Nobunaga's Bastard

Episode 73: The Long Island Manipulation

松下嘉兵衛之綱・四千貫

前田蔵人利久・四千五百貫

大宮大之丞景連・二千三百貫

古田左介重然・千二百貫

大木弥介兼能・百五十貫

譜代、もしくは俺が直接捕まえて来た家臣達について、新しい知行はこのようになった。筆頭家老は嘉兵衛。蔵人の碌が高いのはこの中に慶次郎や助右ヱ門、その他前田家から流れて村井家にやって来た者らへの知行も入っているからだ。俺の石高が三倍以上になったので、景連や古左の知行も倍以上にした。三倍に出来なかったのは領地安堵をした伊賀国人が多くいたからだ。弥介には二百貫を提示したのだが、まだ大した手柄を立てていないと百貫を所望され、間を取って百五十とした。その他、母の生家である原田家からやって来た者達への知行などもある。

百地家に従った者らに対しては領地の安堵に加え多少の加増をした。遅れて降伏した者達に対しても所領自体は安堵している。代わりに、城と街道の普請を言いつけ、刀狩りを行い、抵抗する力を奪った。残ったのは旧藤林領と甲賀の一部。俺の直轄領としての石高はせいぜい二万石、恐らく一万五千程度であると思われる。加えて今年は出費だらけだ。まともにやっていれば、の話だが。

まともにやる気は毛頭ない俺はこっそり貨幣鋳造を行っている。そして、一月後半のこの馬鹿寒い中伊賀を発ち、伊勢と尾張の中間にある島を目指した。

「ここが長島でございますか」

供に連れて来た蘭丸が目を輝かせている。織田家が大勝利を収めた土地。という風に思っているのだろう。実際に戦いに出ていないのであるからそう思うのも無理はない。実際に戦った者としては出来れば二度と来たくないという思いがあり、同時に、この土地がどうなってゆくのか、見届けなければなるまいという思いもある。

「そうだ、我が村井家は北畠勢の与力として南より軍船を並べた。長島城陥落の際には南方より直接攻め立て……」

父親の心月斎殿からは武に偏らず、文に偏らず、何事においても広く教えてやって欲しいと手紙にて言われた。故に、少々話を遡って、そもそもなぜ織田家と長島とが対立したのかなどを話して聞かせた。織田家が絶対的に正しく、長島や石山の連中が馬鹿、或いは人間の屑なのだ。などという言い方にはならぬよう十分気を付けたつもりだ。

「その時、予期せぬ場所から伏兵が現れた。丁度あの辺りだ」

小舟に乗り、長島本城があった場所へと向かう。奇しくも、俺達が最後の直接戦闘を行った辺りで話が終盤に差し掛かった。

「大木殿が伏兵の計を仕掛けたということですね」

「そうだ。弥介は友誼によって死地へ赴き、それでありながら敗勢において尚自らの命を無駄にしない。大将の心がけは一にも二にも生き残ることだ。その点において、俺も蘭丸も、弥介を見習わねばならない」

言いながらくしゃりと頭を撫でた。蘭丸は神妙な表情を作り、はいと頷いた。可隆君の事を思い出したのかもしれない。良い奴だった。そしてあっさり死んでしまった。人の死は随分見せられてきたが、今でも惜しいと思い、諦めきれない死はそう多くない。彼の死は多くないものの一つだ。

「綺麗に整備されたものだ」

周囲を見回しながら、嘆息と共に呟いた。水死体・凍死体・焼死体。その他銃跡により蜂の巣のように穴だらけにされた死体や、なます斬りにされた死体、更には混乱の中、踏まれて圧死していた者、首をへし折られて死んでいる者、惨たらしい死体は数多かった。それらが今は一つとして無い。

ふと振り返ると、五右衛門が何もない草原に向けて手を合わせていた。ぶつぶつと何かを呟いている。この男は身体能力が図抜けて優れている上に五感も並ではない。俺には分らずともそこで多くの人間が死んでいた痕跡を見つけたのかもしれない。

「一々献花をしていたら幾ら花があっても足りんな。後で纏めてどこぞに花を供え、せめてもの供養とするか」

立ち止まっていることを窘めるのは流石に無粋であろうと思い提案した。五右衛門はハッと気が付いて俺を見、申し訳ございませんと頭を下げながら近づいてきた。

「構わん。時間はまだある」

言いながらのんびりと長島城まで向かった。船に馬を載せるのが面倒であったので俺も含めて全員が徒歩だ。

恐らくだが五右衛門は、そして百地家の多くの者は浄土真宗だ。圧倒的不利、というよりももはや勝ち目無しの状況に陥りなお降伏しない者が多かった理由はそこだろう。織田家は一向宗禁令を出している。当然村井家でもそうだ。だが俺は彼らに対して厳しく言いつけるような真似はしていない。三河一向一揆の際には、実直な三河武士ですら大半が徳川殿を裏切ったのだ。徳川殿が今川の人質とされ、対織田の先鋒として使い捨ての駒にされている時期ですら松平家を見捨てなかった忠義の者どもがだ。いつか弾正少弼殿のところで出会った本多正信もその内の一人であったと記憶している。それくらいに信仰とは捨てがたいものだ。今は、この村井重勝に対し、信仰を超えて忠義を尽くしてくれていることだけで十分過ぎる。信仰そのものを捨てていないことくらいは見て見ぬ振りしよう。

「五右衛門殿も、長島で戦われたのですか?」

「いえ、拙者は……いえ」

蘭丸の質問に、五右衛門が何か言いかけて止めた。俺はゆっくりと長島城跡に向かって歩く。城は焼け落ちたが、そこに陣幕が張られている。正午にはまだまだあるが、待ちきれなかったようだ。

蘭丸と五右衛門は、意外と上手くやっている。森家は良くも悪くも誇り高い家なので、伊賀の上忍、しかもその家に拾われた使い走りになど話し掛けもしないのではと考えていたのだがそんなこともなかった。情報の大切さや、五右衛門の有能さを俺が言って聞かせたからというのもある。心月斎殿が、村井家の人間全てが師であると思えと言って送り出したからというのもある。身体能力に秀でた五右衛門から体術や走法、山中での刀の扱い方などを教わり、その代わりに蘭丸が文字や計算、式典の際の立ち居振る舞いなどを教えていた。大柄で強面の五右衛門が蘭丸に対して何か手ほどきをしている様子は分かり易い子弟関係に見えるが、その逆は何だかちぐはぐで見ていて面白い。今は年の離れた友人として、互いに殿を付けて呼び合っている。微笑ましいものだ。

「喜三郎殿」

陣幕の手前で、見覚えのある顔を見つけた。原田家当主の嫡男、原田喜三郎安友殿だ。俺よりも二つ年下で、原田家の男としては珍しい細面。体も余り強くはないが賢く真面目な男だ。

「お久しゅうございます伊賀守様。叔母上も滝川様も、既にお待ちでございます故こちらへ」

「分かりました。二人とも、こちらは原田家の御嫡男だ。無礼があってはならないが気さくな方故、待っている間何か不自由があれば聞くと良い」

言って、陣幕を潜った。ホホホホ、と狐の鳴き声がする。近い。

「あら、帯刀殿、お早かったですね」

「お久しゅうございます。帯刀殿」

母と彦右衛門殿が同時に声をかけて来た。周囲には幾つも火鉢があり、寒風吹きすさぶ中であるというのに陣幕の中だけうっすらと温かい。母はどこでどう作ったのか知らないが首に暖かそうな毛皮を巻き付けている。

「畑を荒らす狐を捕まえて、その毛皮で作ったのですよ。似合いませぬか?」

「御誂え過ぎて面白みに欠けますな」

巻物を手で掴み、ふりふりとする母。絶対に自分がどう思われているのか分かった上でやっていることだ。最近は『九尾』なる手の者達も増えているという。内容は世捨て人や家を失った者達に仕事を与え、金を稼がせるということであるから別に問題はないが、『原田直子が九尾を使役している』という言葉面が何となく物騒である。

「伊賀の経営もまだ半ばであるというのにお呼びだてしてしまい申し訳ござらぬ」

「いえ、長島の仕置きは重要故、早めに話を纏めておくべきかと存ずる」

彦右衛門殿に謝られ、構わないと答えた。そう、長島の仕置きは重要なのだ。

長島一向宗全滅の後、同地の片付けを命じられたのは彦右衛門殿だった。彦右衛門殿は敵味方万を優に超す死体を温かくならぬうちに全て埋葬する必要があり、菩提を弔い、僅かに残っていた長島一向宗の砦を破却し、そして七島と呼ばれていた頃の穏やかな島に戻した。

戻したことは良いが、長島は長く続いた戦いによって生産力など全く無きに等しくなっている。彦右衛門殿とて、これから更に紀伊奥深くへと侵攻してゆかねばならない身だ。長島の復興ばかりに関わっていられない。そんな折、俺が戦功として長島が欲しいと求めた。俺が願うのは、この悲しい土地を面白き土地に生まれ変わらせること。今後長島をどうすべきか悩んでいた父はそれならばと、長島全体を滝川・村井両者で支配するようにと命じた。俺が東側で彦右衛門殿が西側、というような区分けではない。二人でやれということだ。池田勝正殿、和田惟政殿、伊丹親興殿の摂津三守護が当該地域を分割せず、共同で統治した前例もある。尾張では既に俺達二人を指して長島両守護と呼んでいるらしい。

俺としては、蔵人の妻が彦右衛門殿の従兄弟である滝川益氏殿の妹であるという縁を使い、両名に名代として長島に入ってもらうのはどうか、などと提案していた。彦右衛門殿も良い考えであると言ってくれていたのでその線で決まりかと思っていたところに、尻尾を差し挟んでくる母狐が一匹。

「復興する長島においては、農地の開拓や畜産業などを営まないというのが、お二人のご意見でございましたね?」

母が言う。俺と彦右衛門殿が同時に頷いた。長島が農業に適していない土地とは思わない。寧ろ馬や牛を放牧する分には逃げられないので良いとも思う。だが、長島という土地が天然の要害であることは織田家が最も理解している。この地にて自給自足を許す恐ろしさを知っているのも織田家だ。もしそれを許し再び長島が一揆の砦となった場合、俺や彦右衛門殿の立場すら危うくなってしまう。

「しかしながら、それならば何をもって長島の土地を運営いたします? 米を生産し、売るか交換する。これが日ノ本の営みというものですよ」

「某が愚考するに、この地を海上の宿場町とするのが宜しかろうと存ずる。三河から伊勢に、伊勢から三河に行く旅人を泊め、宿賃を取ります。揖斐川を遡り美濃方面へ行く者にも重宝されるでしょう。そうして物品や人が行きかう宿場町とすれば収入にもなるのではありませんか?」

母の問いに彦右衛門殿が答える。確かに理にかなった考えだ。三七郎が住まう神戸城城下町がやろうとしていることと競合するので争いにはなってしまうが、陸地を移動する者と水上を移動する者で、それなりの住み分けは出来るだろう。

「帯刀殿は如何お考えです?」

彦右衛門殿の言葉を聞いた後、母に聞かれた。彦右衛門殿に対して良き考えと存ずると言った後、俺の思案を口に出した。

「彦右衛門殿が仰ったことはすぐにでも始めましょう。某は、折角母上が一枚かむというのでしたらこの地にパンやピザの窯を大量に用意し南蛮の者らが来たくなるような土地にしたいと思っております」

以前、母がピザやパンを作った際多くの者は珍しいと思いつつも又食べたいとは言わなかった。だが、俺はあの時窯を多く作っておいてくれと頼んだ。いつかこのような日が来ると思っていたからだ。幼い頃から慣れ親しんだ食事は何よりも人の望郷の念を誘う。そこへきて、長島であればいつでも焼き立てのパンや洛・醍醐を和えたピザを食えるとなれば全ての南蛮渡来人は一度長島へやって来るだろう。古より日ノ本は大陸よりの技術や思想を学び、そして発展させたものが天下を牛耳って来た。長島を、異国の知識が最も多く早く入る土地としてしまいたい。

「面白い、流石は我が息子」

俺の言葉に、母はニッと笑った。彦右衛門殿も頷いている。

「設備は古渡にある物を丸ごと移せばよいでしょう。どの道、私は今後東美濃へ向かうので古渡の設備は無用の長物となってしまう事ですし」

「パンとは確か、小麦を粉にしてから焼くものでしたな。仕入れは如何します?」

「隣近所に又左殿や三七郎殿の領地があります。そこで作って売って貰うか、仕入れて貰いましょう」

既に周囲は味方しかいない。協力して何とか安くあげたい。

「となると問題は金ですな。正直なところ、某これまでの戦いと国替えとで財布は空でござる」

「右に同じく」

彦右衛門殿の言葉に同意した。二人で苦笑しつつ顔を見合わせる。何事も始めは金がかかるものだ。俺の貨幣鋳造もまだ大量生産というところまでには至っていない。

とはいえ実は、金の伝手はあるにはあった。多分、彦右衛門殿にもあるだろう。俺と同じ心当たりが。

「京・大坂・堺・摂津・和泉・近江の大商人達に頼ることはまかりなりませんよ。彼らには露見せぬよう事が表に出る直前まで隠し通します」

俺達の心当たりを見破り、母が毅然とした口調で言い放った。

「彼らのような大資本に口を出されてしまっては彼らの金が無ければ何も出来なくされてしまいます。そうなればどれだけの利益を上げたとしても旨味は全て商人の物」

「仰せ御尤も」

彦右衛門殿が言う。俺も頷く。その通りだ。だが、となるとどうする? 先立つものが無ければ動くことは出来ない。

「最初は私が金を出します。十年貯めて来た金です。お二人の財布に銭が入る頃までなら何とか足りるでしょう」

解決策は母が出した。おお、と、二人で歓声を挙げる。

「最初に私が出す金はお二人に対しての貸しですよ。元々お二人が資金を出し、私が口を出すという約束だったのですから」

「当然ですな。利益が出れば、必ずや色を付けてお返し致す」

「代わりと言っては何ですが母上、例の件は宜しくお願いします」

例の件、これまでに母が古渡でやって来た様々な試みについてだ。例えばシイタケの栽培や、数を増やしてきた牛・猪・鶏の牧場。これらを譲渡して欲しいと頼んでいた。

「勿論です。先にも言った通り、東美濃であれだけ大規模な牧場は運営出来ませぬからね。三等分し、一つは帯刀殿に、一つは彦右衛門様に」

「未だ数の揃わない山羊と羊はどうします?」

「あれらを小分けにしてしまうと数を増やせませぬ。帯刀殿か彦右衛門様に引き取って頂ければと思っているのですが」

俺の質問に、母が答える。彦右衛門殿が顎に手を当て、しばし思案してから言った。

「確か、鹿の仲間でしたな。でしたら山国の方が本来の生息地に近いのではないでしょうか。三七郎様に養育をお願いする手もございますが」

「わらわも、出来れば帯刀殿に面倒を見て欲しいと思っております」

二人の意見が一致し、ならばと俺も頷いた。話は決まりましたねと言うと、最後に一つだけと、彦右衛門殿が待ったをかけた。

「某、この長島には直接直子殿が入られると思っておりましたが、どうやらそうもいかぬようです。代官としては誰を置きましょう」

そう言えばそれを考えていなかった。以前俺と彦右衛門殿とで決めた案で良いのだろうか。

「彦右衛門様の名代として滝川益氏様、帯刀殿の名代として前田利久様、それに、私の腹心となって下さっているお方を派遣致します」

「「腹心?」」

俺と彦右衛門殿の声が重なった。母には家臣のような物は沢山いるが腹心となる人物がいたという記憶はない。

「御子を産み、夫に先立たれた可哀想なお方がおられるのです。聡明でもあり、わらわとも同好の士であります故、必ずやわらわの考え通りに動いてくれます」

彦右衛門殿から心当たりがありますか? という視線を向けられた。首を横に振って答える。

「織田家の人間としても、これ以上の適任はおられないでしょう」

えー、わかんないのー? とばかりに、答えを焦らしてくる母。慣れた仕草であり、大層腹が立つ。

「犬姫様ですよ」

そうして、たっぷりの時間焦らした後の言葉は、いつも通り俺の予想を超えてくるものであった。