Nigotta Hitomi no Lilianne

13, Fairies, Communication and

生後13ヶ月が過ぎた。

いつも通り魔力(仮)の制御訓練と手足のにぎにぎ訓練をしながら、頭の上に座っている妖精と一緒にエナの朗読を聞いてる。

今日のエナのチョイスはというと。

" 蛸の嵐 "

という冒険小説だ。

どうせ8本足で立ち上がるんだろう?と思っていたら、あの作品の作者ではなかったようでちょっとがっかり。

なんとも普通な内容で、蛸が船を襲う被害が続出する漁村を、旅の勇者が救うといった感じだ。

奇抜なストーリーの本が多いだけに、こういう普通の話はなんとも癒しだ。

今は " 馬に跨っている " 旅の勇者が、船に乗って蛸が被害を多く出している海域に向かっているところだ。

実に普通の話だ。

そろそろ、何か奇抜なことが起こってもいいんじゃないかなとか思いながら、魔力(仮)を伸ばして、何本も枝分かれさせてそれぞれ個別に柔軟性を同時に変化させる。

一連の動作を、大体十秒くらいの時間で行っている。

これでもかなり早くできるようになったのだ。

枝分かれさせるのも、一回や二回じゃないし、柔軟性も各所でそれぞれ硬度を微妙に変えている。

つい20日くらい前はこれくらいやるには、3倍以上の時間がかかっていた。

十分赤くなれる成長速度だ。

緑のアレとは違うのだよ!緑のアレとは!

普段は魔力(仮)の放出制御訓練中は、妖精が魔力(仮)を弄繰り回そうと追いかけっこを繰り広げる新感覚アクティビティとなるのだが、今日に限っては何やらおとなしくしている。

ちょっと不気味だ。

" 馬に跨ったまま " の勇者が船に乗ったときに、ちょっとびくっと動いたけど、別に不思議な内容でもないしなぁ。

……ないよね?

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

しばらく訓練しながら、妖精の挙動を静かに観察……といっても頭の上なのでよくわからないけれど、観察していると急に頭の上の感覚が消失した。

何かな?と思って頭上を見上げようとしたら、すぐに妖精は目の前に降りてきた。

こちらに背中を向けて。

そして背を向けたまま、右手の人差し指をこちらに見えるように、肘を90度曲げて見せることしばし。

小首を傾げようかと思った辺りで、今度はその人差し指をくるくる回し始める。

なんのパフォーマンスだろうか。

今日のパントマイムタイムは終わったと思ったのだけど、まだ続きがあったのかな?

とりあえず、見守ってみる。

なんだかんだで、妖精の挙動は面白い。

見てて飽きることはないのだ。

呆れることは多々あるけれどね。

もったいぶってしばらく回していた指を、一旦止めたと思ったらズビィ!と効果音がしそうな感じで腰から上だけを捻った感じでこちらに突きつける。

ちょっと驚いたけど、彼女の動きが唐突なのは今に始まったことじゃない。

大分、毒さr……慣れてきたな自分。

そのままの姿勢だと辛いんじゃないかと思ったのだけど、彼女はそんなことは意にも介さずそのままでポーズをとり続ける。

相変わらず通じないパントマイムだが、今日はちょっと静止する時間が長い。

彼女なりに間の取り方に工夫をしてるのかもしれない、とか思っていたら。

彼女の指が " 伸びた " 。

そう、伸びたのだ。

え、何……妖精って指伸びるの?

と、半ば呆然とゆっくり伸び続ける指を見つめる。

ゆっくりと、本当にゆっくりと伸び続ける、指。

第一関節とかどうなってんだろう……第何関節になるんだ?

とか、本当にどうでもいいことを思い始めたときだった。

関節を確認しようと視力を強化した時に気づいた。

アレは……指じゃない……?魔力(仮)……?

自分以外が放出以外で魔力(仮)を出したことを見たことがなかったから、すぐには気づけなかった。

視力を強化し、細部まで把握できたからわかったことだった。

よく見れば、妖精の顔も真剣でかなり集中しているようだった、ポーズはアレだが。

指から伸びた魔力(仮)は、一旦止まったかと思ったら、次は広がり始める。

そしてある程度広がったあと、今度は右側からゆっくりと変化し始める。

型を抜くようにゆっくりと何かを形作っていく。

しばらく経ってその変化が止まる。

変化が止まったのを確認してから、妖精を見ると肩を大きく上下させている。

制御を見ていた感じだと、かなりの回数、8ヶ月くらい前の自分だったら結構辛い回数の制御数だったはずだ。

ちょっと……いやかなり感心してしまった。

そんな自分を見て妖精は頻りにドヤ顔だ。

あぁいやいつも大体ドヤ顔だけど、なんか今日は成し遂げた感じがするドヤ顔だ。

達成感いっぱいのドヤ顔というべきか。

まぁドヤ顔なんだけどね?

ドヤ顔のまましばらく時間が経過する。

上下していた肩ももう落ち着いている。

こちらが何も反応を示さないのを不思議に思ったのか、妖精の眉根に皺がよる。

あ、拍手しないのが不満なのかな?

と思ってぱちぱちと拍手をする。

自分を膝の上に抱っこして朗読していたエナが突然の拍手に、んー?と朗読を中断してこちらを覗き込んで来た。

「どうしたの、リリー?蛸の足に一本だけある弱点というか……えーと、アレな足には拍手しなくていいのよ?」

アレな足って……エナさんあなた、1歳児に何言ってんですか……。

エナの発言にちょっとそれはどうなのよと、げんなりしているとドヤ顔さんが作った、何かを形作った魔力(仮)を魔力(仮)の出ていない方の指で頻りに指差している。

やっぱり魔力(仮)で形作った形に何か意味があったのかな?

よくよく見てみると、なんか規則性みたいなものがあった。

そう……アルファベットのような、アラビア文字のような。

あ、全然似てないやこの2つ。

とにかくだんだん文字に見えてきたのだ。

如何せん意味はわからなかったけど。

なので小首を傾げたら、妖精はがっくりと肩を落とした。

いやいやいや、1歳児に文字読めってのは無茶振りにも程があると思うよ?

その上こっちは目が見えないんだぜ……どうやって理解しろというのかね!

指先の魔力(仮)が霧散して、とぼとぼとしょんぼりしたまま頭の上に戻ってくる元ドヤ顔さん。

しかし、そこで気づいた、気づいてしまった。

" 魔力(仮)で形作った文字(のようなモノ) " は見ることができたのだ。

目が見えず、文字の勉強はどうすればいいんだろうかと棚上げしていた問題だ。

これならば文字を覚えることも可能ではないだろうか。

前提条件として妖精と意思疎通が取れないといけないわけだが……。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ヒントはすでに貰っている。

魔力(仮)で形作られた文字は、暗闇しか映さない自分の目で見ることができる。

妖精は魔力(仮)で文字を形作って見せた。

" 形作ったのだ "

今まで太くしたり、細くしたり、伸ばしたり縮めたり、濃度を変えたり、柔軟性を変えたりはした。

でも何かを明確に形作ったことはない。

クレアと一緒に放出した魔力(仮)は曖昧な温かいイメージだった。

恐らく自分の知っている生前30年過ごした国の母国語では通じないだろう。

かといって他の国の言葉はとてもじゃないが無理だ。

せいぜい、単語を少しかける程度だ。

それでも可能性がそこにあるのなら……やるしかないでしょう!

しょんぼりしているドヤ顔さんを頭を倒して振り落として、キャッチ。

びっくりして非難の表情でぷんすかしている彼女に向かって、魔力(仮)で文字を形作る。

まずは元母国語だ。

【読めてますか?読めていたら両手を挙げて振ってみてください】

結構すんなり形作れた。

生前とはいえ30年も使っていた文字だ、たった1年ちょっと使わなかったのと、ちょっと書き方がかわったくらいでは何の問題にもならないようだ。

しばらく文字を出し続けてみるが、ぷんすかだった妖精さんは小首を傾げるだけだった。

あ、こっちから見たら読めても、これじゃ逆じゃないか?

そう……妖精の方から見たら逆さまだったのだ、これじゃぁ読むの難しいよね。

なので一旦霧散させて、改めて作り直す。

今度は逆に作らなきゃいけなかったので、ちょっと苦労した。

そして、眉根を寄せている妖精をしばし見る。

すると、首を左右に何度か振った後こちらを見返す妖精さん。

これが文字だと認識してくれたのかな?でも意味はわからないと?

さっきの彼女の行動が文字を形作って、意味を伝えようとしたのだと仮定するなら十分ありうる話だ。

じゃぁ次は他の国の言葉でやってみよう。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

結果として、いくつか試した国の言葉でも妖精は首を振るばかりだった。

元母国語の何種類もある書き方でも試してみたが、全てだめだった。

こうなりゃ自棄だと、某ゲームで使ったことのある暗号なんかも使ってみたがだめだった。

やはり、最初の予想通り自分の知っている言語では首振り妖精さんには伝えられない。

半ば予想していたことだったとは言え、ちょっとがっかりしてしまった。

でもまだやれることはある。

形作れるのは何も文字だけじゃないのだ。

形作れればいいのだから、そのまま意味が明確に伝わる文字の方がやりやすいと思ったから文字を使っただけのこと。

文字が使えないのならば、絵を描けば良い!

パンがないなら、ケーキを食べればいいのよ!

どこかのネットさんの名言が脳裏に浮かんでは消えた。

懸念はある。

だが、今は性別も違う、感性も違う気がする。

なんせ転生したのだ!

できるかもしれない、いや……やらねばならない。

そして、魔力(仮)というキャンバスに、制御という名の筆を振るう!

出来上がったモノは……想像していたものとは似ても似つかないひどい出来だった。

唯一の懸念材料、自分の絵心のなさは転生しても変わらなかった。

そんながっくりと落ち込んでしょげている自分の肩を、妖精が慰めるように叩く。

珍しく穏やかに笑ってサムズアップする、妖精の意図がよくわかった。

" ドンマイ "

あぁ……これも意思疎通の成功例なんだろうか……。