『パークレン女王陛下。貴女はドラゴンを従えてなどいませんね』

 口元にかすかな笑みを浮かべながら、そう告げたエスキル女王。

 その笑みの理由は自分の賭けが当たった喜びか、あるいは勝利を確信しての愉悦(ゆえつ)なのか。……いや、この人の中身はおそらくエイナさんにかなり近いタイプだから、そんな感情を表に出すような事はしないだろう。

 この人。エイナさんを同じ女王としてライバル視……というよりも尊敬していたみたいだから、多分自分がそのエイナさんの上を行った事が純粋に嬉しいのだ。

 その事を証明するように。『現に私はドラゴンを従えているではありませんか』と言ったエイナさんに、エスキル女王は楽しそうというよりも嬉しそうに言葉を返す。

「ごもっともです。ダフラ王国を蹂躙(じゅうりん)したドラゴンの動きと、それに合わせたパークレン王国軍の動き。そしてその結果を見れば、ドラゴンがパークレン王国を利するために動いていたのは明らかです」

 おお。エイナさんが後世の歴史家は疑うに違いないと言っていた、俺達とドラゴンとの関係。そこに早くも感づいていたとは、やはりこの人は頭がいいし、大した情報収集能力だ。

 ……でも、それならむしろエイナさんがドラゴンを従えていると考えるんじゃないだろうか? 従えているのではなく協力関係なだけ……とかいう話でもない感じがするし。

 強い疑問を覚えながら、エスキル女王の次の言葉を待つ。

「こうして女王陛下にお会いして。言葉を交わして改めて確信しましたが、パークレン女王陛下のなさる事には一点の無駄もなく、美しいまでに効率的です。そしてそうであるならば、今お取りの行動にも理由があってしかるべきです。どうやってこちらの動きを知ったのかは分かりませんが、村一つのために遠征中の軍を放り出して、わずかな従者だけを連れてて最優先で飛んでくるほどの理由がです」

「――なるほど。つまりその理由こそがドラゴンを従える方法であり、その秘密があの村にあるという訳ですね。……いい判断です。秘密の手がかりは見つかりましたか?」

「……ふふっ、そのお褒(ほ)めの言葉は罠(わな)ですね? たしかに私はあの村が重要だと睨(にら)んでいました。ドラゴンはダフラ王国を蹂躙(じゅうりん)した後、最後は大密林に消えたと報告を受けています。そしてそこにドラゴンを利用した女王陛下が村を作らせているとなれば、そこでドラゴンが飼われている事と、そこにドラゴンを使役できる者がいるのは明らかです。ドラゴンはあの巨体ですから、おいそれと連れ回す事などできるはずがありませんからね。……そして一番気になったのは、作られているのがエルフの村らしいという情報でした」

 ……さすがのエスキル女王でも、ドラゴンが少女の姿になって連れ回されているとは想像がつかなかったらしい。

 だが多少のズレを生じているものの、エスキル女王の読みはすごくいい線をいっている。

 エルフさん達の存在に着目している事も含めてだ……。

 女王は一体どれだけ俺達の情報を掴んでいるのか。

 底が知れない相手に不安を抱(いだ)きながら、じっと次の言葉を待つ。

「私はあらゆる手段を講じて、女王陛下の情報を集めてきました。女王陛下のなさる事は全てにおいて惚れ惚れするほど効率的であり、感動すら覚えたものです。……なのに私はずっと、一つの事に対してだけはその必然性を見つけられずにいました。それは女王陛下のエルフに対する扱いです。膨大な手間と費用をかけてエルフを奴隷の身分から解放し、保護まで与える事になんの意味があるのかと。私にはずっと疑問だったのです」

 ……うん、それは俺が頼んでやってもらっていた事だから、俺の存在を知らなきゃそりゃ謎だろうね。

 あらゆる手段を講じてエイナさんを調べていた人にまで存在を悟(さと)られなかったというのは、気を使ってきたかいがあったというものだ。

 心の中でちょっと自己満足に浸っている間にも、エスキル女王の言葉は続く。

「最初は、女王陛下がイドラ帝国とサイダル王国の侵攻を撥(は)ね付け、逆に攻め滅ぼした一連の戦い。あの時に絶大な威力を発揮した熱気球とグライダーの知識をエルフから得たのかと思いましたが、それなら戦いが終わった後もエルフを保護し続けるのはおかしな事です。知識さえ得てしまえは後はもう用済みなのですから、効率を重視するならさっさと首を刎(は)ねてしまうか、知識をもたらした者だけを重く用い、エルフを救いたいのならその者の裁量の範囲内で行わせればよいだけの事です」

 おおう、この人もたいがい怖い事言うな……。

 て言うか、エイナさんをよく調べた人の認識がこれって、エイナさん回りからどう思われているんだろうね。

 そりゃ恐れられているという話もよくわかるわ……。

 ……でも考えてみれば、もし武器になるのが知識だけなら、それを得てしまった後の出涸(でが)らしにはなんの価値もないのも確かである。

 個人的にゾッとする話だけど、効率を重視するなら約束があったとしても反故(ほご)にしてしまえば、それで済む話なのだ。

 人間相手なら信用問題とかが関わって面倒くさいけど、相手が一般に下等な種族だと認識されているエルフなら、逆に保護を行う方が反発を招いて面倒くさい。

 実際俺達も、それで散々苦労してきたのだ……。

 エイナさんが黙って聞いているのに気を良くしたのか、エスキル女王は楽しそうに話を続ける。

「私がずっと抱いていた謎の答えかもしれないものを見つけたのは、女王陛下が今回の東部遠征にドラゴンを用いられた時でした。最初はまさかと思いましたが、集めた情報を見る限りドラゴンは明らかに女王陛下の意を受けて動いていた。我々人間には及びもつかない、圧倒的な力を誇る魔獣。その力を得られるのなら、エルフの解放と保護に投じる労力と費用など安い代償です。逆に言えば、それだけの価値がある物は他に見つけられませんでした。そしてその代償を永続的に負担し続けているという事は、ドラゴンを従える方法は単純な知識ではなく、エルフを介してしか得られない物であり、実際にドラゴンを従えているのは女王陛下ではなくエルフだという事です。だからこそ今、女王陛下は最優先でこの場所の救援に来た。違いますか?」

 おお。ちょっとズレているけど、すごくいい線行っている。

 実際にドラゴンを従えているのはエイナさんではなくて俺だし、エルフさん達の保護は俺の希望で行われているのだから、その辺りの関連性も必ずしも間違ってはいない。

 ……でもこれ、『はいその通りです』って認めてしまっていいものなのだろうか?

 不安な気持ちでエイナさんを見ると、さすがというべきか欠片(かけら)も動揺した様子を見せずに、いつもの感情の感じられない声で言葉を発する。

「なるほど。それで貴女は私を自国領に引きつけ、時間稼ぎをしている間に村を襲ってドラゴンを手に入れようと目論(もくろ)んだ訳ですか」

「その通りです。ドラゴンの力さえ手に入れれば、我が国と貴国との圧倒的な国力差ですら問題ではなくなります。村を襲撃してドラゴンがいなかった時は慌てましたが、おそらく女王陛下に急を知らせるために飛んだのでしょう。そして女王陛下は、それに乗って駆けつけてこられた。なにより優先するべき重大な案件ですからね」

「ふむ……なかなか面白い想像ですが、腑(ふ)に落ちない点もありますね。もし本当にエルフ達がドラゴンを従える方法を持っているのなら、なぜ人間の奴隷などという地位に甘んじているのですか? ドラゴンの力を用いて、さっさと人間を滅ぼしてしまえばいいではありませんか」

「なるほどおっしゃる通りですが、女王陛下のおっしゃる所の『エルフ達』ではなく、特定のエルフのみに限られた能力なのでしょう? おそらくはごく限られた範囲でのみ伝承されていたか、あるいはごく稀(まれ)に現れる特異なエルフにのみ成し得る事なのでしょう。おそらくは今もお傍におられる二人のうちのどちらか……そうですね、後ろにおられる方がドラゴンの本当の主なのではありませんか?」

 エスキル女王はそう言って視線を動かし、俺の右にいる薬師さんへと視線を向ける。

 惜しい。わずかに一人分ズレているが、でも見事な考察だ。

 エスキル女王は続けて、薬師さんに向かって言葉を発する。

「お名前は存じ上げませんが、ドラゴンの主たるエルフ殿。村のお仲間を助けるためにも、協力相手を変えて私と手を組んで頂く気はありませんか? パークレン王国よりもずっと良い待遇をお約束いたしましょう。エルフの国を建てて貴女を女王にするも良し。奴隷にされている同胞(どうほう)を助けたいのであればあらゆる協力を惜しみませんよ。お望みとあれば大陸全土を統(す)べる国の副国王の地位と、広大な領地もお約束いたしましょう。――いかがですか?」

 エスキル女王の言葉に、薬師さんはスッと視線をエイナさんに向ける。

 さすがだ。エスキル女王のこの提案に対して決定権を持っているのは多分俺だろうけど、俺に視線を向けたら察しのいい女王は即座にターゲットをこちらに移してくるだろう。やはり薬師さんは頭がいいし、状況をよくわかってくれている。

 ピンと張り詰めた空気が場に満ちる中、エイナさんがゆっくりと言葉を発した……。

大陸暦427年4月23日

現時点での大陸統一進捗度 94.1%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・旧ダフラ王国内の大密林を領有・大陸の98%を支配するパークレン王国に完全な影響力・旧サイダル王国領東部に孤児(こじ)用の土地を確保)

解放されたエルフの総数 120万8330人

内訳は各地で順次進行中

保護した孤児10万483人 ※全体の99%を達成

資産 所持金 168億3028万

配下

リンネ(エルフの弓士・リングネース商会商会長)

ライナ(B級冒険者)

レナ(エルフの織物職人)

セレス(エルフの木工職人)

リステラ(エルフ解放計画遂行担当・リングネース商会副商会長)

ルクレア(エルフの薬師)

ニナ(次期国王候補)

エイナ(パークレン王国国王・主人公に隷属)

クトル(フェアリー)

シェラ(エンシェントドラゴン)