魔王軍の襲撃と雷を纏う神獣の急襲。
僕が目覚めたときには、事態は既に収拾の気配を見せていた。
セントレアルに現れた魔王軍幹部、ニーア、プレガス、カリーナの三人は捕縛し、都市を襲っていた魔物も全て討伐、撃退され既に復興が始まっていた。
僕を襲った神獣、クルックライザーもウィルさんとの戦闘の末、突然戦意を解いてその場から離れていったそうだ。
「カイト、私は怒っている」
目覚めた直後、施設の病室で目覚めた僕はチサトとシフから騒動の顛末を聞いた。
大体の話を聞いた後に、不機嫌全開といった表情のリーファがリンゴを口にしながらそんなことを僕に言ってきた。
「リーファ、僕の差し入れの果物を食べながら言うこと?」
「もう怒りすぎてお腹が空いてる」
どういう身体の構造だ。
しゃくしゃく、とリンゴを食べながらジト目で睨むリーファに苦笑する。
あれから僕は、二日ほど寝込んでいたらしい。
以前、リオンさんに施された治療を踏まえても、簡単に疲労も傷も言えないほどの重症を負っていたせいもあって、気絶していた期間が長かった。
おかげで目を覚ますなり、使い魔達に飛びつかれて大変だったけれど……全員無事で本当によかった。
「神獣を前にしてああするしかなかったのは分かってる。私達が束になってもどうにもできないのも分かってる」
「なら、機嫌を直してくれよ……」
「がつがつがつ!」
「食い気で抗議するな」
リスかおのれは。
綺麗にリンゴ一つを食べきった彼女は、次の果物に手を伸ばしている。
そんな彼女の隣に座っているチサトは、ナイフで剥いたリンゴを差し出してくれる。
「はい、カイト君」
「ありがとう」
へぇ、ウサギカットしたリンゴかぁ、と思いながら受け取ると、リンゴに人間とは思えない顔が彫刻されてあることに気付く。
え、なにこの悍ましいの……。
「……気に入らなかった? グレイ型りんご」
「チサト、君の感性どうなっているの?」
「え? カイト君にそれを言われるとは思わなかった」
それはこちらの台詞だよ! なんでそんな心外! みたいな顔をされなきゃならないんだ!?
しかも、なぜにグレイ型宇宙人の顔をリンゴに彫ったんだ……!
無駄に上手いから食べにくいし、単純に食欲が削がれる……!
「……リンゴは普通に美味しいな」
口に広がる甘さと果物特有の酸味が、身体に染みる。
すると僕のいるベッドの上に、シフとは別の黒猫がのぼってくる。
「黒猫さん?」
騒動が始まる前に、シフに成り代わっていたシフの兄弟、黒猫さん。
彼は上半身を起こしている僕を見て、ゆっくりと首を横に振る。
「名前を、つけてもらったんだ」
「誰に?」
「チサトに」
「……そっか」
チサトを見る。
小さく笑みを零しながら、黒猫さんに話しかける。
「名前はチュパカブラかな?」
「……候補の一つにはあった。シフが全力で止めてた」
「お手柄だぞ、シフ」
「うむ!」
「私、憤慨していい?」
頬をひくつかせているチサトをスルーして、改めて黒猫さんと向き合う。
別に僕が名前をつけるかどうかは重要じゃない。
この子がようやく自分の名前を持てたことが大事だ。
「それじゃあ改めて、君の名前を聞かせてもらおうかな」
「うん……ボクの名は、アル」
「よろしくね、アル」
なんとなく頭を撫でると照れくさそうに前足で顔を擦る。
カッッッ! と、衝動的に声を出しそうになるが、この空気をぶち壊さないためにポーカーフェイスを保つ。
「あと、チサトの使い魔になることに決めた」
「そうなの?」
「ボクとシフは役割が被っちゃうからね。それに……チサトにも縁があったから、だね」
思わずチサトを見ると、彼女も納得しているのか頷いて見せる。
黒猫さん……アルを邪魔だとは思わなかったけれど、たしかにこの子の能力ならチサトの弱点を補えるし、電撃で強化されるはずだ。
「だが、君との使い魔契約は残っている。もしもの時は、力を貸せる」
「ああ、その時はよろしくね」
これからも心強い味方として戦ってくれるというわけだ。
なら、後のことも考えなくてはならない。
「君達の兄弟についてだけど」
「そのことについては、おぬしが目覚めた後に話すとリオン殿が言っていたぞ。……真面目に取り合ってくれるかは、私にも分からないがな」
地下の研究室に眠ったままでいるシフの兄弟たち。
あの子達は今後、どうなるのだろうか。
本音を言うなら、全員保護したいけれどそれが到底無理な話なのは分かっている。
だからこそ話をしたいのだけど、いったいリオンさんはどのようなことを話してくれるのだろうか。
「あとは姉さんのことだね」
「ああ、ハクロの本体を解放してもらわなくちゃならないからな」
ハクロはいつまでも囚われの身はかわいそうだから、ちゃんと解放してあげたい。
その時は僕の中にいるハクロともお別れかもしれないけど、ハクロのためを思えば我慢できる。
「でも、ニーアはどうなるんだろうな」
「……何かしらの罰は下ると思う。それでも罪を償わせたら、母さんの前に連れ帰って謝らせる」
「リーファ……」
「そして母さんに鉄拳制裁させられているところを見て嘲笑ってやる」
「台無しだよ」
ちょっとしんみりしちゃったけど、台無しだよ。
てか、嘲笑っちゃうのかよ。
こてん、とリンゴを食べながら可愛らしく首を傾げるリーファ。
「私も姉さんも母さんだけには逆らえない。本気になった母さんの前では、姉さんでさえ泣く」
「人間だよね……?」
「うん、私達と違って母さんは普通の人間だよ」
「……母は強しってやつか……」
なんかそういう強さとか概念をぶち破るのが母なのだろう。
あまり深く考えないようにしよう。
ひざ元にやってきたシフとアルを撫でながらそんなことを思っていると、不意に僕のいる病室の扉がノックされる。
「どうぞー」
「はーい、来たわよー!」
入るように促すと、勢いよく開かれた扉からセーラさんとイオさんが入ってくる。
そういえば、滞在期間の最終日は既に過ぎているけど、まだ僕達を含めた各国の勇者と従者たちはセントレアルに残っているんだな。
「起きたのね! カイト!」
小走りでこちらに駆け寄ってきたセーラさんが、明るい笑顔を浮かべる。
イオさんは元気すぎるセーラさんを見て呆れた様子ではあったが、こちらを見て少しだけ微笑んだ様子を見せている。
……セーラさんは神獣のことについてどう思っているのだろか?
あの場にいたことだし、聞いてみるか。
「そういえば、しんッ―――」
そこまで口にしたところで、セーラさんが自身の口元に人差し指を立てていることに気付く。
次に、背後にいるイオさんを指さしたことで、あの場に神獣が現れたことは秘密にするべきことなのだと理解する。
「———あの後、大丈夫でしたか? かなり疲れた様子でしたけど」
「貴方ほどじゃないけれど、私も結構な無茶をしてたからそりゃ気絶したわ。まあ、都市にいる人々は原因不明の睡魔に襲われて、皆眠っちゃったらしいから、周りと変わりなかったけどね」
「原因不明の睡魔……?」
もしかするとリオンさんの力のことだろうか。
神獣の存在を隠すために、そんな大規模なことをしていたのか。
魔物が掃討された後だからできたことだろうけど……あの人も結構な無茶をするんだなぁ。
「魔王軍の船に積まれていたなんらかの薬品か魔具が都市に落ちた、という話もありますね」
「ま、今となってはそれはどうでもいいわね。だって、皆起きれたし」
「セーラ様は楽観的すぎます……」
あっけらかんとしているセーラさんに、イオさんが肩を落としている。
不意に彼女と視線が会ったので、目覚めた後に聞いた事件の顛末を思い出す。
「イオさんも大活躍だったと聞いていますよ。マリーナさん……じゃなかった、カリーナさんを捕まえたって」
「いえ、そんなことは……私一人では到底……」
謙遜しているのか、動揺しながらもそう口にするイオさん。
そんな彼女に、ニヤリと笑みを深めたセーラさんが指をつきつける。
「あ! イオ! 照れてるわね!!」
「~~ッ!!」
「やっば、怒った! それじゃ、またあとでね!!」
シュバっと手を翻したセーラさんは、すぐさま病室から出ていく。
その後を早足で追っていくイオさんを見送り、苦笑を零す。
「この調子なら、他の皆も元気そうだね」
僕の呟きにチサトとリーファが頷く。
予期せぬ魔王軍の襲撃。
ニーアとの戦いや、神獣に殺されかけたりと色々あったけれど、今はこの平穏を大事にしたいと心から思うのであった。