Nigotta Hitomi no Lilianne

192,6 years and coming

転生。

私の身に起こったことを、端的に表現するとそうなる。

最後の記憶は、楽しみにしていたラノベを徹夜で読んだあとに車で出勤していたところまで。

何があったのかはわからない。

でも死んだのだろう。事故だったのか、災害だったのか。とにかく何かが起こって死んだ。

そして、私はリリアンヌ・ラ・クリストフとして生まれ変わった。

濁った瞳という全盲の病を患いながら。

今生は前の世界とは違い、魔力と呼ばれる力が存在し、魔術や魔道具などファンタジー溢れる世界であった。

幸いなことに私は幸運だった。全盲であっても、魔力を見ることができる能力を持ち合わせていたのだから。

この能力を使い、鍛えることで、私は目が見えないというハンデをあまり意識することなく成長することができた。

温かい愛の溢れる家族に囲まれていたのも、幸運の一つだろう。

そして、クティに出会えた。

彼女に出会えたことは、まさに運命といえる。

彼女からたくさんのことを学び、クティは私の心の大きな支えとなってくれた。

無論、サニー先生との出会いも幸運の一つ。

でもやっぱり、クティがいたからこその出会いでもある。

サニー先生からもたくさんのことを学んだ。いや、今も学んでいる。

魔術についても、サニー先生がいなければここまで深くは理解できなかっただろうし。

こうして、濁った瞳により物理的な視覚を完全に失ってしまっていても、私はまっすぐに成長することができた。

もちろん、生前の記憶をそのまま受け継いでいたのもあっただろう。それも良し悪しがあるけれどね。

健常者からいきなり目の見えない赤ん坊となってしまっては、狂ってしまってもおかしくはないと思う。

だが温かい愛に溢れた家族。優秀な教師であるサニー先生。

何よりも最愛の相棒であるクティ。

私は、たくさんの幸運の下に成長できたのだ。

そして、転生してから六年。

私の元へ一通の招待状が届いた。

――それが、世界の隣の森の女王、ナターシャからの招待状だった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「では、やはり次元間移動魔術を報告したことがきっかけですか?」

「まあそうだろうな。それにクティの本来の目的も関係がある」

「なんだっけー?」

「おまえな……」

「うそうそー! えぇ~と……あ、あれでしょ、あれ!」

「特級魔術師の捜索だったよね、クティ」

「そうそれ!」

「まったく……おまえというやつは……」

いつものレキ君ルームでの戯れの時間。

希少種であるサルバルアの生き残りであるレキ君は、この世界では珍しい盲導犬候補としてクリストフ家にやってきた。

色々と主従関係を含めて私自身が躾をしたおかげで、彼はとても従順になってくれたけど、結構自由な性格に育ってしまった。

ちなみに、今は私のソファーになってくれている。

……だいぶ、いやかなり大きくはあるけど。

でもそれも仕方ない。一般に比べて、多少発育の遅い私であるし、レキ君は色々と躾をしすぎたせいで、サルバルアとしての種を逸脱して成長してしまったのだから。

まあ、これは完全に私のせいなので仕方ない。

「つまり、クティ様の本来の目的は特級魔術師の捜索、なのですか?」

「そうそう。結構長い間探して、色んなところへ行ったりもしたんだよねー。まあでも結局見つかんなくて、リリーに出会っちゃったんだ! んひひ。今思えば運命だよね!」

「だね、クティ」

「お熱いのは置いておいて。特級魔術師とは第一級魔術師の上のランクのことですか?」

「いや、こちらの魔術師をランク付けしている規格とは別のものだ。最低限が変異型二種。つまりは魔術を創造できる者。理想としては次元間移動魔術を改良できる人物。まあ要するにリリーのことだな」

「なるほど。それならば招待状がきてもおかしくはない、と」

レキ君ルームにいるのは私とクティ、サニー先生、スカーレット。そしてアンネーラお婆様とエナと今日の専属のジェニー。

でも、基本的に隠蔽魔術などを複数展開しているので、私とレキ君が戯れているようにしかお婆様とエナとジェニーには見えていない。

クティとサニー先生は妖精族で、私の師匠と先生だから私が普通ではないことは最初から承知している。

でもスカーレットは違う。

彼女はエナの専属メイドであり、二本足で立つ系物語の作者でもあり、そして、私と同じ転生者だ。

とある日、彼女が見せてきた母国語での「次でボケて」で、完全に見破られて以来、彼女は私の秘密を共有する大切な仲間になっている。

……あの時鼻に入った果実水の痛みは、忘れない。

そんなスカーレットだけど、私のように魔力を見ることができる能力はもっていないので、妖精族である二人を見ることも、声を聞くこともできない。

だから、魔道具を作った。

魔術を、正確には術式を特殊な媒体に刻印することによって制作できる道具。それが魔道具。

一般生活に欠かせない道具から戦闘用まで幅広い種類がある魔道具だけど、クリストフ家は超一流の魔道具職人を囲っている。

その中でもトップに君臨している魔道具職人がエリオット。

彼は私のことを天使と呼び、彼にしかわからない閃きを私から得ているらしい。

事実、彼が作る魔道具はこの世界の人々において、真似することができないほどの逸品となっており、彼自身も超一流の魔術師としても名声を誇っている。

まあ、エリオット自身はそんな名声には興味はないようで、私のために魔道具を作るのを喜びとしているみたいだけどね。

そんなエリオットなので、私のお願いならどんなことでも聞き届けようとしてくれる。

家族も似たようなものだけど、危険なことだったりするとそうでもないので、そこがエリオットとの違いだろうか。盲目的か、愛情かの違いだろうか?

彼は私が言えばなんでもする。危険だろうがなんだろうが、そんなことは彼の頭にはないのだ。私が言ったことだから。叶えるのが当然。

……彼の頭の中で、私は本物の絶対的な天使なのだろうね。

でも彼自身は、非常に優秀な魔道具職人であることは変わらない。というかこのオーベント王国どころか、四国が存在するリズヴァルト大陸全ての魔道具職人の頂点だ。

だから彼がとんでもないものを作っても、誰も不思議に思わない。

事実、今までも結構とんでもないものをポンポン作っていたけど、疑問に思われることはなかった。

だから、こちらに引き込んでみた。

「あ、スカーレット。そろそろメガネの充電きれるんじゃない?」

「これはいけません。交換致しませんと」

「やはり残量をモニター表示させた方がいいんじゃないか? まだまだ改良の余地はある」

「でも物理的に、表示させたい内容を投影するのにはまだまだ魔力を食っちゃうよー? 今でもそんなにもたないのに、これ以上消費をあげるのはちょっとなぁー」

「そうだね。私たちならそういった必要はないけど、やっぱり物理的投影はネックの一つだね」

「お任せ致します。私にはさっぱりな話ですし」

「まあ、モニター役がいてくれるだけでも助かるがな」

エリオットを引き込むのは、結構簡単だった。

なぜなら彼を引き込んだといっても、私の術式を使って要望通りの魔道具を作ってもらうだけだし、私のお願いなら一切の疑問を挟まない。

彼は今、スカーレットがつけているメガネ型魔力感知システムを使って、妖精族の二人の姿と声を認識しても、特に関心をもたなかったくらいだ。

妖精族よりも、魔道具としての性能や術式の方に興味がいっていたしね。

「やはり、圧縮魔力での強化範囲をもう少し広げ――」

「はいじゃあ、自分の世界に入っちゃったサニーはおいといてー。招待状、どうする?」

「どうするといっても……」

「そうですね。まず、リリーお嬢様が数時間程度ならまだしも、半日以上クリストフ家を離れるには、奥様と大奥様のご許可がいるかと」

「だよねー。絶対一日とかじゃ帰ってこれないし」

「私としては行ってみたいかなぁ。でも、みんなを説得できる気がしないかなぁ」

目下の悩みは、やはりこの世界の隣の森の女王、ナターシャから届いた招待状。

特に期日指定のある招待ではないし、サニー先生に聞けば十年単位で時間を置いても別に問題ないらしい。寿命がほぼないも同然な妖精族ならではの、気の長い話だ。

でも私はとても興味がある。

この異世界といって差し支えない、ファンタジー溢れる世界に存在している生前の世界の言葉や事象。

世界を回ってきたクティや、あらゆる学問を納めているサニー先生の話を聞けば、こちらの世界よりも世界の隣の森の方に原因がある可能性が高いらしいこともわかっている。

それを実際に見に行きたい。

何より最愛の存在であるクティの生まれ故郷だ。是非行きたい! むしろ、今すぐ行きたい!

でも、そのためにクリアせねばならない障害は無数にある。

私の環境もそうだが、愛に溢れて溺れそうになる家族たちの説得もしなければいけない。

今の次元間移動魔術で連れていける人は、かなり限られるだろうし。

スカーレットが味方になってくれたおかげで、色々と私の自由の幅は広がったけれど、それでも六歳児としての扱いは変わらない。

いや、目が見えないという前提がつくので、さらに悪い。

妖精族の中でも、最高峰の魔術師が二人もいるから護衛は必要ないけど、家族にとってはそうもいかない。

私のために作られた騎士団――白結晶騎士団を全員同行させるくらいはしそうだし、専属の四人は全員連れて行かせると思う。

それ以前にお婆様やお爺様、お兄様、お姉様も同行したがるだろう。

次元間移動魔術のスペック的に、絶対無理だけど。

「まあねー。私もあの人たちを説得できる気はしないなぁー。だってみんな、リリー好きすぎだもん。ま、でも私が一番リリーの事を愛してるけどね!」

「クティ!」

「リリー!」

「はいはい、お熱いですねー。もういっそ、濁った瞳でも視界を確保できてることを、ばらしちゃえばいいのではないですか?」

「……いいのかな?」

「皆様を説得するのには、どう足掻いてもネックの一つですし、ちょうどよい機会だと存じます」

「安定バージョンにもこぎつけたしねぇ……」

「大変だったよね……」

濁った瞳によって暗闇に閉ざされた世界でも、魔力を見ることができた私は、何度も挫折しながらも一つの魔術を作り上げることができた。

それが視覚膜。

周辺環境をスキャンし、膨大な情報をリアルタイムで瞳に描画することにより視界を得ているのだ。

やっと完成させた四歳当時は、完璧だと思っていた視覚膜だったけれど、実際にはバグのオンパレード。

それから一年以上かけて改良を繰り返し、やっと安定したバージョンになったのだ。

私の魔力をみる能力の限界として、魔力を白色としてしか認識できないので、白と黒で描かれた世界。

それが、私の目に映るこの世界。

でも、視覚膜を得るまでは魔力のあるものしかみることができなかったのだ。

世界が変わった瞬間を味わえるほどの違い。

あの時から私はこの世界に受け入れてもらえたような、本当の意味でリリアンヌ・ラ・クリストフとして生まれ変わったと思えたのだ。

そんな視覚膜だけど、まだ家族には話せないでいる。

私には秘密が多すぎることが原因だけど、何より話すことで家族に嫌われたくない。気味悪がられたくないのだ。

生まれたときから、ずっと自身の保身を第一に考えているのは今でも変わらない。

でもスカーレットの言うように、機会というのは大事だと思う。

逃してずるずると引っ張ってしまう、なんてよくある話だし。それに今は保身ばかり考えていた昔とは違う。

クティとサニー先生、それにスカーレットもいる。あ、あとエリオットも。

レキ君はまあほら、ペットだし癒やし枠で。

だから、カミングアウトの時期がきたのかもしれない。

「では、まずはどこまでカミングアウトすべきかを決めましょうか」

「えっ……全部話すんじゃないの……?」

「全部話す必要などありません。乙女には秘密がつきものですよ、お嬢様?」

「そ、そういうものですか……」

「そういうものでございます」

スカーレットの妖艶な笑みはちょっと怖い、と思った瞬間でした。

女に生まれ変わって、早六年。

生前とはまったく違う性別に困惑しっぱなしの今生だけど、私に乙女はきっと理解できないだろう。

そんな気がした麗らかな日の出来事だった。