エイナさんの執務室に呼び出され。話をした後出てきたのは、奴隷の首輪だった。

 エルフさん達の首に。そしてニナの首にもつけられていた、俺にとって嫌な記憶しかない代物(しろもの)である。

 なぜこんな物が出てきたのか。俺は当惑(とうわく)と多少の不快感を込めて言葉を発する。

「これはどういう事ですか?」

「お約束したではありませんか。もしお姉様の命を助けて下さったら、どんなお礼でもすると。身も心も全て洋一様の所有物になると……」

「え……?」

 あまりに予想外な返答に、俺の中から不快感が吹き飛んで当惑120%になってしまう。

「……でもあれは、シェラからドラゴンの秘薬を採取するのに成功したらという話だったのでは?」

「私はそう申し上げたつもりはありません。『お姉様を助けて下さったら』と言ったつもりです。そして洋一様は、本当にお姉様の命を救って下さいました。であれば、私がするべきは約束を果たす事です」

 ……真剣な表情で、じっと俺の目を見て言うエイナさん。

 それはつまり、エイナさんにこの首輪を嵌(は)めて奴隷にしろという事なのだろうか?

 いやいやいや、そんな恐ろしい事とてもできないし。第一首輪を嵌めて鎖(くさり)で繋いだエイナさんを連れて部屋に帰ったりしたら、妹になんて言われるかわかったものではない。

 それこそ、十日熱細菌兵器の件がバレたのと同じくらいに信頼を失ってしまうのではないだろうか?

 ちょっと白い目で見られるくらいならそれはそれで悪くない気もするが、ドン引きされて見損なわれでもしたら、俺はもう一生立ち直れなくなってしまう気がする。

 それに妹ばかりではなく、リステラさんやライナさん。ニナにもなんて言われるか分かったものではないし、リンネをはじめとしたエルフのみんなにも思いっきり軽蔑(けいべつ)されてしまうだろう。

 ……リンネは優しいから、軽蔑したりせずにただ深い失望を浮かべて、悲しそうな目で俺を見るのだろうか?

 ……うん、想像しただけで泣いてしまいそうになるな。

 と言うかこれはもしかして、みんなから俺への信用を失わせようとする高度な罠だったりするのだろうか?

 一瞬そんな考えさえ頭をよぎるが、それにしてはエイナさんが取るリスクがあまりに大きすぎる。

 本当に奴隷にしてしまって、その後はどこかの一室に閉じ込めて人前に出さない方法だってあるのだし、エイナさんが一番警戒しているであろうシェラに関しては、エイナさんが首輪をつけていても特に気にしないだろう。

「……って、ちょっと待ってくださいエイナさん!」

 俺が考え込んでいる間に自分から奴隷の首輪をつけようとしているエイナさんを、飛びかかるようにして制止して半ば強引に首輪を奪い取る。

「奴隷になるって、国王の仕事はどうするんですか!?」

「この三日で引き継ぎの案件をまとめておきましたので、王位はニナに譲れば問題ないでしょう。彼女は優秀ですから、リスティの補佐があれば十分に国王の仕事をこなす事ができるはずです。ご主人様のご命令があれば、私が裏から手を貸す事も可能ですし」

 ……ちょっと待って、なんか俺の呼称が妙な事になっちゃってるぞ?

 エイナさんから御主人様呼びとか、なんかもう違和感と恐怖しか感じない。

 そして、国王が奴隷になって代わりに元奴隷が国王になるというのはなんかものすごく下克上(げこくじょう)感があるが、別にそんな展開を求めてもいない。

 俺はただ統一された大陸が安定的に運営されて、エルフさん達と俺と妹が平和に暮らせればそれでいいのだ。

「……あの、エイナさん。俺としては奴隷にはなってくれなくていいので、今まで通り国王を続けてもらって、大陸の統一と安定化。エルフさん達の解放と地位向上に協力していただければ、それで十分なのですが……」

 俺の言葉に、エイナさんはじっと俺に視線を集中する。

「よろしいのですか? 私のような人間は首輪でもつけておかないと、いつ何時(なんどき)主人を裏切るかも知れませんよ。自分で言うのもなんですが、もしも私が私を部下にするのなら、首輪に加えて常時二人以上の監視をつけておくでしょうね。重要人物であるあなたを守るための護衛だとかなんとか、白々しい嘘をついて」

 ……うん。自分の事を客観的(きゃっかんてき)に正しく評価できる人はそれだけで優秀だって言うけれど、エイナさんは間違いなく優秀なんだろうね。

 でも正直な所、首輪なんかつけなくても今更エイナさんが俺を裏切るとは思えない。

 エイナさんは必要だと思えば裏切りでも何でもやる人だと思うけど、逆に言えば必要もなくそんな事をする人ではない。

 むしろエイナさんが本気で裏切りを考えているのなら、その瞬間までは一点の曇りもない忠実な部下を演じ続けて、ここぞというタイミングで最大効果の裏切りをぶちかましてくると思う。

 自分から『裏切るかも知れませんよ』なんて言うのは、むしろその気がないからだろう。

 長年エイナさんを見てきた俺の直感だけど、そう外れてもいないと思う。

 なにより今更俺を裏切る必要が生じる事なんて、多分ないだろうしね。

 俺がライナさんに危害を加えたりしたら別だが、それはむしろ俺がエイナさんを裏切る行為だ。

 と言うかそもそも、エイナさんは陰謀・謀略・裏切りにまみれた世界で生きてきて、本人もやたらと適性が高かったせいでその世界の王に君臨しているけど、本当はライナさんに。清廉潔白(せいれんけっぱく)で気高(けだか)いお姉ちゃんに憧(あこが)れるような、純粋な一面も持っているのだ。

「……エイナさん、やっぱり首輪はいらないですよ。そもそもエイナさんが本気で俺を裏切ろうと思ったら、こんな首輪大した障害にはならないでしょう? それに、お姉さんの命の恩人を裏切るような人なら、どのみち仲良くなんてなれないですしね」

 ……今更裏切るとは思えないが、それでもちょっとだけ念を押しておく。

 ライナさんの命の恩人となった事を利用するようでちょっと心苦しいが、今のエイナさんには効果抜群だろう。

 ……そして俺の見立て通り。エイナさんは姿勢を正すと、改めて頭を下げた。

「おっしゃる通りです。この度のご恩、生涯決して忘れないとお誓い申し上げます。たとえ身に首輪はつけていなくとも、私の心は洋一様に隷属(れいぞく)している事をご承知置き頂ければ幸いでございます。ご命令を頂ければ、特定の事以外はなんでもいたしましょう」

 特定の事とは多分、ライナさんに関する事だろう……もしかしたらリステラさんもかもしれない。

 どちらにしても、俺にライナさんやリステラさんを害する気なんて欠片(かけら)もないので、実質的には制限がないのと同じである。

 そして今の言葉を信じるなら、ライナさんとリステラさんに関する事以外ならエイナさんは俺の言う事をなんでも聞いてくれる存在になったという事だ。

 ……本当だろうか?

 裏切らないとは信じているが、なんでもというのはさすがにオーバーなのではないだろうか?

 ……こういう時はやはり、試してみるのが一番だろう。

 俺は頭の中で色々考えて、一つの問いを口にする。

「エイナさん、なにか俺に秘密にしている事を教えてください。一つでいいですから」

 裏で色々やっていそうなエイナさんの事だ。秘密なんて山ほどあるだろう。

 ここでどんな秘密が出てくるかで、エイナさんの覚悟をある程度測る事ができると思う。

 俺の言葉に。エイナさんは一瞬考えてから口を開いた……。

大陸暦427年1月18日

現時点での大陸統一進捗度 54.8%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・旧ダフラ王国内の大密林を領有・大陸の四分の三を支配するパークレン王国に強い影響力・旧サイダル王国領東部に孤児(こじ)用の土地を確保)

解放されたエルフの総数 97万5251人

内訳は各地で順次進行中

保護した孤児8万8193人 ※全体の88%を達成

資産 所持金 168億3516万

配下

リンネ(エルフの弓士・リングネース商会商会長)

ライナ(B級冒険者)

レナ(エルフの織物職人)

セレス(エルフの木工職人)

リステラ(エルフ解放計画遂行担当・リングネース商会副商会長)

ルクレア(エルフの薬師)

ニナ(次期国王候補)

エイナ(パークレン王国国王)

クトル(フェアリー)

シェラ(エンシェントドラゴン)