パークレン王国が大陸の西半分を制圧する以前は、大陸一の国力を誇っていたダフラ王国の王都ザルート。

 その伝統と威厳(いげん)を感じさせる厚い街壁を、俺達は停止する事もなく通過点のようにして通り抜けた。

 いかに重厚で長大な防壁も。それが二重になった鉄壁の守りも、守備する兵士がいなければなんらの用を成す事もないのである。

 俺達は複雑な気持ちで門をくぐり、王都の中へと馬車を進める。

 馬車の中から見るザルートの街は、広くて石敷きのよく整備された大通りに、建ち並ぶ二階建て三階建ての建物と、さすがの堂々とした街並みだ。

 ……だが今はどの店も扉を閉ざしていて、人っ子一人見当たらない。

 エイナさんが放った避難誘導部隊の人達が次々に偵察結果を届けてくれるが、どれも『人影なし』ばかり。

 そのうち『地下倉庫を発見しましたが扉は開け放たれ、中は空でした』とか、『馬も馬車も荷車も、およそ避難に役立ちそうなものはなにも残っておりません』とかの報告も入ってくる。

 考えてみれば。ドラゴンが現れてから慌てて逃げるのだと着の身着のままになるけど、事前に避難しておけば財産を持ち出せるわけだ。

 ある意味賢い選択なのかもしれない。

 そんな事を思いながら、とりあえず街の中心にある王城へと向かっていると、俺の元にもクトルが帰ってくる。

「人がいました! この先のお城の、多分王座の間に衰弱した人間が一人だけ!」

 少し奇妙な、そして穏やかではない感じの報告。

「エイナさん、急ぎましょう」

 俺の言葉に、エイナさんも頷(うなず)いて速度を速めるように指示を飛ばす。

 王城の周囲には街壁よりもさらに高い壁が巡らされていて、無数の見張り台はかつて厳重な警備が敷かれていた事を思わせるが、今はここにも人がおらず。俺達は開け放たれた門から悠々(ゆうゆう)と中に進入する。

「こちらです」

 クトルの案内で馬車を降り、広大な王城の中を速足で進む。

 あちこちに書類が散らばっていたり、物が持ち去られた形跡(けいせき)があったりで、混乱の痕が見える城内を進むと、クトルが一際大きな扉の前で動きを止めた。

 立派な装飾が施され、金や宝石で飾られた重厚な扉。その扉もまた、今は乱暴に開け放たれたままになっている。

 エイナさんは護衛と伝令にという名目でリンネだけを残し、他の避難誘導部隊と対ドラゴン部隊の隊員には城内と街中の捜索を命じて、一旦遠ざける。

 俺と妹、エイナさんとライナさん姉妹、リンネと薬師さん、ニナとクトルといういつものメンバーで、俺達は王座の間へと足を踏み入れる……。

 イドラ帝国の王都、王座の間。

 そこは数百人はゆうには入れそうな巨大な空間で、この世界では貴重な大きなガラス窓から、太陽の光が明るく射し込んでいた。

 床の絨毯(じゅうたん)はすっごいフワフワだし、壁には見事な花と鳥の刺繍(ししゅう)が入った幕が張り巡らされている。

 この世界における最高の贅(ぜい)が尽くされた空間なのだろう。

 本来なら、ずらりと居並ぶ大臣や将軍。貴族達の視線を浴びながら、緊張の極みで入る場所のはずだ。

 だが今はガランとしていて人影もなく、部屋の一番奥にある一際高い場所に置かれた豪奢(ごうしゃ)な椅子(いす)に、一人の老人が背もたれに身を預けてぐったりとしているだけである。

 ある種異様な光景に身がすくむが、そんな中真っ先に動いたのは、意外にも薬師さんだった。

 リンネが腰(こし)に下げている皮製の水筒を奪うように手にすると、王座へ向けて階段を駆け上がっていく。

「しっかりしろ。おい、水だ。飲めるか?」

 医術師としての本能がそうさせたのか、王座の老人に駆け寄って水筒の水を口に含ませる。

 ……どうしてこうなっているかはわからないが、あの老人は多分この国の王だろう。エルフを奴隷にしてひどい扱いをしている国の、総責任者の地位にある人間だ。

 以前の薬師さんだったら、俺が頼んでも治療を渋ったであろう相手である。なのに真っ先に駆け寄ってとは、薬師さん初めて会った時よりずいぶんと丸くなったよね。

 リンネによると、元々気難しい所はあったが優しい人だったそうなので、奴隷として捕らわれていた鉱山での辛い体験で荒(すさ)んでしまった感情が、元に戻ってきているという事なのだろう。

 それは薬師さんの心の傷が、消えはしないものの癒(い)えてきている証でもあるので、大いに喜ばしい事である。

 俺達も部屋の奥へと進み。少し離れて見守っていると、玉座の老人は意識を取り戻したらしく。薬師さんの手から水筒をもぎ取ると、すごい勢いでガブガブと飲みはじめた。

 それを確認し、薬師さんは俺達の元へと戻ってくる。

 ……今のうちにとこっそり鑑定を発動してみると、

 ルエナ・アノングエ・ダフラ 人間 38歳 スキル:政治学Lv4 謀略Lv3 経済学Lv2 礼儀作法Lv2 状態:空腹(強) 飢渇(きかつ)(中) 絶望 地位:ダフラ王国第24代国王

 と出た。

 顔や手にかなり皺(しわ)が寄っているのでてっきり老人だと思っていたが、実は38歳らしい。どうやらあの皺(しわ)は、脱水症状のせいのようだ。

 それにしても、間違いなくこの国の王様である。それがどうして、こんな事になっているのだろうか?

 疑問の視線を送る俺の横で、老人改めダフラ国王が水を飲み干して一息つくのを待っていたように、エイナさんが口を開く。

「恐れながら。ダフラ王国国王、ダフラ24世陛下であらせられますか?」

 その言葉に、水筒を手放してジロリとエイナさんに視線を向けた国王が、少しかすれてはいるが、重い声を発する。

「……そなたは何者だ、王の前で立ったまま言葉を発するとは無礼であろう!」

 まだ声はガラガラで、大きい訳でもないが妙に威圧感がある。

 だがエイナさんの方もそれに怯(ひる)む事なく、立ったまま少し頭を下げて言葉を返す。

「申し遅れました。私はパークレン王国の国王、エイナ・パークレンです。お初にお目にかかります、ダフラ国王殿」

 エイナさんの言葉に、国王は大きく目を見開いて言葉を失うのだった……。

大陸暦426年8月26日

現時点での大陸統一進捗度 36.2%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・大陸の西半分を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児(こじ)用の土地を確保)

解放されたエルフの総数 83万2548人

内訳 鉱山に15万9019人 大森林のエルフの村4603ヶ所に53万2879人 リステラ商会で保護中の沼エルフ13万9596人(一部は順次大湿地帯に移住中) 保護した孤児2万4148人

資産 所持金 211億4001万

配下

リンネ(エルフの弓士)

ライナ(B級冒険者)

レナ(エルフの織物職人)

セレス(エルフの木工職人)

リステラ(雇われ商会長)

ルクレア(エルフの薬師)

ニナ(次期国王候補)

エイナ(パークレン王国国王)

クトル(フェアリー)

シェラ(エンシェントドラゴン)