大陸の南部ではもう初夏の気配さえ感じられる、陽射しがまぶしい4月の23日。

 警戒を厳重にしたのと妨害もあって少し遅れて、俺達はエスキル小王国との国境に到着した。

 国境と言っても平原に多くの小国家が林立する地域なので、川や山脈などのわかりやすい目印がある訳ではなく、むしろ柵や関所のようなものさえなく。草原を貫く道沿いに、小さな石の目印が置いてあるだけだった。

 俺がイメージする国境とはだいぶ違うが、大切なのはどの村がどの国に属するかや、水などの利権がどうなっているかであって。草原の国境線が厳密にどこに引かれるかなんて大した問題ではないのだろう。

 遠征軍はエイナさんの指示によって国境を越える事はなく、その手前で一旦停止して陣を敷く。

 俺もエイナさんと一緒に国境を偵察しに行ったが、気球に乗って上空から見てもエスキル小王国軍が陣を構えている訳ではなく。一番近くに見える村にもなにも動きは見られなかった。

 エイナさんは目を凝らしてずいぶん長い間敵の姿を探していたし、俗に言う威力偵察というやつで、少数の騎兵隊に国境を越えさせたりしていたが、相手側からの反応は何もない。

 ……こうなるともう、いよいよもって不気味である。

 ここまでの道中でも、標識(ひょうしき)が変えられていたり橋が焼かれていたりといった妨害はあったが、敵の姿は一人も確認されていない。

 俺達の進撃を遅らせて時間を稼いで、それで向こうはどんな対応を取るつもりなのだろうか?

 今の所後続の補給部隊に襲撃があったという連絡はきていないし、エスキル小王国にはかつてのイドラ帝国のような、敵を自国領深く誘い込んで消耗させ、弱った所を攻撃する戦術を採れる広さもない。

 想定されるエスキル小王国の兵力は、ほとんど歩兵の3000人。人口20万人ほどの国だから、めいいっぱい住民を動員すれば数万人の兵士を集める事はできるかもしれないが、そんな寄せ集めの軍隊でまともに戦えるとも思えない。

 ……にもかかわらず、エイナさんの元に日々届けられる潜入工作員からの情報では、敵の戦意は依然(いぜん)として旺盛(おうせい)であり、各地では村から街に人が移動して、篭城戦の準備が着々と進められているらしい。

 さすがのエイナさんも敵の意図を図りかねているようで、とりあえず国境を越えるのは一日待って、今夜軍議を開く事になった。

 それまでに俺も色々と考えてみるが、豊臣秀吉に攻められた小田原城みたいな状況なのか。

 あるいは第二次世界大戦のドイツみたいに、首都まで戦場にして断固戦うつもりなのだろうか。

 そんな想像しか浮かんでこないが、どちらのパターンでも名君と呼ばれる王が取る選択肢とは思えないし。兵士や住民の士気が旺盛(おうせい)なんて事にもならないだろう。

 むしろ状況を悲観して、こちらに内通する人達が出てもおかしくないはずだ。

 本気で俺と妹以外にも別の世界から来た人間がいる事を警戒して、なにか気配はないかとエイナさんの元に届く潜入工作員からの情報を見せてもらったが、『近年新しい技術を大々的に導入し、急速に国力を上昇させている』という文字にドキリとしたものの、内容を見てみるとどれも見覚えのあるものばかりで、俺が知識を提供してファロス工業技術大臣が改良し、量産普及した道具や機械類だった。

 ……新しい技術の価値に気付いて積極的に導入している事や、遠く離れた西方の国の知識をいち早く掴んで取り入れている所はさすが名君と呼ばれるだけあるのだろうが、ならばこそ余計に、その技術の発祥地であるパークレン王国には強い警戒心を抱(いだ)いているはずである。

 そして今やそのパークレン王国が、圧倒的な力を持って大陸統一を進めているのだ。

 それにたった一国で抗うなど、どう考えても正気の沙汰とは思えない。

 ……不気味な不安を抱えながら頭を悩ませていると、陽が傾いて軍議の時間になる少し前。不意にクトルが遠慮がちに話しかけてきた。

「あの、魔王様。なんだかこれから音が聞こえる気がするんですけど……」

 その言葉と共に差し出されたのは、澄んだ緑色をした小さな石。

 スルクトさんの髪が俺とクトルの魔力を受けて変化し、クトルとスミクトさんが半分ずつ持っている、あの石だった。

 ……石から音というのは妙な感じがするが。とりあえずクトルから石を受け取って耳を近づけてみると、なるほど微(かす)かに音が聞こえてくる気がする。

 ――だがその音はあまりに小さく、なんの音なのかはさっぱりわからなかった。

 他の人にも意見を求めて、妹・エイナさん・ライナさん・ニナ・薬師さん・シェラと回してみるが、反応は俺と同じである。

 軍議の前の打合せで来ていたリンネにも聴いてもらったが、耳が長くて人間より聴力がいいエルフの。しかも狩猟が得意で聴覚には自信があるというリンネの耳をもってしても、なんの音かは判断がつかないようだった。

 こういう時は……やっぱりあの方法だろうか?

 この石は俺とクトルの魔力によって生成されたもので、クトルがいつも肌身離さず身につけているのでクトルの魔力は十分に充填されているだろうから、あと可能性があるとしたら俺の魔力である。

 俺はクトルの許可を得て、石に多めの魔力を流し込んでみる……。

『ガ……ザザ……』

 一瞬古いラジオみたいな音が聞こえたかと思うと。次の瞬間にははっきりと聞き取れる大きさで、人の声が聞こえてきた。

『若い者達は建物の中に隠れていなさい! 弓を扱える者は周囲を固めて!』

 ――緊迫感に満ちた、聞き覚えのある声。

 これは……スミクトさんの声だ。

『こちらから先に攻撃をかけることは絶対にしないように! 襲撃者に捕らえられている者がいないか、人数の確認を急いで!』

 矢継早(やつぎばや)に聞こえてくる言葉の中に、襲撃者という不穏極まりない言葉が混じる。

「――スミクトさん、聞こえますか!? 俺です、洋一です!」

 とっさにこちらからも大声で呼びかけるが、何度叫んでもスミクトさんからの反応はない。

 緊急事態なので反応している余裕がない……という訳でもないだろう。多分最初俺達が頭を悩ませたように、石がほんの微(かす)かな音しか発していないのだ。

「魔王様……」

 クトルが今にも泣き出しそうな目をして、青褪(あおざ)めた顔と震えた声で俺を呼ぶ。

 血こそ分けていないが、魂を分けた妹が危機に陥(おちい)っているのだ。

 そりゃ涙目にもなるだろう。

 というか俺だって、スルクトさんから『妹をよろしくお願いします』と頼まれた身なのである。

 もしスミクトさんになにかあったら、スルクトさんに合わせる顔がない。

 ……だが、俺が今いる場所は大陸の南東部なのだ。

 スミクトさん達の村がある大密林の北部までは早馬を飛ばしても半月以上かかる距離だし、ザルートの街にいるリステラさんに連絡を取ろうにも、クトルに全力で飛んでもらって二・三日はかかるだろう。

 そこからさらに救援部隊を組織して派遣してもらうとなると、併せて一週間ほどはかかる計算になる。

 石から聞こえてくる切迫した状況を考えるに、それではとても間に合わないだろう。

 ……クトルを直接スミクトさんの元に向かわせる方法もあるが、クトルは戦闘力があまり高くない。

 一応ちょっとした風属性魔法が使えるはずだが、大勢の襲撃者と渡り合うには明らかに力不足である。

 となると、今採れる最善の手は……。

 必死に考え。しばらくして一つの結論に至った俺は、顔を上げて言葉を発するのだった……。

大陸暦427年4月23日

現時点での大陸統一進捗度 94.1%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・旧ダフラ王国内の大密林を領有・大陸の98%を支配するパークレン王国に完全な影響力・旧サイダル王国領東部に孤児(こじ)用の土地を確保)

解放されたエルフの総数 120万8330人

内訳は各地で順次進行中

保護した孤児10万483人 ※全体の99%を達成

資産 所持金 168億3028万(-58万)

配下

リンネ(エルフの弓士・リングネース商会商会長)

ライナ(B級冒険者)

レナ(エルフの織物職人)

セレス(エルフの木工職人)

リステラ(エルフ解放計画遂行担当・リングネース商会副商会長)

ルクレア(エルフの薬師)

ニナ(次期国王候補)

エイナ(パークレン王国国王・主人公に隷属)

クトル(フェアリー)

シェラ(エンシェントドラゴン)