魔王の力を使って人間を攻撃し、数万人の犠牲者を出すかもしれないと告げた俺に、妹はほとんど迷わずに反応を返してきた。

「わたしはお兄ちゃんを信じるよ。そんな事をするなら理由があるんでしょ? だったらわたしも手伝う!」

 …………思わず涙が出そうになるくらい、この上もなく嬉しい答えだ。だが、そんな即断で決めていいような話ではない。

「でもおまえ、勇者としての本能があるんだろ?」

「あんなものに負けないよ! わたしは産まれた時からずっとお兄ちゃんの妹だったんだよ、一瞬会っただけの神様から押し付けられた能力なんかに絶対負けない!」

「……落ち着いて冷静に考えろよ。人間の敵になるって事なんだぞ」

「うん、わかってるよ。わたしは誰の敵になってもお兄ちゃんの味方でいたい。勇者の務(つと)めなんてどうだっていいし、もしお兄ちゃんが本物の魔王になってわたし以外の勇者に討たれる日がきたら、一緒に死ぬ!」

 目に強い意志の光を宿し、俺を見上げてそう言葉を発する香織。

 できすぎた言葉にも思えるが、元の世界で俺が引きこもりになり。両親に見捨てられて俺自身でさえ自分を見捨てた時にさえ、たった一人俺を見捨てなかった妹の言葉だ。絶大な信頼がある。

「ああ、ほんと。おまえは俺なんかにはもったいないくらいによくできた妹だよ……」

 そう言って妹を抱きしめると、妹も嬉しそうに俺に抱きついてきて、胸に顔を埋(うず)めてくる。

 ……そして俺は、妹にこれからやろうとしている計画を話して聞かせた。

 魔王と魔獣を絶大な脅威とし、それを共通の敵として人間とエルフに共闘関係を結ばせる計画を。

 そしてその過程で、少なくない犠牲が出るであろう事を……。

 じっと話を聞いていた妹が、話が終わっておもむろに口にしたのは、予想外の言葉だった。

「お兄ちゃん。それ、魔王はいらないんじゃないの?」

 ……ある意味において、とても的確な指摘である。

 妹が表に出なくていいようにと、勇者がいなくてもいいように考えた方法だが、正直魔王の存在も必須ではない。

 魔王として人間相手に命令や交渉をする予定はないので、人間とエルフ共通の脅威としてなら魔獣だけでも事足りるのだ。

 だが、それはあまりに無責任に思える。

 どうやって生み出すのかはまだわからないが、魔獣は魔王が生成するのである。

 自分が生み出した魔獣に人間の街を襲わせる。当然双方に大きな犠牲が出るだろう。

 そんな事をやっておいて自分は影に隠れているなんて、許されるとは思えない。それこそ、いずれは勇者にでも討伐されるのがふさわしい最後だろう。

 いつかそういう日がくると、ひそかに覚悟してもいる。

 ……だが妹は、そんな俺の心中(しんちゅう)を見透かすように、じっとこちらを見つめて言葉を発する。

「わたし、さっきも言ったよね。お兄ちゃんが魔王として勇者に討たれるような日がきたら、一緒に死ぬって。その場の勢いで言ったわけじゃないよ」

「…………」

 うちの妹は基本的には素直(すなお)で気弱で人見知りだが、たまに言い出したら断固として譲(ゆずら)らない時がある。

 そして今の妹は、その時の目をしていた……。

 ……結局計画は一部変更され、魔王の存在はなるべく表に出さない事になった。

 報(むく)いはいずれ、別の形で受ける事にしよう。

 ともあれ、これで計画の実行が決定した。

 あとはどう実行するかである。

 なにより先に、まずは魔王の能力を把握しなければいけない。

 本当は能力の説明書みたいなものがあったらしいのだが妹が燃やしてしまったので、多少なりとも勇者として経験を積んでいる妹のアドバイスを受けながら、手探りで調べていく。

 勇者に自分の能力の使い方を教えてもらう魔王って、なんか変な感じだよな……。

 多少の疑問を抱きながら、とりあえず大まかな説明を受ける。

 鑑定で出てきた俺の能力は、

 魔王Lv1 スキル:闇属性魔法Lv0 洗脳Lv0 威圧Lv0 特殊スキル:鑑定 魔獣生成 身体自動再生 魔王の加護(配下の魔獣の能力向上)

 である。

 勇者のレベルは魔獣を倒したら上がったそうだが、魔王のレベルはなにをしたら上がるのだろう?

 ……やっぱり人間を殺したらとかかな?

 さすがに試す気にはなれないし、そもそも魔王のレベルはなるべく上げないほうがいいので、これはスルーだ。

 Lv0のスキルは最初から使える能力で、一回でも使うとLv1になり、あとは使用回数に応じてレベルが上がっていくのだそうだ。

 妹は

 勇者Lv17 スキル:料理Lv4 裁縫(さいほう)Lv3 光属性魔法Lv2 乗馬Lv1 剣術Lv1 火属性魔法Lv1 水属性魔法Lv1 特殊スキル:危険察知 鑑定 追跡 ステータス偽装 勇者の加護(ステータス成長加速・肉体年齢が衰えない)

 だったので、とりあえず一通り使ってみたあと、光属性魔法を少し使い込んだらしい。

 俺のLv0スキルは、闇属性魔法・洗脳・威圧と、魔王っぽいといえばそうなのだが、正直あまり穏やかじゃない感じだ。

 闇属性魔法はちょっとだけ興味があるが、これも今は使いそうにないのでスルー。

 Lv0って事は未使用という事だから、もし俺達以外に鑑定能力が使える相手と対峙した時に交渉材料になるかもしれないしね。

 あとは特殊スキルだが、身体自動再生はなんとなくわかる上に試すの痛そうだから却下。

 となると残るは、魔獣生成と魔王の加護(配下の魔獣の能力向上)になる。この二つは関連がありそうだ。計画の要(かなめ)になる能力でもある。

 とりあえず鑑定の要領で魔獣生成を発動してみる事にするが、いきなり変な魔獣が現れたら困るので、勇者である妹に警戒をお願いした上で、なるべくそっと発動してみる事にする。

 そっと発動したからって効果が変わるとは思えないが、気持ちの問題だ。

「勇者と魔王の初めての共同作業だね」

 妹が妙な事を口走るのを聞きながら、俺はなるべく力を込めないようにして『魔獣生成』と口にするのだった……。

大陸暦425年11月27日

現時点での大陸統一進捗度 36.2%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・大陸の西半分を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児(こじ)用の土地を確保)

解放されたエルフの総数 77万5140人

内訳 鉱山に13万9562人 大森林のエルフの村4592ヶ所に53万1897人 リステラ商会で保護中の沼エルフ10万3681人(一部は順次大湿地帯に移住中) 保護した孤児2万1053人

資産 所持金 211億6209万

配下

リンネ(エルフの弓士)

ライナ(B級冒険者)

レナ(エルフの織物職人)

セレス(エルフの木工職人)

リステラ(雇われ商会長)

ルクレア(エルフの薬師)

ニナ(パークレン鉱山運営長)

エイナ(パークレン王国国王)