城を出た僕達は、メルクさんの経営している宿へと帰ることにした。

期間にして半月ほどだろうか? それくらいヘンディル王国から離れていたので、なんだか久しぶりにメルクさんとライラに会うような気がする。

「ねえ、カイト」

「ん?」

宿へともうすぐ着くというところで、リーファが話しかけてくる。

「勇者としての使命って終わったわけだけどさ。肩書的にはどうなるんだろうね」

「そりゃあ、残るんじゃないのか? 魔王軍を倒した英雄って扱いだろうし。……そんな面倒そうな顔しない」

「うへぇ」

リーファの性格を考えるとそんな顔をするのも分かるけれども。

「ふぁ……むぅ……リーファとチサトは最も目立つ立ち位置にいるからな。そう呼ばれてもおかしくはないだろうな」

旅の疲れから僕の肩に飛び乗ったまま、ぐでーっとくつろいでいたシフが眠そうな目を擦りながら話に入ってくる。

「でも、ジェシカ様のことだから、それほど君が出張るようなことはないんじゃないかな?」

「うむ、ジェシカ殿の性格を考えればリーファを政治の道具にするようなことはしないだろうからな。そのような心配はしなくてもいいだろう」

僕とシフの言葉にリーファがやや声を明るくさせる。

「え、そうなの?」

「多分だけどね。なにより、君以外にも各地に勇者はいるわけだし」

これで勇者の数が一人や二人とかだったら、重要度が増すんだろうけど各地にいるとなれば話が違ってくるはずだ。

どちらかというと国にいる実力者的な立ち位置にはなるかもしれないが、束縛されるということにはならないと僕は考えている。

「まあ、当分は休養をとってゆっくり過ごそう。ギルドで依頼を受けにいってもいいし。あ、シーナさんをヘンディル王国に呼ぶってのも――」

「「駄目!!!」」

リーファと、我関せず話を聞いていたニーアが必死な面持ちで拒否してくる。

さすがは姉妹というべきか、内心で納得していた僕は二人にサムズアップをする。

「まあ、君達ならそう言うだろうって、事前にシーナさんから文をいただいていたから、折を見て招待するつもりさ」

「なんでカイトが私達より母さんと連絡とってるの!?」

「おかしいよね!?」

「君達がシーナさんに連絡を寄越さないからだろ」

最後にいただいたのはヴィングル王国に向かう前だったな。

魔王軍も倒して落ち着いてきたことだし、シーナさんを呼んでみるのもアリだな。

……話が逸れたな。

えぇと、たしかこれからの勇者の扱いについてか。

「チサトは、勇者についてどう考えてる?」

試しにチサトにも聞いてみるか。

僕の質問にいつのまにか斜め後ろに移動していたチサトは、顎に指を当てて思案する。

「んー、権力」

「君に聞いた僕が間違っていた」

思っていた以上に俗っぽい答えが返ってきた……!

「嘘、冗談。そうだね、あれだよね。よく考えてみなくても、私って表向きのやるべきことが終わってるんだよね」

「……確かに、そうだね」

表向きの理由。

勇者召喚術式を使う大本の原因が魔王軍の出現だったということだ。

でも、実際はリオンさんの思惑の上に成り立った仮初のものだったけれども。

「元の世界にも帰れないし。フィルゲン王国に行っても私、友達はいるけど……本当の意味では、私は一人なの……」

「チサト……」

チサトも僕も元の世界に帰れる可能性は限りなく0に近い。

僕は割り切っているが、チサトがどう思っているかは分からない。

俯いていたチサトが顔を上げる。

その目には、涙が浮かんでいた。

「だから、カイト君。一緒にいていい?」

「あの、水魔法で涙を演出してるところ悪いけど泣く度合いが号泣レベルなんだけど。顔、ぐっちゃぐちゃだよ……?」

「……」

なんというか目が潤むとかじゃなくて、漫画とかアニメみたいな勢いの涙の流し方になってるよ……?

目元に触れて「ちぇっ」とふくれっ面になりながらむくれたチサトは、水を操り地面へ落とすと素知らぬ顔で僕へと向き直る。

「女の子の涙を疑わないで?」

「僕は君を疑っているんだよ?」

最近になってチサトが急激に会話の距離感を詰めてきている。

元の世界の本来の彼女がこのノリだと察した僕は、会話の一環として冗談を返す。

「女の子はちょっと影がある方が魅力的だよ?」

「今のところ、君には影しかないんだけど」

「影はリーファだよ?」

「ちょっと、私に飛び火してきたんだけど……!?」

そんな会話を続けていると、いつの間にか宿へと到着。

慣れ親しんだ扉を開き宿へと入ると、いつものように美味しそうな料理の香りが漂ってくる。

「おと……カイト、ここは?」

「僕達がお世話になっている宿だよ」

初めて来る場所に不安そうな面持ちのマオに答える。

すると宿の食堂の扉から、ひょこりと青い髪が特徴的な少女、ライラがを顔を出してくる。

「おっ、帰ってきたねー。噂は聞いているよー、お疲れっ!」

「ただいま、ライラ」

「ただいまー」

僕の先輩の冒険者であり、同じ宿でお世話になっている彼女に迎えられ、僕達は食堂のテーブルへと移動する。

「おやおや、カイト君。この子はどうしたのかな? もしかして、隠し子かな?」

「この子は私が――」

「事情があって預かることになったんだ!!」

リーファがなにかを口走る前に考えていた理由を口にする。

なぜ、皆、マオを娘にしたがる……!

「ニーアも同じ年代の子が増えてよかったねー」

「私はお前と同年代だよッ!! ライラッ!!」

「えへへー、知ってるー」

「カイト君、こいつ殴っていい!?」

おもいっきりライラにからかわれたニーアが顔をリンゴのように真っ赤にさせる。

苦笑しながらもニーアを嗜めていると、食堂の厨房からエプロンを着たメルクさんが出てくる。

「帰ってから早々に騒がしいな、お前ら」

「ただいま帰りました。メルクさん」

「ただいま」

「おう、おかえり」

ひらひらと気だるげに手を振ったメルクさんは、僕へと視線を向ける。

無言で見られて首を傾げていると、彼女は軽くため息をついた。

「なるほど、一部とはいえ至ったか」

「はい?」

「いや、気にすんな。もうすぐ飯ができる。手ぇ洗って、座って待ってろ」

そのまま厨房へと戻っていくメルクさん。

彼女に少しばかりの疑問を抱きながらも、僕は手を洗いに洗面所へと向かうのであった。

やはり、メルクさんの作った料理はおいしかった。

船でシフの兄弟たちが作った料理も美味しかったが、メルクさんの料理はなんというべきか、確かな積み重ねと経験により完成された料理という感じがするのだ。

マオも最初は不安がっていたが、食べ終わる頃には上機嫌になっていた。

「さて……」

食事を終えた後、テーブルを囲んでいる面々を見回した僕はある話を切り出すことにした。

「ニーア、君もそろそろリーファとは別の部屋にするべきだと思ってね」

「え、本当!? いいの、部屋もらって!」

「ああ、メルクさんから許可もいただいた。君の部屋はリーファの隣の空き部屋だ」

「やったー!」

ニーアは1人部屋になった。

なので……。

「ああ、マオをよろしく頼む」

「なんで!? 嫌だよ!」

「そんなこと言って……お姉ちゃんでしょ?」

「やめて! その台詞は姉の私にとってトラウマなの!? それ、妹のやらかしを問答無用で許さなくちゃいけない呪いの言葉なんだよ!?」

そんな表情をされるくらいに嫌な言葉なのか……。

今後は言わないようにしよう……。

内心でそう考えていると、隣に座っていたチサトが僕の服の袖を軽く引っ張る。

彼女を見れば、どこか演技がかった様子で口元に手を当てている。

「もう……貴方、この子こんなこと言ってますよ?」

「……。まったく、僕達の親心が分からないのか」

「……ぁ、ぅ……」

「ボケに乗ったんだから、唐突に照れるのはやめてくれない?」

夫婦漫才的なことをしたかったようなので、乗ってみたら普通に照れるとかやめてほしい。

ボケをするならやり通してくれ、こちらの肩透かし感が半端ないから。

「カイト君と一緒の部屋でいいじゃんっ!」

「常識的に考えてまずいだろ」

「カイト君が常識を語るのが一番非常識だよ!?」

「酷くない……?」

僕の気持ちとかそういうの考えなしに体裁的にマオを僕の部屋に泊めるのはアウトすぎるだろう。

それにだ。

僕の部屋には使い魔達もいるからマオにとってはかなり窮屈という理由もある。

嫌がるニーアに溜息をついた僕は、楽しそうに状況を見守っているライラに話しかける。

「しょうがない。ライラ、頼めないかな?」

「いいよー。マオちゃん、よろしくね?」

「……よ、よろしく、おねがいします……」

マオも自分の立場を分かっているから自分から魔王だと明かすことはないはずだ。

それに、ライラのコミュ力は滅茶苦茶高いので、人見知りなマオともすぐに打ち解けられるだろう。

おっかなびっくりとしているマオの反応を確認していると、ふと左隣にいるリーファが僕の肩に手を置く。

「なんで私は候補に挙がらなかった」

「おぬしは部屋が嵐の後みたいな有様だからだ」

「ちゃんと掃除しようね。リーファ」

「きゃうん……」

僕とシフの指摘にリーファが項垂れる。

僕はリーファの部屋を見ないようにしているので分からないが、シフの言葉からしてかなり酷い様そうなのは知っている。

「じゃあ、カイト君。私は?」

「チサト。君はマオに何か吹き込みそうだったからアウト」

サブカルよりの現代知識ほど危険なものはない。

まかり間違ってマオが変な影響を受けたら大変だし。

そもそも……。

「君はもうすぐフィルゲン王国に戻るからな……」

「私は戻ってくるよ? 王国は私に負い目があるから、強く出れないのは知ってるし」

勇者召喚術式を使って異世界からチサトという一般人を連れて来てしまったのはフィルゲン王国ってことになっているからな。

魔王軍との戦いが終わった後となれば、チサトが自由に動けるようになっているのは分かっているけれども……。

とにかく、マオは飛行船に戻るまでここに泊まってもらうとして……僕達は各々の時間を過ごそう。

「えぇと、ギルドへの顔だしとギルド長……ベルセさんに会うイリスさんの付き添い……それと……オロチにも会いに行かなくちゃいけないし……やることがたくさんあるな」

「しばらくは、休息が続くのだ。一つずつ解消していこう」

シフの声に頷く。

最初は……イリスさんと合流して、ベルセさんの元に会いに行こうか。