とりあえず立て続けに起きた不可思議(ふかしぎ)な出来事を整理しようと、俺は頭を冷やしつつ起きた事を思い出す。
……まずはクトルがスルクトさんの髪に触れた時、不思議な行動を取った。
あれはその後の状況から推測(すいそく)すると、多分スルクトさんと会っていたのだろう。
姿が見えたのか、俺達が見たような光の玉だったのかはわからないが、クトルの魔力とスルクトさんの残留思念(ざんりゅうしねん)みたいな物が反応したのではないだろうか?
クトルが『承知しました』と言っていたのは、スルクトさんから妹の事を頼まれたのだと思う。そして同時に、俺からの魔力提供も頼まれたのだろう。
俺がスミクトさんの髪に魔力を流し込んだのは、クトルを生成した時とほとんど同じ行動だ。
そこにクトルも自らの魔力を注ぎ込む事によって、魔獣生成と似た感じで一時的にスルクトさんの残留思念みたいな物が光の玉として実体化し、俺とスミクトさんに言葉を伝えたのだ。
そして、クトルはその時に魔力を消耗し過ぎて気を失った。
気を失ったクトルは俺と妹の魔力供給で回復したが、その時にはスルクトさんの遺髪(いはつ)がエメラルドグリーンの宝石のような小石に変わってしまっていた……。
大体これで全部で、一番意味が分からないのは俺が魔力キャンディを舐(な)めて気を失ったクトルに口移しで魔力を送り込んだ時、なぜか妹が俺の口から魔力キャンディを奪ってまで交代してくれた事だろう。
あと、シェラがそれを手伝った気がする事も……。
……まぁ、これは意味はわからないけど理由はなんとなく見当がつくし、他の案件とは完全に別件な予感がするので、今は保留にしておこう。
なので俺は、妹からの魔力供給で回復したクトルにあの時の事を確認してみる。
「ねぇクトル。スルクトさんの髪に触れた時に、なにがあったの?」
「……洋一様。私……スルクト様にお会いしました」
「やっぱりそうか……なんて言ってた?」
「もしも願えるのなら、妹の事を気にかけてやって欲しいと……もちろん主(あるじ)への忠誠を優先した上で、もし妹が困っている事があったらできるだけ助けてやって欲しい。もし妹が泣いている事があったら、自分の代わりに頭を撫でてやって欲しいとお願いされました……」
「そっか……」
そういえばクトル、頭を下げて『承知しました』って言ってたもんな。
多分密林で二人一緒に暮らしていた頃は、スルクトさんがそうしてあげていたのだろう。
今のスミクトさんはわりとしっかりしているので想像しにくいが、昔はお姉ちゃんに頭を撫でてもらって泣き止んだりしていたのだろうか。
何年間だったのかは訊いていないが、人間にさらわれて奴隷にされていた時間が、図(はか)らずもスミクトさんを強く成長させたのだろうか?
とはいえ成長を喜べるような話ではないし、なんならずっと二人仲良く。甘えて甘えられてで穏やかに暮らしていて欲しかったと思うが、現実は二人の姉妹に、そして大勢のエルフさん達に過酷な運命を強いたのだ。
数えきれないほど沢山の姉妹や母子(おやこ)、友人達が生き別れになり、二度と会えなくなってしまったのだろう。
こんな形で一瞬だけでも、再会が叶ったのは幸せな方なのかもしれない。
そんな事を考えて暗い気持ちになっていると、クトルが力強い声で話を続けた。
「それともう一つ。スルクト様はすでに大恩を受けた身でありながら厚かましい事を承知の上で、妹に一言だけでいいから言葉をかけたいので、力を貸してもらえないかと願われました」
ああ、だから俺に魔力をと言ってきたのか。
「クトルは、俺の魔力と自分の魔力があればスルクトさんの……残留思念みたいな物を実体化できるって知ってたの?」
「いえ、知識として知っていたわけではありません。でもあの髪束に触れた時に、自分の体を構成する半分と同じ物に触れた時に、そうできる気がしたのです。私の体のもう半分を構成する洋一様の魔力と、その二つが入り混じった私の魔力とを使えば、それができると……」
「なるほど……そういえばスミクトさんが髪束に触れるようクトルに言ったのも、なにかを感じての事だったんですか?」
そう話を向けると、お姉ちゃんだった光の玉が消えた空間を呆然(ぼうぜん)と眺めていたスミクトさんが、ハッとしたように意識を取り戻した。
「いえ……確信があった訳ではありません。ですが、姉さんの髪からはなにか特別な感覚が感じられました。そしてそれはクトル様から感じるものと同じだと気がついたので、もしかしたらなにかが起こるのではないかと思ってお願いしたのです。まさか、もう一度姉さんの声が聞けるなんて思ってもいませんでしたが……」
そう言って涙ぐむスミクトさん。
「なるほど……スルクトさんの髪の毛やクトルから感じていた懐かしい感覚というのは、その石からも感じますか?」
俺の言葉に、スミクトさんはエメラルドグリーンの石をじっと見る。
「……いえ、もう感じません。クトル様はいかがですか?」
スミクトさんに問われてクトルが寄って行って石に触れるが、しばらくして首を横に振った。
「私もなにも感じません。もうスルクト様はここにはいないのだと思います」
『ここにはいない』……か。
その表現が自然に出てくる事に。クトルやスミクトさんが感じていた気配が明確なものだった事が伝わってくる。
自分の命を犠牲にして。仲間を救うために万難千苦(ばんなんせんく)に耐えて俺の元へとやってきたスルクトさん。
その目的を達成し。同時に命を失った時に、最後に残った心配事が妹であるスミクトさんの事だったのだろう。
そして今。妹の元気な姿を確認し、自分の分身たるクトルに妹の事を託せた事で最後の心残りもなくなり、元の世界で言う所の成仏ができたのだろう。
「……その石、どうするんですか?」
俺の問いに、石をのぞき込んでいたクトルとスミクトさんが顔を見合わせる。
「……洋一様がご所望とあれば、献上いたします」
スミクトさんがそう言って、石を捧げ持つようにして俺に向けるが、さすがにそれは受け取れない。
そりゃ宝石みたいで綺麗(きれい)だなとは思うけど、スルクトさんの形見なのだ。俺が持っていていいはずはない。
「俺はいいよ。二人にとって大切なものでしょ? どうするかは二人で相談して決めて」
「――ありがとうございます。ご温情に感謝の言葉もありません……」
そう言ってスミクトさんが頭を下げ、クトルも隣で全く同じ事をする。
やっぱりこの二人、息ピッタリだよね。
まさかどちらが持つかで喧嘩(けんか)するような事もないだろうから、どちらかが持つにしろ、どこかに安置(あんち)するなり埋葬するなりするにせよ。ゆっくりと話し合って決めてくれればいいと思う。
あとは……最後に一つだけ訊いておくか。
「ねぇクトル。スルクトさんの髪に触れた時に、スルクトさんの記憶とか感情みたいなのが入ってきたりした?」
「……記憶に関してはありませんでしたが、感情はあったかもしれません。今は以前よりもずっと、スミクト……様の事を愛(いと)おしく感じています」
その言葉に、スミクトさんの表情がパッと輝いた。
「――私も! 私もお姉ちゃんがここにいてくれてるんだって、そうはっきりと感じられるようになりました!」
スミクトさんは抱きつくように飛びついて、クトルを両手で優しく包み込む。
「……お姉ちゃん。記憶なんてなくたって、またこうして近くにいてくれるんだって感じられる事がなにより嬉しいよ。命がけで私達を救ってくれてありがとう、お姉ちゃん……」
そう言って、頬(ほお)ずりするようにクトルに顔を寄せるスミクトさん……なんだか感動的な光景だ……。
「お主らを救ったのは主殿(あるじどの)ではないのか?」
……うん、シェラはちょっと空気読もうね。ここはスルクトさんの命を賭(と)した行動によって、妹のスミクトさん達が奴隷の身分から解放された。それでいいじゃないか。
俺は空気の読めないエンシェントドラゴンを両手で抱えるように持ち上げて、しばらくクトルとスミクトさんを二人だけにしてあげようと、妹とライナさんに目配せしてそっとその場を離れるのだった……。
大陸暦426年9月28日
現時点での大陸統一進捗度 54.8%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・旧ダフラ王国内の大密林を領有・大陸の四分の三を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児(こじ)用の土地を確保)
解放されたエルフの総数 85万6334人
内訳は各地で順次進行中
保護した孤児7万6500人 ※全体の76%を達成
資産 所持金 268億3807万
配下
リンネ(エルフの弓士)
ライナ(B級冒険者)
レナ(エルフの織物職人)
セレス(エルフの木工職人)
リステラ(雇われ商会長)
ルクレア(エルフの薬師)
ニナ(次期国王候補)
エイナ(パークレン王国国王)
クトル(フェアリー)
シェラ(エンシェントドラゴン)