Nigotta Hitomi no Lilianne

48, After Summer Day Young Tree

翌日は昨日のうちに服が決まっていたようで、着替えもそれほど時間がかからなかった。

昨日のロリータファッションとは違い、シンプルなワンピースで胸元に大きく華の装飾と大き目のリボンがついていた。

何も凝った衣装が全てではない。シンプルな服は素材を際立たせる。

これはアンネーラお婆様の話を要約したものだ。

つまり何が言いたいかと言うと……服選びと着替えに時間がかからなくても、お婆様のファッション談義で時間がかかったということだ。

1歳児にファッションを語る見た目30代……いや、今日のお婆様は20代後半でも通じるのではないだろうか。ほんと化け物やでぇ。

生き生きとしているお婆様の様子は心底楽しそうだった。

自分に意地悪しているときと同じくらい生き生きしていた。

じーっと楽しそうに語っているお婆様を見続けていたのも、彼女の長い語りに拍車をかけていたのかもしれない。

興味を持ったと思われたのだろうか。

実際はアレほど凶悪な戦闘力を有する人物が、ファッションという如何にも女性全般が好みそうなことで楽しそうにしている " あなたに " 興味を持ったのですよ、仙人様。

などとは口が裂けても言えない幼児が自分です。

ファッション談義が一段落すると、昨日同様屋外へ行くことになった。

当然兄姉の訓練を見に、だ。

昨日同様の夏の陽光と熱風というほどではないけど、からっと乾いた風。

生前の母国のようなじめっとした湿度の高い風ではなく、どこか乾季という単語が似合いそうな感じだった。

昨日訓練していた場所まで行くと、相変わらず屈強な人達が周りを警備している。

すでに柔軟は終えていたようで、昨日同様腕立て腹筋をしていた。

今日も暑いから、さぞかし汗だくになっているのだろう。だが、汗は見えないので彼らの苦悶の表情で察するしかない。

筋肉痛にはどうやらなっていないようで、なんとかこなしているようだ。

あれだけ柔軟運動をして流しも入念に行っていたのだ。筋肉痛は最小限に抑えられたに違いない。

というか、子供だからそれほど酷いものにはならなかったのかもしれない。子供の回復力は異常の一言だからな。

生前ちょっとスポーツしようものなら、よくて次の日、普通で翌々日。悪いと3,4日後に強烈な筋肉痛が来たものだ。

30歳の大台に乗った体は、普段運動などしないのも相まって、筋肉痛にとって絶好の的のようだった。

パラソルが差してあると思われる椅子に2人で腰掛け、自分は最早定位置と言ってもいい場所――アンネーラお婆様の膝の上。

強いだろう日差しはここに来るまでもエナの日傘で、ここに来てからもパラソルでシャットアウトされているので全然暑くない……というわけでもないが、清々しいくらいに夏という感じを与えてくれる。

1年以上温度調整された部屋で過ごしてきたので、この清々しい夏という暑さが心地いいくらいだ。

果実水が入ったコップをエナから受け取ったお婆様が渡してくれる。

ちょぴちょぴとソレを飲みながら、頑張っている2人を眺める。

部屋の中に居ては感じることのできない空間。自由に外出できるようになる日はくるのだろうか。

そんなことをぼーっと思考しながら、ランニングに出発した3人を見送った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

午前中の訓練を終えた2人はまだまだ元気いっぱいだ。

今日は昼食を食べ終えてから、テオとエリーがアンネーラお婆様を盾にエナと交渉をしている。

交渉内容はというと

「ボク達の訓練も見に来てくれたんだから、ボクの木を見せてあげてもいいでしょう?」

「そうよ! 私の花壇も見せてあげたいの! いいでしょう、エナ!」

「私《わたくし》も付き添うし、いいんじゃないかしら、エリアーナさん」

「……そうですねぇ……確かにアンネーラ様がご一緒なら危険はないと思いますが……」

「ではほら、決まりですね。ささ準備をしましょうねぇリリーちゃん」

詰まるところ彼らが毎日お世話をしている、彼らの大切な物を見せたいということだった。どうやら事前にお婆様に頼んでいたようで、彼女の援護射撃でエナも渋々ながら折れてくれたようだ。

自分としても屋外に行きたいので、理由はなんでもいい。

部屋の中で過ごした1年半の間は、別に不自由はしていなかったが、やはり一度外に出てみると感じる風や季節の感触が、外へ外へと気持ちを急き立てるのだ。

生前は極度のインドア派だったはずなのだが、今生はアクティブになったということだろうか。

アンネーラお婆様に準備と称して、ワンピースから今度は上は丸襟の可愛らしいブラウスを着せられる。花と蝶の柄に花形のボタンをあしらっていて、中央部にフリルがワンポイントで施されている。

色は見えないが、夏というより春という感じの服だろうか。

薄い生地のようで、下にシャツを一枚着ている。

下はベロアリボンが映えるプリーツスカート。全体プリーツではなく、お尻の方からプリーツになっていてふんわりとしている。

履いてみるとよくわかる、ふんわり広がる膝丈くらいのスカートだ。

ワンピースの時は清楚な幼女だったが、今度はカジュアルな幼女だろうか。

まぁ股の部分が心許ないのは同じなんだけどなー……。

着替えを済ませると5人で屋外へ出発。

ローランド爺さんは何か用があるということで、どこかに出かけている。

出かけ際、それはそれは凄まじい形相で

「すぐに帰ってくるからな! すぐだぞ! 絶対すぐだからああああああぁぁっ」

と、尾を引きながら訓練中も警備していた屈強な人達に連行されていった。

ちなみに着替えが終わってテオが入ってきた時に、また停止してしまい惚けた顔をしていたのは、最早着替えた後の一連の流れのようなものになってしまっていた。

彼は本当に大丈夫なんだろうか……。

困ったお兄ちゃんである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

2人のメイドさんが扉を開けて、その扉を潜る5人。

深々と下げられた頭の横を通るのは、まだ慣れない。

生前は庶民だった自分が、今や大きな屋敷のお嬢様だ。しかもメイドさんに初めて会ったのもここ最近の話。慣れるわけがない。

いつかは慣れて……貴族然とした存在になってしまうんだろうか。

いや……この家――クリストフ家にいるならば、そんなことにはならないだろう。

優しく使用人からも信頼されていると思われる家族。達人クラスの実力者だが、自分達にはとても優しく、祖母に至っては自分のためなら魔王だろうと勇者だろうと打ち滅ぼすとまで言ってくれる頼もしい祖父母達。

そんな暖かい存在に囲まれているんだ。ありえないだろう。

2人が訓練している場所とは反対の方向に、5人でゆっくり歩いていく。

日差しは午前中よりきつくなっているようで、吹いていた風もなくなり……かなり暑い。

ブラウスは薄い生地で風通しもいいのだが、それでもかなり暑いと思ってしまう。

当然エナが日傘で影を作ってくれているようで、直射日光を浴びるようなことはないのだが、それでも暑いものは暑いのだ。

テオとエリーの2人は帽子着用だ。

つばの広い大きな麦わら帽子を被った方がエリー。

シルクハットのような丸つばの底の深い帽子を被ったのがテオだ。

帽子も着ている物という境界線に届くようで、しっかりと見えている。

視力の強化とピント調整をしなければ当然ぼやけてしか見えないが、ピントを合わせるのも少し向上したのか、多少合わせておける時間が延びている。

少し歩くと、遠くに見える結界の魔力に影を作っている場所に向かっているようで、どんどん影が大きくなってきている。

アレがテオが世話をしている樹木なのだろうか。かなりの大きさのように思える。

あれほどの大きさを世話するとなると、相当な苦労がかかると思うのだが……。

近づくに連れて遠くだと見えなかった、無数の魔力を持った何かが見えてくる。

訓練をしている方の庭にはほとんど魔力を持つ物がなかっただけに、ちょっとワクワクしてくる。

視力を強化し、一体なんだろうと確認してみると、どうやら魔力を持っているのは地面に近い場所の物のようだ。

ピントを合わせてなんとか見ようとしてみるが、今ひとつピントが合わない。

まだ距離があるからなのか、どうにもうまくいかない。

ゆっくりとのんびり歩く5人。テオとエリーが楽しそうにこれから向かう彼らの宝物について語りながら、それらとの距離は近くなっていく。

近場で作業している使用人の人達が深々と頭を下げている中ゆっくりと近づき、やっと一瞬だけ合ったピントには若木のような――近くの大きな黒い影として見えている木とは別の小さな木が映っていた。

若木というにはあまりにも細い形。魔力が形作っているのは全体像ではないのかもしれない。

人は魔力を全体像として細かに見ることが出来る。だが、木々は別なのかもしれない。

見えている木は細く、流れているはずの魔力もゆっくりとほとんど動いていないようなほどの遅い流れだ。

魔力を血液と考えるのならば、人の魔力の流れはその速さよりは格段に遅くなるが、それでも十分に早い速度だ。

だが、木々の血液――水分や養分の流れはそこまで速いものではない。だとするとこのゆったりとした流れも納得がいく。

問題はあまりにも細い全体像だが、これは魔力自体が少ないからだろうか。

それとも木の皮などが魔力を通さないような耐性を持っているのだろうか。

始めて見る現象に考察を重ねていると、どうやら考察していた若木があるところが目的地のようだ。

9歳のテオではさすがに大きな木の面倒は見れないのだろう。適切といえば適切な選択だ。

ゆっくりと進む一同はもうすぐ目的地へ到達しようとしていた。