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二日目の夕刻前に、ゴルブルに着いた。

「〈白亜館〉に行きます」

「わかった」

それはどこだと聞き返さないレカンに、ドボルは、わずかなとまどいをみせた。

もちろんレカンは、〈白亜館〉を知っている。この迷宮都市きっての高級宿であり、前回レカンが宿泊した宿だ。

「お、おい。〈黒衣の魔王〉だ」

「ほ、ほんとだ。魔王様が、また来てくださったぞ」

「あれが迷宮踏破者か。すげえ面構えに、とんでもねえガタイだぜ」

途中、レカンを指さして噂をする者たちがいたが、近寄って話しかけようとはしなかった。

「いらっしゃいませ」

玄関番にうなずきであいさつを返し、レカンは先頭をきって〈白亜館〉に入った。油断なくあたりをうかがいながら、ドボルが受付に歩み寄るのをみまもる。その後ろにノーズが従う。ニケとエダは、リッツやヌメスとともに、外で馬車を守っている。ギドーは御者台だ。

「ようこそおいでくださいました、ドボル様」

あいさつした人物が〈白亜館〉の支配人であることを、レカンは知っている。

「世話になります。私と御者のギドーは、同じ部屋にしてください。荷物を運びますので、広さのある安全な部屋をお願いします」

「かしこまりました」

「荷物は部下が運びますので、部屋の位置を表の馬車にいる部下に教えていただきたい」

「かしこまりました」

「常雇いの護衛が三人います。私の部屋の近くに一部屋取ります」

「かしこまりました」

「夕食はそれぞれ部屋で食べます。明日は夜が明け次第に出発します。携帯食を五人分用意していただきたい」

「かしこまりました」

「臨時雇いの護衛が三人います。部屋と食事はそこにいる本人と相談してもらいます」

「かしこまりました」

「臨時雇い三人の料金は、本人から受け取ってもらいます」

「かしこまりました」

これ以上追加の指示がないと判断して、支配人は、部下に声をかけた。

「ジューム。ドボル様をご案内しなさい」

「はい。ドボル様、こちらにどうぞ」

ドボルは、レカンの前で立ち止まった。

「レカンさん。今から出発まで、護衛の任務を解きます。出発は明日の夜明けです」

「わかった」

「ただし、この宿以外で宿泊することは許しません」

「わかった」

「お気に召す部屋があるといいですね」

そう言いながら、ドボルはかすかな笑いを浮かべ、貴族然とした気取った歩き方で自分の部屋に向かった。

この宿の料金は高い。

護衛で飯を食っているような冒険者には、とても泊まれる宿ではない。もしかするとドボルは、レカンたちが、宿代が払えないと泣きつくのを期待しているのかもしれない。

ドボルをみおくってから、レカンは支配人に向き直った。

「ようこそおいでくださいました、レカン様」

「支配人、世話になる」

「光栄に存じます」

支配人は、右手を胸にあて、深く頭を下げた。

この丁寧さは何なのかと、一瞬レカンはとまどった。しかし、考えてみれば、レカンがゴルブル迷宮を踏破したことは、当然知られている。その程度の情報網を持たない者が、迷宮都市で高級宿を維持することなどできはしない。

「オレには、前と同じ部屋を。仲間のニケとエダは女だ。二人には、オレの近くの部屋を」

「かしこまりました。ところで、差し出がましいことではございますが」

「うん?」

「ゴルブル迷宮最初の踏破を祝し、今回のレカン様とご同行者様がたのお部屋は、当館でご用意させていただきたいのですが、お許しいただけましょうか」

「ほう。かまわん」

「ありがとうございます。失礼ではございますが、料金は当館からの心ばかりのお祝いでございます」

「わかった。礼を言う」

「もったいないことでございます」

その後支配人がさりげなく教えてくれたところによると、ザイカーズ商店は、〈白亜館〉の上取引先であり、年間何度かは格安料金で宿泊できる契約を結んでいるという。この宿を定宿にすることで、近隣の貴族たちに格をみせつけているのだ。

この夜、レカンは静かに休むことはできなかった。警備隊長のダグが訪ねてきたのだ。さらには領主の長男である、騎士トマジ・ドーガが、側近二人を連れて訪ねてきた。トマジはしきりにレカンを領主館に誘ったが、レカンは護衛の仕事の途中であるからと固辞した。ならばというので、トマジは〈白亜館〉の食堂でレカンへの饗応を申し出た。

酒食をともにしてみると、騎士トマジは、悪い人物ではなかった。豪快で包容力があり、大いに好人物だった。直情的で猪突猛進の傾向はあるものの、よい側近に恵まれれば案外よい領主になれそうだ。

こうしてみると、ゴルブルという町は、チェイニーが言うほどひどい町ではない。だが、チェイニーにはチェイニーの立場や考え方がある。チェイニーにとってこの町は、ひどい町なのだ。チェイニーは、そう思うだけの経験をしてきているのだろうし、これからもするのだろう。

だがレカンにとっては、そうではない。

レカンがチェイニーと同じ価値観を持たねばならない理由はない。この町がチェイニーにみせる顔とレカンにみせる顔が同じであるわけもない。

もっともレカンは、あまり長くこの町にとどまっていたいとは思わなかった。居心地からいうなら、ヴォーカの町のほうがはるかに上だ。

結局レカンたちの宿代は、領主からのもてなしということになった。迷宮の主を倒したあと、七日間迷宮は休止状態だったが、踏破者が出たことで多くの腕利き冒険者が集まってきて、今この都市は近来にない好景気に恵まれているのだという。

エダは早めに寝かせた。ニケも折りをみて部屋に戻った。レカンは深夜まで付き合わされた。