〈レイティス城〉

俺は深々とため息をついた。

目の前にはつい先日まで俺たちを助けてくれた人、サラン団長のお墓がある。

この人は迷宮で俺たちを幾度となく救ってくれた人だ。

なのに墓は荒れ放題、雑草は勝手に生えまくっている。

この世界の草は伸びるのが早いのか、つい数日前までは綺麗だった所も、今では雑草の生い茂る草原だ。

「誰もお墓参りに来てないのかよ……」

日本の墓とは違う、どちらかと言うとヨーロッパ型のお墓には埋葬された時にクラス全員で備えた花がクタクタの状態で置かれていた。

俺が置いた花もそのままの状態で枯れている。

あれから十日経つのに、誰も墓参りに来ていないことに悲しくなった。

あの日、晶が居なくなった日からクラスメイト達はおかしくなった。

空気はギスギスしていて、些細なことで喧嘩をする。

いつも仲の良かった人達でかたまって、他のクラスメイトをまるで親の敵のような目で見ている。

喧嘩をするように、仲間割れをするように誰かに命令されているように。

呪いのようなそれから逃れることが出来ているのは俺だけ。

今は周りに合わせているが、徐々に俺も周りから浮いてきた。

「俺が今正気なのは貴方と晶のお陰なのでしょうね」

呪いを解かれている間のことはあまり覚えてない。

ただ、呪いが解けたあと、ジール副団長に晶とサラン団長が呪いを解くために奔走してくれたことを聞いた。

王様と王女が少しずつ、俺達に分からないように呪いをかけていたことも、ジール副団長から聞いた。

俺は、みんなを助けるとか世界を助けるとか言う前に、まずは近くの人を守るべきだった。

晶は今も好きではないが、晶が俺の代わりに俺の周りの人たちを守ってくれていたのも、今なら分かる。

感謝もしている。

自分自身には怒りしか湧いてこない。

あの時ああしていればと、後悔だけが残っている。

どうしても自分の手でしたくて、雑草を抜いて、汲んできた水で墓を綺麗に掃除した。

城の侍女に貸してもらった用具で墓を磨く。

「……ふぅ」

水をかけて、タワシに似た擦る道具で丁寧に苔を落とす。

名前が掘られている部分は念入りに磨いた。

誰にも、この人のことは忘れて欲しくない

ずっと下を見ていたので首が痛くなり、ゆっくりとほぐす。

「……ん?」

ふと視線を向けた森の方に人の気配がする気がした。

隠れる場所が沢山あるためどこかまでは分からないが、確かにこちらを窺っている。

「誰だっ!」

あの日から常に身につけている剣を抜いた。

じっと睨んでいると、一本の木の影から一人の女が出てくる。

「ご、ごめんな。覗き見するつもりやなかってん」

「君は……上野、さん?」

解呪師の上野悠希さん。

迷宮で晶の指示で魔力が切れるまでずっと俺に解呪していてくれた人だ。

関西弁の元気っ子が、柄にもなくしょんぼりと萎れている。

「いや、別にいいけど。俺も剣抜いて悪かった。君も恩人と言っても過言じゃないのにな」

「ええよ。今のみんな見てたら警戒するのが普通やと思うわ」

「……君は呪いにかかっていないのか?」

どこか、みんなと雰囲気が違う気がした。

何より目が違う。

クラスメイト達は誰かの弱みを探そうとギラギラしているのに対して、上野さんの目は真っ直ぐ俺を見ていた。

「何言うてんの?うち解呪師やで。呪いに対する耐性はクラス一やわ」

弱々しく胸を張る上野さんに、俺は警戒を緩めなかった。

そうやって、王女に騙されたのだ。

二度目はない。

「……信用出来ひんのは分かるよ。うちもまだ司君の呪いが本当に完全に解けとるか、信用してへんもん。やから、明日もここ来てくれん?」

「明日も?」

「せや。仲間は多い方がええやろ?うちは自分が呪いにかかってへん事を分かってる。それを証明したいんや」

一人の孤独は分かる。

今まさに、俺がそうだからだ。

一人でも飄々としているのはどこぞの暗殺者だけだろう。

「分かった。明日もここへ来よう。ただ、俺は剣を近くに置いてるし、一定の距離以上は近づかない。それでもいいか?」

「当たり前やん。うちも剣を持っとる男の人の近くにいたないわ」

上野さんがやっといつもの笑顔で笑ったので、少しホッとした。

「あなたも、見ていてください。この国は俺が変えてみせますから」

近くに生えていた葵に似た花を摘んで供えた。

それを見ていた上野さんが感心したように言う。

「葵の花言葉は“信じる心”やねんで。えらいこの場に相応しいの選んだなぁ」

「“信じる心”……か。知らなかったな。覚えておこう」

晶は、一体どこで何をしているのだろうか。

久しぶりに、あの不遜な笑顔が見たい。

澄んだ青空に、へっぽこ勇者は1歩踏み出した。

どこまでも先を行く暗殺者に追いつくために。