My Skills Are Too Strong to Be a Heroine

A new hero ① The heart of a maiden and a jibier

神経を研ぎ澄ませ。

命を奪う瞬間、五感のほとんどは意味を成さない。

鼓動すら雑音でしかない。視覚さえも目障りだ。

重要なのは〝匂い〟だとーーーあたしは確信する。

命には独特の甘い匂いがある。

そしてそれは、あたしが指を離した瞬間消え失せるものだ。

それを肝に銘じながら、矢を番《つが》え。

狙いを定め、会《フルドロー》からの離《リリース》ーーー

スキルーーー【超遠距離射的《パーフェクトショット》】

トン、と静かな音だけを乗せて、放たれた矢は正解に獲物の急所を射抜いた。

雪が溶けるように、緩慢にその鹿に似た生き物は地に倒れる。そしてもう二度と野を駆けることはない。

あたしは弓を携えてゆっくりとその亡骸に近づき。

重く目を閉じて、片手を合わせた。

「許せ…………」

「やったね雨宮さん、今夜は鹿ステーキだー!」

わーい、と草の陰に隠れていた高遠くんが無邪気に飛び出してくる。か、かわいー!

あたしは一瞬で頭を狩人モードから恋する乙女モードに切り替えるとイェーイとハイタッチに応じた。

ビバ鹿ステーキ、ハロー串焼き! ハウアーユーレバー?

高遠くんは鼻歌を歌いながら鹿の解体ショーを始めた。

【聖剣《カリバーン》】で。

アーサー王もアヴァロンとやらから中指立てて見守っているだろう。

揚々と鹿肉を串に刺す高遠くんを見つめながら、あたしは火起こしの準備をしていた。

もうすっかり慣れたものだ。

カーシュ・エイムを出て3日。

次の町を目指し、森の中を進むあたしたちの旅路は順調だった。

自警団本部からの報奨金はかなり羽振りの良いもので、野宿グッズを潤沢に取り揃えることができた。

食料はこの通り現地調達で食べ放題(もちろん乱獲はしない)。

あたしが狩り、高遠くんが捌《さば》く。

この役割分担はなかなかに画期的だった。

新調してもらった弓は一級品で、あたしのスキルは冴え渡るばかりだった。

兎、鹿、鳥……狙って墜とせなかった獲物はない。

調理担当は高遠くんだ。

ご両親が共働きの高遠くんは幼少期より自炊経験が豊富でなるほどその手つきは手馴れたものだった。

さすが高遠くん神のハイスペック。

女子としてのプライドで最初はあたしが料理していたけど、鹿一匹を炭にしてからは「生き物を粗末にしてはいけない」という真っ当すぎる正論でもってその役目が回ってくることは永遠になかった。

こんなことならエリュシカに料理を教わっておくんだった……。

火柱を見つめながら唇を噛む。

ここ最近あたしがしてることといえば狩りぐらいだ。

マタギ? マタギ系女子? そのブーム今世紀中に来る?

このままではますます〝かわいい女の子〟から遠ざかるばかり……!

ぐぬぬと泣いていると

「鹿のために涙を流すなんて雨宮さんは優しいね」

と高遠くんはもらい泣きしていた。泣きながら内臓を仕分けていた。もう何が何やら。

そんなこんなであたしたちの二人旅は順調だった。

内容はどうあれ高遠くんと二人きりなんて天上の恵み、と思っていたんだけど。

実は今回の旅で二人きりになれたのは、なんとほぼこの時ぐらいだったのだ。

* * * * * *

鹿肉は野生の濃い味がした。

食べ慣れないうちは

「制服のポケットに焼肉のたれを入れて異世界召喚されればよかった」

と5分に1回つぶやき高遠くんを困惑させたものだけど、今となってはすっかり味に馴染みおいしく召し上がれている。

ちなみにあたしたちは食事中にあまり会話をしない。

高遠くんはしつけでそうだったらしい。

あたしは咀嚼に夢中になるためだ。

よって食事とは沈黙の時間。

火を囲み石の上に腰かけながら、しばらく火花の音をBGMに無言で肉にかじりついていると、ふいに可愛らしい声が耳に届きあたしは肉から口を離した。

「わー、お肉だ! 美味しそうね、もしよかったら少し私たちにも分けてくれない?」

少女の声に串焼き片手に振り返る。

そこに、あたしたちと同じくらいの年頃の冒険者が1人立っていた。

男の。

「…………」

「…………」

「ああっ!ちょっと!無視して肉に喰らい付かないでくれる⁉︎ ねぇってば〜お願い〜なんでもするから〜!」

やべー声超かわいー……

だがしかし決して目を合わせてはならぬとあたしと高遠くんは心を鬼にした。

ちなみに言っておくと中性的美少年とか妖しいお兄さんとかじゃなく、普通《ふっつー》に今時な感じの短髪少年だった。

なんてこった……この森魔獣もいないしイージーモードと油断してたらとんだトラップが……。

あたしと高遠くんは静かに目配せしひそひそと審議をする。

(た、たかとおくん……男の子って高校生ぐらいになってもあんな可愛い声出せるもの?)

(冷静になるんだ雨宮さん……そもそも声色の前に口調がアウトだ……ツーアウトノーランナーツーストライクって感じだ……)

(高遠くんサッカー部のプライドを捨ててまで平易な解説を……やはり釈迦如来)

(お、おちつこう。素数を数えよう……)

(整数でもいいですか……)

「ちょっとー!話聞いてよー!」

「ねぇマヤちゃん、多分あの2人は俺が喋ってると思ってるんじゃないかな? 暗いからよく見えなかったのかも」

突然聞こえた真っ当な短髪少年らしい声に驚いて振り返る。

だけどそこに居るのが少年1人だけなのは変わらず。

混乱しながら肉を頬張っていると、高遠くんが

「そういうことか!」

と串を置いた。

「えーどういうこと……? どっちもいけるってこと……?」

「どっちって何……? ほら雨宮さん、肩のところ」

「んー? ホワッ」

驚きのあまり肉が喉に詰まりかけた。

あたしは目をこすって、疑惑の少年の肩ーーーそこにちょこんと腰かけている、ワンピースを着た手乗りサイズの女の子を見た。

「こ、小人⁉︎」

「いいえ、【スキル】よ」

言って彼女は、ぴょんと少年の肩から飛び降り。

着地する瞬間、一瞬の光に包まれたかと思うと。

気づけばあたしと目線を合わせていた。

ーーーつまり、標準サイズになった。

「え、ええー⁉︎」

「……驚いたな。【スキル】ってことは君たちは……」

頭に結んだリボンを揺らし、ワンピースの下のフリルを摘んで。

かわいらしくおじぎをすると、女の子は言った。

「私は花木《はなき》マヤ。こっちは田野上《たのがみ》太一郎」

太一郎、と紹介された短髪少年はども、と軽く手を挙げる。

「あなたたちと同じーーー異世界召喚された勇者よ。

そういうわけだから、お肉頂戴っ!」

高遠くんは息を飲み、あたしは肉の最後の一口を飲んだ。