新年会の会場で楽しそうにしてくれているみんなを見ながら、俺はこの世界に来てからの事を思い出していた。

 妹と一緒にこの世界に飛ばされてきた日。無一文で寝る場所さえなく、雨に濡れて寒さに震え、空腹を抱えながらこのまま野垂(のた)れ死にしてしまう恐怖さえ頭をよぎる状況で、リンネに助けられたあの日の事を。

 そして、いつの日にか必ず恩返しをと誓って始まった、エルフさん達の解放計画の事を。

 冒険者ギルドのエリスさんからライナさんを紹介され、妹のエイナさん、さらにその親友のリステラさんと人脈が広がり、エルフさん達の保護に必要な資金集めに奔走(ほんそう)した事。

 エルフさん達の繁殖施設である牧場を見、エルフさん達が酷使されている鉱山を見、不治の病にかかった妹を薬師さんに助けてもらって、さらに恩義が増えた事。

 ニナを保護して、仲間が増えてエルフさん達の解放を進め、ファロス大公と共に内戦を戦って、リンネの妹を見つけだして助ける事ができた日の事を。

 ドラゴンも狩ったし、イドラ帝国とサイダル王国の侵攻を撥ねつけて逆に攻め滅ぼし。スルクトさんには改めてエルフの解放を頼まれた。

 妹から勇者や魔王の話を打ち明けられ、魔王の力を使ってクトルとシェラを生成して、その協力を得て大陸東部にも攻め込んだ。

 そしてそこでスミクトさんと出会い、大陸東部の大部分を制圧して現在に至る。

 思えば本当に色々な事があったし、色々な人とも出会った。

 エルフの解放計画は俺と妹が安全に暮らせる場所の確保も兼ねた計画だったが、この世界に来てから8年余りの時を経て。最初は夢物語だと言われた計画は今、確かな形を成して俺達の前に出現しつつある。

 ……本当に実現するまでには、もう少し時間がかかるだろう。

 リステラさんの協力を得られて予想より早まりそうだとはいえ、エイナさんのパークレン王国が大陸を統一し、エルフさん達全員を奴隷の身分から解放するだけでも多分あと数年。

 全員を故郷に帰すまでには、10年かそれ以上。

 そして人間とエルフが肩を並べて共に暮らせる世界を実現するまでには、数十年か100年以上。

 生きて見届けられるかどうかも分からない途方もない時間だが、それでも今や夢に至る道筋は明確なものとなり、時間さえかければ実現できる所まで到達したのである。

 今日の集まりは名目上ただの新年会だが、今ここに集まってくれている仲間達は、これからこの大陸に新しい世界を構築して上で中核になってくれる重要な人達だ。

 沼エルフの国王候補だけはまだ未定だけど、人間の国の王であるエイナさんと、その後継者となるニナ。そしてそのエイナさんの安定剤であるライナさんとリステラさん。リステラさんは商人として、人間とエルフの間の交易を仲介してくれる存在でもある。

 リンネは山エルフの国王候補筆頭だし、薬師さんはそれを支えてくれ、財政的な助けにもなってくれるだろう。

 さらに森エルフの国王候補であるスミクトさんに、その支えであり、通信網が未発達なこの世界では優秀な連絡係となってくれるクトルもいる。

 そして、場合によっては再び人間達の前に姿を現し、巨大な脅威となる事によって人間とエルフが協力する重要性を教えてくれる、エンシェントドラゴンのシェラ。

 実に頼もしい、これ以上は望めないと思えるくらいに最高のメンバーである。

 このメンバーが動いてくれれば、あとは俺がなにもしなくても最終目標まで到達できると思う。

 ……とはいえ、まだまだ気を抜けない状況なのも確かである。

 道筋が立ったとはいえ、大陸全土ではまだ200万~300万人のエルフさん達が奴隷の地位にいる見込みで、保護できているのは100万人ほどに過ぎない。

 エルフさん達に対する人間の認識についても、ドラゴンが暴れた東部ではかなり好転しつつあるけど、それ以外の場所ではまだまだだ。

 東部でだって一変した訳ではなく、エルフを下等な種族だと見下す人は今でも少なくない。というかむしろ多数派だ。

 パーティーの席などではドラゴン撃退に活躍したリンネ達を讃(たた)えてくれる人達の中にも、心の底ではエルフを下等種族だと見下している人や、リンネ達と一般の奴隷エルフは別だと考えている人達も大勢いるだろう。

 長い時間固定されてきた認識だけに、改まるのにも長い時間がかかるのは仕方がない。一朝一夕にはもちろん、10年やそこらで変える事も難しいだろう。

 だが今は、さらに長い時間を待つ事ができる態勢(たいせい)が完成しつつあるのである。

 とりあえずはエルフさん達を奴隷の立場から解放して身の安全を確保し、準備が整い次第(しだい)故郷への移住を推進する。

 奴隷にされているエルフさん達が全て解放され、故郷に戻って人間と別れて暮らすようになれば、そもそもエルフという存在自体が人間達の中で希薄になっていくだろう。

 エルフを奴隷として使った事があり、エルフイコール奴隷として認識が固定化されてしまっている人達の考えを改めるのは難しいが、やがてエルフなんて見た事もないという子供達が生まれ育ち、それが多数派となれば、新しい認識で上書きする事も容易となるはずだ。

 たとえばリステラさんの商会で働いているような。人間と対等な立場で仕事をする平等な存在としてである。

 気の長い話だが、それでも確かに。人間とエルフが共に並び立つ世界への道なのである。

 それは俺とリンネが、あの古びた宿屋で夢に描いた世界。

 エルフさん達の境遇(きょうぐう)に涙を流した妹が、そうなったらいいのになと望んだ優しい世界。

 そしてスルクトさんに命と引き換えに託された、平和な世界である。

 それが今はっきりと形を現し、ここにいるみんなの協力があれば実現できる所まできているのだ。

 今日までの様々な出来事を思い出し。俺は言葉にできない感慨(かんがい)を胸に、感謝の気持ちを込めて集まってくれた頼もしい仲間達を見つめるのだった……。

大陸暦427年1月15日

現時点での大陸統一進捗度 54.8%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・旧ダフラ王国内の大密林を領有・大陸の四分の三を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児(こじ)用の土地を確保)

解放されたエルフの総数 97万5251人

内訳は各地で順次進行中

保護した孤児8万8193人 ※全体の88%を達成

資産 所持金 168億3516万

配下

リンネ(エルフの弓士・リングネース商会商会長)

ライナ(B級冒険者)

レナ(エルフの織物職人)

セレス(エルフの木工職人)

リステラ(エルフ解放計画遂行担当・リングネース商会副商会長)

ルクレア(エルフの薬師)

ニナ(次期国王候補)

エイナ(パークレン王国国王)

クトル(フェアリー)

シェラ(エンシェントドラゴン)