エンシェントプラントを討伐した僕達は、その死体を解体して魔法の袋に詰めていた。

「もーその袋に何がどれだけ入っても驚かないわ」

と、僕がエンシェントプラントの枝を入れているのを見ていたリリエラさんが呟く。

「魔法の袋は最初に仕込んだ術式の精度で収納できる量が決まりますからね。この袋なら山一つ分くらいは入りますよ」

「山」

まぁ、あんまり良い素材が手に入らなかったから、この程度の容量の袋しか作れなかったんだけどね。

「あっ、リリエラさんも欲しいなら作りますよ」

「欲しい」

「分かりました。じゃあ今度ちょちょいと作っておきますね」

「ちょちょいとで出来るんだそれ……」

まぁ構造自体はそんなに難しいものじゃないしね。

「こんなもんかな」

ようやくエンシェントプラントと、ついでにエルダープラントを収納し終えた僕は、一息つく。

エンシェントプラントだけでいいかと思ったんだけど、リリエラさんがエルダープラントも持ち帰るべきだと強く提案してきたんだ。

あんまりたいしたお金にはならないと思うけどね。

「あとはこのあたりを更地にしたら帰りますか」

「そうねー、今日はもう一生分驚いたから、早く帰りたいわ。……ここ数日、毎日一生分驚いている気がするけど」

あはは、大げさだなぁ。

「でもあんな大きな魔物がこの森の中心に居たなんて驚きよね」

リリエラさんは、ついさっきまでエンシェントプラントが居た穴をぼーっと見つめていた。

エンシェントプラントが立ち上がった際に、その大きな根っこが引き抜かれた事で出来た穴だ。

当然そんな穴なので、中に入っても何も無い。

それどころか下手すると落盤の危険がある。

「残念なのは、あんな大物が居座っていたなら、中心に財宝なんてある筈が無いって事よねぇ」

あー、そう言われるとそうかも。

元々ここに来た理由の一つって、森の中心にあるお宝探しでもあったもんなぁ。

でも実際にあったのは、お宝じゃなくて、大木の魔物、そりゃあがっかりするのも仕方が無い。

「あー、そういえば地ならしもしておかないといけないな」

ここを街道の中心地にするのなら、エンシェントプラントが暴れた事で出来た大穴を塞いでおかないと。

「アースシェイカー!」

僕は地ならしの魔法を使って周辺の地面を平らに均していく。

「うわわわっ、また地震!?」

「いえ、魔法で地面を均一に均しているだけですよ。エンシェントプラントの根っこが深いところまで伸びていたみたいなので、その穴に土が注ぎ込まれて地震みたいに感じるんです」

僕は驚くリリエラさんに地ならしの説明をする。

「わ、分かったけど、これだけ地面が揺れたらもう地震と同じじゃないかしら?」

「あはは、そう言われるとそうかも知れませんね」

「笑い事じゃすまないと思うわ……」

と、その時、僕は均されていく地面におかしなものを見つけた。

「ん? 何だアレ?」

それに気付いた僕は、魔法を中断してそれに駆け寄っていく。

「どうしたの?」

リリエラさんが僕について来ながら質問してくる。

「あそこに何か白い塊が見えたんです」

「え? 何処に?」

「今は土に埋まってしまったみたいです」

先ほどまで白い塊が見えていた場所に来た僕は、土に半分埋まったそれを発見する。

「これです」

表面の土を手で払いのけると、白い物体が姿を表す。

「なにこれ? 卵?」

「みたいですね」

僕達が見つけたのは、30cmほどの大きさの卵だった。

「結構大きいわね。もしかして魔物の卵とか?」

「ここが魔獣の森と考えると、その可能性が高いですね」

どうしようかな。これが魔物の卵なら、今のうちに卵を割ってしまった方が良いのかも。

そう思った時だった、卵が突然グラリと揺れた。

「え!? 何!?」

一瞬卵がバランスを崩して倒れたのかと思ったけどどうやら違うみたいだ。

卵は今もグラグラと揺れ続けている。

「どうやら孵化するみたいですね」

「孵化って大丈夫なの!?」

「生まれたてならそんなに心配しなくてもいいですよ」

リリエラさんの心配も分かるけど、生まれたばかりなら危険な魔物でも倒すのは難しくない。

ドラゴンの卵とかなら、生まれた瞬間肉を求めて襲ってくる事もあるけど、ドラゴンの卵はこんなに小さくない。

これは別の魔物の卵だろう。

そうやって話している間にも、卵にピキピキとヒビが入っていき、次の瞬間には殻が内側から弾け飛んだ。

「こいつ意外と力が強いな」

卵というのは、中の雛を守る鎧でもある。

だから雛は時間をかけて卵の殻を割って外に出てくるのが普通なんだけど、コイツはそれを一撃で破壊した。

それを考えるに、この魔物は成長したら強力な存在になるんじゃないかと僕は判断する。

「リリエラさんは下がって」

「え、ええ」

僕達が警戒していると、魔物の子供が卵の殻の中から姿を表した。

「……キュウ」

「え?」

中から出てきたのは、小さなモフモフの毛玉だった。

その姿にはまったく恐ろしさのかけらも無く、一見すると長毛種の犬か猫の様だった。

「か、可愛い!」

と、後ろからリリエラさんの声が聞こえた。

「じゃなかった! この子どうするの!?」

うーん、そうだなぁ。

森の中心地近くで生まれたという事は、コイツは将来危険な魔物に育つ可能性が高い。

それを考えると今のうちに退治してしまうべきなんだけど……。

「キュウゥ」

何故かコイツからは危険を全然感じない。

というか、こんな魔物見たことも無い。

「キュッキュッ!」

僕が考え込んでいると、モフモフが僕の足元に擦り寄ってくる。

あ、足がもつれて転んだ。

「危ない!!」

リリエラさんが警戒して声を上げる。

「いえ、大丈夫ですよ」

モフモフが僕の足に自分の体を押し当てる。

「もしかして、僕を親だと思っている?」

「え? どういう事?」

「たぶん鳥の雛と同じで、はじめに見た動くものを親だと思う習性なんだと思います。魔物にもそういう種類が居て、そうした魔物を卵の頃から育てて従える職業があるそうです」

「へー、そんな職業があるんだ」

「ギュウ~」

モフモフは僕の足に巻きついて甘噛みしている。

間違いなくこれはじゃれついているだけだね。

「危険な魔物とも限りませんし、とりあえずは様子を見るとしましょう」

「それってその子を飼うって事?」

「良いんじゃないですか? これだけ懐いているんですし。子供のうちに人間を襲わないように躾れば大丈夫だと思いますよ」

「本当に大丈夫かしら?」

「ギュウ~ギュウ~」

リリエラさんと話をしていたら、モフモフが僕の足を甘噛みするだけでなく、引っかき始めた。

「どうしたんだい?」

僕は足にしがみつくモフモフを引き剥がすと、胸元に抱き寄せる。

すると今度は僕の手に甘噛みしてきた。

「ねぇ、それもしかして貴方を食べ物と認識してるんじゃないの?」

「まさかぁ、こんなに噛む力が弱いんですよ?」

あはは、こんなに弱々しいのに本気で襲ってきてるのなら、こいつはこの森じゃ生き残れませんよ。

とはいえ、ご飯が欲しいのは事実かもしれない。

という事は、僕を噛むのはご飯くれのアピールなのかな?

「ああ、丁度いいや。それじゃあご飯にしましょうか」

周囲を見ると、森の中に時折動く影が見える。

どうやらエンシェントプラントが居なくなった事で、ここが安全になったと思った魔物達がやってきたらしい。

「すぐご飯を用意するから、ちょっと待っててね」

「キュウン?」

キョトンとするモフモフを抱えたまま、僕は剣を抜いて森に向かって走る。

そして周囲のキラープラントごと、森の中の影達を切り裂いた。

キラープラントの群れがズズーンと音を立ててドミノ倒しに倒れていく。

「キュウゥゥゥン!?」

おっとモフモフを驚かせてしまったみたいだね。ごめんごめん。

そしてキラープラントが倒れ、見晴らしのよくなった森の中を見回すと、そこには胴体を上下に真っ二つにされたオーガベアの群れの姿があった。

「うん、大猟だね。さぁお食べ」

僕はモフモフをオーガベアの死体のそばに下ろしてやる。

「キュ、キュウゥ……」

そしたら、何故かモフモフは体を小刻みに揺らしたかと思うと、チョロチョロと音を立てておしっこを漏らし始めた。

「あれ? もしかしてご飯じゃなくておしっこがしたかったの?」

「……違うと思うわ」

「キュウン」

我は目覚めた。

我は世界の王たらんとすべく、この地に生まれた至高の存在。

あらゆる獣の王にして、あらゆる獣の捕食者。

己がそうした存在であると、我は本能で理解していた。

「***********」

声が聞こえた。

我が同族の声ではない、食料の鳴き声だ。

ふむ、生まれてすぐに食事にありつけるとは、我はツイている。

否、これこそ我が生まれながらの王である証か。

天すらも我の為に全てを差し出す。

我は邪魔な壁を叩き割ると、早速外に出る。

うむ、ちと焦げ臭いが悪くない風だ。

「*********」

また声が聞こえた。

まだ生まれたばかりなのでよく姿は見えないが、これが獲物の鳴き声である事は理解できるぞ。

生まれて最初の闘争に体が震える。

我が肉体が戦いを欲しているのだな。

その割にはちと震えすぎの気もするが。

おっとと、生まれたばかりなのでまだ体を動かしにくいな。

だがなにも問題はない。

何故なら我が牙に貫けぬものなど無いし、我が爪に引き裂けぬものなど無いのだ。

さぁ、最初の獲物よ、我が血肉となる栄誉を受けるが良い!

あぐあぐ……あぐあぐ……

か、噛みつけぬ!?

うぉぉぉぉ! どういう事だ!?

我が牙に貫けぬものは無い筈だ!

ならば爪だ!

かりかり……かりかり……

うわぁぁぁぁぁ! 引き裂けない!!

何で!? どうして!? ボク最強の捕食者なんだよねママーっ!!

いや、落ち着くのだ我よ。

きっとこの獲物はとても硬い鱗や皮膚をしているのだろう。

だったら相手のもっと薄い場所を狙って攻撃するのだ!

どのように強靭な敵だろうと、無敵ではありえない。

我の本能がそう言っている!

そして丁度都合よく獲物が我を持ち上げた。

馬鹿め! 敵を懐に入れるとはなぁ!

ここが貴様の弱点だぁぁぁぁ!

我は本能に従って敵の弱点に攻撃を仕掛けた。

はぐはぐ……はむはむ……

駄目だぁぁぁぁぁ!

おおおお……我は、我とは一体……。

「*******」

獲物が何かを言っている。

それと同時に、我の感覚が周囲の別の獲物の存在を感じ取る。

むむっ、これはなかなか強力な獲物の様だ。

生まれたばかりの我では苦戦するやもしれぬ。

などと敵の戦力を分析していたら、我を抱えたまま獲物が新たな敵に向かっていく。

こいつ、何をするつもりだ。

そう思った瞬間だった。

獲物が突然長く鋭い一本の爪を伸ばした。

そして周囲に居た敵を一瞬で切り裂いたのだ。

ほんの刹那、その刹那の間に、周囲に居た敵が消えた。

そして我は殺戮の現場に下ろされる。

あ、我も殺されるの?

我、死んじゃうの?

「******」

死刑執行の開始が告げられた。

チョロチョロ……

あ、オシッコ漏れた。