「はい、おしまい」

フォカさんがキメラとの戦闘で負傷していたリソウさんの治療の終了を告げる。

「スマンな聖女」

「どういたしまして」

フォカさんはにこやかな笑顔でリソウさんの礼を受け入れる。

「さて、それじゃあこれをどうにかしないとな」

と、ラミーズさんが消耗した魔力を回復させる為にマナポーションを飲みながら退治したキメラを指さす。

「相当な強さだったからな、素材も良い値段になりそうだ」

んー、再生能力がそれなりだっただけで、そんな大したキメラでも無かったと思うけどなぁ。

「天魔導、分け前の優先権は少年からだぞ」

と、何やらロディさんがラミーズさんに釘を刺す。

「分かっている」

「あのー、優先権ってなんですか?」

聞き覚えの無い言葉に僕は疑問の声を上げる。

「何? 知らんのか少年!?」

何故かロディさんだけでなく、フォカさんやリソウさん達まで目を丸くしている。

「優先権というのは、共同で魔物を倒した際に一番活躍をした人間から欲しい素材を主張する権利だ」

ラミーズさんが生徒に教える先生の様に優先権について説明してくれた。

「へぇー、そんなルールがあったんですね」

「本当に知らなかったのか」

ロディさんが呆れた顔で僕を見る。

「いやー、基本は一人での狩りでしたし、チームを組む時も大抵みんな一人で倒してましたから」

きっとそのルールが適用されるのはよっぽど強い魔物が相手の時なんだろうね。

「このルールが無かった頃は、安全な場所に隠れて魔物が弱ってから戦いに参加する悪質な冒険者が少なくなかったそうよ」

「だが、あまりにもトラブルが多発した事で、ギルドが優先権のルールを制定してな、それ以来合同討伐の際は皆優先権を得る為、積極的に前に出る様になってトラブルの数は激減した訳だ」

フォカさんとリソウさんがラミーズさんの説明を細くしてくれる。

しかし成る程、確かにそれなら貴重な素材を公平に分け合えるね。

「少年は偶に妙な事を知らないな」

「すみません、田舎者なもんで」

「そういう問題ではないと思うのだが……」

「まぁそういう訳で、このキメラの素材の優先権は少年にある。どの部位を選……ん?」

ロディさんがさぁ選べとキメラを指さして……止まった。

僕達も何事かとキメラの方を見ると、キメラの上に妙なものが乗っているのに気付いた。

それは白くモフモフとしていて、凄く見覚えがある後ろ姿だった。

そしてそれがキメラの上でゆらゆらと揺れ……いや少しずつ沈んでいる?

違う、沈んでいるんじゃなくてキメラの肉を食べているんだ!?

「って何をしてるんだ!?」

「キュウ?」

僕の声に、それは呼んだ? といわんばかりに振り替える。

その姿に、僕は思わず驚きの声を上げてしまう。

「お前、モフモフじゃないか!?」

「キュウ!」

似ているなーと思ったら本当にモフモフだった!?

「な、なんだ!? 知っているのか?大物喰らい!?」

リソウさんが一体あれはなんだとボクに問いかけて来る。

見た目がモフモフして無害そうなので剣を向けて良いものかと困惑している様にも見えた。

「ええと……ウチの……ペット、でしょうか?」

「何で疑問形なんだ?」

「あはは……」

というか、何でモフモフがこんな所に居るんだ?

「それよりもお前、付いてきちゃったのか?」

「キュウ!!」

その通り! とモフモフが手を上げる。

「お前なぁ、ここは凄く危ないんだぞ。Sランクの冒険者しか入っちゃいけない場所なんだからな?」

「キュウ?」

そうなの? とモフモフが首を傾げる。

そしてすぐに何事も無かったかのようにキメラの肉を食べる作業に戻った。

「って、食べるんじゃない!」

僕はモフモフをキメラの肉から引きはがすと、モフモフはジタバタしながらキメラの肉を食べたがったが、やがて諦めたのか足をぷらーんと垂らした。

「というか、見た事も無い生き物だが、それは一体何という生き物なんだ?」

と、知識欲が刺激されたのか、ラミーズさんがモフモフを指さして聞いてくる。

ああこら、ラミーズさんの指を噛もうとするんじゃない。

「僕にも良く分からないんですけど、魔獣の森の中心で拾った卵から産まれたので魔物の子供なんだと思います」

「これが魔物なのか? 緊張感の欠片も無い毛玉の様な生き物が?」

「あらあら、可愛らしいわねぇ」

ラミーズさんは本当に魔物なのかと訝しげに、フォカさんはヌイグルミでも見るかのようにモフモフを愛でる。

「油断するなよ、その生き物はAランクの魔物を狩る事が出来る訳の分からない生き物だからな」

と、ロディさんが二人に警告する。

「これがAランクの魔物を? 冗談だろう?」

あー、そう言えば以前ロディさんとの勝負でモフモフが最後に参加してきて、ロディさんの獲物よりも大きな核石を吐き出してたなぁ。

ともあれ……

「すみません、ウチのモフモフが勝手に肉を食べちゃいましたので、僕の優先権は肉でお願いします」

しょうがない、これも飼い主の責任だ。

「あー、まぁ肉くらいなら良いんじゃないのか? どのみちキメラの肉なんて何を材料に使っているか分からないからな」

と、ロディさんがとりなしてくれる。

「確かにな、それにどうせ不要な部位は埋めるか焼くかして処分するのだ。ならペットが多少齧ったところで問題あるまい」

ロディさんの言葉に、ラミーズさんも同意してくれる。

「ええ、その通りですよ。邪悪な業で歪められた命といえど、魔物とはいえ幼子を育てるための糧となるのならこのキメラも本望だと思うわ」

寧ろ良い事だと、フォカさんも僧侶の立場から認めてくれた。

「まぁそういう事だ。気にせず好きな部位を持っていけ」

最後にリーダーであるリソウさんからも許可が出た。

皆良い人だなぁ。

「ありがとうございます。じゃあ前足の爪を一本頂きます」

「キメラの爪か、確かにこの大きさなら削り出しでも武器として使えるだろうからな。妥当な報酬だ」

よし、リーダーの許可も得たしキメラの爪ゲットだ!

「という訳で、皆の許可も貰ったし、肉を食べていいぞ。でも肉以外は素材として使うから食べちゃ駄目だぞ」

「キュウン!!」

モフモフは承知! と前足をあげると、魔物まっしぐらといった感じでキメラの肉にかぶりつく。

「こうやってみると魔物の子供も可愛らしいわね」

フォカさんがニコニコと笑顔でモフモフの食事光景を見ているけど、生肉にかぶりついているから白い毛が真っ赤に染まっているんですけど。

「あれが……可愛らしいのか?」

ロディさんがうーんと首を捻りながらモフモフを見ている。

「では素材の回収とするか。この中にはキメラが縄張りとしていたおかげで他の魔物も姿も見当たらないしな。こいつの素材を土産として持ち帰ろうか」

成る程、このキメラを遺跡探索の成果にする訳だね。

「さて、この大きさだと魔法の袋にどれだけ入るやら」

と、ラミーズさんがローブから小さな袋を取り出す。

「おや、天魔導の旦那も魔法の袋を持っていたのか?」

と、ロディさんも懐から小さな袋を取り出す。

「ふん、Sランクの冒険者なら、容量はともかく魔法の袋くらい持っていて当然だろう」

そういって、ラミーズさんは僕達に視線を向ける。

「ええ、私も持っていますよ。といっても、私の場合は教会から貸与されたものですけれど。仕事がら希少な薬草などを入手する機会も少なくありませんから」

「ケチな教会が、生きて帰る保証のない冒険者に貴重なマジックアイテムを貸す時点で、聖女という存在がどれだけ教会にとって重要な存在か分かるというものだな」

「私はそんな大した女じゃありませんよ」

「無駄話はそこまでだ。さっさと解体するぞ」

リソウさんの号令で僕達は黙々とキメラの解体を始める。

さすがにこの巨体だと僕達全員でかからないといつ終わるか分からないからね。

「おーい、毛玉、こっちのモツも食っていいぞ!」

「キュウッ!」

リソウさんの許可を受けて、モフモフが大喜びでモツの山に飛び込んでいく。

うん、解体が終わったらモフモフを洗おう。

「こんなもんか」

キメラの解体が終わった僕達は、大きく伸びをして体をほぐす。

「ウォータープレッシャー!」

ラミーズさんが高圧の水を放つ魔法でキメラの素材を洗浄していく。

高圧の水はキメラの血だけじゃなく、こびりついた肉片も綺麗に洗い流してくれる。

「便利な魔法を持ってるじゃないか天魔導」

「ふっ、伊達に古代文明の遺跡を渡り歩いてロストマジックを研究していないさ。攻撃魔法にはこういう使い方もあるのだよ」

あー、高圧水流の魔法って便利ですよねー。壁や床の汚れを綺麗にしたり、暴徒を追い払うのにも使えたりと割と万能なんだよね。

「あ、そうだ。モフモフの洗浄もお願いします」

「分かった……って、生き物は不味いだろ!?」

素材の中にモフモフを放り込まれたラミーズさんが驚きの声をあげるけど、当のモフモフは自分に命中した高圧水流を気持ちよさそうに受けている。

「キュッキュウー」

そして鼻歌を歌いながらゴロゴロと転がって汚れを落としていく。

「嘘だろう? オーガの巨体だって吹き飛ぶ魔法だぞ!?」

あー、モフモフならオーガが吹き飛ぶ程度の水圧大丈夫ですよ。

そしてキメラの素材もモフモフも綺麗になったので、あとは温風の魔法で乾かして皆の魔法の袋に収納していく。

「スマン、俺の魔法の袋はもう容量一杯だ」

と、ロディさんがもう入らないと宣言する。

「私のももう一杯ねぇ」

「俺もだな」

次いでフォカさんとリソウさんも魔法の袋が満杯になったと宣言する。

「さすがにこれだけの大きさだと、魔法の袋でも入りきらないか」

「ふふん、お前達の袋は大した容量ではないな。私の袋はまだまだ入るぞ」

さすが遺跡探索の専門家だけあって、ラミーズさんの魔法の袋の容量は他の皆の物よりも大きいみたいだね。

危険な場所で希少な資料となる品を安全に持ち出すには、なんども往復するよりも容量の大きな魔法の袋を持っていくのが一番だからね。

そうして、残った素材は僕とラミーズさんの魔法の袋に詰めていく。

「少年の魔法の袋も結構な容量だな」

「いえ、それほど大したものでもありませんよ」

でもありものの素材で作った魔法の袋だから、あんまり容量に自信はないんだよね。

「む、限界か」

そしてラミーズさんの魔法の袋も容量が一杯になる。

「残念だが、残りは置いて行くしかないな。まぁ骨や鱗なら魔物も興味を示さんだろうが」

「ラミーズさん、ぼくの魔法の袋ならまだ入るから大丈夫ですよ」

「何っ!?」

ラミーズさんが驚いた顔をみせるけど、実際僕の魔法の袋の容量はまだ半分以下しか使っていない。

「お、おい。その魔法の袋にはどれだけ入るんだ!?」

「え? そうですね、このキメラの素材なら、数百体は入ると思いますよ?」

「「「「数百!?」」」」

ラミーズさんの質問に答えたら、何故か皆が驚いた顔でこちらを見て来る。

「し、信じられん! 私の魔法の袋は、現在発掘されたなかでも最大級の容量を誇る魔法の袋なんだぞ!?」

え? 最大級? その袋の容量だと、市販の魔法の袋の平均容量だと思うけど。

「いえいえ、軍用の魔法の袋に比べたらたいした容量じゃないですよ」

うん、軍用に使われた魔法の袋には、数年分の備蓄が収納されているのが普通だったからね。

それにくらべたら、ぼくの魔法の袋の容量なんて少ない少ない。

「……まぁ、容量の件は別に良いんじゃないか? 全部持って帰れるならそれに越した事はないからな」

「……それもそうだな」

ロディさんの言葉に、リソウさんが同意する。

なんだか良く分からないけれど、皆が納得したなら別に良いかな。

「じゃああとは食い残しの肉とモツを処分……あれ?」

と、立ち上がったロディさんが首を傾げる。

「どうした晴嵐?」

「いや、肉とモツどこに行った?」

「「「え?」」」

ロディさんの言葉に、僕達も周囲を見回す。

けれどキメラの肉もモツもどこにも見当たらなかった。

あるのは解体で流れたキメラの血だけだ。

「「「「「……」」」」」

自然、皆の視線がモフモフに集まる。

「キュウン?」

モフモフが何? といった様子でこちらを見て来る。

「もしかして、全部食べたのか?」

「キュウン!」

モフモフがその通り、と胸を張りながら返事をした。

「「「「全部食べたぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」

これにはさしものSランク冒険者さん達も驚きの声をあげる。

というか僕も驚いた。

「し、信じられん、この体のどこにあれだけの量の肉が消えたのだ!?」

「まぁまぁ、沢山食べるのねぇ」

「聖女よ、そういう問題ではないと思うぞ」

「やっぱりこの魔物おかしいぞ」

うーん、まさか全部食べるとは思わなかったなぁ。

「お前、そんなにお腹が空いていたのか?」

「お腹が空いていたとかいう問題ではないだろうが! 本当に何者なんだその魔物は!?」

ラミーズさんはモフモフの種族が気になって仕方ないみたいだね。

まぁ実際僕も気になる。

お前本当になんて種族なんだ?

キメラの素材回収を終えた僕達は、中庭の血を洗い流してから探索を再開した。

あのままにしておくと、血の匂いを嗅ぎつけて他の魔物がやってくるかもしれないからね。

「この辺りには魔物の姿がありませんねぇ」

フォカさんの言う通りだった。

入り口とは違い、中庭よりも奥の建物には魔物の姿が全くなかったんだ。

探査魔法で魔物の反応の確認もしてみると、おかしな事がわかった。

「妙だな、この辺りにも魔物の反応はあるが、動く気配が無いぞ」

「動かないだと?」

魔物の反応が動かないと聞いて、リソウさんが訝しむ。

「暗くて断言できんが、まだ魔物が眠る様な時間じゃあないだろう?」

「ああ、だが魔法で察知した魔物達に動きはない」

厳密には、中庭の向こうの建物の中に居る魔物は、だ。

僕達が突入した入り口付近の魔物の反応は今も動いている。

けれどこちら側の区画の魔物のみ、時間が止まったかのように動く気配がなかった。

「こちらの魔物は躾けられているのかもしれませんね」

「躾けられている?」

僕の言葉にリソウさんが興味を示す。

「ああ、例の騎士団反逆未遂事件か」

と、ロディさんが手をポンと叩く。

「騎士団反逆未遂事件って何かしら?」

あの事件を知らないらしいフォカさんが首を傾げる。

「聖女さんは知らないのか。以前この国の王都周辺で大規模な魔物討伐が行われたんだがな、その魔物っていうのが騎士団が秘密裏に育てていた人の命令に従順に従う魔物だったのさ」

「まぁ! 魔物を操ることなんて出来たんですか!?」

神に仕える僧侶であるフォカさんには、人に害成す魔物が人の命令に従うというのは信じられないみたいだ。

でもまぁ、子供の頃から魔物を育てていう事を聞かせる魔物使いって職業はちゃんと居るんだけどね。

現にうちのモフモフも、ちょっとわがままだけどちゃんと言う事聞くし。

「人間の命令に従う魔物か。確か古代文明時代にはそんな魔物の研究もあったらしいな」

「そうなのか?」

「ああ、魔人との戦いの為に開発した技術らしい」

あーそう言えば、昔いた研究所でも同じような研究をしていた人が居たなぁ。

部署が違ったから細かい研究内容は分からなかったけど。

僕の上司は「暴走する危険のある魔物やキメラの研究などよりも、マジックアイテムや魔法の研究の方がはるかに安全で使いやすい! だからウチの方が優秀だ!」って言ってたなぁ。

なんか途中から私情が入っていたような気がするけど、まぁ昔の話だね。

そうして、探査魔法で探知した魔物を避けながら移動していくと、僕達は突き当りにたどり着いた。

突き当りの両側の壁にはそれぞれに部屋があり、どちらの部屋も物置として使われていたのか、大したものは置いてなかった。

「マジックアイテムでもあればよかったんだがな」

「そんな都合よくマジックアイテムがあるわけ無いだろう」

「資材置き場だった様だが、長い年月で使い物にならなくなっているな。保存魔法が掛けられた棚もないし、魔法の袋も無い事から大したことの無い品を置く為の場所の様だな。仕方ない、前の分かれ道まで戻るぞ」

価値のある物が見つからなかったので、諦めて通路を戻る事になった。

だけど、僕はこの通路に違和感を覚えていた。

「資材置き場をわざわざ別の部屋にしたのは何故なんだろう?」

それだったら一つの大部屋にした方が良いだろうに。

そして部屋が通路をまたがって二つなのもおかしい。

僕は二つの部屋の間にまたがる通路の行き止まりの壁に触れ、軽く叩いてみる。

「ん?」

そして聞こえて来た音の違和感に、僕は床を叩いて違和感を確認する。

「どうした少年? 戻るぞ?」

戻る様子がない僕の行動を訝しんだロディさんが声をかけて来る。

「先に戻っていてください。すぐに追いつきますから」

「何か見つけたのか?」

「まだ何とも……あっ」

再び壁を探っていた僕は、壁の一か所が不自然にぐらつく事に気づいた。

けれど壁に隙間も無ければ突起も無い。

まっ平な壁だ。

でも手の感触だけはそこにぐらつきを感じる。

僕はぐらつく部分を押し込むと、ゴゴゴゴと何かが重い音を立てて動く音が聞こえて来た。

そして次の瞬間、白い壁が横にスライドしていき、中から扉が姿を現わした。

「な、なんだコレは!?」

一部始終を見ていたロディさんが驚きの声をあげる。

「何かあったのか? ……おお!? なんだその扉は!?」

音を聞いて戻って来たリソウさん達も驚きの声をあげる。

「どうも幻惑魔法で壁を動かすスイッチが隠されていたみたいです」

物理的な壁で奥の部屋を隠し、壁のスイッチまわりだけ幻惑魔法で隠すという二重の隠蔽。

どうやらこの遺跡の主はよっぽどこの部屋を隠したかったみたいだね。

「隠し扉を発見するとは、少年は盗賊の技術にも詳しいのか?」

「その若さでどれだけの技術を学んでいるんだ!?」

「しかも神子だものね」

「……」

ロディさん達がやたらと誉めるけど、僕に技術を仕込んだ人達に比べたら、僕が覚えた技術なんて本当に大した事無いよ。

「いえいえ、僕の技術なんて所詮一流の真似事でしかないですよ。一応長期間単独行動をする事になっても大丈夫なように、生産から加工、実戦、探索、回復まで一通り一人でできる様に仕込まれましたが」

「「「いや、それは一応とかいうレベルじゃないと思う」」」

え? そんなことないと思うけどなぁ。

一人で何でもできるなんて、所詮は器用貧乏って奴だ。

僕に物を教えた人達も及第点だって言ってたくらいだし。

「むぅ、どうも大物喰らいとの間に認識の違いを感じるな。それだけの技術を持つなど、明らかに普通じゃあないぞ」

「少年にものを教えたのは一体どんな猛者達なんだ!?」

控えめに言って悪魔です。

碌でもない人達ばかりです。

まぁ、感謝してない事はないですけどね。

「そんなに色んな事が出来るなんて、やっぱり神子に違いないわ!」

いえ、だから神子じゃないですよ。

「それよりも、中に入りましょう」

一応探査魔法で部屋の中に魔物が居ない事を確認してから僕達は部屋に入った。

「こ、これは!?」

ラミーズさんが驚きの声を上げる。

隠された部屋の中にあったのは本棚の森であり、そこには所狭しと本が埋められていた。

「ここは……書庫か!?」

そう、ラミーズさんが言ったとおり、そこは書庫だった。

「これ全部が本なのか!? かなりの広さだぞ!?」

灯りの魔法で見た感じ、この書庫の広さは横30m、奥行き40mといったところか。

前々世の図書館の規模で言えばそれなりだね。

でもラミーズさんがかなりの広さって言ってるし、今の時代はあんまり本を読む人が居ないのかなぁ?

「隠し部屋の中身は書庫か。なかなかしゃれた隠し部屋だな」

ロディさんは口笛を吹きながら金になりそうな本が無いかさっそく漁っている。

「これは古代語の書物か!? ううむ、見たことの無い言語だな。私の知っている古代語ではないぞ? となると更に古い時代の文明の遺跡なのか!?」

ラミーズさんはさっそく本棚の本に夢中になっている。

けど、Sランク冒険者で研究者であるラミーズさんの知らない古代語ってどんな文字なんだろう?

興味を持った僕は、棚を見て手ごろな本を探す。

「ええと、魔物の生態図鑑……これで良いかな」

適当に見つけた本を手にとって、パラパラとめくりながら読み勧める。

「ふむふむ、理論的に存在するはずの魔物の王についての仮説論文かなこれは」

魔物の生態系の頂点に達する魔物、ドラゴンの天敵になりえる存在の仮説か。

古代の遺跡や現地の伝説、それに魔物の生息域を調べてかつて存在したであろう魔物の王の存在を立証するか。

なかなか興味深い話だね。

「……」

本から顔を上げたら、何故かラミーズさんがコッチを見てポカーンと口をあけていた。

「どうしたんですかラミーズさん?」

「お前、それが読めるのか?」

え? ああ、そういえば普通に読めたなぁ。

「ええ、読めましたよ」

「ちょっとこれを読んでみろ!」

そういってラミーズさんが一冊の本を僕に差し出してくる。

「ええと、魔物食材の栄養学って書いてありますね」

まぁ良くあるキワモノ研究だよね。

強い魔物肉ならきっと栄養があるはずだってヤツ。

「やはりその古代語が読めるんだな!」

いや、読めると言うか、前々世の母国語でしたので。

「あれだけの技術を持ちながら、古代文明の造詣まで深いのか!?」

リソウさんがまだ引き出しがあるのかと目を丸くしている。

「学問にも明るいなんて、やっぱり貴方は神子だと思うわ!」

しまった、フォカさんがまたその話を蒸し返してきた。

僕は神子じゃありませんからねー。

「ふっ、さすがは少年だ。だが余り隠した爪を見せ過ぎないで欲しい。ちょっとヘコむ」

ヘコまないで下さいロディさん!

「だが俺には自分を支えてくれる愛しい女達が居る! その点では負けていないぞ!」

あ、割と元気だこの人。

「そんな事よりもこれは読めるか!? 似ている様で文法が微妙に違うせいでこちらの本と内容がズレるのだ! これは別言語なのか!? それとも私の翻訳の仕方がおかしいのか!?」

と言って差し出された本の表紙には、同じように魔物食材の栄養学と書かれていた。

見た感じは一緒だけど……

そう思いつつも中をのぞいてみると、僕はラミーズさんの疑問がなんとなく理解できた。

「ああこれ、北部なまりで書かれた本ですね」

「古代語の……訛りだと!?」

訛り、もしくは方言だね。

いやー、懐かしいなぁ。

昔同じ研究室で働いていた北部生まれの人と南部生まれの人の仲が険悪になって、一体何事かと思ったら、訛りが原因で会話がかみ合ってなかったのが原因だったって事があったんだよね。

あの時はよくいままで会話が成立していたなぁって皆でびっくりしたよ。

と、一瞬懐かしい思い出に浸っていたら、ラミーズさんがワナワナと震えていた。

「何という不覚! 確かに古代文明に国家の概念があるのなら、土地によって言葉に訛りがあるのは当然ではないか! 何故気付かなかったのだ!」

そう言うと、ラミ-ズさんは僕から本をひったくると床に座り込んで一心不乱に読み始める

更に魔法の袋から紙とインクを取り出して完全に研究モードだ。

「そうか! ならばこの文章は方言と地方訛りで書かれた文章になるんだな! となるとこの訛りの意味は……」

本に書かれた方言の意味が分からずに、ラミーズさんが再び頭を抱える。

「えーっと……」

僕は本棚に書かれたジャンル表記を調べ、目的の本を探す。

「ああ、あったあった。ラミーズさん、こっちが標準語版みたいですよ」

僕は本棚にあった新訳の魔物食材の栄養学をラミーズさんに差し出す。

「おお! これは古代語で書かれた本、いや標準語版か! 感謝するぞ!」

新訳版を手に入れたラミーズさんが、大喜びで二冊の本を見比べる。

「おお、分かる! 分かるぞ! そうか、これまで読めなかった多くの文字は古代文明における訛りや方言、それに外国語だったんだな!」

文字通り大はしゃぎってヤツだねー。

まぁ一般的な翻訳魔法って、相手の伝えたい事を伝える心話魔法だから、文字の翻訳だと別のジャンルの魔法になるんだよね。

僕も魔人の文字を翻訳するのに苦労したよ。

「やれやれ、天魔導があの調子では、探索どころでは無いな」

リソウさんが呆れた様子でラミーズさんを眺めている。

「まぁそろそろ良い頃合いだ。今日はこの書庫で夜を明かすとするか」

リソウさんの指示を受け、ラミーズさんとフォカさんを除いた僕達は書庫の安全を確認する。

「探査魔法で書庫内にも部屋の外にも魔物の気配はありませんでした」

「この目で確認してきたが、ミミックやフロアイーターの類も居なかったぜ」

「こちらもだ。こちら側の魔物が動かないのも幸運だったな」

確かに、魔物が一つ所に留まって動かないのなら、野営をする際に凄くありがたいからね。

「とはいえ、本の傍で寝るのなら火は焚けませんねぇ」

あー、そう言う意味ではちょっとばかり不便かもしれないね。

多分耐火処理はされていると思うけど、もし室内で火を付けたら防犯用ゴーレムが動き出して襲ってくる危険もあるからなぁ。

僕達は携帯食で寂しい夕食を取る事にした。

「どうぞ、火を焚けないのでお湯で戻しただけのスープですけど」

僕は水魔法を応用したお湯を出す魔法で簡単な干し肉スープを作る。

まぁ煮込む事が出来ないから、本当にお湯に突っ込んだだけなんだけどね。

「お湯を出す魔法なんて便利ねぇ。お姉さん羨ましいわ」

フォカさんはお湯を出す魔法に興味深々みたいだ。

「なんでしたら教えますよ? 回復魔法が使えるフォカさんならこのくらいの魔法余裕で覚えれるでしょうし」

「あら良いの? そういう珍しい魔法の知識って、とっても貴重なんでしょう?」

「いえ、この程度の魔法珍しくもないですよ。単にもっと使える魔法を覚えた方が良いからって、覚えない人もいるってだけです」

「ほう、そういうものなのか。魔法使いって言うのは、簡単な魔法から練習するものと思っていたぞ」

実は若い人は意外と生活に便利な魔法を覚えなかったりする。

わざわざ覚えるくらいなら、同じ効果のマジックアイテムを買えばすぐに使えるからだ。

寧ろそうした魔法を覚えるのは主婦や昔の人くらいだった。

「天魔導……はまだ駄目そうだな。先に食べているぞ!」

「……」

リソウさんが呼び掛けるけど、ラミーズさんは本の解読に夢中だった。

そういえば、この時代だと僕が生きていた時代って古代なんだなぁ。

普通の言葉で書かれた本が古代語扱いされるなんてびっくりだよ。

「……あっ」

と、そこで僕はある事に気づいた。

「もしかしたら……」

食事を終えた僕は、本棚に書かれたジャンルを調べてゆく。

「結構置いてある本が偏ってるなぁ」

どうもこの書庫の中身は魔物関連の書籍の比重が多い。

もしかしたらこの遺跡は魔物を研究する研究所なのかもしれないね。

「あった」

僕が探していたのは、歴史に関する書物が納められた本棚だった。

「ここになら……」

ここになら、内大海や天空大陸の崩壊といった前世の僕が死んだ後の歴史が書かれた本があるかもしれない。

つまり僕の知らない歴史を知るチャンスって事だ。

あいも変わらず本棚にあるのは魔物関連の歴史の本ばかりだったけれど、その中に僕が生きていた時代より後に書かれた本を発見する。

「彼方より現れた白い災厄……魔獣の王、大戦を砕いた黄金の爪? なんか抽象的だなぁ。他の本を見て見よう」

僕は更にいくつかの本を開いて、僕が死んだ後の歴史と白い災厄とかいう存在について調べていく。

そして分かったの事は……

「どうも魔人との戦いの最中に強力な魔獣が現れて戦いがうやむやになったって事かな?」

僕は更に本を読み進めていく。

「ソレには大地に新たな海を作りし魔導の業も、天空の大地を砕きし魔人の業も通用しなかった……」

むむ? もしかしてこれって内大海や天空大陸についての事かな?

もうちょっと客観的な視点で説明して欲しいなぁ。

なんというか、後の時代が書かれた本は、主観的な視点と言うか、妙に感情的に書かれた本が多かった。

まぁ本を書いた作者が凄く興奮していたと言う事は伝わって来たかな。

とりあえず内大海と天空大陸に関しては、激化する戦争が原因で生み出されたものだという事は分ったかな。

そうなると多分魔獣の森も同様の理由で生まれたんだろうね。

でも、この白き災厄ってのはなんなんだろう?

確かに白い魔物はいくつか心当たりがあるけれど、災厄とまで言う程強い魔物が居たかなぁ?

この世界のどこかに潜んでいた強力な魔物か、それとも魔人の世界から来た魔物なんだろうか?

ただこの白き災厄と呼ばれた魔物が魔人との戦いに大きな影響を与えたのは間違いなさそうだね。

そして最後の一冊、この研究所で行われてきた研究について書かれた本の最後にこんな記述が記されていた。

「白き災厄、その体の一部の採取に成功した。これを用いれば、白き災厄に対抗する手段を手に入れる事が出来るだろう。そのあかつきには、魔人すらも我等の敵ではなくなる」

うーん、どうやらこの研究所の目的は、白き災厄に対抗する為の手段を模索する事だったのかな?

「キュウ?」

と、本に夢中になっていたら、足元にモフモフがすがりついてきた。

「そう言えば、お前も白い魔物だよなぁ」

けどまぁ、コイツが白い災厄の訳ないよねぇ。

だってこんなに小さいし、僕に全然かなわないんだもん。

「ガジガジ」

「あっ、こらズボンのスソを噛むんじゃない!」

「キュウン!」

ペチンと頭を叩くと、モフモフが御免なさいと腹を見せた。

うん、やっぱりコイツが白い災厄じゃないのは間違いないね。

野生の欠片も見当たらないし。