クトルからの報告によると、勇者は王都を発って山エルフの王を訪ねようとしたが、やはりここでも最低限のもてなしは受けたものの、王には会ってもらえなかったようだ。

リンネがどんな気持ちで勇者への対応を命じたかと思うと、申し訳ない気がする。

勇者はさらに、田舎に隠居しているというパークレン王国の初代国王も訪ね、そこでは面会を許されたらしい。

さすがエイナさんだ。

離れて様子をうかがっていたクトルによると、エイナさんと当代勇者は一晩中話をし。翌朝勇者は、なにやら複雑な表情をしてエイナさんの屋敷を発ったのだそうだ。

なにを話したかはわからず。クトルがエイナさんに訊いても答えてくれなかったそうだが、多分俺がお願いしておいた通り。魔王を倒すための助言をしてくれたのだと思う。

クトル石を通じて俺が直接訊けば答えてくれたかもしれないが、そんなのは必要のない事だ。

パークレン王国初代国王との面会を果たした後。勇者一行は大陸の西端から船を出し、魔獣の襲撃を退(しりぞ)け、強風に抗(あらが)いながら北を目指しているらしい。

洋上に出られてはクトルも追跡できないので、俺はクトルに今までのお礼を伝え。『スミクトさんと仲良く暮らしてね』の伝言と共に、石をヨミと一香に預けて、二人にも島を出てもらう。

……二人共。特に一香は目に涙を浮かべて俺から離れようとしなかったが。

「一香、俺は死ぬんじゃないよ。お母さんの所に。香織の元へ行くんだよ。だから笑って、祝福して送り出してくれると嬉しいな」

そう言って頭を撫でてやると。一香はしばらくの沈黙の後顔を上げ、明らかに無理をしているとわかる笑顔を作って、『…………うん、わかった。香織お母さんによろしくね!』と言って、ようやく俺の体を放してくれた。

ヨミも『私からは母上に……ライナお母さんによろしくお伝えください』と言い。俺が『任せといて。立派に育った親孝行な息子の事、ライナさんにいっぱい話して聞かせるから』と返事をすると、眉間(みけん)にめいいっぱい皺(しわ)を寄せて、多分涙をこらえながら頭を下げた。

……痛む心を抑えながら、シェラに乗って島を離れる二人を見送り。一人になった俺は、妹の遺骨を島の一角に埋葬する。

勇者に倒され、この島で野晒しになって朽ちていくのだとしても。妹と同じ土に返り。同じ場所に眠るのならなにも悔いはない。むしろ、待ち遠しくさえ思えるくらいだ。

俺は私物全てを生活に使っていた隠し部屋にしまい。魔王っぽい服に衣替(ころもがえ)えをする。

なんか全身黒ずくめのちょっと豪華な服で、いかにもな肩飾りや、マントまで揃っている代物だ。

これは妹の死後、遺品を整理していたら出てきたもので。俺が魔王として人前に出る時に備えて作ってくれていたのか。あるいは単にコスプレさせる機会をうかがっていたのか、どちらかだろう。

どちらかはわからないが。今の俺には妹が今日の事態を予見していて、俺が最後の花道を飾るための死に装束として用意してくれていたように思えてしまう。

これを着て妹に会いに行く事に喜びが強い感慨を覚えつつ。俺は服に袖を通し、色々ある装飾品を装着していく。

そうして全ての準備を整えた俺は、勇者が来るまで魔獣生成でスライムを作って過ごす事にした。

スライムはある程度の密度になると合体して巨大化したりするようで、今この島には結構な数の大型スライムが生息している。

相変わらず知能はなく。ただ動き回って食べ物を見つけては、取り込んで吸収するだけの存在だ。

一香が料理の残飯を与えていたようで。特に魔獣の一部を取り込んだスライムは変異して上位種になったりしているので。これなら勇者相手にもそこそこの脅威になるかもしれない。

なにしろ知能がないので。相手がなんだろうと戦力差関係なしに、とりあえず襲いかかるからね。

シェラも一度昼寝をしていたら取り込まれてしまったそうで。脱出自体は簡単にできたようだが服を溶かされてしまい、『すまん主殿(あるじどの)。先代勇者が作ってくれた品じゃったのに……』と、珍しく凹んでいた。

『気にしなくていいよ。服は他にもいっぱいあるから』と言って慰め、とりあえず俺が形見として持ってきていた妹の服を着せてやった。

実際シェラ用の服だけでも大きな箱一つ分あって、今はリンネの村で預かってもらっている。ヨミや一香の服も同じくだ。

そんな事をぼんやりと思い出していると。ヨミと一香をリンネ達の村に送り届けたらしく、シェラが戻ってきた。

「……あれ、シェラ帰ってきたんだ。後はもう自由にしていいって言ったのに」

そう言うと、シェラは少し俯(うつむ)きがちに。『うむ。なんとなくな……』と、珍しく歯切れが悪い。

その反応に俺はしばし考え込み。やがて出てきた一つの答えを口に出す。

「シェラ……もしかしてここで待ち伏せして勇者を殺すつもり?」

「――――」

……これまた本当に珍しい事に、シェラの顔に動揺の色が浮かぶ。

「シェラ、俺は……『なぜじゃ! なぜ主殿が勇者なぞに倒されてやらねばならん! ワシに任せてくれれば、勇者なぞ一捻(ひとひね)りで肉塊か消し炭に変えてやるのに!』

俺の言葉に被せるように、シェラが叫ぶように言う。

……たしかにシェラなら、相手が勇者でも一捻りだろう。

でも、もし新しい勇者も香織と同じ能力を持っているとしたら。『勇者の決意(自分の命と引き換えに一度だけ敵に極大ダメージを与える)』という特殊スキルを持っている可能性が高いのだ。

妹が最後までステータス偽装で隠そうとしていた能力で。たまたま気絶した時に鑑定をかけたから知っているのだが、これの威力によっては、いくらシェラといえども無事では済まない可能性がある。

まして、一人を倒しても次々に現れてくるだろう勇者と永遠に戦い続けるとなると、いくらシェラでも体が持たないだろう。第一、俺が戦うと決めたらヨミや一香も加勢してくるに決まっている。

そんないい子に育ったあの二人を。妹とライナさんがいい子に育ててくれたあの二人を、俺の巻き添えにして永遠に続く戦いに引きずり込むなんて、できる訳がない。

妹の元へ行きたいのは本当だが。これも俺が勇者に倒されると決めた理由の、大きな一つなのだ。

「シェラ……ごめんね。でも、これは俺の最後のわがままだと思って受け入れてほしい。もう魔力をあげられなくなっちゃうのは悲しいけど、最後にいっぱいあげるからさ……」

そう言って、シェラに口付けをしてありったけの魔力を流し込む。

……もし、今このタイミングで勇者が襲撃してきたら。魔力が空っぽで無力な状態で戦う事になってしまうが、その時はその時だ。

ここ最近の修行で俺の魔王レベルは42まで上がっているので、魔力量も結構なものだと思う。

その大量の魔力を粘膜接触でシェラに送り込んでやると、シェラは頬(ほほ)を赤く上気させ、少し息が荒くなっているようだった。

魔力は魔獣にとって生命エネルギーなので、もしかしたらちょっと魔力過多気味になってしまったのかもしれない。

エンシェントドラゴン相手に、俺も成長したものだ。

そんな密かな満足感に浸っていると。シェラは下を向いて目線を逸らしながら、『このワシがここまで言うてやっておるのに……もう主殿の事など知らん!』と叫び、外に飛び出してドラゴンの姿に戻ると、すごい勢いでどこかに飛び去ってしまった。

……まぁ、ドラゴンの姿になる前に一旦服を脱いで大切そうに抱えて飛んで行ったので。冷静さを失った訳でも、俺の事を嫌いになった訳でもないと思う。

ただ単に、感情を押さえる方法がなかったのだろう。

俺はシェラが飛び去って行った空を。

夕焼けに赤く染まる空を、一人でいつまでも眺め続けるのだった……。

大陸暦499年3月21日

解放されたエルフの総数 504万1500人 全体の100%

資産 所持金 100億