Nigotta Hitomi no Lilianne

202, Minami and Queen Natasha

世界の隣の森女王ナターシャとの謁見は、私たちから見ても巨大な謁見の間で行われた。

精緻な装飾が施された巨大な柱が、左右に均等に並び、その前にはそれぞれに凝った衣装の妖精族たちがまばらに並んでいる。

この広い謁見の間に対して、並んでいる妖精族の数が少なく、その妖精族も小さいためどうしても寒々しい光景になっているが美しく、見事な場所だ。

柱だけではなく、床や壁、天井にも装飾が施され、採光用の窓も光の反射を細部まで計算して作られているのが、収集されたデータから読み取れる。

何よりすごいのは、この謁見の間に施されている魔道具の数だろう。

なんと、巨大な柱一本一本が魔道具であり、クティが常用している防御魔術よりは遥かに劣るものの、相当な魔術が封じられているのがわかる。

たぶん、お婆様の攻撃を二、三度なら受け止められるだろう。

そして、全ての柱による相乗効果で謁見の間全体を守るようにできているのも面白い点だ。

総合すれば、クティの防御魔術に匹敵するくらいにはなっている。

柱以外にも、各所にさり気なく調度品や装飾に交じって魔道具が配置されており、この場所が特別であることが十分に窺える。

ちなみに、兵士や騎士などの格好をした者はひとりもいない。

その代わりに、魔術師然とした格好の者が何人かおり、彼らが警備担当なのだろう。

彼らが持っている統一された儀仗も全て魔道具だ。

エリオットの作業工程を何度かみせてもらっているので知っているが、これ一本を作るのに相当な労力がかかるだろう。

あそこまで小さな儀仗に、それなりの魔術を封じられるのだから世界の隣の森の魔道具製造技術はリズヴァルト大陸を遥かに超えている。

……いや、クティとサニー先生がいたんだから当たり前なんだけれどね。

ふたりが自重なしに魔道具製作に協力していれば、凄まじいものができていて当然だ。

しかも、世界の隣の森では漂流物を参考に魔道具を作っているし、生前の世界の科学の結晶のような魔道具が存在していても、決して不思議ではない。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

クティとサニー先生を先頭に、荘厳な謁見の間を進んでいく。

謁見に臨むのは私とクティとサニー先生のみ。

ミラとスカーレットとレキ君は残念ながらお留守番である。

でも、情報収集魔術を通したデータはクティパッドに全て送信しているため、スカーレットとレキ君はこの場の光景を見ることができる。

ミラにも今回の世界の隣の森行きで色々と話してこちら側になってもらうつもりでいるが、まだ話していないのでクティパッドの存在すら知らない。

まあ、あちらはスカーレットがうまくやってくれるだろう。

スカーレットも謁見に同行させたかったのだが、それではミラとレキ君で居残りになってしまう。

レキ君ならミラをいじめたりしないだろうが、無駄に体がでかいので威圧感が半端ない。

ミラもレキ君のことをよく知っているから大丈夫だとは思うが、それでもやはり色々と心配だ。

というか、レキ君が何かしでかしたら、ミラでは止められない。

レキ君はあれで結構なおちゃめさんなのだ。今はクティパッドを与えているからゲームに夢中だから問題ないだろうが、たまに唐突に飽きることがあるので油断できない。

その点、スカーレットならレキ君の扱いに慣れている。

全員連れて謁見できればよかったんだけれど、さすがにそれは憚られるということで、こういう組み合わせになったのだ。

少し離れた位置にある、スカーレットたちがいる待合室のデータも常に収集しているので、彼女たちの動きもわかる。

スカーレットとレキ君はクティパッドを、ミラは荷物の再確認に忙しいようだ。

あちらは今のところ問題なし。

それではこちらに集中しよう。

広い謁見の間をゆっくりと歩き、クティたちが止まるのに合わせて私の歩みも止める。

視覚膜に映し出される光景は、十メートルほど先に一段高くなっており、その奥には玉座。

そしてその玉座に淑やかに腰掛けているクティとそっくりな妖精族がみえる。

彼女が、世界の隣の森の女王、ナターシャ。

クティの双子の妹というだけあって、本当にそっくりだ。

でも、クティと違ってその表情には真面目さと凛々しさが溢れている。

「ようこそ、世界の隣の森へ。特級魔術師様。私はナターシャ。この地にて女王を務めています」

クティ同様の鈴が鳴るような美しい声が謁見の開始を告げた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

サニー先生に事前に聞いていた通り、この女王ナターシャへの謁見はオーベント王国の方式をなんとなく真似た(・・・・・・・・)形で行われた。

そう、なんとなくである。

正確にオーベント王国の謁見方式をそのままやっているわけではなく、こんな感じでいいんじゃない? という程度のかなりアバウトなノリだ。

それもそのはず、妖精族では女王に謁見なんてことはまずしない。

というか女王じゃなくても謁見なんてものはしない。

さすがにアポイントを取らずに会うといったことは少ないが、それでも謁見なんて無駄に時間も手間もかかることはしないのだ。

今回はこちらに、オーベント王国伯爵家という肩書に合わせてくれたのだ。

まあ私自身としては、謁見なんて普段やってないのならやらなくてもいいと思うのだけれど、この辺は両親祖父母への諸々を示す必要性もあるので仕方なくというやつである。

そんなわけで、なんちゃって謁見は割りとすぐに終わった。

オーベント王国っぽい謁見をしましたよー、という事実さえあればいいので、短時間で終わっても別にいいのだ。

むしろ短時間で終わらせて、そのあとに行われる本来の目的に時間を割きたいというのが本音。

あの無駄に荘厳な謁見の間も、使用したのは実に数千年ぶりというのだから悲しい。

集められていた妖精族も、貴族とか大臣とかそういった高官ではなく、女王を補佐する謂わば同僚さんたちであったりするし。

いや、それって高官なのかな?

まあ、女王すらもぶっちゃけてしまえば、ちょっと権力がある事務職なのだ。

そんなわけで、謁見の間からナターシャの執務室に場所を移している。

この執務室も、妖精族サイズではなく、私が入れるくらいには広く、そしてソファーなどは人種用のものが揃えてあった。

だが、さすがは妖精族の執務室。

人種用のソファー以外は、全てがミニチュアサイズだ。

小さな机に小さな椅子。書棚も小さいし、綺麗に収められている本も小さい。

机の上にはたくさんの書類が置かれているが、どの書類もきちっと片付けられており、ナターシャの性格が滲み出ている気がする。

この真面目な彼女の性格が現れているような執務室で、今回の招待の本来の目的を伺うことになっている。

……なっているのだが――

「もう! ちゃんと報告してくださいって言ったじゃないですか!」

「えー。ちゃんとできてたと思うけどー」

「サニーの報告と全然違いましたよ! なんで姉さんはいつもいつもそんなに適当なんですかー!」

「大丈夫、大丈夫。だって謁見さえできればいいんだからー。アンネーラたちもそれで納得してくれるよー。多少オーベントのやつと違ってもー」

「もー!」

謁見の間で見せた女王然とした凛々しいナターシャは今はどこにもいない。

今この場にいるのは仲良く姉妹喧嘩をする可愛い人だ。

クティとそっくりな顔をしているので、特にそう感じてしまう。

まあ、ぷりぷり怒る妹をクティがのほほんとなだめているといった程度なので喧嘩というほどでもないのだけれど。

「ナターシャ、その辺にしておけ。こいつには言っても無駄なのはわかっているだろう」

「そーだーそーだー」

「反省しなさーい!」

肩で息をしているナターシャには悪いと思うけれど、私はクティのいつもと違うドヤ顔が見れて嬉しい。

家族に対してはこんな顔をするんだなぁ……。

私には見せない顔だけにちょっとうらやましい。

「はぁ……。もういいです。すみません、お騒がせしてしまって……。姉の適当さには小言のひとつでも言わないと気がすまなくて……」

「いえいえ、クティの普段見れない顔が見れたので満足です」

「いやあ……照れるなぁ、えへへ」

「姉さん……。リリアンヌ様、あまり姉を甘やかさないでください……本当に」

「あはは……」

がっくりと項垂れるナターシャに和む。

クティを反面教師に育ったんだろう、真面目な性格がなんだかとても可愛らしい。

奔放なクティに振り回されて、それはそれは幸せな日々を送ってきたことがよくわかる。

その日々を想像するだけでも魔力が漏れそうになっちゃうよ。

ああ……クティに振り回されて毎日毎日楽しく過ごせるなんて……。ナターシャ、羨ましい……。

「あ、あの……リリアンヌ様、なんだか不穏な魔力が漏れ出ているのですが……」

「リリー、落ち着け。ナターシャ、大丈夫だ。別にリリーはおまえに敵意をもってるわけじゃない。だから怯えるな」

「いいぞーリリー、やっちゃえー!」

「おまえは煽るな!」

いけないいけない。

相手はクティの妹。これから長い間お付き合いがあるんだから、こんなところで躓くわけにはいかない。

「お見苦しいところをお見せしてしまって申し訳ありません」

「あ、いえ……その、あ、姉のどこがいいんですか?」

「え? 全部ですけれど……」

「全部……」

漏れ出た魔力をすぐに止めれば、引きつった顔だったナターシャに当然のことを聞かれてしまった。

クティのどこがいいなんて、そんなの決まってるのに。

「ひゃー! リリー! 私も全部愛してるー!」

「クティ!」

「リリー!」

「サニー……。変異型二種って、変なのばかりなの……?」

「サンプルが足りんからなぁ。もっと増えればいいのだが」

「あ、だめだ。この人も変だった」