Nigotta Hitomi no Lilianne

Outgoing Year 27,2 Maid Solo Sz

「うおおおっぉぉぉぉ! リリアンヌううぅうぅうう!!」

「また発作だ! 大奥様を呼べ!」

「だめだ! 大奥様も昨日から様子がおかしい!」

「くそ! どうしたらいいんだ!?」

「こんなところにいられるかあああああああああああああ!」

「ぐあー!」

「押さえ込め! なんとしてでも! ぎゃー!」

……おかわりの紅茶をお持ちしたところで修羅場を見たッス。

これで何度目だったったッスかねぇ。

あたしらクリストフ家の使用人よりも、戦闘面で格段に上の存在のはずのランドリッシュ領軍の皆さんが軽々と宙を舞っているのはめまいがしそうな光景ッス。

あたしらだってあの地獄の使用人学校を卒業してるんスよ。

腕には自信があるやつらばかりッス。

というか、腕に自信がなければ生き残ることすらできないんスから当たり前ッス。

それでも大旦那様の側近を務めるランドリッシュ領軍の皆様には勝てる気がしないッス。

その皆さんが全力で押さえ込みにいって、ボロボロにされてるんスから大旦那様は恐ろしい人ッス。

さすがはオーベント王国の生ける伝説ッスね。

「くっ! まだまだぁ! ランドリッシュ領軍の力を見せる時だ! 決死の覚悟を見せろ!」

「おおおおおっぉぉ!」

相手が大旦那様だということを除けば、死を覚悟した漢たちの美しき光景なんスけど……。

執務室でやることじゃないッスよね。

しかも、大暴れしている大旦那様もランドリッシュ領軍の皆さんも執務室の家具や資料にはなるべく被害を与えてないようにしているいうのもおかしい点ッス。

でもあたしは知ってるッス。

大奥様から厳命されてるんスよ。

お孫さまたちの教育にも悪いから室内への被害は与えてはならないって。

錯乱している大旦那様もしっかりそれを守ってるんスから、大奥様は本当にすごい人ッス。

まあ、生ける伝説の大旦那様以上の伝説のお人なんスから当然なんスけど。

でもあたしは知ってるッス。

その大奥様も今おかしなことになってることをッス。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「あぁ……リリー……ちゃんと食べてるかしら……妖精族は食事をとらないらしいし……サイズも合わないし……ちゃんと眠れているのかしら……」

「エナさん、大丈夫よ。スカーレットとミラも一緒なのですし、心配だけれど私(わたくし)たちは信じて待つしか……あら? またですわ」

サルバルアのレキの部屋で毎日お茶を飲んでいるおふたりの様子をみたことがあるッス。

エリアーナ様は独り言の量がどんどん増えてるッス。

あのお美しい声が今では地獄の呪詛ッス。

あんな声で歌われたら泣く子も気絶するッス。

そのお相手をしている大奥様もおかしいッス。

表情も雰囲気もいつも通りなんスけど、今日だけでカップの柄を四度も握りつぶしてるッス。

大奥様の人間離れしている力ならカップの柄くらい握りつぶすのはわけないんスけど、その力を完全に制御しているのが大奥様なんス。

どれほど強い力を持っていても、制御できなければ何の意味もないんス。

あたしらはそれをあの学校で嫌というほど、それこそ本当に死にそうになりながら学んだんス。

あたしらの実力はオーベント王国の騎士団にすら負けないんス。

でもやってることは使用人ッス。

クリストフ家では戦えることなんて前提でしかないッスからね。

戦えて尚且つ、使用人として一流でなければならないんス。

あたし的には戦ってる方が楽なくらいッスけどねぇ。

「あらあら、どうしましょう……。あ、そこのあなた、替えをお願いできるかしら?」

「リリー……あぁ……私のリリー……やっぱり私も一緒に……」

カップの柄を握りつぶして落下したはずのカップは、テーブルに落ちる前に大奥様の手でソーサーの上に置かれていたので、テーブルに被害はないッス。

でも、今の大奥様やエリアーナ様に近寄るのはあたしらクリストフ家の使用人でも勇気がいるッス。

普段は言われる前に行動を起こすのが当たり前なんスけどね。

それを躊躇させるだけの雰囲気がおふたりから出てるッス。

エリアーナ様は幽鬼のようだし、大奥様は今力加減ができていないッス。

もしあの大奥様に触れられでもしたら……か、考えたくないッス。

……ミンチにはなりたくないッス。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

大旦那様や大奥様、エリアーナ様の様子がおかしいように、テオドール坊ちゃまとエリスティーナお嬢様の様子もおかしいんス。

「はぁ……」

テオドール坊ちゃまは毎日溜め息ばかりなんス。

恋煩いッスかね?

あたしは恋なんてしたことないッスからちょっと羨ましいッス。

クリストフ家の使用人は、他の貴族家の使用人よりもずっと上のランクに位置するッス。

そりゃあ学んできたことが違うッスからね。

スタートラインからして違うんスよ。

出自に関しては、あたしらは親の顔すら知らないヤツの方が多いッスけど、実力主義のオーベント王国では問題ないッス。

それよりも生ける伝説が運営する学校を卒業しているという事実の方が大事ッス。

おっと、今はそんなことより坊ちゃまッス。

溜め息ばかりの坊ちゃまなんスけど、その横顔も絵になるッスね。

旦那様もイケメンッスけど、血のなせる業っすかね?

坊ちゃまのイケメン具合も群を抜いてるッス。

ここの男なんて他の使用人と教官連中くらいしか知らないッスけど、坊ちゃまは破格ッス。

成長したらさぞかしモテそうッスね。

憂いを帯びた坊ちゃまも最高ッス。

「……溜め息ばっかり吐かないで。鬱陶しい」

「ご、ごめん……。それより……また寝てないの? 隈がひどくなってるよ?」

「……うるさい。ちゃんと食べてないやつに言われたくない」

「うっ……だって……」

坊ちゃまの溜め息の量が増えるのに比例して、エリスティーナお嬢様の目の下の隈もどんどん酷くなってるッス。

睡眠不足の影響で、言動もどんどん刺々しいものになっていってるッス。

このままでは淑女として、超えてはいけない一線を超えてしまいそうでハラハラするッス。

普段のエリスティーナお嬢様はもっとキラキラしてるッス。

テオドール坊ちゃまにはきつくあたるところもあるッスけど、そこには家族への愛があったッス。

でも今のお嬢様にはそれがないッス。

どこからどうみても敵意しかないッス。

あの年でこれほどの敵意をみせるなんてすごいッス!

大奥様のお孫さまなだけあるッス! 怖いッス!

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「くそっ! 止められなかった! やはり大奥様を呼ぶしか!」

「だめだ! 今の大奥様は加減ができない! 大旦那様を殺しかねないぞ!?」

「し、しかし! 俺たちではもう……!」

「どうしたらいいんだ!」

執務室の片付けにきたんスけど、大旦那様はやっぱり止められなかったみたいッスね。

それにしても、見事に部屋の中がぐちゃぐちゃッス。

それでも家具や調度品が壊れてないし、資料も破けたりしてないッスね。

これなら普通に片付けるだけで済むッス。

「それより現在地は!?」

「またあの場所のようだ……」

「だが、帰還予定日は明後日だろう?」

「予定を切り上げて戻ってくるかもしれない……とか?」

「その場合、連絡があるのでは?」

「あぁ……」

片付けをしている横でランドリッシュ領軍の皆さんが話し合っているッスけど……あの場所って確かリリアンヌお嬢様が出発した場所ッスよね。

あたしも検査を受けたッスから知ってるッス。

リリアンヌお嬢様は今、旅行中ッス。

目の見えないお嬢様が家族も連れずに旅行に行くなんて、無謀だと思ってたッス。

でも、大旦那様も大奥様も許可されたッス。

それはつまり、安全は保証されてるってことッス。

そうでなければ許可されるわけがないッス。

リリアンヌお嬢様を狙う輩はいくらでもいるッスからね。

まあ、スカーレット様が同行してるッスからね。

あの方はランドリッシュ領軍の皆さんよりも強いッスから。

あたしらの先輩にあたる方ッスけど、あの方は歴代でもトップクラスの成績で卒業した逸材ッス。

そんなお方が同行しているなら安全は保証されたも同然ッスよね。

……ところで、片付け中にとんでもないものを見つけてしまったッス。

どうみても破れた資料の欠片ッス。

大きさからしてまだ他にもあるッス。

と、とりあえず、ランドリッシュ領軍の皆さんにお知らせしないわけにはいかないッス。

「あ、あのぅ……」

「なんだ!? 今取り込みちゅ……そ、それは!? お、おいやばいぞ!?」

あ、やっぱり大事な資料だったみたいッス。

あたしじゃ何の資料かよくわからないッスけど、あの慌てぶりをみると決まりッスね。

でもあたしは知らないッス。

あたしはただの使用人ッスからね。

使用人の分を弁えて片付けに戻るッスよ。

君主危うきに近寄らずッス。

今までさっぱり役に立たなかった前世の記憶も、たまには役に立つッスね。