依頼を終えた日から、以前よりも街の人達に声をかけられることが多くなった。

変装のためにやっていたヘンディル仮面だが、いつの間にか正体がバレてしまっていたのでジェシカ様の後押しもあってそのままやり通したが、ここまでたくさんの人達に知られることになるとは思わなかった。

「カイト、起きろ。朝だぞ」

「ん、シフか。今起きるよ」

ぺしぺしと前足で頬を叩かれながら目を覚ます。

ヘンディル仮面としての依頼が終わってから数日。

僕達はこまめな依頼をこなしながら、冒険者としての普通の日常を送っていた。

「シャー」

「ありがとう、ユラン」

洗面台で顔を洗った僕にユランが手拭いを渡してくれる。

顔を拭くと、部屋の中には今しがた目覚めたライムと、欠伸をしているハクロがいる。

「ハクロ、ライム、おはよう」

「ウォン!」

「キュー!」

よし、今日も皆元気だな。

それに一安心しながら寝癖を直した後に、いつもの服に着替え準備を整えた僕は、自分の部屋を出て隣の部屋をノックする。

「リーファ、ニーア、起きてるかー」

反応なし。

しかし、確実にいるのは分かっているのでいつものようにシフに目を向ける。

困ったような顔で頷いたシフは、扉の隙間から部屋の中に入り―――、

『いつまで寝てる! 早く起きろぉ!』

『にゃあー!?』

『へぶっ!?』

僕の時とは違う、大声を発する。

そのショックでベッドから誰かが落ちる音を聞き、苦笑した僕は隙間からシフが戻ってくるのを確認した後にその場を歩きだす。

「いつもご苦労様だね」

「全くだ。姉妹揃ってズボラとは」

昨日からライラは遠征の依頼にいっているから、今日は僕達だけだな。

階段を降りていると、下の階からいい匂いがしてくる。

「メルクさん、おはようございます」

「おう。もうすぐできる。座って待ってろ」

厨房にいるメルクさんの声に頷き、いつもの席に移動する。

少しすると、階段の方から眠そうに欠伸をしたリーファとニーアがやってくる。

二人とも寝間着のままの上、寝癖がものすごいことになっているが、今となっては見慣れたものなので反応はしない。

「おはよう、二人とも」

「「おはよ……」」

姉妹だからか反応が同じだ。

厨房から漂ってくる匂いに食欲をそそられたのか、段々と意識を覚ました二人は僕の座っているテーブルにつく。

「それで、リーファ」

「ん?」

「君の実家についてだ」

メルクさんの作ってくれる朝食を待ちながら、僕はリーファに今後の予定について話し合うことを試みる。

この場にはニーアもいるので当然、彼女は嫌な顔をする。

「え、やっぱり行くの……。嫌なんだけど」

「久しぶりに母親に会いたくないの?」

「いや、会いたいよ? 会いたいけど、怒られるでしょ?」

そんな言葉を聞き、僕は彼女の方を向く。

これまでの所業からして怒られるのはむしろ当然ともいっていい。

だからこそ、僕は怒らなければならない。

「ニーア、この親不孝者……! 正座しなさい!」

「えぇ!? 突然怒られた!?」

びくり、と驚きながらも言われたとおりに正座をするニーア。

いや、素直か! 逆にびっくりした!!

「君はもっと母親の気持ちを考えろ! 君がいなくなって、どれだけ心配していると思っているんだ……!」

「それは、分かってるけど……カイト君は、どこの視点に立っているの……?」

きっと、リーファとニーアの母親も今も不安に思いながら二人の帰りを待っていることだろう。

「君達の普段の生活を見ていたら、心配しすぎて倒れてしまっているかもしれない……!」

「「いや、ないない」」

ニーアだけではなくリーファも笑顔で手を横に振って僕の言葉を否定する。

このポンコツ姉妹共……! 親の心子知らずとはまさにこのことか……!

「……随分と楽観視しているようだね」

「だって、母さんだし」

「あの人が倒れるとかないでしょー」

この二人の認識からして、母親は戦闘民族か何かなのか?

明らかに戦闘力高そうなこと言われているんだけど。

「分かった。なら、そんな君達を一瞬にネガティブにさせる一言を言い放ってやる」

「たかが言葉程度で、私が狼狽えると?」

「カイト君、私のこと嘗めすぎだよ」

からから、と仲良く笑う姉妹。

上等だ。

本当は軽くジャブでも放ってやろうかと思ったが、カウンター覚悟の大ぶりのストレートを放ってやる。

「君達とは違って、僕は両親にすら会えないんだぞ」

「……え、あ、その、ごめん……」

「ご、ごごご、ごめん……」

割と本気で申し訳なさそうに謝ってきた。

自分にもダメージを食らいながら、僕は苦笑する。

「いや、そんな真面目に謝られると……逆に困る」

「ねぇ、怒っていいかなぁ!? 冗談にしては性質悪すぎるよ!?」

「姉さん、カイトは異世界から連れてこられたから、冗談じゃない……」

「え……ご、ごめんなさいぃ……」

喜怒哀楽が激しいなぁ。

いつものように僕の世界のことについては心の奥に閉じ込めておいて、話題を戻すべく手を叩く。

「さあ、暗い空気じゃ話し合いどころじゃない。気を取り直して話そう」

「暗くしたのカイト君じゃん……」

「とりあえず、リーファの実家に行くことは決定しているとして……ジェシカ様に許可をもらえるかどうかだよな」

僕達にリーファの実家に行くように伝えたのはリオンさんだ。

彼女がそう言ったのなら、当然ジェシカ様に似たような話は伝わっているはずなので、そこから聞きに行こう。

「後で、ジェシカ様と謁見の機会をいただこう。忙しそうだし、時間がとれたらいいんだけど……」

「いや、あの女王は意外と余裕あると思う」

「そ、そう?」

なにやらニーアが妙に確信めいたように口にしているけれども。

ジェシカ様との間になにかあったのだろうか?

「じゃあ、君達の実家になにか神獣と関係のありそうなものってあった?」

「いや、特になかったと思うよ」

「子供の頃だけど、駆けまわった森にもおかしなものはなかったし」

思い当たるものはなしか。

でも、リオンさんが言うからには絶対なにかあるはずなんだよなぁ。

「あの頃は、結構楽しかったなぁ」

「そうだね」

いつの間にか姉妹の思い出話が始まっている。

ちょっと面白そうなので、無言で聞いてみよう。

「リーファのほっぺに芋虫くっつけて泣かせたし」

「姉さんの布団にゲジゲジ放り投げて、泣かせてやった」

「川に突き落としてやった」

「おやつにとうがらし混ぜてやった」

「……それは本当に楽しかった思い出なの?」

とんでもねぇ闇を聞かされてしまったんだけど。

そりゃ姉妹喧嘩するわと思ったわ。

むしろ、今こうして同じテーブルについていることが奇跡に思えるわ。

「あ……リーファ、もしかしたらあそこじゃない?」

「どこ?」

「ほら、森の中にあった大きな亀裂。下まで真っ暗な洞窟」

「あー、あそこがあったね」

洞穴か。

まあ、他に怪しいところがないとしたらそこか。

……メリアの時みたいなことにならなければいいけど。

「あの時は母さんに怒られたよね」

「うんうん、泣くほど怒られてその後にお尻叩かれたのは、トラウマだよ。もう二度とごめんだね」

本当に仲がいいのか悪いのか分からない姉妹だな……。

そこでメルクさんの朝食ができた知らせが聞こえる。

とりあえず、今日はどうするか予定を考えながら、僕は朝食の準備を始めるのであった。