「うー、幸せ……。むにゃむにゃ……」

くすぐり合戦と夕食を済ませた後、レイはぶっ倒れるように眠った。

良い夢でも見てるんだろうな。

寝言の通り、本当に幸せな表情だ。涎(よだれ)でも出てきそうな勢いである。

「はは……」

僕はレイに毛布をかけ直すと、寝室を後にする。

まあ、色々と思うことがあってね。

昨晩と同じく、すぐ眠る気にはなれなかったんだ。

ちょっと、彼女(・・)が気がかりだったから。

「ふんふーん♪」

そんな彼女――メアリー・ローバルトは、鼻歌まじりに皿を洗っていた。エプロンをかけて台所に向かう様(さま)は、マクバ家のメイドとして仕えていた彼女そのままで。

「あら、アリオス様……?」

メアリーはふと僕に振り向くと、小首を傾げる。

「どうされましたか? 今日はお疲れでしょう。もうお休みになってくださいな」

「メアリー……」

なんだか申し訳なくなって、僕は彼女の隣に並ぶ。

「やっぱり手伝うよ。さすがに君ばっかりに家事を押しつけるのは良くない」

そして皿に触れようとした僕の手を、メアリーは優しく制す。

「いいんですよ。私は……こうしてるだけで幸せなんです。ダドリーに仕えているときより、ずっと……」

「メアリー……」

「アリオス様。そういえば、お伝えできていないことがありました」

「え……」

メアリーはハンカチで自身の両手を拭うと、改めて僕を真っ直ぐに見据えた。

「アリオス様に《外れスキル》が授けられたあの日……私はなにもできませんでした。いままでお世話になっていたのに、どう声をかけたらいいかもわからず、ずっとなにも言えなくて……」

「…………」

「まわりがアリオス様をどう言おうと、私の心は常にあなたにあります。昔から優しく私を気にかけてくれた、頼もしい剣士様に」

「メアリー……」

そして両目から一筋の雫(しずく)を流すや、深々と頭を下げる。

「……にも関わらず、マクバ家ではなにもできず、申し訳ありませんでした。それが……ずっと、気がかりで……」

そんな。

まさか。

彼女は、ここまで僕のことを思っていてくれたのか……

もう――なんの身分も持っていない僕を。

たまらなくなった僕は、彼女の両肩をそっと寄せる。

「メアリー。すまない。僕のほうこそ迷惑をかけた。これからは――みんなで幸せに過ごしていこう」

「アリオス様……」

メアリーの頬がピンクに染まる。

「ふふ……夢のようですね。アリオス様に抱擁される日が来ようとは」

そしてややためらいがちに続けて言った。

「……その、レイミラ様とはすでに恋仲ですか?」

「恋仲? いやいや、それはないさ」

「そうですか。わかりました」

ちょっとだけ嬉しそうなのは気のせいか。

しばし抱き合った後、メアリーは

「アリオス様。ありがとうございます」

と笑顔で呟いた。

「これで元気が出ました。これから一生懸命に仕えますので、よろしくお願いしますね♪」

そうはにかむ彼女は、やはり控えめに言って天使だった。

一方その頃。

アルセウス王国の王城にて。

剣聖リオン・マクバは、ぎょっと目を見開いていた。

「――アリオスが、アルセウス救済党のアジトを制圧したですって……?」

「ふむ。その通りだ」

そう頷くのは、レイファー・フォ・アルセウス。

アルセウス王国の第一王子だ。

レイファーは豪華な椅子にもたれかかるや、恐縮してひざまずいているリオンを見下ろす。

「……アリオス殿の活躍により、一連の事件は大きく解決に進むだろう。まだ世間では彼を《外れスキル所持者》だと罵る者が多いが――まさに英雄らしき功績を残した」

「し……しかし! 現場にはBランク冒険者も大勢いたのでしょう! 彼らの力もあるのでは!?」

「そうだな。それもあるだろうが――私が言いたいのはそこではない」

「え……」

そこでレイファーは冷たい目をリオンに向ける。

「おまえもわかっているだろう? ダドリー・クレイスの横暴なまでの所行を。そのような調子で――まさか誇り高きアルセウスの護衛を任せられるとでも?」

「あ……ああああっ……」

「それだけではない。――もしアリオス殿が英雄にふさわしい力を手に入れていたとなれば。彼を追放したおまえは、国にとって大きな損失をもたらしたことになる。場合によっては、今後のつき合い方を考えねばならないほどにね」

「そ、そんなっ!! レイファー殿下……!」

青ざめた表情で叫び出すリオン。

「そうであれば、近いうちに証明してみせます! アリオスなどより、ダドリーのほうがよほど優れていることを!!」

「ほう……?」

「しばしお時間をください! レイファー様!」

「いいだろう。私としても、代々続くマクバ家との関係は壊したくない。よろしく頼むよ」