My sister-in-law has become a brave man.

Episode X: The Forgotten Library. 」

 〈異世界八日目〉

 昨日の続きをしに、朝から厨房(キッチン)へ行く。

 髪と目の色を隠す必要がなくなったので、とりあえず衣裳だけメイド服に着替えて歩いてたらヴィンセントに見つかり、「メイドになるつもりか?」と訊かれた。

 いえ。もうじきトンズラするつもりです。

 とは、もちろん言わない。

 お菓子作りのことを話したら納得してくれたのだが、もし本当にメイドをやるんだったらいいところを紹介する、とけっこー真剣に言われたので、礼を言いつつ笑って誤魔化しておいた。

 いい人だ。

 厨房へ行くと昨日より料理人と商人と見物人が増えていた上、材料が豊富に取りそろえられ、映画に出てくるゴッドファーザーみたいな強面の料理長に「今日は何を?!」とものすごく勢い込んで訊かれて、ちょっと引いた。

 だからあたしは食べる専門でねーと思いつつ、やり始めたのが自分なので黙って作業開始。

 プリンもどき

 フィナンシェかい?

 クッキーだろーね

 ケーキに見えない?

 などなど・・・

 うろ覚えなレシピを言ってみたり、ちょっとアイデアを出すだけで、やる気に満ちあふれた料理人たちはひろい厨房のあちこちを飛ぶように動きまわり、次々とおもしろいものを作ってくれる。

 あたしも最初は手を動かしていたのだが、だんだんと作られたものを味見してどう改良するかを話したり、商人たちと素材のことを話すのがメインになってきた。

 太りそーだなー。

 何か運動しなければ。

 そういえば、商人たちの食いつきが激しい。

 あたしはただ元の世界にあるものを説明しているだけなのだが、こちらの世界ではその素材の使い方とか発想とかが珍しいらしい。

 あるひとりの商人は「こちらに滞在の間、当家の顧問としておいでいただけませんか?」などと申し出てくれて、お礼を言って断ろうとしたところを「それならばぜひ当方でも!」と他の商人まで言い出したものだから、けっこーな騒ぎになった。

 いや、だから、トンズラするんで。

 なんて、言えないからねー。

 お礼を言いつつ、利益を見越しての打算的な申し出には丁重なお断りをしておいた。

 昼ごはんのデザートに、いい感じにできた試作品が出された。

 天音はおいしいお菓子にご満悦で、あたしも一緒に食べて満足していたのだが、知らない間に国王と王妃も食べていたらしい。

 夕食の時に王子から「おいしかった」とお礼の言葉を伝えられ、あたしは静かにムカついた。

 王妃はいいけど、国王。

 オマエのために作ったんじゃない。

 闇討ちの理由が増えたぞー。

 ふー・・・・・・

 今はまだ、がまん。

 夜。

 今日はここからが本番。

 もう寝るからと早めに部屋へ引きあげて灯りを消し、まだ部屋にいると思ってもらえるよう魔法で偽装してから抜け出した。

 監視の目が夜までついているので。

 あー。御苦労さまだねー。

 [血まみれの魔導書《ブラッディ・グリモワール》]の著者はかなり性格悪いと思うが、簡単な自分のコピーを作って不在を誤魔化すとか、他の人には見えないようにする目くらましの魔法とか、使える魔法もけっこうあったので、遠慮なくそれを使って城の地下を目指す。

 連日ふらふらとうろついていたので、城のどのへんがあやしいかは、だいたい見当がついている。

 “闇”を渡って隠し通路へ入り込み、変質した目を使って魔法で封じられた部屋を探し出して、また侵入。

「おー。ヒット?」

 わりとあっさり見つかったのは、埃まみれの書庫。

 だいぶ長いこと放置されてるっぽいところが、実に【忘れられた禁書庫】らしい。

 メイドさんたちの怪談話って役立つなー。

 けど。

「・・・・・・読めねー」

 ここの本の大半、文字が[古語(エンシェント・ルーン)]じゃないよ。

 誰にもバレないよう、気をつけてコッソリ来たのに。

 がっくりくるわー・・・

「しょーがないかー」

 文字のことは後でなんとかするとして、とりあえずいただいとこう。

 あたしはまた亜空間を作り出し、その中に書庫にあった本をぜんぶ放り込んだ。

 何が大事で何がどうでもいいものか、判断できないから。

 とりあえずこれで、本日の夜のお散歩は終了。

 部屋に戻って寝た。