クムシ国王によるエイナ国王襲撃事件が起きてから三日。

 エイナさんは優秀な国王としての能力を遺憾(いかん)なく発揮して、あっという間に内外の混乱と動揺(どうよう)を鎮(しず)めてくれた。

 クムシ国王はエイナ国王の暗殺を企(くわだ)てたものの、なにも成す事なくあっさり捕らえられたと発表され、俺は見に行かなかったけど、翌日の夕方には公開処刑が執り行われたらしい。

 さすがに国王暗殺未遂犯とあってはやむを得ない処置だろうし、国の法律が正しく適用された結果なので仕方がない。

 むしろ、ただの死罪で済んだ分幸運だとさえ言えると思う。

 もしライナさんが助からなくて暴走モードのエイナさんのままだったら、一体どんな残酷な刑罰が与えられたのか。想像もできないし、したくもない。

 クムシ王国については、俺とリステラさんの説得でエイナさん暗殺未遂の罪は国王一人の責任となり、他には及ばない事になった。

 ただ、どうもクムシ王国自体武闘派が支配する過激な国であるらしく、次の国王になるだろう人物も似たような性格の危険な人らしい。

 ダフラ王国が割に合わないと結論を出して放置していたのも納得だが、暴走モードや阿修羅(あしゅら)モードではないにせよ、エイナさんを怒らせた事には間違いないので、多分そのうち処されるだろう。

 一応、敵対してくる指導者層はともかく、一般国民にはなるべく優しくしてあげてくださいねとお願いしたので、その辺りも上手くやってくれると思う。

 ライナさんは無事だったんだし、リステラさんもいるからそう無茶な事はしないだろう。

 ……そして俺の周りでは、驚異的な回復を遂げたライナさんが護衛に復帰してくれて、いつも通りの日常が戻っていた。

 活躍してくれたシェラへのご褒美(ほうび)は、俺の血をあげられる状態ではなかったので、妹にお願いして羊10頭分のカラアゲを三日連続で提供する事になり、大変ご満足いただけたようだった。

 妹にもカラアゲ作りのお礼をなにかしようと思って訊いてみたら、『なんでもいいの?』と訊かれたので『俺にできる事ならなんでもいいぞ』と答えたら。ゆっくり考えたいからという事で、『お兄ちゃんがなんでもお願いをきいてくれる券』の発行をお願いされた。

 ……ちょっと怖い気がしたが、今きくのも後できくのも大差ないだろうし。結構な労力を払ってもらう見返りなので思い切って二枚発行したら、『お兄ちゃん、ありがとう!』と言って、大切そうに胸に抱きながら満面の笑顔を浮かべて喜んでくれたので、良かったと思う事にしておこう。

 そんな感じで概(おおむ)ね事件が片付いた1月18日の夜。俺はエイナさんに呼び出されて、一人でエイナさんの執務室を訪れていた。

 いつもなら俺一人でと言っても基本妹がセットでくっついてくるのだが、今回はエイナさんたっての希望で、間違いなく一人である。

 まぁ扉の前までは着いてきていて、今もそこで待っているんだけどね。護衛のライナさんと、なぜかシェラとクトルも一緒にだ。

 ……四人を残して一人で部屋に入ると、俺の姿を認めたエイナさんは手にしていたペンを置いて立ち上がり、おもむろに服のベルトを外しはじめる……。

「え、ちょ!?」

 一瞬服を脱ぎはじめたのかと思って慌てたが、エイナさんは抜き取ったベルトの一部にナイフを入れて、小さく折り畳まれた紙を取り出した。

 ちなみに今回のナイフは、事務用の小型のやつだ。シェラの命を狙った毒ナイフは、多分毒を落としてどこかにしまわれたのだと思う。

 ……それはともかく、エイナさんは取り出した紙を開いて内容を確認すると、俺に向かって差し出してきた。

「洋一様。これをお返し致します」

 渡された紙を見てみると、それは俺とエイナさんの署名が並んで入った計画書。

 懐かしい。昔イドラ帝国への侵攻作戦を前に、エイナさんが最後の手段として用意した十日熱を使った細菌兵器。あれの使用計画書だ。

 たしか、俺と一蓮托生(いちれんたくしょう)の関係が欲しいと言うエイナさんの希望で、署名をした記憶がある。

 どうやらベルトに縫(ぬ)い込んで、肌身離さず持っていたらしい。

「……いいんですか? 俺が裏切らないようにするための切り札だったんじゃないんですか?」

「はい。ですがもう必要なくなりました。まぁ、元々どこまで有効かは疑問でしたがね……」

 この計画書は俺が非人道的な計画に加担していた証拠として、妹に見られてしまったら信用を失って嫌われてしまうかもしれないという所に価値がある。

 エイナさんがお姉ちゃんに嫌われたくないのと同様、俺も妹に嫌われてしまったらなんて、考えるだけでも膝(ひざ)から崩れ落ちてしまいそうになるし、ちょっと泣きそうになってしまうくらいなので、そこに俺を縛る力があったのだ。

 ……もっとも最近の妹を見ていると、エイナさんがどこまで有効か疑問に思ったのも分からなくはない。

 だがそれでも、俺に対して一定の効果があるのも間違いないのである。

 少なくとも俺はこれをネタに脅(おど)されたら、かなりの部分まで言いなりになってしまうだろう。

 それを返してくれるとは。必要がなくなったとはどういう事だろうか?

 俺はなにか、別のもっとヤバイ弱みでも握られてしまったのだろうか?

 ちょっと脅(おび)えながら視線を上げると、エイナさんは昔を思い出すように、少し遠い目をして言葉を発する。

「……その書面を作った時。洋一様は自分にも一通欲しいとおっしゃいませんでしたよね。私にはそれをいつでも香織様に見せる事ができるというカードを与えておきながら、ご自分は同等の条件を。お姉様に見せるための一通を要求しませんでした」

 ……ああ、そういえばそうだった気がする。

 俺が当時の事を思い出している間に、エイナさんは淡々とした口調で言葉を繋ぐ。

「その書面を作る提案をした時は、当然洋一様にも一通を求められるものだと思っておりました。なのにそれを求められなかった時、私は心の底から恐ろしく感じたのですよ。それはすなわち、洋一様はそんなものがなくても私を御(ぎょ)せるとお考えか、あるいはわざわざそんなものを使って私を縛るほど、私に価値を見ておられないかのどちらかだと思いましたからね。そしてそのどちらであっても、私よりも遥かなる高みにおられるという事です」

 ……おおう、なんか俺の知らない所でずいぶんと過大評価された上に、すごく恐れられていたらしい。

 俺としては、エイナさんが裏切らない保険としては姉のライナさんがいてくれれば十分だと思っていたし、エイナさんを脅す気なんて初めからなかっただけなんだけどね。

 仮に俺がこの計画書の複製を持っていたとして、それをネタにエイナさんになにかを迫るなんて、恐ろしすぎる。

 俺の中では初対面のあの日から、エイナさんはずっとこの世界で敵に回してはいけない人物リストのダントツ一位を維持し続けているのだ。

 そんな相手を脅(おど)すなんて極大リスクを取るくらいなら、俺は間違いなく逃亡を選んだだろう。

 だが結果的に、俺のその脅(おび)えがエイナさんを余計に警戒させる事になっていたらしいので、世の中なかなか上手くいかないものである。

 ……そんな事を考えていると、エイナさんはポツリと呟(つぶや)くように言葉を発した。

「まぁいずれにしても、今となってはどちらでもいい事ですか……」

 そう言いながらエイナさんは机の引き出しを開け、ゴトリと重そうなものを取り出した。

 ……机の上に置かれたそれは、俺にとってとても見慣れた物。

 木と鉄で作られた、あの奴隷の首輪だった……。

大陸暦427年1月18日

現時点での大陸統一進捗度 54.8%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・旧ダフラ王国内の大密林を領有・大陸の四分の三を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児(こじ)用の土地を確保)

解放されたエルフの総数 97万5251人

内訳は各地で順次進行中

保護した孤児8万8193人 ※全体の88%を達成

資産 所持金 168億3516万

配下

リンネ(エルフの弓士・リングネース商会商会長)

ライナ(B級冒険者)

レナ(エルフの織物職人)

セレス(エルフの木工職人)

リステラ(エルフ解放計画遂行担当・リングネース商会副商会長)

ルクレア(エルフの薬師)

ニナ(次期国王候補)

エイナ(パークレン王国国王)

クトル(フェアリー)

シェラ(エンシェントドラゴン)