唯一表情だけが目的を達し得たからだろう。安堵(あんど)に満ちた穏やかなものであるのが救いであり、同時に責任として俺に重くのしかかってくる。

 痩(や)せている体はどうにもならないが、傷痕は一つ一つ丁寧(ていねい)に、足の指一本一本にいたるまできれいに修復されていく。

 俺は直接見なかったが、両足の付け根付近でも作業をしていたので、そこにも損傷があったのだろう。

 エルフは劣った亜人で動物と同格。獣姦(じゅうかん)は禁止なのでエルフとの性交も禁止というのはこの世界の教会の教えだが、教会の力が弱い国ではエルフの奴隷をそういう目的で使う人達が普通にいる。

 あるいはリンネの妹の腕を切り落とした男のように、倒錯(とうさく)した嗜好(しこう)をエルフで解消しようとする人間もいるのだ。

 スルクトさんがどんな凄惨(せいさん)な体験をしたのかはわからないが、同じ境遇にいる仲間を救うために自分の命を投げ出す決意をさせるほどに。

 それもただの死ではなく、大きな苦痛と苦難の末の死を覚悟させるほどには、過酷なものだったのだろう。

 ……スルクトさんはこんなになってまで俺を頼ってきてくれたのに、これで仲間が救われると信じて穏やかな表情を浮かべて死んでいったのに。それなのに、俺にはその命を賭した願いに応えてあげられる手段がないのだ……。

 エイナさんに土下座して頼み込めば、隣国を軍事力でむりやり占領して奴隷を解放する事ができるかもしれない。

 リステラさんに土下座して頼み込めば、解放したエルフさん達をしばらく食べさせるだけの資金と食料を調達できるかもしれない。

 でもその先は……?

 たとえ50年の自由を確保できたとしても、数百年を生きるエルフさんにしてみればそれは一時(ひととき)の時間でしかない。

 俺が死に、エイナさんとリステラさんの影響力も消えた世界で、エルフさん達はどうなってしまうのだろうか?

 人間と離れ、お互い接触せずに暮らすのが不可能な事は先日判明した。

 という事は……再び人間の奴隷に戻る? それとも武器を取って人間と戦う?

 どちらにしても碌(ろく)な結末にはならないだろう。50年の自由はないよりもずっといいだろうけど、問題の根本的な解決にはならないのだ……。

 俺の頭の中をやり場のない憤(いきどお)りと悲しさ、絶望と無力感がごちゃ混ぜになって駆け巡っていく。

 強い吐き気を覚えるが、それを察したのか妹がやさしく背中をさすってくれ、なんとか踏みとどまってスルクトさんへの処置を最後まで見届ける事ができた。

 ……ふたたび服を着せられたスルクトさんは、遠目には痩(や)せている以外普通の姿に見える。

 表情が穏やかなおかげもあって、眠っていると言われたら信じてしまいそうだ。

 手術のあともう一度遺体を洗い清めた頃には空がぼんやり明るくなっていて、レナさんが徹夜で作ってくれた死に装束(しょうぞく)を着せて葬儀に備える。

 傷の修復には合計3人のエルフさんの皮膚が使われたが、最初は首を切って首輪を外す事に反対していた人達が、きれいに修復されたスルクトさんの体を見て薬師さんにお礼を言い。薬師さんも皮膚の提供を感謝して頭を下げる光景は、涙なしには見る事ができなかった。

 生きている人間……じゃなくてエルフさんだけど、その体に傷をつけて皮膚を採取し、死んだ人の傷を修復するという行為は、人によっては抵抗があるだろう。

 だが俺は自分の皮膚を提供してでもやって欲しいと思ったし、最終的には言い争いをしていた薬師さんと他のエルフさん達を仲直りさせる結果にもなった。

 半分は結果論だけど、やって良かったと思う……。

 朝からはじまった葬儀には俺達はもちろん、スルクトさんを見つけて運んでくれたエルフさん達も含めて大勢が参列し、森エルフのやり方を知っている人がいなかったので、山エルフのやり方にしたがって、辺りで一番大きな木の根元に穴を掘って埋葬した。

 俺はいつの日にか体の一部だけでも故郷の大密林に返してあげようと、緑色の髪を少し切り取って布に包み、大切にしまいこんだ。

 俺が代表して追悼(ついとう)の言葉を読み、勇敢で献身的な行為を称(たた)え、遺志を受けて必ず仲間達を解放する事を墓前に誓う。

 具体的な計画がある訳でもないのに無責任極まりないと思うが、この誓いは立てなければいけないし、なんとしても実現しなければいけないのだ……。

大陸暦425年11月17日

現時点での大陸統一進捗度 36.2%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・大陸の西半分を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児(こじ)用の土地を確保)

解放されたエルフの総数 77万5140人

内訳 鉱山に13万9562人 大森林のエルフの村4592ヶ所に53万1897人 リステラ商会で保護中の沼エルフ10万3681人(一部は順次大湿地帯に移住中) 保護した孤児2万1053人

資産 所持金 211億6209万

配下

リンネ(エルフの弓士)

ライナ(B級冒険者)

レナ(エルフの織物職人)

セレス(エルフの木工職人)

リステラ(雇われ商会長)

ルクレア(エルフの薬師)

ニナ(パークレン鉱山運営長)

エイナ(パークレン王国国王)