Needle Maiden
Spirit treatment
魔力の固まりから出された精霊は、服がズタボロだった。
とたん不安そうな…泣きそうな表情になる、にゃんこ精霊の頭を撫でて、スクル様は私に頭を下げてきた。
「この子達は、私が保護した精霊達です。精霊達を目視出来る目を持つ者は、珍しいですが私やあなた、王家の人達や一部の貴族、魔術師などそれなりに存在しています。時折見かける銀色の縫いとりをされた子達は、君が治療なされたのですね?お願いです。この子達も治療していただけませんか?」
「ちりょ?」
「あぁ…治療のつもりではなかったのですね、でもこの子達にとって治療になるのですよ」
自分の魔力を固めて、針のようにして…緑色の魔力の綿固まりからほぐして伸ばして糸状にしたものを通す。
他人の魔力は自在に動かせなかったからだ。
にゃん娘達は私の魔力の糸を拒否したわけではないが、どうにもマリモに戻りたそうにするので、スクル様の魔力を使う許可をもらってみた。
ズタボロな精霊の服の裾を繕いながら、私は話に耳を傾けた。
「私どもの見えている精霊の衣服は、正確には衣服ではなく精霊の体の一部であり、力の表れでもあります。ただ非常に薄く、傷つけられやすい部分でもあります」
力の表れというのがいまいちよく分からないが、非常に小さな精霊などはつるぺたで何も着ていない風から、やや大きな精霊はミニワンピ風へと変化しているから、なんとなくつまり強い精霊はゴージャスになっていくってことなのだろうか?と、認識しておく。
「この子達のように、呪霊師に無理やり力を奪われると『服』は破り盗られ、さらにはこの傷ついた部分からゆっくり力を失っていってしまうのです」
「全部、力、なく、なった、ら?」
「勿論消滅します」
うわー…どうりで見かける……服が駄目になった精霊達が、嘆いているわけだ。
なるほど、私の繕いは治療となるのだろう。
どんどん繕われていく服に、魔力のマリモに戻りたそうだった精霊も雰囲気を煌めかせだした。
ほかの子達も、なんだかわくわくした様子になって、もぞもぞと手元を動かし魔力を糸状に形成しだした。
そう協力されれば後は、ミシンなど目じゃない早さで縫い上げられるようになっている私だ、マリモにゃん娘な精霊さん達は、あっというまに自由浮遊できる普通?の精霊さんとなった。
みんな裾は緑だけどね。
どうせだから、蔦が裾を這っているようなデザインに、刺繍も追加しつつ繕ってみた。
「あぁ…私の魔力が離れても定着して、消えないとは…」
「にゅ?」
首を傾げる私に、スクル様は苦笑を零した。
「見ていてくださいね」
スクル様は肩に残っていたマリモの残骸を、プチリと取り外してテーブルの上に置いた。
するとソレは、綿あめが溶けてしまうかのようにどんどん小さくなっていき、かき消えてしまったのである。
「ほわぁ」
やっぱり魔力って普通は離れれば消えるモノなのか…精霊に縫い付けると違う?
そういえば魔力だけを、普通の布に縫い付けたことはなかったな……
ちょいちょいっと、試しに自分の服の裾を縫い付け、魔力の糸を切ってみると……それはやっぱり溶けるように消えてしまった。
肩に乗っていた蜘蛛が、ぴょこんっと膝に降りて「しゅ?」と頭を傾げて糸をちょろりと吐いた。
あ……もしかしてこの蜘蛛の糸は、魔力を染み込ませ維持する力があるのだろうか?
だからヌィールの人間は、自分達は特別みたいな顔をしてるのかな?
蜘蛛が凄いだけのような気もするけど。
ほんわりと毛の生えた蜘蛛のおなかを撫でて、考えてるといつの間にか蜘蛛が大きくなってることに気付いた。
小さな私の掌半分だったのが、掌ほどの大きさになっていた。
「ユイ殿、これからも精霊を保護してきたら、治療していただけますかな?」
十五だけど見かけはどうしても幼児な私に対して、スクル様は片膝ついて胸に手を当て、深く頭を下げてきた。
ひょわわっ
執事さんが臣下の礼っぽいことするって、どゆこと?
私、下っ端お針子だよね?
「こらこら、ユイが困ってるよ。ユイも魔眼の持ち主とはねぇ…これはちょっと、やばいんじゃないかい?」
リースおば様が困ったように言うのに、ドキリとした。
やばい?やばいって何?
「あ、あ、あ、すまないね、不安がらせる気はないんだよ。魔眼持ちの女の子ってのは、どのような身分でも王妾候補になれるのさ。しかもヌィール家で精霊を治療できるなんて、ユイの生家が目の色変えてあんたを取り返そうとしそうでね…勿論、帰りたくなんてないだろ?」
思いっきりこくこくと頷いておいた。
王妾候補とか不穏な単語にもビビッたけど。
ココでの生活にぬくぬくした後で、あの家に戻るとか、あの家のために利用されるとか、まっぴらゴメンである。
「大丈夫です。ロダン様にお任せくだされば、ユイ様の意思を害することはおきません。精霊に誓って」
お任せ下さいますね?と、妙な迫力を漲らせ言うスクル様に、私は頷くしかなかった。