俺達の来訪を知らされて、慌てて駆けつけてくれたのだろう。汗を浮かべて息を切らせる沼エルフさんを見ながら、どこかで会った事あるのかなと、俺は自分の記憶を辿っていた。

 ……沼エルフさんとの接点と言うと、昔攻め込んできたサイダル王国軍を撃退した時か、サイダル王国に逆侵攻して併合した時にしかなかったはずだ。

 どちらかで出会っているのだろうか?

 必死に記憶を辿る俺の横で、薬師さんがガタリと音を立てて立ち上がった。

「カナンガではないか、久しいな!」

「え……」

 薬師さんの言葉に、沼エルフさんは驚いた表情を浮かべて顔を上げた。

 褐色の肌に水色の髪。元の世界で言うとダークエルフに近いイメージのエルフさんは、目を点にして薬師さんを見る。

「……あの、もしかして先日北の大森林にお邪魔した時にお会いした、ルクレアリアさん……だったでしょうか?」

「うむ。5年ぶりくらいか。元気そうでなによりだ」

 そう言って嬉しそうに笑顔を浮かべる薬師さん。

 そして俺もやっと思い出した。この人は昔、サイダル王国とイドラ帝国の侵攻軍を撃退して鉱山に戻った時に、情報交換のために鉱山に同行してもらった沼エルフさんだ。

 俺はすぐにイドラ帝国への逆侵攻に狩り出されたので一緒にいた時間は短いが、みんなで宴席を囲んだ記憶がある。

 ……もう5年も前の事なのに『先日』と言う言葉が出る辺りは、さすがは数百年の時を生きるエルフさん。俺達とは時間の感覚が違うらしい。

 ――ともあれ、知り合いがいてくれたのは大変ありがたい。

 考えてみれば、カナンガさんは鉱山に来て拠点の運営方法や故郷への帰還プロセスなどを見て帰ったので、ここで拠点長をやっているのはある意味当然かもしれない。

 話をしてみると俺の事も覚えていてくれたので、これ幸いと初対面のクトルとシェラだけを簡単に紹介して、早速本題に移る。

「ここの運営はどうですか?」

「はい、おかげ様でとても順調です。山エルフの拠点で学んだ事と、人族の子供達の協力。なによりパークレン国王とリステラ商会の篤(あつ)い支援のおかげもあって、すでに30万人以上を保護し、その半数ほどを大湿地帯に帰す事ができています」

 おお、それはかなりいいペースだ。

「すみませんが、拠点を見て回りたいのですが案内をお願いできますか?」

「はい、もちろんです。どうぞこちらへ」

 カナンガさんはそう言って、俺達を外に連れ出してくれる。

 リンネと薬師さんは暑さに不慣れでしんどそうだったので、休んでいてくださいと言ったのだが、そうもいかないと言って付いてきてくれた。

 一方シェラは、『ワシは興味ないのでここで寝ておるぞ』と言って、近くにあった木箱の上に横になる。

 相変わらず自由な子だ。

 まぁ、ここまで送ってくれただけでも十分すぎるほど働いてもらったし、人間とかエルフとかの問題に興味がないのも本当だろうから、仕方ないだろう。

 そんな訳で拠点を案内してもらうが、本当に人間の元孤児(こじ)達とエルフさん達が共存していて、しかも仲良く助け合って仕事をしている。

 エルフと人間が力を合わせて一つの荷物を運ぶ光景なんかは、まさに俺が夢に描く理想形だ。やはり幼い頃からの教育には効果がある。

 ちょっとだけ『洗脳』という言葉が頭をよぎったが、気にしないでおこう。どちらかというとこの世界では、エルフは下等種族だという刷り込みの方が問題なのだ。

 気持ちを切り替えて色々な所を見せてもらうが、総じてエルフさん達の表情は明るいし、読み書きや故郷の大湿地帯に帰るための教育も、効率的にきちんと行われていた。

 パークレン王国とリステラ商会の支援があり、鉱山を参考にしたそうだが、カナンガさんは実務面でも優秀なようだ。これは、早くも王候補が見つかった気がする。

 ……とはいえ、いくら環境が整っていて運営が効率的でも、ここが解放された奴隷の保護施設である以上、どうしても心が痛む光景を目にする事はある。

 その最たる場所は病院で、心や体に傷を負った大勢のエルフさん達と、少数の人間の子供達が収容されていた。

 昔鉱山で散々見た、胸が苦しくなる光景だ……。

 だが俺以上に。こういう光景に一番敏感なのは薬師さんで、俺にここで手伝いをさせてくれと言い。もちろん断る理由もないので承諾すると、表情を厳しくして患者さん達の元へと向かっていった。

 カナンガさんによると、沼エルフの薬師兼医術師さん二人が対応に当たってくれているらしいが、一人は40年しか修行していない半人前らしく、人手は常に足りないので大変ありがたいとの事だった。

 ……それにしても、40年しか修行していない半人前って。エイナさんが聞いたらまた曇りそうな言葉だよね。

 そんな感じで拠点を見て回り。カナンガさんの能力を確認した俺は、初めの建物に戻ってきた所で改めて口を開く。

「カナンガさん。実は近いうちに、エルフの国を建てる計画があるのです。その時に、沼エルフの王になっていただく事はできませんか?」

「え……?」

 あ、固まってしまった。まぁ無理もないか……。

 そもそもエルフさん達には本来王に当たる存在はおらず。村単位で生活していて、一番偉いのは村の長老だが、それも年長者だから尊敬を集めているという程度で、強権を振るったり支配したりする存在はいないらしい。

 それで社会が成り立つのならとてもいい事だと思うのだが、残念ながら結果は人間に侵略を受け、大部分が捕らえられて奴隷にされてしまったのだ。

 もしエルフに種族全体を束ねる王がいれば、なにか対策を講じていただろう。

 戦うなり、大勢で団結して人間を寄せ付けない策を講じるなり、人間の王と交渉して協定を結ぶなりだ。

 それが成功したかどうかは別として、人間よりも基本能力が高く、しかも地の利があった事を考えれば、防衛に徹すれば早々負けなかったんじゃないかとは思う。

 今はエイナ国王の下人間の国が統一されたし、多分向こう数十年は人間とエルフの間で争いは起きないと思うが、100年や200年先となると、どうなるか分からない。

 別に支配してもらう必要はないが、代表として時に人間と交渉をしたり。国内に連絡網を構築したり、非常事態が発生した時にはエルフさん達を取りまとめてもらえたりすると、大変ありがたい。

 その辺りの事を説明して重ねてお願いし。山エルフの王になってもらう予定のリンネにも一言かけてもらうと、カナンガさんは神妙な表情になって、『私でよろしければ、微力を尽くさせていただきます……』と、国王就任を受け入れてくれた。

 ――よし、これで全ての要素が揃った事になる。

 カナンガさんと握手を交わしながら、俺は肩の荷が半分降りたような充実感に包まれるのだった……。

大陸暦427年6月5日

現時点での大陸統一進捗度 94.3%(パークレン鉱山所有・旧マーカム王国領並びに旧イドラ帝国領の大森林地帯を領有・旧サイダル王国領の大湿地帯を領有・旧ダフラ王国内の大密林を領有・大陸を統一したパークレン王国に完全な影響力・旧サイダル王国領東部に孤児(こじ)用の土地を確保)

解放されたエルフの総数 142万1739人

内訳は各地で順次進行中

保護した孤児10万601人 ※全体の100%を達成

資産 所持金 167億6808万

配下

リンネ(エルフの弓士・リングネース商会商会長)

レナ(エルフの織物職人)

セレス(エルフの木工職人)

リステラ(エルフ解放計画遂行担当・リングネース商会副商会長)

ルクレア(エルフの薬師)

クトル(フェアリー)

シェラ(エンシェントドラゴン)

ライナ(B級冒険者)

エイナ(パークレン王国国王)

ニナ(次期国王)