クーデルスの手の上で、箱の中の生き物がザワッと音を立てた。

「あぁ、ご心配なく。 大麻に手を出してさえいなければ無害な生き物ですよ」慄きうろたえる騎士二人を見下ろし、まるでとってつけたように白々しい台詞がクーデルスの口から零れ落ちる。そしてわざと恐怖を煽るように、彼はこう付け加えた。

「ただし、あなた方が麻薬組織の手下だとしたら諦めてください。しかたがないですよね? それはもう、天罰のようなものですから」残酷なまでに穏やかで優しく、笑顔を浮かべながらクーデルスが一歩足を踏み出す。すると、騎士二人は本能的に一歩後ずさった。

「なぜ、逃げるのですか?」「に、に、逃げてなど……」「わ、我々を、た、た、試すな! ぶ、ぶぶ、ぶ、無礼、無礼で……あるぞ!!」むろん、この騎士ふたりが大麻に手を出していないわけがない。この村にくる前にも、二人でこの村をどう締め上げるかについて雑談しながら、気持ちよく一服やってきたところだ。

「無礼などではありませんよ。 ただ、試すだけです」クーデルスの声の中に死の足音を感じつつ、騎士二人は脂汗をかきつつ逃げ場を探して視線をさまよわせる。しかし、たった一つしかない部屋の出入り口には、いつの間にかダーテンが回り込んでいた。そして、焦る騎士二人にむかってクーデルスはさらにこんな言葉を囁きかける。

「ちなみにですが……実を言うとこの判別も万能では無いんですよ。大麻を吸ってから時間が空くと、臭いが薄れて検知できなくなるんですよね」

そんなクーデルスの言葉に、騎士二人は一筋の光明を見出す。もしかしたら、大麻を吸ってから数時間程度たっていれば、無事に済むのでは無いだろうか?

だが、彼はこう続けたのである。

「そうですね。 目安としては、三日ほどです。大麻を吸ってから三日以内であれば、亡くなった代官と同じ運命をたどることでしょう。でも、貴方たちならば問題ありませんよね?何せ、潔癖なのですから。さぁ、いま私があなた方の無実を証明してさしあげます」

そう告げながら、クーデルスは手にした箱を振りかぶった。持ち上げてホッとしたところに、最終通告を突きつける……そのエグい話術にダーテンは我が事のように青褪め、アデリアは目をキラキラとさせる。

「ま、まて! まってくれ!!」剣をもっての戦いならばいざしらず、凄まじい数のダニを相手にどう闘えばいいかなど、彼らには想像もつかない。恐怖のあまり、騎士二人はクーデルスの前に跪いて懇願するしかなかった。その態度が、彼らの身が潔白であるかどうかを雄弁に物語っている。

「おやおや、なにをやめるというのです?貴方たちは麻薬に手を出した事は無いんでしょう? だったら何も怖くありませんよ」まるで幼子を諭すようにそう告げると、クーデルスは容赦なくはこの中身を騎士二人の上にばら撒いた。

「さぁ、審判を始めましょう」次の瞬間、まるで赤黒い血の塊のような色をしたダニの塊が騎士達の皮膚の上で幾つも膨れ上がった。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 虫! 虫が!!」「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! いやだ! 食われたくない!!」奇しくも、二人の叫んだ台詞は代官が死に際に叫んだ言葉とよく似ていた。だが、その悲痛な叫びも、うず高く積みあがったダニに埋もれてすぐに聞き取れなくなる。

やがて、ダニの山に騎士たちの体が完全に埋もれた頃。「止まりなさい」クーデルスが静かに一言呟くと、ダニの塊は一瞬で解けて赤黒い粘液となって流れおちた。だが、その下からは傷ひとつ無い騎士たちの姿が現れる。

その瞬間、アデリアが大きく目を見開いた。だが、クーデルスは彼女の何か言いたげな視線を無視し、騎士たちへとにこやかな顔で告げる。

「では、改めて申し上げます。 あれは、事故です。……そうですね?」「わ、わかった……あ、あれは……事故だ。 事故だったんだ」「はやく……はやくこの恐ろしいものを俺からはがしてくれ……何でも言うことを聞くから!」無数のダニにたかられ、騎士二人はすっかり毒気を無くしていた。滔々 そんな彼らにむかい、クーデルスはと語り始める。

「ご心配されなくとも、私に麻薬密売組織を潰そうなんて崇高な使命感はありません。王太子の派閥の資金源を追及して、国の勢力図を塗り替える気もないんです」

――なんですって!?さらりとクーデルスの口から出たとんでもない言葉に、アデリアはさらに目を見開く。それは殺人事件どころか、国を根底から揺さぶりかねないスキャンダルではないか!

自分が理解していたと思った事件の謎が氷山の一角に過ぎなかったことを知り、彼女の胸からピシリとプライドが欠ける音が響く。

「お前の望みは……何だ」呻 顔からダラダラと汗を流しつつ、大柄なクーデルスの顔を見上げて騎士がく。するとクーデルスは窓際にたって太陽の光をさえぎりながら、嬉しそうな声で告げた。

「申し上げましょう。 私の望みはね……」逆光の中で、クーデルスの形をした黒いシルエットが予想もしない言葉を告げる。

「ここにいるアデリアさんをこの領地の次の代官とする事ですよ」「はぁっ!?」その言葉に、騎士だけでなくアデリアとダーテンまでもが声を漏らした。

「この村の復興策度をごらんになりましたか? ものすごいスピードでしょう」「た、たしかにそうだが……」それだけで代官になる事はできないと言いたげな騎士たちだが、クーデルスはその言葉をさえぎって話を続ける。

「確かに私も植物の品種改良などで色々と助けはしましたが、主に働いたのはこの二人です。代官としての手腕は保証しましょう。 この村の現状が彼らの実績です」「だが、この二人には後ろ盾が……」そう、代官になるためにはそれなりの学歴と後見者が必要だ。だが、思い返せばアデリアは女王となるための教育を受けており、教養だけでもそこらの代官など相手にならない。さらに、この村を復興したという実績も、無視できるほど小さくは無かった。

「後ろ盾ですか? アデリアさんは元々貴方たちの派閥の重鎮の娘ですよ。これを機に公爵家と復縁してしまえばいい。 そうすれば、資格は十分です」「い、いや、先方が何と……それに女が代官だなんて前代未聞だ!」言葉を濁す騎士たちだが、クーデルスは逃がさない。笑顔のまま彼らに詰め寄った。

「やはり親子が断絶したままというのは、よろしくないのですよ。みんなが幸せになるためなら、女代官の前例なんてどうでもいいことです。 ちがいますか?ダメだというなら、私が直談判します」……とは言っても、おそらくアデリアの父は簡単には頷かないだろう。アデリアの家は公爵家であり、市井の者の言葉などに耳を傾けるはずもないのだ。

だが、このデタラメな男がやると言い出したのならば別である。多大な迷惑と騒動の果てに何とかなってしまいそうなのが、どうしようもなく恐ろしい。

しかし、その言葉を聴いているアデリアの心情は複雑であった。家族に未練が無いかといわれたら、すぐさま否と答えるであろう。だが、あまりにも急な話すぎて、心と理解が追いついてこないのだ。

懊悩 そんなアデリアのを他所に、クーデルスは騎士たちへと言葉をたたみ掛ける。

「私、そこまで無理を言っているとは思わないんですけどねぇ?鉱山を掘りつくして旨みのなくなったライカーネル領ぐらい、あなた方の罪を黙っていることへの代償として譲ってくれてもいいじゃないですか」「そ、それは……我々の一存では……」そう、たかが騎士にそんな事を決める権限は無い。しかし、そんな逃げ口上などクーデルスは最初から想定済みである。

彼は徳の高い聖職者のごとき声色で彼らに語りかけた。

「だったら、話の出来る人をつれてらっしゃい。その交渉ぐらいは出来るでしょう? 貴方たち、仮にも貴族階級のはしくれなんですから」

そう、色々と言い訳をすれば出来ないわけではない。億劫 自分達の株を落としたり、適切な理由をでっちあげたり、根回しをするのが色々となだけだ。それがわかった上で、クーデルスは微笑みながら告げたのである。

「出来なければ……罪を暴露するだけです」そのしらじらしい脅迫を前に、彼らが否と言えるはずもなかった。