Neta Chara

Lesson 247: The Junction of Arshella Dorman

※クレイド視点

「それにしても……お前等結構強いな……さすが異界門(アビスゲート)の近くでずっと生活してきただけのことはある。前に組んでたパーティーの奴等と遜色ない強さだぜ。魔大陸最強の俺が太鼓判を押してやるよ」

俺はヴァレンティナ・オッキーニが長を務める集落に転がり込むことになって二か月以上が経っていた。この南部域奥地の村には遠い昔に絶滅したと思われる迦楼羅族の四種族が暮らしており、『守人』と呼ばれるヴァレンティナの一族を長として祀り牧歌的な生活をしていた。

「クレイド殿は戦技、体技、魔術のどれを取っても我等が追いつくことができぬほどの腕前をお持ちのようだ。幼き日より異界生物(アナザーモンスター)と戦い続けてきた私も少しは腕に自信があったが、クレイド殿に自信を打ち砕かれました。はぁ、はぁ」

組手の相手をしていた四人の迦楼羅族のうち、虎縞の女が肩で息をしてこちらを見ていた。女は名をフィーチェといい、王国建国の際にオルフェーブルによって滅ぼされたタイガー種の生き残りであった。他にパンサー種のイオラ、ベア種のシイナ、ラクーン種のベラもフィーチェと同じように肩で息をして俺を見ている。

「いや、俺もかなり本気の組手だったからな。獣神化したお前等とはそれぐらいしないとこっちが危ない。間違いなく、お前等は魔大陸でもトップクラスの実力者さ」

俺も涼しい顔で四人を見ているが、組手中に何度も身体強化魔術で能力をブーストさせてやっとこさ躱していたことを知れば、フィーチェ達も自信を回復させるだろうが、そうなると俺の魔大陸最強の座も怪しくなるので教えるつもりはなかった。

「クレイド様……訓練は終わられましたか? 少しご相談したいことがありますので、家にお越しください」

背後からヴァレンティナが声をかけてきた。羅刹族エンジニア種のこの女はこの聖域と呼ばれるこの村の長と聖域の『守人』として村人達から尊崇を集めている人物だった。若干二〇歳と若いのだが、先代の『守人』から引き継いだため困っていることも多く、村に転がり込んでからはいろいろと相談にのってやっていた。

「ヴァレンティナか……分かった。フィーチェ、今日の訓練はこれまでにしとこう」

「ヴァレンティナ様のご用事であれば我等はこれにて失礼させてもらいます」

フィーチェ達はヴァレンティナの姿が見えると拝礼してこの場を立ち去っていった。そして、俺はヴァレンティナの後ろに付いていく。

ヴァレンティナの家は集落の奥にあり、周りの家々に比べると大きく作られていた。応接間に入るとヴァレンティナの許しも待たずにソファーにドカリと腰を下ろした。

「で、俺に相談とは何だ? また異界生物(アナザーモンスター)が村の近くにやってきてるのか?」

「それもありますが……今日は別の相談です……」

ヴァレンティナが随分と深刻そうな顔で俺を見ていた。これまでに何度か村の近くにまで押し寄せた異界生物(アナザーモンスター)の討伐を何度か頼まれているが、今日はそれとは違う用事のようであった。

「別の相談? 結婚はできんぞ。俺はコワイ嫁がいるからな。妾も持つつもりはない」

別の相談と言われ頭に思い浮かんだのは村に来た当初に言われたヴァレンティナとの結婚話だった。僻地に住んでいるため、近親化が進み子供ができにくくなっていると言われ、ヴァレンティナ始め、先程のフィーチェ、イオラ、シイナ、ベラ達に子種をねだられたが嫁がいると断っていたのだ。これが、ディーの婿であるケントなら喜んで引き受けていたであろうが、生憎と俺は人並みの性欲しか持ち合わせていなかった。

「その話は諦めましたのでご安心ください。今日の相談事は近々、この村を捨てなければならないということが判明しまして……外界を知るクレイド様に私達の身を寄せる場所をご教示して頂きたいと思いまして……」

「はぁ!? お前の話だとここはアーシェラ・ドーマンが行った魔大陸を覆っている広域大規模結界を維持する大事な機器を守る場所だろうがっ! なんで、捨てるんだよっ!」

ヴァレンティナの突飛な言葉についつい語尾が荒くなってしまう。すでにヴァレンティナより、この村が絶滅した迦楼羅族の隠れ里であることと、アーシェラ・ドーマンが魔大陸を他の大陸から孤立させた広域大規模結界を維持するための機器と結界石を置いた地であることを知らされていた。

「……お恥ずかしい話ですが……アーシェラ様の作成された結界機器がついに機能を停止しそうになっております。私も先代より受け継いだ修繕技術を駆使してなんとか機能を回復させようとしましたが、力及ばず結界の暴走を留めることしかできませんでした」

ヴァレンティナは自身の力が及ばなかったことに落胆して顔を曇らせていた。

「で、結界機器が機能停止するとどうなるんだ? お前の予測でいいから聞かせろ?」

アーシェラ・ドーマンが実施した広域大規模結界は、現在魔大陸へ他の大陸からの侵入をさせないようにしており、結界の副作用で異界門(アビスヴゲート)が発生していた。これはアーシェラ・ドーマンが魔王に就任した際に人族の大陸からの侵攻を封じるという名目で推し進められた政策で結界こそ成功していたが、新たに異界と繋がってしまっていた。ヴァレンティナはその時の結界機器を据え付けた技術者の末裔であった。

「……私の予測ではあと一ヵ月程度で結界は消滅。魔大陸を覆っている広域大規模結界の効果が無くなり、人族が侵攻可能になると思われます。それに伴い異界門(アビスゲート)の割れ目も最大化されるようで、異界生物(アナザーモンスター)が大挙してこちら側に這い出てくる可能性もあります……実際、異界門(アビスゲート)は拡大の一途をたどっており、異界生物(アナザーモンスター)の数は急速に増えておりますゆえに……」

ヴァレンティナが言った通り、この村付近では急速に魔物の姿が減り、逆に異界生物(アナザーモンスター)が増えてきていた。

「お、お前。マジか! おいおい、このままここに居たら周りが全部異界生物(アナザーモンスター)で囲まれちまうじゃねえかっ!!」

「はい……なので、村を捨てようと思いまして……クレイド様へ身を寄せる先をお聞きした次第です」

ヴァレンティナはずいぶんと悩んだようで、よく見ると目の下にはうっすらと隈みたいな痕が浮かんでいた。

急に村を捨てるから身を寄せられる場所を教えてくれって言われてもなぁ……この村だけで二百人近くいるからなぁ……ファブラノヴァの所に連れて行くと後でいろいろと詮索されそうで面倒くせえし……ディーの所に送り込むか……異界生物(アナザーモンスター)が大繁殖すると一番困るのはケントだからな。ディーからケントに対処に動いてもらうように説得してもらうか。

異界生物(アナザーモンスター)が闊歩するようになれば、それだけでも恐怖なのに奴らは魔物と繁殖して魔獣を生み出す能力を持った個体もいるため、対処を誤れば魔大陸全体の危機に陥る可能性を含んでいた。

「分かった。ちょうど、俺の娘が南部辺境伯王の側室になっているから、その伝手を使ってお前等の保護を申し出ることにしよう。それと、異界門(アビスゲート)を封鎖する手段はあるのか?」

俺は世界を危機的状況に陥らせる異界門(アビスゲート)を封鎖する手段があるのかヴァレンティナに尋ねることにした。

「封鎖ですか……推測でしか言えませんが、普通の時空の割れ目(クラック)と同じように封鎖装置を破壊すれば封鎖できると思いますが……断言はできません。異界門(アビスゲート)は異界と直結している唯一の場所なんで……」

質問されたヴァレンティナは申し訳なさそうな顔で推察を述べていた。

異界に直結かよ……となると最悪封鎖できない可能性もあるのか……ケントの奴に早い所忠告してやらねえと大惨事が発生しちまうな……

「封鎖できない可能性があるのか……ヴァレンティナ。ちょっと、フェルアド砦まで行ってくる。お前は村人達に脱出する準備をするように伝えておけ。遅くとも一週間後には迎えにくる」

「……お頼み申します。この御恩は一生忘れません。クレイド様のご帰還、心よりお待ちしております」

ヴァレンティナがおずおずと頭を下げるのを見る暇もなく、俺は家を飛び出し、フェルアド砦へ向けて飛翔していた。翌日、フェルアドに到着した俺は砦に常駐しているドラゴニュートの急使を捕まえるとケントにヴァレンティナの村の話とアーシェラ・ドーマンの結界の話を伝えるように大急ぎで飛び立たせた。そして、俺自身もディーのいるリンドブルムに向けて飛び立つ。

※デルプリウス視点

竜骨山脈での激闘の後、静養も兼ねてリンドブルムの館でゆったりと過ごしていたが、突如として窓辺に現れた人影は父であるクレイドの姿であった。

「父上!? どうされたのじゃ?」

父上は昼夜兼行で飛んできたらしく、やつれた顔をしていたが妾の顔を見ると窓をぶち破ってすぐさま近寄ってきた。

「曲者か!! 貴様っ! クレイドッ!! 性懲りもなくまた忍び込みよって!!」

隣の部屋に近侍していたロスヴィータが窓が破れる音を聞いて飛び込んできて、父上を見つけたロスヴィータが口から光線を放つ。だが、父上は躱そうとはせずにロスヴィータの光線を掌で受け止めていた。

「ロスヴィータっ!! 今はお前と遊んでいる暇はないっ! デルプリウスっ! すまんが大至急、ドラゴニュート達を動員して救い出して欲しい者達がいる。すでにケントにはフェルアドから急使が飛んでいるはずだ。すまんが、ドラゴニュート達による緊急輸送でしか助け出せそうにない」

父上は慌てる姿をあまり見せたことがなかったが、今までで一番慌てている顔をしていた。

「父上、まずは落ち着かれるのじゃ。妾が黒龍族の代表とはいえケントに無断でドラゴニュートを緊急輸送に使う訳には行かぬのじゃ」

「だが、時間がない。それにそいつらを救い出せなければ、この南部辺境伯国も大変な惨禍に見舞われることになるぞ」

あまりに真剣な表情の父上の姿にロスヴィータも息を呑んでいた。

「クレイド……南部辺境伯国が惨禍に見舞われるだと……でまかせを言うような奴を信用できるか」

「馬鹿野郎っ!!! マジで国が潰れるぞ!! それよか下手したら魔大陸全土が壊滅する事態に陥るかもしれねえんだっ! とっととドラゴニュート達に指示を出せっ!!」

父上の剣幕にさすがのロスヴィータもたじろく。どうやら、父上の言っている者達は大変重要な情報を持っている者達だと思われた。

……動員できるのは今何名いたかのぉ……竜骨山脈での討伐で皆、傷を癒しておるからなぁ……

「分かったのじゃ。ロスヴィータ、至急リュミドラに連絡して動けるドラゴニュートをかき集めるのじゃ。ケントには事後承諾を得ることにするのじゃ」

「え!? でも……竜骨山脈の件もございますし、また独断専行をされるとブラックダガー卿のご不興を買うのでは……」

ロスヴィータは竜骨山脈の件で妾がケントの不興を買ったかもしれないと思っているが、ケントに対しては救える人命を見捨てる方が見限られる可能性が高いと思われる。

「ロスヴィータっ! ケントなら迷わず人助けをするのじゃ! これは黒龍族長として命令するのじゃ! 早くリュミドラに伝えよ」

尚も渋ろうとするロスヴィータを説得するために黒龍族長としての権威を行使して命令する事にした。竜骨山脈では大失態を重ねたが、父上の件は放置すればケントの不興を買う可能性があり、ひいては黒龍族全体の不利益になると考えていた。

「ははっ! 分かりました。すぐさま、リュミドラと連絡を取り、動員できるドラゴニュートを集めて参ります」

ロスヴィータが部屋から立ち去ると父上がソファーにドッカリと腰を下ろした。

「ふぅ、すまねえな。ディーを巻き込むつもりはなかったが、さすがに俺だけじゃ対処できねえ案件だったからな。それに奴等を救出すれば、ケントにそれなりの特典を与えてやれるはずだ。それでディーに対するケントの見方も変わると思うぞ」

父上はケントのことを毛嫌いしていたはずだが、すでに妾が何度もケントと肌を重ねていることを知っていて、ある程度あきらめの境地に達しているかもしれなかった。それにミリエルからの情報では妾に弟が誕生したらしく、それも父上の心理を改善している要素の一つであったかも知れなかった。

「けど、この件が終わったら絶対にケントの野郎はぶち殺してやるからなっ!! とりあえず、半殺しにはしてやる!!」

一瞬だけ、父上がケントのことを許したかと思ったが、やはり父上は未だにケントのことを許してはいなかったようだ。

「父上……ケントはかなり強くなったのじゃ……それに妾も含めて周りに侍る側室達もそれぞれに強さを増しております。返り討ちにあうのは父上かと……」

妾は未だにケントを許そうとしない父上にため息をついていた。

「大丈夫だ。俺も南部域奥地で異界生物(アナザーモンスター)を嫌というほど狩って修行してきたからな。むざむざやられはせんぞっ!」

妾の言葉は無駄に父上のヤル気を引き出してしまったようだった。

「ケントも国王となったので父上がぶん殴るといろいろと面倒ごとが増えるので自重してもらえると娘としてはありがたいのじゃ」

「とりあえず、半殺しだけはさせろ。そうしたら、それ以上は我慢してやる」

父上は妾の懇願に譲歩を見せずケントを殴ることを辞める気はないと宣言していた。