一方その頃。

アルド家にて。

「ふぁああああ……!」

革のレザーコートを羽織った男が、門の前で大きな欠伸をかます。

その様子を見て、隣にいた男が突っ込みを入れた。

「おい、真面目にやれよ」

「そんなこと言ってもよ……悪名高いアルド家にわざわざ潜入する奴なんかいねぇって」

「俺も昔はそう思っていたがな。……いまやまったく油断ならんぞ」

「ふん。アリオス・マクバのことか」

「ああ。もう何人もの仲間がやられているだろう。あいつの強さは――本物だ」

「はっ、関係ねえよ。アリオスだろうと誰だろうと、俺がぶっ潰すまでだ」

「…………」

そう。

革のレザーコートによって変装してはいるが、彼らはアルセウス救済党の構成員。

夜の見張り番である。

と。

ほどなくして、構成員のうちひとりが、ある方向に顔を向けた。

「……あら。もう気づかれるなんて。早いわね」

「ふん。本当に現れるとはな」

茂みのなかから姿を現したのは、Aランク冒険者のカヤ・ルーティス。

党内では、アリオスに親しい実力者として注意を呼びかけられていた。

「なにをしにきた。アリオスからの差し金か」

「ま、そんなところね」

「はっ、馬鹿め。貴様ひとりだけではたいした脅威になりえんぞ!」

叫び声を発しつつ、男は片手を突き出し、氷魔法を発動する。

――上級魔法がひとつ、ダイヤモンド・ノア。

四方八方から押し寄せる絶対零度の氷が、カヤを瞬く間に飲み込んでいく。暗い闇夜のなかにあって、その氷だけが妖艶に光を放つ。

いくらAランク冒険者といえども、これには堪えるはずだ。とりわけ男の魔力は《影石》によって底上げされており、一般人の上級魔法とは威力も密度もかけ離れている。

たかがAランク冒険者ごときに耐えられる代物ではない――

……そう思っていた時期が、男にもありました。

「……ふぅ」

カヤは生きていた。

氷が消滅し、薄い靄(もや)が漂う空間を、なにもなかったかのように。

「ほんと、私ってば驚くくらい強くなってるわね。アリオスさんってば、どんな修行をしてくれたのかしら」

「ば……ばばばっ、馬鹿なっ!!」

男は発狂し、血走った目でカヤを指差す。

「おかしい! どう考えてもおかしいだろう! どこの世界に上級魔法を喰らって無傷の奴がいるんだ!」

「うんうん。おかしいわ。私もあなたに同意よ」

カヤはなぜか同情の表情を浮かべながら、鞘から剣を抜き、戦闘の構えを取る。

「でもアリオスさんに常識は通用しないわ。それは……あなたたちが一番よくわかってるんじゃなくて?」

「ぬぬっ……!」

たしかにそうだった。

たとえば、《魔物発生》の影石を任されていた仲間たち。

彼らは小規模なアジトに潜伏していたが、個々の戦闘力は相当に突き抜けていた。だからこそ少人数でアジトを任されていたわけだ。

そして、先日アリオスによって無力化されたばかりの、ゲーガを筆頭とする仲間たち。

彼らは影石によって、各ステータスを5倍にされていたはず。

元の実力も悪くないはずなので、そのステータスが5倍になった以上、かなり強くなったはずなのだ。

――それをアリオスは、たったひとりで勝利してみせた。

もはや人間じゃない。

化け物だ。

「ふ、ふん。さすがに驚いたが……ここにそのアリオス本人はいないようだな?」

「ええ。そうね」

「であれば突破口はある! 貴様ごときにやられる我らではないっ!」

「ふふっ」

男の叫びに対し、カヤは余裕そうに笑うのみ。

「……果たして本当にそうかしらね? たしかにアリオスさんはいないけど、私ひとりだけで戦うわけじゃないわ」

「――なんだと?」

「出ておいで! ウィーンちゃん!」

「合点承知之助(がってんしょうちのすけ)!」

「な、なあぁぁぁぁああああっ!!」

男は目玉が飛び出そうなほどの衝撃を味わった。

魔物でもない。

人間でもない。

なんとも形容しがたい物体が、突如として現れたからだ。

しかも人の言葉を理解できるようで、普通に会話までしている。

「な、なんだ貴様はぁぁぁぁぁぁああ!」

「フフ、冥途ノ土産二教エテサシアゲマショウ☆」

ウィーーーン、と鉄棒をしならせながら、ウィーンと呼ばれた化け物が自己紹介する。

「アリオス様ノ忠実ナル眷属、絶対的ナ僕(しもべ)、ソレガ私、ウィーンデゴザイマス!」

またか。

またアリオスなのか。

「わ、わけがわからない……」

男はもう、それだけを呟くのが精一杯だった。