Neta Chara

Episode 158: On the eve of the Northern showdown

※ゲルトラウト視点

「ゲルトラウト様、死霊兵の配置が完了いたしました。要塞攻撃の下知を頂きたく参上いたしました」

オレの前で拝礼する迦楼羅族の狼男はノーキンという名前だ。元々、それなりの戦士だったのだが一人の女を下賜してやってから急激に戦果を上げるようになり、部将として取立て俺の右腕として活躍するようになった。

その下賜してやった女が俺を見据えて意見具申する。

「ゲルトラウト様。わが主であるノーキン殿の隊一万を、西方の黒竜公国への備えとして配置してくださいませ」

女の名はアロンザ・ドリイという。この地まで攻め上る途中で潰した一諸侯家の親類になる女だ。ただ、容姿や体つきがオレ好みでなかった為、戦で武勇を示したノーキンにくれてやったのだが、この女は別の異才を持っていた。

戦場における采配に異才を放つアロンザは武勇一辺倒のノーキンの情婦となると、彼を尻に敷いて使い戦場にて数多くの敵兵を壊滅に追いやった。

その為、付いたあだ名が『殺戮軍師《キリングストラテジスト》』であり東部の諸侯に恐れられるようになっていた。実際、オレも彼女の提示する戦略や戦術のえげつなさを気に入っており、死霊兵作りには大いに役立ってくれていた。

「ほぅ、黒竜公国が進撃してくると? ファブラノヴァは王都警備と自領警備で手一杯だと思うが?」

「ですが、一度は魔王より討伐令が出ておりまする。此度もグエインと戦となれば一番近いファブラノヴァに再び討伐令が下るかと…そうなると要塞攻撃中に横腹を黒竜どもに食い破られるのは必定かと」

攻城戦をしている最中に横合いから敵に攻撃されると幾ら死霊兵がいるとはいえ攻勢を支えるのは難しいか…

オレはアロンザの提案を受け入れる事にした。

「いいだろう。ノーキン、お前は西方から来る可能性のある黒竜軍に備えよ! 要塞攻略はオレが死霊兵を率いて行う」

「ははっ、了解いたしました。さっそく陣替えを行います」

「それにしても、いい女を持ったな」

「はい、彼女のおかげでオレは部将になれたのです。彼女は実に優秀な軍師ですよ」

ノーキンは顔を赤くしてオレの問いに答えていた。ノーキンはアロンザにぞっこんであり、戦褒賞である女奴隷の分配もアロンザだけで満足しており、余った奴隷を部下に分け与えている為、兵からも気に入られていた。

「ノーキン殿が武勇を有効に生かしているだけです。それに、私の趣味を理解してくれる方でもあるので、私も知略の限りを尽くしてノーキン殿をお助けしておりまする」

アロンザもノーキンの事を気に入っており仲睦まじくやっているらしいが、劇毒のような彼女の軍略を実行するノーキンの胆力も大したものであった。

その時、陣幕に一人の壮年の男が入ってきた。迦楼羅大族長のデフ・ゴーベルフだった。

「ゲルトラウト様、ただ今東北部の諸侯どもを従属させて到着いたしました。二十五の諸侯家が従属を申し出て、各家ごとに長子もしくは爵位継承予定者が率いた軍勢を束ねると総勢一万となりました。グエインが篭る要塞への先陣は是非にでも私に御下命くださいませ」

デフには未だに従属を示さなかった東北部の諸侯どもを脅迫し従属させる役目を与えてあったのだが、見事に成功させて戦を最小限にして従属させていた。無論、北上途上でオレやノーキン達が行った戦ぶりの噂が東部全体に広がっていた事もデフの説得に有利に働いたと思われる。

「一万も集めたか…まぁ、いいだろう。たとえ死んでも死霊兵として使ってやる事は出来るからな。よかろう、デフ・ゴーベルフに先陣を任せる、グエインを討て」

「ははっ、先陣承る。ゲルトラウト様の為、そして迦楼羅の同胞の為、グエインの首をあげて参ります」

デフはそう宣言すると、すぐさま陣幕を飛び出していった。

「ゲルトラウト様…デフ・ゴーベルフはすでに役目を終えたのでは? 奴は私の親族ですがあの思想はゲルトラウト様の御構想に邪魔になるかと…」

デフの様子を見ていたアロンザが意見具申してきた。

「デフ様の大迦楼羅主義はグエインの阿修羅優遇策と種族を変えただけで何等変わりは無いと見受けられます。私もアロンザの懸念を支持いたします」

ノーキンもデフの思想に危うさを感じていたようだった。オレとしては、ケントの身体を取り戻せば大陸を制覇して主神(サザクライン)の居る天なる国への道を開き、オレを異空間に押し込めた神族の輩を屈服させるのが目的である。

デフもそろそろ用済みか…

ケントを確実に殺す為の兵力を手に入れればデフは邪魔者でしかない。オレが欲しいのは兵と物資であり、大迦楼羅族主義などというふざけた思想などオレが作り直す予定の国にはいらなかった。なので、デフには今回の戦で消えてもらう事にした。

「…潮時だな。よし、デフは切るぞ。要塞の攻略に成功すれば俺が直々に殺してやる。アロンザ、次の大族長候補はノーキンだ。そして、アロンザは『月神(つきがみ)』として任じてやる」

「ははっ、御意」

「ありがたき幸せ」

「では、戦支度を始めるとするか」

オレはノーキン達と共に陣幕を出た。

※グエイン視点

「敵軍。更に一万の増援が到着いたしました」

見張り員からの報告に俺も望楼から見える敵軍の陣を見る。報告通り一万人近い増援部隊が続々と到着していた。これで、ゲルトラウトは総勢四万もの大兵を集める事に成功していた。

「グエイン様、ただいま戻りました」

スーヴェンが音も無く背後から声を掛けてきた。

「フンっ!」

俺は振り向きざまに剣を抜く。剣先がスーヴェンの首を捉えて胴体から首が転がり落ちる。しかし、スーヴェンの身体は幻身だった。

「俺の後ろに立つなと言った」

「これは失礼いたしました。今回は流石の私でも焦りましたね。本当に首を落とされるかと思いました」

「で、ゲルトラウト軍の内情は調べたのか?」

俺はスーヴェンに顔を見ずに報告を待った。

「はぁ、東部の内情はおおよそ掴めました。ゲルトラウトはどうやらオルフェーブル様の秘宝を持ち出したようです。昨今の妖魔族の叛乱や今奴等が率いている『死霊兵(リビングデッド)』と呼ばれる物もオルフェーブル様がお使いになられた宝具だそうです」

「オルフェーブル様の秘宝だと…ゲルトラウトがなぜそのような物を持ち出せる? 王城にある秘宝の数々は魔王でしか扱えない物であるぞ? 魔王の血族以外が触ればその身が焼き尽くされるという呪いがかかっておる」

「ですが、私の情報網ではゲルトラウト自身が【死者の杖】を使い、死霊兵を生み出しているという報告が上がって来ております」

「ゲルトラウトが魔王だとでもいうのか…」

「考えられるのは、ゲルトラウトが魔王の血を引いている可能性があるということです」

スーヴェンの報告に疑問符が浮かぶ。ゲルトラウトの実家はしがない兵士の一家であり、とても魔王の血族である可能性は考えられなかったからだ。

「それは無い。奴を調査したのはお前だろ。その推測は間違っているぞ」

「ですが、そうとしか考えられませぬ…まさか、ゲルトラウトに魔王の魂が宿っている訳でもありませんでしょうに」

「魔王が宿っているだと…そんな事ありえるのか?」

「状況がそう言っていますが…有り得ないでしょう。死ねば身体は大地に還り、魂は魔素となって大気に溶け込むのは自然の摂理です」

スーヴェンの言うとおり、魂が他人に宿るなどという行為は、どのような魔術を使っても無理な事だと知っているが、俺を幾度も救ってきた悪寒がこの異常事態に警告を発してきていた。

「もしかしたらゲルトラウトは何者かに憑かれておるのかもしれぬ」

その時、前方の敵陣から出陣を告げるラッパの音が響き渡った。

「敵軍、出撃! こちらに向かっています」

見張り員が喚くように報告してきた。

「慌てるな。我が軍は堅塁に築いた要塞と五万の兵がおる。あの程度の軍勢では落とせぬわ。王都にいる陛下に伝令を出せ! 黒竜公国の出陣を願うとな。ゲルトラウトの本隊は俺が引き受けてやる。黒蛇女にうまい横腹を譲ってやるわ」

「ケントとアーバレスト様はいかがなされます?」

「南部からは遠すぎるがケントには陛下より王都防衛の任を打診してもらっておく。領地より引き離せば日和見もできまいて」

「ケントが受けますでしょうか?」

「アーバレストの南部辺境伯解任をチラつかせれば嫌でも受けるだろう」

ケントはアーバレストの娘婿であり、父親であるアーバレストが苦境に陥るのを見過ごせない性質だと思われる。ゆえに、アーバレストを責めればケントは動くと思われた。

「はは、では至急王都に伝令を送ります」

スーヴェンの気配が掻き消えた。

「慌てるな。守備隊は担当部署を守れ! 兵はこちらの方が多いのだ! 弓隊前に! 各人自由に撃て!」

オレは望楼から大音声で指揮下の部隊に指示を出していった。

※ファブラノヴァ視点

「ファブラノヴァ様…王都防衛を頼んでおる所、まことに心苦しいのだが、グエイン卿が北部でゲルトラウトとの戦を始めたようだ。グエイン卿はファブラノヴァ様にゲルトラウトの側背を衝いて欲しいと申し出ておるそうだ。いかがであろうか?」

私は陛下に呼び出されて玉座の間に来ていた。西部諸侯を引き連れてゲルトラウト討伐へ向かう途中、王都で陛下に謁見している時に妖魔族の大規模な叛乱が起きた為、王都防衛の為、そのままグエインの居ない王都に居座る事になってしまった。

自領である黒竜公国はもちろん、西部地方でも妖魔族が蜂起していたが、飛空隊を使い大規模な蜂起は討伐を終えていた。

夫であるクレイドは嬉々として妖魔族を殲滅しており、大規模魔術を打ち込んでは周囲の魔素を濃くするというはた迷惑な行為も見られたが、彼の戦闘力は妖魔族を根こそぎ殲滅していった。

「陛下、グエイン卿は五万の兵と聞いております。対するゲルトラウトは四万。要塞に篭るグエイン卿を破る事は出来ないと思いますが? 未だに妖魔族が跋扈する時に王都を空にする訳にもいきませぬが…」

私は暗にグエインの手伝い戦をするのが煩わしかった。勝ったところでグエインが利するだけの事だったからだ。それに王都を離れれば、現在切り崩しつつあるグエイン派の貴族達がまた寝返る可能性も捨てきれない。

「王都防衛の件は南部軍が請け負ってくれる。余よりブラックダガー卿へ親書を遣わしてあるのだ。ファブラノヴァ様には義父上を助けて欲しいのだ。義父上に借りを作っておけば此度の切り崩し工作の件も黙ってくれるであろう?」

陛下がニヤリと笑ってこちらを見ていた。陛下は私がグエイン派の切り崩しを行っている事実を掴んでいたのだ。おそらくは耳目役になっている白髪頭の老貴族が教えたに違いなかった。

それにしても、ケントが王都くんだりまでノコノコと遠征してくるとは思えなかったが、陛下は自信に満ちた顔で断言されていた。

…ただの神輿だと思っていたが案外したたかな一面も持っておられるのかもしれぬ…

「…陛下の勅命であれば出陣いたします」

「すまない。余自身が兵を率いて討伐するべきだが、余の名代としてゲルトラウトを討ってきて欲しい」

「ははっ、勅命承りました」

私は玉座の間を退くと王都の黒竜公国公館へ向かった。

「よう、今度はどこで暴れられる?」

公館に帰るなりクレイド(戦闘馬鹿)が話しかけてきた。この男の頭には戦いしか詰まっていないのかと思われた。

「姉上、陛下よりの呼び出しは戦の事であったのか?」

クレイドの隣には実弟のユグノーが立っていた。こちらもクレイドと同じく戦いに喜びを見出す人種であり、夫であるクレイドとは馬が合うらしく仲良く戦闘訓練をしている姿も見受けられた。

…この戦闘馬鹿どもは戦う事しか選択肢にないのか…

二人の思考回路にげんなりとしながらも、陛下からの勅命を受けた事を伝える事にした。

「ああ、ゲルトラウトを討伐せよと再度勅命が下った。すぐに出る。とっととゲルトラウトの首を上げて王都に凱旋する。荒れ果てた東部に領地など得ても足枷になるだけだ。今は西部から王都までを固める時期だ」

「姉上は公国を拡大するつもりか?」

ユグノーは王国臣従派だったが、トラヴァース事変の際、グエインの本性を知り私に詫びを入れる形で臣従派を解散していた。以来、私の片腕として軍事の方を助けてもらっているが、将才はあるものの、やはり政治にはひどく疎かった。

「めったな事を口走るな。私が陛下に対して叛意を持っておるように聞こえるだろうっ!」

「…す、すまない…」

「公国の保護する諸侯を増やすだけだ。わが国の必要資源を支えてくれる諸侯を手厚く保護するだけだ」

クレイドも苦笑いをしていた。

「それって領土の拡大と言うんじゃないのかね?」

「それを言わせない為に『保護』と言っている」

今回の戦で西部諸侯を率いているが、大半がすでに王国と決別の道を選び公国への臣従を申し出ていた。王都に滞在中も積極的に西部諸侯を取り込み続けていた。

「まぁ、今回は戦費以上の利益が出ているから、後はゲルトラウトを殺して王都に公国の影響力を植えつけておくだけよ。さぁ、すぐに出陣するわ」

私の指示を受けて二人とも嬉々として身体をほぐし始める。

「さぁ、暴れるか」

「姉上は後ろで見ていてもらえば大丈夫ですよ」

戦は脳筋の二人に任せて、私は戦後の算段を考えるのに集中する事にした。

※ケント視点

「そろそろ。俺としても休みが欲しいんですがね…今度、妖魔族討伐戦に参加したメンバー達とルーミィの領地にある温泉へ慰安旅行を企画しているんですが…今回の件を引き受けたら文句ブーブーですよ…」

俺は義父上の執務室に呼び出されていた。言っておくが何も俺が悪さをしたから呼び出された訳じゃない。王都よりの使者が困った用件を持って走りこんできたのだった。

「まぁ、そう言うな。そんなに悪い話でも…あるな。ワシの首が掛かっておるそうだ。兄上も耄碌されたのであろうな…ワシを南部辺境伯から解任すればケントが独立すると考えれなくなっておるのか?」

「グエインも追い込まれているのでしょう。噂では、王都ではファブラノヴァがグエイン派を切りくずしているそうですよ。ディーを見事に切ったあの冷徹な女王が本気になれば、グエインの基盤も危うくなると言う事です。グエインはトラヴァース事変で眠れる竜を起こしてしまったようですね」

俺はファブラノヴァがグエインと共にディーを掠め取った俺も敵対視している事を知っている。西部との境は安穏としているが状況が流動化すれば戦地になる可能性も捨てきれない。

「兄上も若い時なら絶対に行わなかったであろうな…権力が兄を狂わせたのであろうか…」

義父上は実兄であるグエインの凋落ぶりを心配していた。

「仕方ありません…グエインを助けるのは業腹ですが、陛下からの勅命とあらば王都の防衛の件はお受けするしかないですね。義父上に南部辺境伯を辞められたら南部で好き勝手やれなそうですし」

「すまない。幸いファブラノヴァ様がほとんど妖魔族を狩り尽くしておるから、王都見物だと思って勅命を受けてくれると助かる。ただ、悪所通いはしないようにな」

義父上に悪所通いを窘められたが、嫁や愛人がたくさんいる現状で悪所へ通う理由は見受けられなかった。だが、行くなと言われると少しだけ興味が沸いてしまうのは男として正常な反応だと思われる。

「…わかってます。多分、行かないと思われます」

「多分か…」

義父上も俺の興味を引いてしまったと理解したようだ。

「あまり安い店には行くなよ。病気を移されるからな。高級な店ならちゃんと対策してあるから大丈夫だ。けど、避妊具は持って行け」

「ゲフン、ゲフン。それでは行く前提の話ではないですかっ!」

「行かぬのか? 辺境伯として王都に滞在した際に接待で使った店を紹介してやろうか?」

「義父上!? 行く前提になっておりますっ!」

「迦楼羅族の綺麗な娘達が肌も露な格好で給仕やお相手をしてくれる店だぞ? 本当に紹介しないでいいのか?」

「行きますっ! ぜひ紹介状を!」

「…欲望に素直だな…」

俺は少しだけ呆れ顔の義父上から店の紹介状を貰うと、城館に戻り王都へ連れて行く遠征軍の選定に入った。

「という訳で、我がブラックダガー家が陛下より直接のご指名で王都防衛の任を下された。俺としては南部に引き篭もって領地開発をしていきたいのだが、そうは問屋が卸さなかったらしい」

会議室に集まった顔触れは側室と軍関係者、猟団代表と文官団の代表達だった。

「大将が陛下より名指しでご指名ですか…出世しましたね。南部方面軍総司令官も就任間近ですな…どうせ王都に行くなら南部軍の増強の嘆願もしておいてくださいよ。現状は定数五千でしかないんですから。最低あと五千人分の予算を分捕ってきてくれると助かりますぜ。なにせ、ローゼンクロイツ卿の率いていた兵が、ほぼすべて南部に移住を希望してるんですから」

ガーベイが俺に対して難題を持ち出してきた。

「すみませぬ。彼らもローゼンクロイツ家直卒兵を除けば王都近郊の失業者達なのです。食うに困って軍に応募しており、すでに軍を家として生活している者ばかりですので帰るべき場所も無いといった次第で…」

シャルロットがすまなそうな顔をしていた。彼女の率いていた王国軍はシャルロットが元々率いた千人の隊を中核に将軍になった際、募兵した兵たちだった。その為、軍費は王国より出ていたのだが、今回シャルロットが戦死した事にする為、軍籍上彼らにも死んでもらった事になっている。

その為、給金はブラックダガー家が肩代わりしていたのだ。

ガーベイの要求はシャルロットの率いてきた五千人分の給金を何とか王国から引き出して来いというものだった。

「それならば、問題はないでしょうな。此度の王都防衛の褒賞として陛下にねだればよろしいかと。お館様がうまく陛下を言いくるめて引き出してくれるでしょう。軍籍簿は適当な名前で埋めておきますゆえ、成果をおまちしておりますぞ」

アクベスはすでに成功するのを確信したのか、隣にいた事務官に軍籍簿の作成を指示していた。 

「そうね。ケントさん、ちゃんと陛下にねだってきなさいね。そうしないとブラックダガー卿は何を考えているか分からないと警戒されるわ。自分の軍の定数を増強して私腹を肥やすのは将軍の通例になっているのだから、そこらの腐敗した将軍と同じ事して身を隠すべきね。どうせ、他の将軍に渡って無駄になるお金ならケントさんが多く貰って有効に活用するべきね」

宰相であるお義母さんも俺に私腹を肥やせと唆す。たしかに国民からの税収として吸い上げたお金が俺を通して南部に還元出来るなら、甘んじて腐敗将軍と同じ事をするべきだと思われる。ようは、国に取り上げられた税収を領民に還元する為の方便として私腹を肥やせとお義母さんは唆していると思った。

「…わかった。陛下に拝謁した際はねだってみよう。その金でシャルロットの兵達を養う事にする」

「ご迷惑をおかけします…南部にて我がローゼンクロイツ家が領地開発に成功すれば費用はお返しいたしますゆえ」

シャルロットが恐縮したように頭を下げた。

「で、ケント。王都には誰を連れて行くの?」

リナがたまりかねたように聞いてきた。

「…軍はシャルロットとアーネの騎兵隊二百名、猟団は『紅の花嫁(クリムゾンブライド)』、『黒い弾丸(ブラックバレット)』三チーム、『黒翼(ブラックウイング)』百名、文官団はエスト、シーマ、レイナと他数名ぐらいでいいと思うんだけど」

発表されたメンバーはにこやかな笑顔になっていた。

「居残り組のガーベイは緊急事態に備えてエストフォートで待機、コンドラトはノーランス駐留継続、アクベスはヴェストフェルムの防衛、フリストはエストフォートの防備を頼む」

「「「「御意」」」」

「お義母さんはヘルガと共に俺の代行を頼む。緊急事態以外はお義母さんに委任するからよろしく頼むね。出来るだけ仕事が片付いていると帰ってきた時の俺のヤル気が違ってくるからね。まぁ、そんな長くは駐留しないと思うし」

「わかったわ。居ない間は任せて。その代わり帰ってきたらサービスしてね」

「了解っ!」

お義母さんに向けてにこやかに敬礼する。彼女に任せておけば大概の事は滞りなく進むと思われる。

「ケ、ケント様! 此度の王都遠征に私もお加えください」

「我が神よ。私もアナべラと共に側に加えて欲しいです」

カーリィとアナベラが遠征に参加を申し出てきた。

「ベルジュとリヴィエールの面倒は誰が見るのだ?」

「ウルリーカが二人を見てくれるそうです。それに私の義父母も手伝ってくれるそうです」

アナベラの義父母であるクレマーとサリー。正確には前の旦那の両親なのだが、アナベラの事を実の娘のように可愛がっており、俺の子を孕んだ時には驚喜して喜んでくれていた。彼らはアナベラと共にエストフォートに移り住み城館の使用人として働いてもらっていた。

孫であるベルジュと身寄りの無いカーリィの生んだリヴィエールを溺愛しており、眼に入れても痛くないほど可愛がってくれていた。

「ウルリーカとクレマー夫妻が面倒みてくれるのか…だが、しばらく子供と離れる事になるけどいいの?」

「はい。我慢いたします」

「私も我が神が望むなら子を置いていく」

カーリィはリヴィエールに俺のイケメンスキルが通じないと分かると、男児を設ける事に情熱を注ぐ事にしたらしく、最近お勤めの方に戻ってきていた。その為、リヴィエールの育児はウルリーカが担当する事になった。夭折した子供がいたウルリーカは降って沸いたリヴィエールの育児に狂喜しアナベラやクレマー夫妻と共に子育てに熱中している。

そして、熱中するあまり母乳が出るようになったとまで言っていたのだ。

「…そうか、ウルリーカ達が面倒みてくれるなら参加を許可するよ。すまないが俺を助けてくれ」

「「はいっ!」」

こうして遠征軍の選定を終えた俺達はその日の午後から王都に向けて出発する事になった。