Nigotta Hitomi no Lilianne

46, After Organization Warrior

白結晶騎士団。

リリアンヌ・ラ・クリストフを守護するための騎士団だ。

団員構成は現在のところ、団長――ローランド・ラ・クリストフ。

副団長不在。その他騎士は予定ではあるが、テオドール・ラ・クリストフ。エリスティーナ・ラ・クリストフ。その他選定だけ済ませた騎士20名。

現在の騎士団はこんな感じだ。

ローランド爺さんが見せ付けるようにして誇らしげに掲げた物は、エナのワナワナとした震える声により判明した。

「ロ、ローランド様……そ、それは……まさか本物の騎士団証明カードなのですか……?」

「うむ、当然だ。すでに王城への申請も受理されている。白結晶騎士団は正式な騎士団だ」

「ア、アンネーラ様! 本当なのですか!?」

「えぇ、とても良い事だと思いましたから。私《わたくし》も賛成いたしましたよ?」

がっくりと四つん這いで項垂れるエナの心境は、自分にはよくわかる。わかりすぎていやだけどわかってしまう。

いきなり、自分《リリアンヌ》の騎士団の結成だ。

意味がわからない。わかりたくない。むしろ忘れたい。

豪快にわっはっはっは、と笑う爺さんとそれを純粋な混じり気の無い、キラキラした瞳で見つめる二人。

のほほんとした表情を終始崩すことのないお婆様。

項垂れるエナと騎士団の中心人物のはずの自分と、キラキラしている3人との対比が明確なまでに明暗となっていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ローランド様! まだ騎士団結成は早いのではないでしょうか!」

「いや、俺はそうは思わんぞ?」

「……その理由をお聞かせ願えますか?」

「ふむ……そうだな。テオドール、エリスティーナ。おまえたち二人は白結晶騎士団に入団する意思は固いのだな?」

項垂れていたエナが、がばっと顔をあげ詰め寄るように爺さんを問い詰める。

だが、そんなエナの勢いを飄々と交わして爺さんは答えると、テオとエリーにリリアンヌ騎士団への入団の意思を問うた。

その爺さんの声音は真剣で、剣呑とさえ取れるほどの鋭さを秘めていた。

「もちろんです! 入団テストがあるならば受けます! そして必ず受かってみせます!」

「私も同じです。リリーを守るのが私達の役目。例えお爺様であっても、その役目を譲るつもりはありません」

二人の熱の篭った答えにローランド爺さんは大仰に頷くと、エナに視線を向ける。

「二人の気持ちもわかった。その意思の固さは十分だと判断する。故に二人にも話そう」

声音から剣呑さを帯びる鋭さが消えはしたが、その声に新たに加えられたモノは冷たく、心が凍えんとする、酷薄な鋭さを伴った何かだった。

「すでにリリアンヌを狙う組織が、いくつか出来ていた」

「「「なっ!?」」」

告げられた事実を理解するには、数秒の時間が必要だった。

自分を狙う組織。

しかも複数存在しているらしい。

クリストフ家はお金持ちだから、誘拐やら拉致狙いの悪党は出てくるだろうとは思っていたが、自分を狙う組織ときた。

テオやエリーを含めて狙う組織なら、そう言うだろう。

だが、ローランド爺さんは明確に " リリアンヌを狙う組織 " といった。

考えたくないが、すでに自分の特異性がばれている?

だが、ばれるような行動は数えるほどだし、周りの反応もそういったものではなかったはずだ。

考えられる可能性は、誘拐や拉致によるクリストフ家の脅迫。

だが、それを実行するならばわざわざ屋敷で厳重な警護の下、生活している自分を狙うよりは、学校へ行くために外に行く必要のある兄姉を狙う方が、楽なのではないだろうか?

自分のそんな考察はアンネーラお婆様の言葉により、一蹴されることになった。

「リリーちゃんを狙った理由は、お粗末な理由だったわ。この屋敷の結界のことすら理解できていない小悪党。

でも、テオちゃんやエリーちゃんを狙うではなく、リリーちゃんを狙った理由。

それは……リリーちゃんが濁った瞳だということが、すでに知られていたから」

テオやエリーは健常者だ。自分と違い、誘拐や拉致に対して子供なりに抵抗できるのかもしれない。

いや、考えてみれば彼らが護衛もなしに学校へ行くとは思えない。

彼らもクリストフ家なのだ。護衛も当然ついているだろう。

それらを考えて、狙いをこちらに絞った。そう考えるのが妥当なところか。

だが、やはりお婆様の言うようにお粗末だ。

この屋敷で取られている厳重な警備。日常スペースすら限定されるほどの物なのだ、それを厳重な警備といわずして何と言う。

その上どうやらこの屋敷には結界まで張ってあるようだ。さすがというかなんというか、結界とか是非直で見てみたい。魔力ありなら見れるのだから、結界なら見れるだろう。

そしてそんな警備状況を鑑みれば、自分の情報は秘匿情報のはずだ。

その情報、その中でも致命的となりうる濁った瞳の情報が漏洩している。これではこちらを標的としようとしたのも頷ける。

敵は外部だけではなく、屋敷内部にも居る可能性があるということだ。

しかし、気になるのはアンネーラお婆様の言葉。

" リリーちゃんを狙った理由 "

そう、狙った。すでに過去形なのだ。

情報漏洩も判明しているようだし、ローランド爺さんが " 組織は複数出来ていた " とも言った。

この言葉達を総合的に解釈すれば、すでに二人の手かそれに近いモノで組織を壊滅させている。

そういえば、昨日診察が終わった後ランドルフのご老人を部屋から連れ出していた。

てっきりアレは診察の細かい話を聞くためだと思っていた。だが、考えてみればその場で聞いてもいいようなことだ。

それをなぜ場所を移したのか。

導き出せる結論、それは……。

「情報の漏洩元はランドルフ殿の手伝いをしていた看護婦の一人だった。

30年以上手伝っていた優秀な者だと言っていた。残念なことだ」

「では、屋敷の使用人達の仕業ではないということですね?」

「それはすでに昨日の段階で調査は終了していますよ」

「そうですか。よかった」

やはりご老人関係が犯人だったようだ。だが、ご老人が犯人ではなくてよかった。

30年の長い間働いていたのに、裏切るようなことをするということは、金銭か肉親をネタに脅迫されたか。

真相はわからないが、爺さんが言った " 残念なことだ " という意味は……やはり処刑という意味だろうか。

この世界の法整備がどの程度までなのかはわからないが、生前の世界での中世時代で、貴族の情報を漏らし、あまつさえその情報を元に組織がいくつも動くような状況を作ってしまったら……極刑は免れないだろう。

このことは考えても仕方ない。最早自分の埒外の範疇だ。

それよりも屋敷の使用人の調査は昨日終わったとも言っていた。一体何時の間にやったのだろうか。

ローランド爺さん達の手の者が、大量にこの屋敷に来ていると考えるのが一番合理的だ。

つまり、現状の警備はさらに強化されているということか。それは安心だ。

だが、爺さん達が掴んだ情報では、複数の組織としか言っていなかった。

全ての組織の動きを把握するのは無理だろうから、絶対安心というわけではない。

だが、今は自分の周りには英雄譚と遜色ない実力を持つ二人と、その二人の手勢。これ以上ないくらいに、むしろ過剰と思えるほどの戦力だろう。

そして爺さんは自分専用騎士団まで結成した。

祖父母の二人とその手勢の人達も、ずっとここにいるわけにはいかないのだろう。

故に組織に対抗できる存在――白結晶騎士団を結成したというわけか。

「とにかく事情はわかりました。騎士団も必要なのは理解しました。

ですが、事前に情報を回して欲しかったものです。

スカーレットを伝令役にすれば、まず間違いなかったはずですし」

「う、うむ。そうだな。すまなかったエリアーナよ」

「ごめんなさいね、エリアーナさん。その手の事に関してはローに全て任せて、私は殲滅を担当していたから」

「いえ、アンネーラ様が殲滅を担当されているのは仕方ないことです。

あなた様ほどの実力者はこの王国には居ませんもの」

エナが事情を理解はしたが、困った顔でローランド爺さんを見ている。

爺さんも明後日の方向を見ながら、申し訳なさそうに謝っている。照れくさいのだろうか。いや、自分の仕事のミスがばれて気まずいといったところか。

それにしてもやはり、お婆様は殲滅を担当していたようだ。

戦力を考えれば当然かもしれないが、彼女は仮にもクリストフ家の主人格に相当する人なはずなのだが……。

そんな人が殲滅担当。恐らくは最前線で暴れまわったんじゃないだろうかと、なんとなく思ってしまった。

のほほん笑顔がまるで戦いの鬼――戦鬼の如く機械的に殺戮していく様が、ありありと浮かぶ。浮かんでしまう。

お婆様が敵じゃなくて本当によかった。

味方で本当によかったと、心の底から思ってしまった。