My sister-in-law has become a brave man.

Episode 94: "A maid and a three-haired cat. 」

 曲刀装備のお役人さんたちに囲まれ、「面倒なことになったな」とため息をついたレグルーザが、敷いていた毛布ごと片腕にあたしを抱きあげた。

 最近ここが定位置になってきた気がする。

「俺がいない間に何をやったんだ?」

 周りの人に聞こえないよう小声で問われたので、とりあえず[幻月の杖(ルナ)]が他の誰かにまた魔法をかけたりしないよう、「後で話すから」と言ってイヤリングに戻ってもらって〈全能の楯〉を解除し、こちらも小声で説明した。

「レグルーザを待ってたら、緑服のドクロ仮面に魔法で眠らされそうになったの。それがあたしに効かないことがわかると、今度は複数から攻撃された。だからこっちは防御魔法でそれを防いで、これからどうしようか考えてたらルナが怒って出てきて、襲ってきたドクロ仮面たちを悪夢の底に沈めた。

 後は見ての通りだよ。」

 こっちから手出ししたわけじゃない、と主張しておく。

 レグルーザは「そうか」と頷くと、この場を仕切る壮年の男に言った。

「これは私闘ではない。こちらは襲われたので身を守っただけだ。

 緑の服にドクロの仮面のその連中は、おそらく『聖大公教団』だろう。国を騒がす賊の捕縛に、結果的に協力したことになる。その返礼が逮捕とは、乱暴が過ぎるのではないか?」

 対する男は慣れた様子で言い返す。

「『聖大公教団』は脱走者を自分たちの手で処刑する。その魔法使いが『聖大公教団』からの脱走者ではないとわかったら、すぐに解放すると約束しよう。」

「彼女は俺の依頼人だ。『聖大公教団』からの脱走者などではない。」

「皆そう言って罪から逃れようとする。」

 言ってから、壮年の男は「依頼人?」とつぶやき、鋭い眼つきでレグルーザを見た。

「『傭兵ギルド』の獣人か。名は?」

「レグルーザ。」

 一般人が脱兎のごとく逃げ出して閑散とした広場の片すみで、じりじりとあたし達に近寄ろうとしていたお役人さん達が、ぴたりと足をとめた。

 彼らはあっという間に顔面蒼白になり、「まさか『神槍』か?」「ランクS傭兵の?」とささやき合う。

 動揺する部下を「黙れ!」と一喝し、壮年の男はレグルーザを睨んだ。

「『傭兵ギルド』支部長の確認が取れたら信じよう。このままギルドまでご同行願う。」

「その必要はありません。」

 お役人さん達の後ろから音もなく現れた、古風なメイド服姿のお姉さんがいきなり言った。

「そちらの方々は当家のお客さまでございます。今後、お二人への問い合わせについては当家を通されますよう、お願いいたします。」

 桃色の長い髪を左右ふたつの三つ編みにして前へたらしたメイドさんは、水色の瞳にあたし達を映すとおだやかに微笑んで一礼した。

「遅くなって申し訳ございません。お館さまの命により、お迎えに参上いたしました。」

 レグルーザは顔見知りのようで、「ありがとう、エリー」と頷く。

 助けてもらえるようなので、あたしもぺこりとちいさくお辞儀して、『教授』の関係者なのかなと思いつつじーっと彼女を見つめた。

 ちょっとたれ目がちな瞳もふっくらとした唇も、成熟した大人の女性としての見事な体つきも人間そのものに見えるけど、このメイドお姉さんは魔法で造られた人形だ。

 いや、魔法生物と言った方がいいのかな?

 精巧な自動人形のように、内部でさまざまな魔法が噛みあって歯車のように動き、鼓動しているのが視える。

 [琥珀の書(アンブロイド)]に人間を操り人形にする魔法はあったけど、人形を人間みたいに動かす魔法は知らなかったので、けっこー驚いた。

「裏街の古鼠(ふるねずみ)が番犬を寄こすとは、ずいぶん物騒な客らしいな。」

 壮年の男はメイドさんを見てあたし達を捕まえるのを諦めたらしく、捕縛したドクロ仮面達を運ぶよう部下に命じてから、不機嫌そうな顔で言った。

 メイドさんはおだやかに微笑んだまま答える。

「わたくしは番犬ではなく、ただのメイドでございます。」

「笑えん冗談だ。何十年経っても変わらんあんたの顔を見てると、寒気がする。」

「まあ、寒気だなんて。風邪をひかれたのではありませんか? こじらせると大変ですから、どうぞお大事にしてください。」

 男は苦虫を噛みつぶしたような顔をして、背を向けた。

 それと同時にメイドさんが「どうぞこちらへ」と先導して歩きだし、レグルーザはあたしを抱えたままついていく。

 しばらくして細い道から裏通りに抜けたところで、あたしはレグルーザに訊いた。

「あのドクロ仮面たちって、『聖大公教団』のひとなの?」

「俺は直接『聖大公教団』に関わったことはないが、おそらくそうだろう。彼らが何か事を起こす時は、緑の服にドクロの仮面をかぶると昔聞いた。」

 先導するメイドさんが「はい」と頷いて教えてくれた。

「最近『聖大公教団』は力ある魔法使いを次々とさらっているのです。彼らは人目があるところでも、標的が一人になると襲ってきて拉致し、警邏(けいら)が駆けつける前に逃走しています。

 そして一度見失ったら最後、彼らは服を脱いで仮面をはずすことによって、完全に姿をくらましてしまうのです。

 誰が『聖大公教団』なのかわからず、捕まえたとしても新入りの末端ばかりで教団についての情報が得られない。このため警邏たちが殺気立って巡回しているので、先のように過剰な行動を取ってしまうのでしょう。」

 迷惑な話だなーと思ったけど、あの緑服とドクロ仮面が意外と厄介なものらしいと気づいて「ふむふむ」と頷いた。

 確かにあたしの白魔女衣装と同じで、服を変えて仮面をはずして一般人にまじったら、見つけだすのは難しいだろう。

「お前が魔法使いだと気づいて、一人のところをさらおうとしたのだろうな。しかし、どうしてあの場にとどまっていたんだ?」

 レグルーザが不思議そうに訊いた。

 お前ならいつでも逃げられただろう、と言われるのに、う、と返答につまる。

 言えない。

 どっかの屋根に五人戦隊とかいるんじゃないか、と期待して探しまわっていたせいで逃げるの忘れたなんて、言えない・・・

 てきとうにごまかし、いぶかしげなレグルーザに「次はすぐ逃げろよ」と言われて「うん」と頷いた。

 そう何度も襲われたくはないけど、もし次があったらお役人さんに見つかる前に逃げることにする。

 メイドさんとレグルーザが裏通りを奥に進んでいく途中、背中に埋めこまれた[風の宝珠]がポゥっとかすかにあたたかくなり、天音から連絡が来た。

「お姉ちゃん、もうごはん食べた?」

「さっきおやつ食べたとこー。今は移動中。」

 レグルーザは何も言わずに歩き続け、メイドさんもちらりと振り向いただけですぐ前を向いたので、声を小さくして続けた。

 公国の首都に着いて『教授』のところへ行く途中だと話すと、つられたように天音も小声で「気をつけてね」と心配そうに言う。

 今さっきドクロ仮面に襲われたよ、とは言えないので、「ありがとう。ところでそっちはどう?」と返した。

 向こうはとくに問題なく旅を続けているようだったので、「詳しいことはまた明日」と話を早めに切り上げる。

「うん。それじゃお姉ちゃん、おやすみなさい。」

「おやすみ、天音。よく眠るんだよ。」

 そうして通信を終えた頃、メイドさんとレグルーザはちょうど細い裏通りを抜けてにぎやかな繁華街に出た。

 通りのあちこちに魔道具があり、明りやお店の宣伝に使われている。

 人も多くて騒がしかったけど、一部の人はメイドさんを見ると「ひっ」とちいさく悲鳴をあげて逃げていった。

 そういえば、裏街の古鼠の番犬、とか言われてたけど、彼女はいったい何者なんだろう?

 訊いてみようとしたところで、レグルーザに「しばらくの間、耳をふさいでいろ」と言われた。

 「なんで?」と訊くと「知らなくていい」と不機嫌そうに言うので、とりあえず耳をふさいでみたらさらに毛布をかけられた。

 見るな聞くな、ということらしいけど、視覚と聴覚を遮断しろとは言われなかったので、目と耳を影にとばす。

 いくつかの角を曲がり、目的の場所と思しき店へ入るのに、レグルーザが言った。

「あれは別の出入り口を作る気はないのか?」

「今のところなさそうです。とくに困ることはありませんし、お館さまは研究以外のことについては無頓着なお方ですから。」

 メイドさんは平然と答えながら、慣れた足取りで店の中を歩いていく。

 そこはほとんど下着姿じゃないかというようなきわどい格好に、きらびやかなアクセサリーを身につけた色っぽいお姉さんたちが、酒場らしき大部屋の真ん中で踊っている店だった。

 腰をふる動きでシャンシャンシャン、とアクセサリーが鳴る、ベリーダンスみたいな踊りだ。

 お姉さんたちはレグルーザを知っているようで、通り過ぎようとするのを見て踊りながら唇をとがらせて声をかける。

「『神槍』さま、また素通りなのぉ~?」

「ちょっと遊んでいきましょうよ~」

「誰を抱っこしてるんですかぁ~?」

「や~ん! 抱っこするならアタシにして~!」

 一人が声をあげるとすぐに他のお姉さんたちがのってきて、きゃあきゃあと遊びながら声をかけてくるので大騒ぎだ。

 酒を飲んでいる客達はそれもふくめて楽しんでいるらしく、レグルーザに「誰か選んで連れてけー」と言って笑っている。

 レグルーザは疲れた様子で奥の赤い扉へ直行し、三人が部屋に入るとメイドさんが扉を閉めて鍵をかけた。

 その瞬間、部屋に仕掛けられていた魔法が作動して結界が展開され、隣の部屋にいる人々の声を遮断する。

 なんだかいろいろな魔法が仕掛けられた部屋だ。

 おもしろいなー、と影からあちこち見てまわっていると、ため息まじりにレグルーザが言った。

「いいかげん、出入り口を変えてくれ。あるいは裏口から入る許可を頼む。」

「おめーさんまた素通りしてきたのかぃ。若ぇくせに枯れてやがんなぁ。ウチの娘は愛嬌たっぷりの器量良しぞろいだぞ、ちっとは楽しんでこいや。」

 お姉さんたちの声を完全スルーしてきた大トラに、あきれた口調で言うのはキセルをくわえた三毛猫。

 いろんな物が置かれた雑多な事務室、といった感じの部屋の奥にある一人用ソファで、うず高く積まれたクッションの上にでーんと寝そべっている。

 うはー。

 このネコもメイドさんと同じ魔法生物だー。

 しっぽが二股にわかれてるから、ネコマタ風?

 もっとよく見たくて、思わず体を動かしたのはマズかった。

 べりっと毛布をはがしたレグルーザに睨まれる。

「聞いていたのか?」

「耳はふさいでたよ?」

 言われた通り両手で耳をふさいだまま答えると、普通に聞こえてるじゃないかとため息をつかれ、ついでに腕から降ろされた。

 レグルーザ、ため息ばっかりついてると幸せが逃げちゃうよ。

「その子がさっき言ってた魔法使いか。確かにケタ違いの魔力だなぁ。おいらのヒゲにもビリビリきやがる。」

 魔法生物な三毛猫が、キセルをふかしながら琥珀色の眼であたしを見た。

「おいらはミケだ。『教授』の家につながる門の管理を任されてる。ついでにこの店の」

「その説明は必要ない。」

 レグルーザに言葉をさえぎられ、ミケは笑うように眼を細めて白い煙を吐いた。

「へぃへぃ、すぐに開けてやらぁな。珍しく『教授』が玄関先で客人をお待ちかねだ。」

 クッションに寝そべった三毛猫は前脚で器用にキセルを掴むと、そばにある小机の灰入れの縁をコンと叩いて、ぽとりと灰を落した。

 瞬間、部屋に仕掛けられていた魔法がまた動き、入ってきた扉の色が赤から緑へと変わる。

 扉からつながる空間を変える魔法みたいだ。

 侵入者対策なのか、扉を通ったものについての情報をどこかへ送る機能もつけられている。

 その扉を開いたメイドさんが、「どうぞ、こちらでございます」と先導するのについて行こうとしたところで、後ろからミケが言った。

「お嬢ちゃん、ハデに騒いで遊びたくなったらウチにおいで。いつでも楽しませてやるからなぁ。」

 レグルーザが咎(とが)める口調で低く「ミケ」と呼んだが、三毛猫は気にする風もなく「たまにゃあ息抜きしろや」と答えて二股しっぽを揺らす。

 その様子に悪意などは感じられなかったので、あたしは「うん」と頷いて、またね、と手をふり扉をくぐった。