茶式の席にはラヴィアラほか重臣の武官を数人連れてきた。あと、ケララは過去に王都で暮らしていた頃から経験があるらしく、落ち着いていた。それなら最初からケララに聞けばよかったな。

ヤーンハーンは茶式を行う部屋に控えているので、順番にそこに入っていくらしい。

俺が入ろうとすると、ヤーンハーンの家人が「剣やナイフなどすべての武具は入室前に置いていく決まりですので」と説明をしてきた。

「武具を置いてアルスロッド様がまともに任官もする前の者と会うなど危険です!」

ラヴィアラが後ろで文句を言った。ラヴィアラがそう言うこと自体は当然だし、それがラヴィアラの仕事だ。ここではっきり言ってもらわないと意味がない。ラヴィアラは妻であり、姉であるような女性だ。それはこれからも変わらない。

その言葉を俺が素直に聞くかどうかはまた別だけどな。

「ここは相手の言葉に従うことにする。それにヤーンハーンだって自分の命も惜しいだろう。それにヤーンハーンが前の王といまだにつながっているという疑いもない」

ここには俺に仕える者が何人も来ている。俺が死んだとなれば、ヤーンハーンの一族は誰一人として生きてはいられないはずだ。無論、ラッパを使ったりして、最低限相手が何者かも調べていた。ヤーンハーンに前王と利害関係もない。

「わかりました……。ただし、危ないと思ったらすぐに脱出してくださいね……」「ラヴィアラの忠義をこんなところで再確認できて俺もうれしい」「昔からアルスロッド様は無茶をしがちなんです」俺が褒めたのが不意打ちになったのか、顔を赤らめながらラヴィアラが答えた。

「それは否定しないけど、ラヴィアラもたいがいだったぞ。俺が助けなかったら、討ち死にしてたこともある」「そ、それは……家臣として当然のつとめですから……」

小さな扉を開けると、俺は面食らった。

扉の幅程度しかない極端に狭い部屋だ。奥行きもたいしたことはない。牢屋でも、ここまで狭苦しいところはないだろう。その部屋の中央をさらに壁と接続されているテーブルがふさいでいる。テーブルの下でも潜らないと向こうにはいけないだろう。そのテーブルの両側に椅子が置いてあり、奥のテーブルにヤーンハーンが座っていた。

春風駘蕩 最初に会った時のとした空気とは違い、何かの名人のような一本、柱の通ったようなものがある。

「ようこそ、おこしくださいました。さあ、おかけになってくださいませ」テーブルの上には茶器が置いてある。茶式というぐらいだから、お茶を飲むんだろう。

俺はその席に腰を下ろす。「不思議な部屋だな。ここで神官が告解でも聞いたら、ちょうどいいかもしれない。ほかは座ってお茶を飲むぐらいしかできんな」「はい、まさしくそうです。茶式というのは茶を使って心の修行をするものですから、雑多なものは邪魔になります」

ヤーンハーンはお茶をコップに注いだ。不気味なほど緑色の飲み物だった。

「なんだ、これは。毒にしか見えない色だが」「お疑いになるようなら先に飲みましょうか」「いや、いい。先に解毒剤を服用していれば防げることだ」

――茶の湯か。まさか、この世界で緑色の茶を出す者がいるとはな。

オダノブナガの反応からすると信じていいんだろう。

俺はそのお茶を口に入れた。色に忠実というか、苦いような、甘いような独特の味だった。ただ、不快な味でもない。

「心静かにお茶を味わってくださいませ。この茶式用に作った製法のお茶でございます」素直にホストに従って、その変な味のお茶を飲む。

驚くほど、音というものが聞こえてこないことに気づいた。たしかに心が静まる。

ただ、お茶を飲んだだけなのに、なぜか神殿で行う瞑想法に近いことをしている気がした。大きな政治的決断の前に、これをやるとちょうどいいかもしれない。心がどうというだけのことはあるな。たしかに茶会とはまったく違うものだ。

すうっと、何かに引きこまれるような……。

いや、これは本当に引きこまれているのか?自分が自分の内側に入っていくような、奇妙な感覚があった。まさか、本当に毒を盛られ――――

気づくと、変な場所に倒れていた。変としか言いようがない。床か大地かも判然としない地面は真っ白で、そのうえ白い霧がずっとかかっている。

「おいおい、これが死後の世界だとしたら笑えないな」摂政になって気が大きくなっていただろうか。ラヴィアラやほかの武官が敵討ちぐらいはしてくれただろうが、まだ子供も幼いし、また国が乱れることになるな。

「死後の世界ではないから笑ってもよいぞ」

後ろから声がしたので振り返る。そこには、初対面のはずなのにそうと感じない不思議な男が立っていた。

表情が俺の現し身であるかのように似ている。髪の色だけは黒いが、ほかはおおかた俺と一緒だ。年齢はよくわからない。ずっと年上のようにも同じ程度のようにも見える。服装もどこの国のものかわからないが、ずいぶんと派手だ。かなり高貴な身分なんだろう。

「お前は何者だ? それとここはどこだ?」俺は立ち上がりながら聞いた。

「よくもまあ不遜な口の聞き方だ。とはいえ、お前はそれで一貫していたから腹も立たぬがな」その男は実に楽しそうな表情をしていた。

「我こそは、覇王織田信長だ。そして、アルスロッド、お前の職業だ」衝撃的なことを男はさらりと語った。

「茶というのは、人間を極端に内省的にする効果があるからな。それでお前は自分の内側に入り込みすぎたのだろう。とはいえ、利休の茶でもそこまでのことにはならんかったはずだがな。薬を入れたか? あるいはこの土地の茶は、日の本のものと違うのか」

信じられないようなことを、平然とオダノブナガはしゃべり続ける。たしかにヤーンハーンという竜人は薬の商人だから麻薬のようなものでも入れていたのかもしれない。しかし薬臭い味はしなかった。立場上、毒に似た味のものをわざと食べて、毒を覚えるというようなこともしたことがある。

「にわかに信じがたいな。けど、ほかに、ここがどこでお前が誰かという説明を思いつかないのも事実だ。お茶のせいというのも因果関係としてはわかりやすい。少なくとも、昨日食べた夕食のせいと考えるよりははるかに可能性が高い」

にやにやと男は笑った。何者も恐れないような、不遜な笑い方だった。「この覇王を職業にしただけのことはあるようだな。頭の回転が速い」