Neta Chara

Episode 286: Opportunity to Reverse

※イェラン視点

ミルドの軍による魔砲を使った遠距離砲撃によって、南部辺境伯軍は廃墟の中に押し込められて軍を展開できずに足止めされていた。その隙を見計らって私の軍を動かし、いつでも南部辺境伯軍本隊の守備する異界門(アビスゲート)に突入できる位置についていた。

「あとは、ゴリ押しして南部辺境伯軍を異界側へ押し込んでしまえば、私達の勝利だな。そのための犠牲は多くなると思うが、大陸の主要国軍がほぼ壊滅に近い、今の状態であれば少数の兵であっても大陸制覇は可能であろう」

親衛隊に護られながら行軍しつつ、ミルドの軍が行って遠距離砲撃の成果を確認していく。

「それにしても、あの魔砲は掘り出し物でしたね。魔素(マナ)を直接的な攻撃エネルギーに変換して遠くの敵を攻撃する武器等、こちらの大陸では誰も考えつかなかった兵器です。イェラン様の先見の明には感服いたしますわ」

馬を並べていたユーリがうっとりとした顔で私を見ていた。今回ミルドが使用している魔砲は東の大陸で商会長として色々と見回っている際に見つけ出した兵器である。エイブラハム帝国軍が古代の遺跡から発掘した物を独自技術で兵器化したものであるというが、魔素(マナ)を使う機構を有していることから、この大陸にいたと思われる妖精種族の遺産のような気もしている。

「あれはエイブラハム帝国へ侵攻する際には是非とも量産できるようにしておかねばならぬな。それと南部辺境伯軍の持つ、魔銃やそれに関連する武具類の開発技術の接収も進めねばならん。戦の勝ちはほぼ見えているから、戦後のことも考え始めねばならんな」

「さすがはイェラン様。すでに戦の勝ちを確信しておられるとは……。でも、イェラン様が動く時は勝ちを見通してからしか動かれないのは、私が一番知っておりますが……」

「戦とは勝ちの決まった時に起こすものだ。勝ち目のない戦などを起こすケントみたいな奴は、為政者としては三流以下の無能者である。が、今回ばかりは奴に礼を言わねばならんな。おかげで、異界生物(アナザーモンスター)の危機は去り、私に大陸制覇のチャンスを与えてくれることになったのだからな」

ケントが侵入したと思われる異界門(アビスゲート)の方に眼を向けた。その時、地鳴りのような音が耳に届いてきた。音のした方向へ向くと、山のような体躯をした牛の大群がこちらへ向けて猛烈スピードで駆け込んできていた。

「何事だっ!!」

「申し上げますっ!! 暴走狂牛(スタンピードブル)による暴走ですっ!! この場にいたら、奴らに蹴散らされてしまいます。アレは誰にも止められないっ!」

物見役の士官が土煙をあげて近づく集団の正体を明かしていた。土煙の主はSランク魔物である暴走狂牛(スタンピードブル)であると言っており、情報が正確であれば、あの集団をまともに受け止めれば、軍は壊滅状態に陥ってしまう可能性があった。

周りを見渡して奴等の暴走から身を守る場所を探したが、異界門(アビスゲート)まで一気に南部辺境伯軍を押し込もうと、軍を移動させたことが仇となり、私の軍が動けば、虎の子の魔砲部隊が暴走狂牛(スタンピードブル)によって甚大な被害を受けることになってしまう状態に陥っていた。

「怯えるなっ!! 魔砲部隊を守るためにこの場を死守しろっ! アレが無くなれば、我が軍の優位が無くなってしまうのだ。前列は盾を掲げて密集せよ。奴等の勢いを逸らすのだ!」

指示に反応した兵士達がすぐに暴走狂牛(スタンピードブル)の集団に対して、盾をかざした密集体型をとっていく。その動きは十分に訓練された兵士の動きであり、精鋭と言っても過言ではない者達の動き方であった。

「魔導兵団は射程距離に入った暴走狂牛(スタンピードブル)の足に目標を絞って魔術を放ち続けろ。動けなくなれば奴等の暴走など怖くない。きっちりと狙っていけ」

近侍している魔導兵団の指揮官達が一斉に念話を始め、目標として狙う場所を伝えていった。これで、暴走狂牛(スタンピードブル)の突進は防げるはずだった。

※ガーベイ視点

依然として魔砲部隊の砲撃に曝されていたままであったが、シャルロットの部隊が合流したことで、何とか攻勢に出る機会を狙っていた。しかし、砲撃の密度は衰えを見せず、眞魔公国軍の本隊であるイェランの軍も平原の方へ移動してしまい、コンドラトの守備する異界門(アビスゲート)を一気に突ける位置にまで動いてしまっていた。

これは……まずいな。俺達がここで釘付けにされちまっていたら、一気にコンドラトの方が抜かれちまう。なんとか、ミルドの軍を乱さないと……。

砲撃を行ってくるミルドの軍は魔砲部隊の周囲を警戒するように展開しており、あの防御を打ち破って侵入するのはかなりの被害をこうむることを覚悟しなければならなかった。

「ガーベイ殿……私達に援軍が到着したようですよ。あれで、イェランの軍は乱れる」

望遠鏡でイェランの軍を眺めていたシャルロットがニンマリと笑って、俺の望遠鏡を手渡してきた。

「ん!? 援軍だと、俺達以外にもう軍はどこにもいないぞ!! 他の奴等は異界で戦っている」

「南の方を見てください!」

シャルロットに指差された先を望遠鏡で覗いていく。そこに映し出されたのは、討伐を諦めていた森に繁殖していた暴走狂牛(スタンピードブル)の大群だった。彼らが大挙して土煙をあげ、イェランの軍に向って暴走をしている。詳しく、様子を探ると暴走狂牛(スタンピードブル)の上には南に迂回しているはずのジュリアーナ達が率いる魔物狩り(モンスターハンター)が背中に乗って暴れていた。

「ククク、アーハッハハ!! こいつは面白れえやっ!! 魔物狩り(モンスターハンター)達がやってくれやがった。よし! 戦闘準備をしろ! 今よりシャルロット隊と俺の隊はミルドの軍に突っ込むぞ! 砲撃を避けるために散開態勢で突っ込むからはぐれるなよっ!!」

魔物狩り(モンスターハンター)達が暴走狂牛(スタンピードブル)を使ってイェラン軍突入を画策しているようで、タイミングを合わせれば、ミルドの軍も迷いを生じて、被害を少なくして奴等の軍に接近できるはずであった。遠距離からの砲撃に曝されてストレスが溜まっている兵士達が歓声を上げて応えた。

こうして、俺とシャルロットの軍勢は廃墟から飛び出し、ミルドの指揮する部隊へ吶喊攻撃を仕掛けることにしていた。

※コンドラト視点

「ジュリアーナ殿は無茶をされるな。暴走狂牛(スタンピードブル)を使われるとは。アレは集団で徒党を組んで暴れれば一軍に勝る戦闘力を発揮するからのぅ」

戦況の推移を見守っていたが、援軍に送り出したシャルロットもガーベイもミルドの軍が放つ敵砲弾によって足止めされてしまっていたのを、ジュリアーナの率いる魔物狩り(モンスターハンター)達が一気にひっくり返してくれていた。

機を見るに敏なガーベイはジュリアーナの動きに気付いたようで、シャルロットを引き連れて廃墟を抜け出しミルドの軍へ一気に近づく気配をみせており、ミルドはその対応に追われ、イェランの軍に近づきつつある暴走狂牛(スタンピードブル)への対応に後手を踏んでいた。

イェランは独力であの凶悪無比な暴走狂牛(スタンピードブル)の大群を迎え撃つ準備を進めているようで、軍勢を動かして暴走を避ける気配を見せていなかった。

……イェランは魔物を過小評価しているのか? 南部の魔物は他の地域とは一味違うのだぞ……それとも、奴はあれくらいの魔物ならば殲滅できると踏んでいるのだろうか……。

迎撃の気配を見せたイェランを訝しむが、これは我が軍に訪れた最後のチャンスであると思ったため、私自身も兵を率いて眞魔公国軍を一気に戦闘不能に追い込むつもりだった。

「よし! 我が軍も出る! ここで、眞魔公王イェランの首を挙げてケント様の帰還を祝おうではないかっ! 人類を裏切った王に相応の罰を喰らわせてやるぞ!!」

連戦の疲れで装備も心身も疲れ果てているはずの兵士達だったが、対異界生物(アナザーモンスター)戦が勝利に傾きつつあるこの時に裏切ったイェランへの怒り抱いており、士気は天を衝くほどに高まっていた。

「「「「おう! イェランに罰を! ケント王に栄光あれ!!」」」

兵士達は口々にケント様を称える言葉を口にして戦闘準備を進めていく。準備を整え終わった時には、兵士達の発する熱気で地表の温度が上がったかのように感じられていた。

「狙うはイェラン公王の首ただ一つ!! 他の首には目もくれるな!! ケント王の恩に報いるにはイェラン公王の首一つあればいいのだっ!! いざ出陣!!」

「「「おおぉ!」」

出発の指示を受けた兵士達が勇んで眞魔公国軍に向けて駆け出していく。乾坤一擲の戦いの最終局面が訪れつつあった。