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「ここは……?」
目覚めたとき、僕はやはり見慣れぬ場所にいた。
王城……? だろうか。
けれども、現代のアルセウス王城とはどこか違う。装飾の配置も微妙に異なっているような。
加えて、一緒にいたはずのレイやレミアもいない。
その代わりに――またも彼(・)がいた。絶対に会えるはずのない、初代剣聖ファルアス・マクバが。
「女神よ……どうですか。やはり避けられぬ運命ですかな」
「ええ。人の子ではさすがに不可能でしょう」
そう返答するのが、驚くべき美貌を備えた女性。心なしか、彼女の周囲を儚げな光が包んでいる。
というか、女神って……
嘘だろ?
おとぎ話に登場する、女神ディエスのことか?
「ま、致し方ありませんね」
女神と呼ばれた女性はどこか悟った表情で呟く。
「《転生術》は元より禁忌の術。それに手を染めるくらいならば、後世の子に未来を託すのが妥当でしょう」
「後世の子……。やはり、私の子孫ですか」
「ええ。あなたには猛き剣士の血が流れています。それを受け継ぐ子孫も、必ずや才に恵まれるでしょう」
「《チートコード操作》……でしたか。理(ことわり)を超えた力を与えるからには、精神的に熟した者である必要がありますな」
「ええ。ですからこのスキルを授けるのは、マクバ家で最も精神的に優れた者に限定します」
「……そうですな。《剣聖》の名をいいように扱う馬鹿者が現れんとも限りません」
そして女神はなんと、僕のほうへとくるりと振り向いた。
その表情は、どこか物憂げで。
「ふふ……。数千年後には、この光景をあなたの子孫が見ていることになるんですね。私には、あなた(・・・)がどんな名前なのかもわからない」
「あの」
意を決して問うてみる。
「すみません。……僕のことが見えているんですか?」
だが返事はない。
やはり僕は《映像》だけを見せられているようだ。数千年前、女神と初代剣聖がつくりあげた謎のやり取りを――
そして……数秒後。
女神は、そっと僕に向けて手を伸ばす。
「ファルアスの子よ。あなたは現在、きっと苦難を強いられているでしょう。ファルアスの子にも関わらず、授けられたのは前例のないスキル。周囲からはガッカリされたかもしれません」
「っ…………」
痛いところを突かれた。
「でも、覚えていてください。あなたは誰よりも素敵で……誰よりも強いのだと」
「ふふ、では私からも一言」
初代剣聖ファルアスも、僕の瞳をしっかり見据えた。
「我が子孫よ。おまえはきっと、いままで足掻き苦しんできただろう。だが忘れるな。おまえには――私たちがついている」
なんだろう。
僕のことは見えていないはずなのに、心を込めて訴えてくるような……
ほろり、と。
僕の瞳を一筋の滴が伝う。
実家を追放されたことで傷ついた心が、すこしだけ癒された気がした。
「あともうひとつ」
言いながら、ファルアスが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「我が子孫よ。もし親族に不当な扱いをされたのであれば、思いっきり叩きのめしてしまえ! そのほうが当人のためにもなる」
はは。
思いっきりか。
もうマクバ家とは関わりを持たないと決めたけれど……まあ、悪名高いダドリーのことだからな。今後、なにをしてくるかもわからない。
「私からもひとつ」
女神も僕に向けて口を開いた。
「あなたは今頃、謎の宝石について悩んでおられるでしょう。ですがそれはあなたが持っていてください。あなたが持っていれば、原則(・・)は暴発しないはずです」
……そうなのか。
たしかに、さっき暴発したときはレミアが持っていたからな。
少なくとも、昨晩では何事も起こらなかった。
……というか、すごいな。
この二人、僕の道に応じてヒントをくれてるのか。女神と初代剣聖――その名は伊達ではない。
だが、いつまでもこの時間は続かない様子。
女神は切なそうに、見えていないであろう僕を見つめた。
「……そろそろ時間切れですね。幸運を祈っています。あなたの道に、幸あらんことを」
「なあに大丈夫でしょう。私の血を引いているのですぞ」
ファルアスは快活に笑い、同じく見えていないはずの僕に片腕を差し出した。
「また会おう、我が子孫よ。決して――馬鹿者に屈するでないぞ」
その瞬間。
僕の意識は、またしても遠のいた。
★
「スっ……! アリオス!!」
レイの泣き声で目が覚めた。
うっすら目を開けると、寝転がる僕にひたすら泣きじゃくっているお姫様。
相当に心配してたんだろうな。
目がかなり腫れている。
「レイ……? ここは……?」
どうやら、レミラの研究所に戻ったようだな。周囲には見覚えのある光景が広がっている。
「アリオス! 無事なの! 無事なのね!?」
「ああ。どこも大事ない」
「……っ! よかったぁ……!」
「お、おいっ! ふがふが……」
そうして抱きついてくるレイに、僕は呼吸ができなくなった。おい、ものすごい勢いで押しつけられてるぞ。
「……にしても、不思議な現象じゃ」
そう呟くのは、凄腕の魔導具師レミラ。腕を組み、なにかを考え込むように二の句を継げる。
「アリオス殿。もしかして、意識が別次元に飛ばされてはおらんかったか?」
「別次元……」
言い得て妙だな。
たしかにあの現象は、まったく未知の空間に飛ばされたに等しいが……
「ううむ。神の遺石……なかなか興味深い……」
――レミラが呟いた、その瞬間。
ジリジリジリジリ!!
ふいに大きな機械音が響きわたり、僕たちは肩を竦めた。
これは……通信機器か。
レミラが王都に住んでいたときに開発した魔導具で、遠方にいる者とも通話ができる優れ物だ。
……まあ、あまり普及されていないので、ギルドなどの施設にのみ置かれている状況だが。
「はい。こちらレミラ……」
レミラが受話器を手に取る。
「なんじゃアルトロか。アリオス殿ならもう来ておる――なんじゃと?」
レミラがふいに眉をひそめる。
「わかった。すぐに伝えよう」
そう言って深刻な表情で通話を切ったレミラに、僕は心なしか嫌な予感を覚えた。
「アリオス。緊急事態じゃ。ラスタール村にダドリー・クレイスが現れた模様。あなたの召使い――メアリーが危ないとのことじゃ」