My sister-in-law has become a brave man.

Episode 77: "Footprints of Walking Insanity. 」

 眠りの底で黒猫サーレルと会うと、二代目勇者について聞いてみた。

「二代目勇者って、この世界でどんなことしてたの?」

 何かすこしはわかるかな、と期待してたけど、残念ながらとくに話さなかったので知らない、という返事だった。

 テンマくんは「魔大陸へ渡る前に、俺が戻れなくても問題ないようにしといたから、大丈夫だろ」と言って、サーレルにはほとんど何も、こちらの世界でのことを話さなかったらしい。

 あんまり思い出したくなかったのか、過去は振り返らない主義の人なのか。

 とにかくサーレルもその話を聞く必要があるとは思わなかったそうで、『傭兵ギルド』や『魔法研究所』についての手がかりは無し。

 地道に調べるしかないか、と考えながら、ふと気になって「テンマくんとはどんな話してたの?」と訊いてみた。

 サーレルは「我の記憶を見るが良い」と言って右の前足をすいっと上げたので、あたしは“逆・お手”をするかのように手を伸ばし、やわらかなネコの肉球を受け止めた。

 そうして触れたところから、頭の中へ記憶が流れ込んでくる。

 そこは派手に散らかった広い部屋。

 床やベッドにはマンガや雑誌や分厚い専門書、菓子の包み紙やジュースの空き缶が、机の上には組み立てかけのパソコンとそのパーツらしき機械部品、様々な工具が乱雑に転がっている。

 サーレルはベッドの上のわずかな空きスペースにちょこんと座り、カメラ付きの携帯電話を持った端正な顔立ちの青年(なんか見覚えがある人)と、部屋の散らかりようなどまったく気にせず話していた。

「サーレル、これから一緒にゲームやろう。」

「天真(てんま)はその箱で遊ぶのが好きだな。我の手ではその道具をうまく扱えぬだろう。ともに遊ぶ者が要るのなら、諒子(りょうこ)を誘うがよい。」

「リョーコは俺の部屋には来ねぇよ。今はまだ怒ってるだろうしな。」

「何か、諒子が怒るようなことがあったのか。」

「ん? そういえば、言ってなかったか。

 昨日、ちょっと髪触るついでに首ンとこ撫でたら怒られたんだ。でも逃げてかねぇから、今ならイケるかと思ったんだが、結局、腕つかまれて投げ飛ばされた。んで、その後に「ヘンタイ!」って叫んで、走っていっちまったんだ。

 無事に家へ帰るまで見守っといたから、それはいーんだけどな。」

「ふむ。そなたの話を聞いているとよく思うのだが、天真。

 諒子がそなたの伴侶となってくれる日は、遠そうだな。」

「昔から俺がそばにいて注意してたせいで、リョーコは男に慣れてねぇんだ。俺に慣れるのにも多少時間がかかるのは、まあ、わかってんだけど、時々、手が無意識に動く。

 それより、サーレル。お前をゲームに誘った理由を説明するとだな。リョーコはイヌ派かネコ派かって訊かれたら、即答で「ネコに決まってるじゃない!」と言うくらいネコが好きなんだ。

 だからお前みたいな可愛いネコが前足でコントローラーを叩いてる写真とか見たら、絶対喜ぶ。」

「ふむ。我の写真で諒子の気持ちをなだめるのだな?」

「おう、そういうことだ。リョーコは礼儀に厳しい家で育ってっから、アクセサリーとかは何か理由がねぇと受け取ってくれねぇし。お前の写真がちょーどいいんだ。協力してくれるだろ?」

「うむ、協力しよう。

 ところで、天真。先ほどの問いについてだが、この世界の人間たちはイヌかネコの、どちらかを好むものなのか?」

「だいたいはどっちかを選ぶだろうが、どんなところにも例外はあるもんだ。ちなみに俺はオオカミ派。」

「そうか。そなたはオオカミが好きなのだな。」

「ああ。オオカミが一番だ。

 それじゃゲーム、始めるか。写真撮り終わったら、ついでに対戦しようぜ。言っとくが、俺は相手が初心者でも手加減しねぇからなー。」

「ああ。この世界の遊びの文化は、とても興味深い。やり方を教えてくれ。」

 サーレルのぷにぷにした肉球から手を離すと、記憶の流入が止まった。

 なんとゆーか。

 ツッコミ役がいなかったのね・・・

 テンマくん、人間嫌いでバスクトルヴ連邦と『傭兵ギルド』とかの基礎作ったキレ者というより、リョーコちゃんのストーカーのような。

 顔はどうも、見覚えあるんだけど。

 とか思っていると、サーレルがそれは同一人物だからだろう、と教えてくれた。

 世間は意外と狭かったようで、おとーさんの友達の「神崎さん」が、成長してリョーコちゃんの家へ婿養子に入り、姓の変わったテンマくんだったらしい。

 年に数回くらいのペースで家へ来ていた人が噂の二代目勇者だと聞いて、もっと早く教えてくれよと思いつつ、あたしは驚くより、むしろ納得してうなずいた。

「なるほど。神崎さんが二代目勇者か。どおりで、ヘンな人だったわけだ。」

 あたしの知る神崎さんは、天音が「お仕事はなんですか?」と訊くのに、「いろいろやってっから、よくわかんねぇな。何に見える?」と訊き返したり、いつも手みやげに持ってくるのが有名ブランドの高級プリンと焼酎で、そのプリンを食べながら焼酎を飲んで「ウマい!」と膝をたたくという、変わった人だ。

 一言でまとめるなら、顔は良いけど中身に難あり、という「残念な美形」。

 おとーさんが「おい、歩く非常識」と呼ぶと、彼は「なんだ、外見サギ」と答える程度に仲は良く、二人ともゲーム好きだったので、彼が遊びに来ると二人でテレビの前を占領し、子供のようにわーわー騒ぎながらコントローラーを振りまわしていた。

 ちなみに、実家の会社を継いで社長業をしているという超多忙な神崎夫人 (リョーコちゃん)が一緒に来たのは、二回くらい。

 すごい美人でオトコマエな人で、性格が似ているせいかおかーさんと仲が良く、二人が並んで座っていると迫力がありすぎて近寄れなかった。

 あれぞまさしく「美しき猛獣が二頭」の図。

 だから神崎夫人が一緒に遊びに来た二回とも、あたしは二人の旦那がコントローラーを振りまわしている方にいて、時々どちらかの酔っぱらいの対戦相手をしていた。

 二人とも手加減してくれない上に強いから、ほとんど勝てんかったなー。

 次に会えたら、さんざんゲームで負かしてくれたお返しに「勇者さま」と呼んでやろうかなと思いつつ、話を変えた。

「風の大精霊がいる聖域って、あたしでも入れる?」

「そなたは純粋な闇の属性だ。それゆえどこへでも入ることはできるが、聖域は特殊な領域。場の制約に縛られるだろう。」

 注意が必要だ、と警告されるのに「制約って何?」と質問。

 【風の谷】は「風の力以外は使えない特殊領域」なので、魔法も限られたものしか使えなくなる、という返答を聞いて、思わず「はー」とため息をついた。

 つまり、レグルーザもジャックも入れない場所で、〈全能の楯(イージス)〉使用不可。

 〈風の楯(ウィンド・シールド)〉とかの風系魔法は問題なく使えるらしいけど、とにかく一人でなんとかしなければならないらしい。

 が、光と闇は四大精霊より上位の影響力を持つため、その二つの力はどの聖域でも制約に縛られず使える、とのことで。

 「最終手段アリならまだマシか」とうなずき、教えてくれてありがとうとサーレルに礼を言ってわかれた。

〈異世界四十一日目〉

 くあー、とあくびしながら、天音が騎士達と一緒に鍛錬するのを眺める。

 レグルーザは昨日四連戦させられたのでこりたのか、ホワイト・ドラゴンを呼びにいくと言って、今日の鍛錬には参加していない。

 ぼーっと見ていると、素早い動きで天音がヴィンセントに打ち込み、木剣がぶつかる音が肌寒くなってきた朝の空気へ鋭く響いた。

「おはようございます、リオさま。お茶はいかがですか?」

 湯気のたつカップを二つ持ってそばに来たアデレイドに「おはよー」と返し、「ありがとー」とカップを受け取る。

 アデレイドは隣に座り、自分もお茶を飲みながら訊ねた。

「イールヴァリード殿下とは、お話されておいでですか?」

「これから元老院の誰かのところに行く、っていうのをちょっと前に話したけど、そういえば、その後は連絡ないなー。」

 ジャックが何も言わないから、とりあえず元気でいるだろう、と思ったけど、また「魔法で眠らされてました」という可能性もある。

 念のためイールの様子を訊いてみると、眠たそうなジャックが「おとうさん、おはなししてるー」と教えてくれた。

 そのままアデレイドに「今は誰かと話し中なんだって」と伝え、ついでに「そういえば二代目勇者のテンマくん、うちのおとーさんの友達だったよ」と話したら驚かれた。

「まだご存命なのですか?」

 アデレイドは目を丸くしてたけど、サーレルがこっちの世界とあたし達が生まれた世界の時間の流れ方は違う、という話をしていたのを思い出して説明すると、「そうなのですか」と素直にうなずく。

 それからアデレイドに訊かれるまま神崎さんのことを話し、「うちのおとーさんもちょっと変わった人だけど、その変わり者に“歩く非常識”って呼ばれてるヘンな人だったよ」とまとめて、朝食前のお茶の時間を終えた。

 朝食をとって出立の準備を手伝うと、天音たちと別れ、レグルーザと一緒に街道から外れた森のなかへ入る。

 天音の馬車を引く馬や、ブラッドレーが世話するガルムたちを怖がらせないよう、レグルーザが街道から離れた場所にホワイト・ドラゴンを呼んで待機させていたからだ。

 そうしてしばらく歩いて真珠色のドラゴンがのんびりと待っているところへたどり着くと、鞍を置いたり姿隠しの魔法をかけたりしてから出発。

 空の上の旅人となった。

 何度か休憩をはさみながら、西へ行く。

 あたしは空の上ではうつらうつらとうたた寝し、休憩のために地上へ降りるとレグルーザと話をした。

 レグルーザは昼食をとるための休憩の時、『魔法研究所』が二代目勇者の創設したものだとは知らなかった、と教えてくれた。

「『魔法研究所』の秘密主義は徹底しているからな。彼らの本拠地【天空都市アリア】も、出入りするには特別な許可が要ると聞く。」

「天空都市? ってことは、『魔法研究所』は空の上にあるの?」

「ああ。ごくまれに、結界が不調になると地上からその姿が見えることがあるが、普段はどこを飛んでいるかもわからない、姿無き空飛ぶ都市が『魔法研究所』だ。」

 レグルーザは結界が不調な時に遭遇した事があるそうで、はるか天上へ渦を巻いてたちのぼる、巨大な雲の塔のような姿だったという。

 とりあえず、バスクトルヴ連邦の上空をうろうろしているだけで、他国へ勝手に侵入することはないらしいが、とにかく「何をしているのかよくわからん秘密主義者の集まり」というのが一般人の認識。

「それより二代目勇者の残したもので有名なのは、初心者の食料(ビギナーズ)と呼ばれるものだ。」

 なにそれ? と首をかしげて聞いていると、しばらく前にエンカウントした歩く根菜トリオの話だった。

 あの歩くニンジンとダイコンとタマネギは、もともと二代目勇者が故郷の野菜を食べたいと、この世界の野菜を品種改良して作ったのが、研究過程でなぜか手足を生やして魔獣化し、畑から逃げ出して野生に適応、勝手に繁殖。

 現在では頭の葉っぱからマヒ効果のある粉を飛ばしてくる魔獣となり、大陸全土に生息しているものなのだという。

「とにかく弱い上に、倒せば食える。まだ十分な金が稼げない新米傭兵にとっては、貴重な食料だ。まずくはないが美味くもないから、稼げるようになった後でも食べたいと思う者は少ないが。」

 しかし、青いニンジンには要注意。

 頭の葉っぱから飛ばしてくる青い粉には強力な催眠効果があり、ちょっと吸い込んだだけでも一瞬で眠りに落ちてしまう上、倒しても猛毒なので食べられない。

 まあ、「幻の青ニンジン」と呼ばれるくらい珍しくて、薬師には高値で買ってもらえるので、ある程度の実力がある傭兵は見かけると遠距離攻撃で倒し、街へ持ち帰って売るらしいけど。

 “歩く非常識”神崎さん、なんかいろんな足跡残してんなーと思いつつ、「見つけたら風下に立たないよう気をつけるんだぞ」と言われるのに「うん」とうなずいた。