Mysterious Job Called Oda Nobunaga

92 Meet an ordinary princess

ソルティスの娘、ユッカは思ったよりも早く王都にやってきた。俺がソルティスと会談をしてから、十二日後だ。早馬でもすぐに出して、本領に連絡したのだと思う。ソルティスも渋っていると思われるのは嫌だったのだろう。変なところで気をつかわせてしまっているかもしれない。

どんな気持ちでユッカと出会っていいのかよくわからないので、俺はヤーンハーンと茶式を行って、気を静めることにした。なお、茶式の間は今では王城内の敷地に作られている。わざわざ毎度、ヤーンハーンの邸宅を訪れるのは面倒だからだ。立場上、暗殺者などにも気をつけねばならないし。

お茶をいただく間は余計なことは話さない。茶式そのものはれっきとした儀式だ。そこをいいかげんに扱ってはヤーンハーンから咎められてしまう。

濃い緑色の茶をゆっくりと飲み干す。今日の茶は少しばかり渋い気がしたが、案外と俺の精神状況を反映しているのかもしれない。

「迷いがあるようですね。見ればすぐにわかります」俺が飲み終わると、ヤーンハーンが言った。茶式の際のヤーンハーンの表情は、まさしく宗匠とでもいう表現がふさわしい。この道の大家であるという空気を全身から発している。

「ソルティスの娘と会うのだ。どうも見合いの席のようで気がそぞろになる」お茶を飲み終わったので、この狭い空間で何かしらの相談をしてもよいというわけだ。

「なるほど。何度繰り返してもその都度に迷い、惑う。それこそが色恋というものですからね」「一般論ではそうだが、まさか自分もこういう気持ちになるとは思わなかった。これはどうするべきなのだろうか。ヤーンハーンの答えを聞きたいと思ってな」

ヤーンハーンは少し目を細めて、かすかに笑みを見せた。役人としても優秀なのだが、今の表情に役人的な部分はまったくない。

「見合いの席のようだと思うのでいらっしゃれば~、いっそ見合いのように振る舞ってしまえばよいのではありませんか~?」間延びした声がヤーンハーンが答える。

「お心がそうなっているのであれば、その心に無理に逆らわずに流されてみるのもよいかと思うのです。どうでしょうか? なにせ色恋に型にはまった正解などはありません。型にはまろうとすればするほど、失敗してしまうものでしょうから~」

その言葉はすとんと俺の心に落ちた。

「わかった。お前の言葉に従ってみよう」「はい。政治的に振る舞わないというのもまたよいかと」

にこりとヤーンハーンは言った。

そして、ユッカと対面することになった。俺がいる部屋にユッカに入ってきてもらう形をとった。俺の部屋にはケララにいてもらっている。いきなり一対一では相手が緊張するかもしれない。

やがて、扉が開いた。俺も息を呑んだ。俺と相手と果たしてどちらが緊張しているだろうか。

さて、どんな顔かと見ようとしたが、顔は見れなかった。ユッカは両手を前に出して、かばうようにして顔を隠しているのだ。なんだか、捕らえられた罪人のようだと思った。

「す、すいませんです……。私、こういうことに慣れていないもので……」「慣れていらっしゃる方はいませんよ。深呼吸をなさってはいかがでしょうか」ケララが的確なアドバイスをしてくれた。

本当に深呼吸をしてから、ユッカはその手をはずした。珍しい水色の髪をした女だと思った。瞳の色も同じように青い。

どこか、人形めいた雰囲気があるけれど、決して美しくないなどということはない。ずいぶんとおしとやかなお姫様だ。

「お美しい髪ですね」言ってから、少々類型的な褒め方すぎたかなと反省した。

「これは……数代前の先祖がほかの大陸の商人の娘と恋仲に落ちたとかで……」「ニストニア家は海を支配していらっしゃいますからね。そのようなこともあるのでしょう」「ですね……。とても緊張します……。心臓が飛び出そう……」

びくびくしているユッカはかわいらしいというより、放っておけない印象を与えた。「ユッカさん、席にお座りください。お茶をお入れしますが、どういったものが?」ケララがユッカをエスコートしてくれる。

そのあと、いくつか彼女のことについて質問したが、そう体が丈夫でもないので、ほとんど外に遊びに行ったりしたこともないという。それこそ、幼い頃、マウスト城に行ったのは珍しいことだったとか。

本音を言うと、この少女は世間と言うものを本当に知らないのだろうと思った。これまで俺が出会ってきた女は、自分の運命を自分で切り開くというような力があったけれど、ユッカにはそういう前に出ていく意志というものがない。

ただ、ユッカのような姫が普通なのだろうというのもわかっていた。セラフィーナみたいな勝気な性格をはしたないと言う男も女も珍しくないだろうし、フルールのように一族の命運を握るような立場にならないと備わらないものもあるだろう。

ごく普通に、大切に育てられればこんな娘になる。そして、本来の役割どおり、政争の道具に使われる。そういう意味では、俺も普通の恋愛をしてこなかったことになる。普通の恋愛か。できるとしたら、それも悪くないかもしれないな。

「あの、ユッカさんは何か夢や願い事のようなものはおありですか?」お見合い式で、彼女にいろんなことを聞いてみる。できるだけ摂政という地位は忘れてしまおう。そんなものがあると、いよいよ普通の恋愛なんてできなくなる。

「夢ですか。ええと……」ユッカはう~んう~んと思案している。セラフィーナに聞いたら、すぐに王者になることとかそんなことを大上段に構えて言うところだ。

「ユッカさん、すぐに思いつかないなら、無理におっしゃらなくてもよいですよ。考えないと出ないということは、ないということでしょうから。人間、常に何か夢を持っているというほうが珍しいのです」ケララのフォローはどこか俺への皮肉みたいに聞こえた。たしかに俺やセラフィーナのほうが少数派なのだ。

「あっ、摂政様が異常だという意味ではありませんので。それはそれで大変ご立派なことです」「わざわざ言わなくていい。わかるから」ケララの目が笑ってないから、判断が難しいところだ。

「あっ、そうだ、そうだ。夢といえば、これがありました」ユッカの中で何か思い出したらしい。