Nigotta Hitomi no Lilianne
49, Treasures After Treasures
目の前に見えるのは、遠くに薄っすらと見える結界の白を背景としていくつも立っている――大きな木のような影達。
その中に細くほとんど動いていないような魔力の流れを持つ、若木のような木が無数に点在している。
今日はテオがお世話している宝物を見せてくれるということで訪れている。
9歳の彼が午前中の時間を使ってお世話をしているのだ。当然大きな木の方ではあるまい。
若木の方である可能性が大いに高い。
考察を続けていると、遠くで頭を下げていた庭師と思われる人達がいつの間にか集まっていた。
「テオ坊ちゃま、大奥様方。ようこそおいでくださいました」
「うん。午前中に話した通り、今日はボクの宝物のお披露目だよ!」
一番年配の――ランドルフのご老人よりも年上に見える男性が、集まった20人近くいる集団から進み出て帽子を取って深々と頭を下げている。
帽子で隠されていた頭髪は、すでにだいぶ後退してしまっているようだ。
「用意はすでに出来ております故、いつでも大丈夫ですよ坊ちゃま」
「うん。じゃぁみんなこっちへ来て!」
好々爺然とした表情の庭師の老人が、皺の深い表情をさらに深め、準備は万端だと言わんばかりの様子だ。
テオの先導で細く見えていた若木のあるところ " ではない一角 " に進むと、自信満々な彼の表情から見せたい宝物は彼にとって、満足の行く出来の物だろうことがありありと伝わってくる。
「じゃーん。これがボクの育てている " アシラの若木 " だよ!」
そういって何かを取る仕草をすると、彼が取り払った何かに隠れていた物は、今まで見た若木に流れるゆったりとした流れの魔力とはまったく異なる魔力の流れを持つ物だった。
「あらあらまぁまぁ……すごいわねぇ……」
「ほんとに……びっくりしたわ。アシラの若木をここまでの大きさに育てるなんて……」
「お兄様毎日頑張ってたものね」
「えへへ~苦労したんだよーどうかなーリリー?」
アンネーラお婆様とエナも驚きの声をあげている。
アシラの木とは、それほどまでに育成が難しい木の種類なのだろうか。
エリーの発言から鑑みるにテオも相当がんばっていたのだろう。
皆のリアクションに満足いったらしいテオがこちらに視線を向けてくる。確かに他の若木と違い、明らかに魔力の流れがおかしい。
具体的には、他の若木はゆったりとしたほとんど動いてすらいないように見えるのに対して、このアシラの若木というのは、人の魔力の流れに近いほどの速さで魔力が流動している。
「リリーちゃん、アシラの若木というのはね」
「あ! お婆様だめ! ボクが説明するんだから!」
「あらあら、ごめんなさいね。じゃぁテオちゃんよろしくね?」
「うん! 任せて!
それでね、リリー。このアシラの木はとっても珍しい木でね。
成長しても背丈が大きくならない代わりに、魔道具の素材としてすごく需要がある貴重な木なんだ。
それに自然な状態じゃないとうまく育ってくれなくて、良質の木材とならないんだ。
でも、この子なら大丈夫! 自信を持ってリリーの " 杖 " を作れるよ!」
やはり珍しいタイプの木のようだ。
魔力の流れが人に近いから、魔道具として有用な材料になるのだろうか。
それにしても……杖?
もしかしなくても、視覚障害者が使うあの杖――白杖のことだろう。
つまり、テオは必要になるであろう白杖の材料となる木を、わざわざ育ててくれていたということだ。
図書館で濁った瞳について調べてくれていたときにでも、視覚障害者には必要な物だとわかったんだろう。
「それに……この子はリリーが生まれた日に植えられたものなんだよ。
他のアシラの木達は100本以上植えたのに、ちゃんと成長してくれたのはこの子だけなんだ。
きっとリリーと同じ日に植えられた子だから、リリーのために成長しているんだ!」
熱がだんだんと上がっていくテオの語りは、キラキラの瞳と勢いでどんどん声のトーンを上げていく。
「もうすぐこの子も成長しきるから、その時にはボクがリリーのために杖を作ってあげるよ!
楽しみにしていてね!」
自信とやる気漲るテオの熱弁と表情は、なんとも頼もしい。
いずれ必要になるだろう白杖を作ってくれるというのもありがたい。
杖加工なんて結構大変だと思うが、その辺はどうする気なんだろうか。
テオの輝かんばかりの笑顔は久しぶりに、頼もしい自慢のお兄ちゃんの顔だった。
「ふふ……それにアシラの木で作られた物は、使用者の身体能力を向上させてくれる作用もあるの。
魔道具の材料としてもとても相性がよくて人気があるけど、その育成の難しさと需要で自然に育っているアシラの木は乱伐されて、国が厳しく管理するほど貴重な物なのよ?
この木は、テオちゃんがすごく頑張った成果なのね。
よかったわねぇリリーちゃん。そんなテオちゃんの努力の成果で作られた杖は、きっと立派な物に仕上がるわ」
「えへへへ~」
アンネーラお婆様の補足説明とお褒めの言葉に、身をよじって恥ずかしそうに照れている頼もしい自慢のお兄ちゃん……だったモノ。
もうちょっとあの顔を保ってほしかった。まぁ今の表情もはにかんだ母性本能を擽るいい表情なのかもしれないが、如何せん自分にはそんなものまったく存在しないので擽られない。
「まぁでも、お兄様1人の力じゃないし、そこの所ちゃんとわかってないとだめよ」
「うっ。そ、そうだけど……ボクだって頑張ったよ!」
「頑張ったのは認めるわ。でも自分1人の手柄とするのは頂けないってだけよ」
「うぅ……だ、だって……」
くねくねしていた頼りになるお兄様を気持ち悪いとでも言わんばかりに、エリーの冷たい言葉が突き刺さる。
集合していた庭師の人達の方を見てみると、見事に全員苦笑している。
エリーの言葉通りにテオが全部1人でやったというわけではないのだろう。
9歳という年齢で育成の難しい種類の木を育て上げるというのは、かなり無理がある。当然といえば当然だ。
それを自分1人のおかげだと言わんばかりにしている態度が、エリーにとっては受け入れることができないものだったのだろう。
彼女は庭師の人達の評価もきちんとするべきだという考えなのかもしれない。
やはり、クリストフ家は自分の知識にある貴族とは違う。
エリーが特別ということもないだろう。エリーの発言にうんうんとアンネーラお婆様も頷いている。
まぁでも頑張っていたのも事実のようだし、お披露目なのだから調子に乗ってしまうのも仕方ないとは思う。
誰もテオを擁護していないので、心の中でだけは味方をしてあげることにした。
その後しばしの間、妹に説教される頼もしいお兄ちゃんだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
説教がよほど効いたのかアシラの木を説明していた時とは、対照的なほどがっくりと肩を落としたテオを半ば引きずる形で、次の目的地に移動していく。
引きずっているのはエナだ。片手でパワフルに首根っこを掴んでずるずる引きずっていく。半ばどころか完全に引きずっていた。
次はエリーの番のようだ。
彼女の宝物は花壇だろう。クレアと一緒に世話をしていると言っていた。
エントランスホールを出てからも風がほとんどないにも関わらず、薄っすらとだが感じられていた甘い匂いはどんどんと強くなってきている。
これだけの甘い匂いを出しているとなると、相当大きな花壇ではないだろうか。
それともそういう品種を育てているのだろうか。
しばらく歩くと到着したのか、甘い匂いは360度全てを包むようなほど濃密になっている。
だが強烈な匂いというわけではなく、決して不快ではない爽やかさと瑞々しさを併せ持っていた。
この香りならずっとここにいてもいいくらいの心地よさだ。
「さぁようこそ。私とお母様の花園へ!」
「これは見事なものねぇ……国を周る途中で色んな花達を見てきましたけど、ここまで色取り取りの花が咲き乱れているは初めてみるわ」
「季節を無視した植生は、魔道具で細かくエリアを分けているのね。大した物だわ」
「…………」
がっくりと項垂れたままのテオが無言なのはいいとして、お婆様もエナも目の前に広がっているだろう花壇に驚愕の言葉を投げかけている。
花壇は部分的に魔力の流れが直線状に囲む形にみえているくらいで、花の形は一切みえない。
その魔力の流れも、エナがいった魔道具によるエリア分けなのだろう。魔道具がどういった物かは知らないが、環境コントロール系統のものなんだろう。
でなければ咲く季節の違う花を同時に咲かせていることはできない。
生前の世界にも温度や湿度をコントロールした部屋で様々な花を育成している。
それと似たようなものなのだろう。
だが、エナが驚いていることから魔道具をこういう利用法をするのは、一般的ではないのかもしれない。
それだけでエリーの花壇に対する思い入れというものが透けて見える。
「今咲いている子達は、特に香りの成長に注意して育てたもの。
リリーも花の香りで楽しんでもらえると思うの」
「確かにこれだけの量の花が咲いているのに、不快な混ざり具合には一切なっていないのもすごいわねぇ……」
「えぇ……クレアは水遣りを少し手伝っているだけだっていってましたから……これはほとんどエリーがやったことなのでしょう?」
「お母様がお忙しい時は、庭師の人達にも手伝ってもらいました」
「ふふ……それでもすごいわ。エリーちゃんは立派な花を育てるプロね」
テオの時とは違って自分だけの手柄ではないことをしっかりと言い切るエリー。
だが、それでも7歳の手際とは思えないほどのプロっぷりだ。
ほんとうにこの子は7歳なのだろうか?
そんな疑問が浮かんでしまうほどエリーの才女っぷりはすごかった。
「……はいリリー、あなたのお婆様と同じ白銀の髪にはこの花が似合うわ」
「よかったわねぇリリーちゃん。とっても似合ってるわよ?」
花壇から花を手折って来たのだろう、エリーが髪飾りのように飾ってくれる。
一際濃くなった香りは、生前に印象が強く残っていた花――ビオラの香りだった。
ビオラは通常ほとんど香りがしない。だが、生前嗅いだ事のあったビオラは品種改良で出来た、香りの強い品種だった。
その香りがしている。この世界にも品種改良という手段があるのだろうか。
アンバランスな文明レベルに翻弄されて、どれが正解なのか未だにわからない。
そして、ビオラの花言葉は
" 信頼 "
この世界の花言葉と同じかどうかはわからない。だが、エリーからはこの花言葉に相応しい感情が感じられる。
向けられる暖かく……彼女らしい澄んだ心に応えるように微笑む。
「ねーね、ありあとー」
「どういたしまして!」
花壇に咲き乱れているだろう花達より、遥かに素敵な笑顔になるエリーに、その場の全員が暖かい気持ちになっただろう。
最愛の妹に微笑まれて、あまつさえお礼まで言ってもらえた彼女を、悔しそうに見つめていたテオ以外は……。