Old Vampire and a Holy Girl

56 Stories Vampires feel isolated from society, dragons become stained

「社会は信じられない」

 聖女から渡された、『竜の末裔で吸血鬼の魔法使い』の母が書いたという小説を読み終え――

 男性はそう結論した。

「やはり社会とは怖ろしいところだ……所詮、ヒトと我らはわかりあえない……」

 男性は――吸血鬼は断じる。

 赤い瞳を閉じ、疲れ果てたため息をついて、来客用ソファに深く腰をあずける。

 目の前、低いテーブルの上には、角と翼と尻尾の生えたヤンチャそうな男の子と、その横で不敵に、けれど優しくも見える顔で笑う、白髪の中年男性が描かれた表紙の本があった。

 てっきり若きドラゴンを(半分以上ニンゲンのようになっているが……)老成した吸血鬼が導く話かと思い、また、途中まではそのように進んでいたのだが――

 最終的に超えてはいけない一線を超えてしまっていた。

「どうしたのだ宿敵よ」

 地の底から響くような低音ボイスとともに、ピコピコいう足音を立て何者かが寄ってくる。

 男性が視線を床に落とせば、そこには亀のような体にヘビのような首が生えコウモリにも似た翼と『本当にそれ必要?』というレベルの小さな角の生えた、全体的に赤い、太った子犬サイズの生き物がいた。

 世間では子犬扱いされているようだが――

 ドラゴンである。

 ちょうど今し方読み終えた小説において、吸血鬼のパートナーをしていた相手だ(物語の中では半分ぐらいニンゲンみたいな見た目をしているが)。

 そして男性は吸血鬼だった。

 物語のラストシーンでキスを交わした――このタイミングで出会ってはいけない二人が出会ってしまったのだ。

「ドラゴンよ、どうしたのだと問われてもね。とても、私の口から君に詳細を語ることはできないよ。なんというかそう――口に出すのもはばかられる」

「そうか。ではどうでもいい。貴様の悩みになど最初から興味はなかったのだ」

「いや……もっと愛されるような言葉を選びたまえよ……君は『愛されカワイイドラゴン』とかいう架空の生き物を目指しているのではなかったのかね?」

「なんだ、聞いてほしいのか。ならば言うがよい」

「いや……私の口から語るのははばかられると言っただろう……」

「聞いてほしいのか、聞かせたくないのか、どちらなのだ。そういうウジウジした態度ではファンはつかぬぞ。ウジウジするにしても、もっと派手にウジウジせよ。キャラクターは少々過剰なぐらい立てておかねばならんのだ。アイドル活動とはそういうものである」

「私はアイドル活動などしていないのだが……」

「まあ、であるな。それでは、悩みがないのなら我を撮影せよ」

「いや……」

 最近はこのように、便利なカメラマン役に使われている男性なのだった。

 ドラゴンが投稿した動画はだいたい撮影している。

 お陰ですっかりケイタイ伝話(でんわ)の扱いにも慣れてしまったぐらいで、今さら嫌がるのもおかしい話ではあるのだが――

「すまないが、今日、私は君のことを直視できそうもない」

「まぶしすぎて?」

「君の気に入る理由を好きに選んだらいい。とにかく今日は撮影はイヤだ。すまないな」

 ――先ほど読んでしまった物語が頭にチラつく。

 その物語は、吸血鬼とドラゴンの戦いに、友情やら立場ゆえの軋轢やらそれでも燃え上がる友情、そして次第にこの気持ちは愛情へ……みたいなエッセンスを加えたものだった。

 ちなみに物語内でドラゴンは男であり――

 吸血鬼もまた男である。

 まあ、性別云々はいったん横に置くとしても――

 目の前にいるこの丸っこい横柄な生き物とキスシーン。

 ありえない。

 もちろん物語は物語であり、現実ではない。

 感情移入することと、現実と創作を混同することとは、また違う。

 けれど、なんか。

 しばらくドラゴンとは距離をおきたい男性なのであった。

 だから今日の撮影はお断り申上げたいところだったが……

 ドラゴンが羽ばたき、来客用テーブルに乗り、男性の顔を見上げてきた。

「どうしたのだ宿敵よ? 悩みがあるなら我に相談せよ」

「……」

「我と貴様の仲ではないか」

「…………」

 冷静に考えると、ドラゴンから男性への呼称は『宿敵』である。

 敵だった。

 とても悩みを相談する間柄ではない。

 あと、ドラゴンの態度があからさまにおかしい。

 そんな他者を思いやるようなキャラクターではなかったはずだ――ブレている。

 男性は理解する。

「……つまり、どうしても今日、撮影をしてほしいのだね?」

「であるな。それゆえに、貴様の悩みを聞いてやり、貴様が我を撮影できない原因をどうにかしてやろうという慈悲の心である」

「恩着せがましく言わないでくれないかね? 君が撮影されたいだけではないか」

「しかし考えてもみよ。我の姿が一日アップされないだけで、世界は多大なる損失をするのだ」

「考えても意味がわからないのだけれど」

「我は世界に光を与える存在であるぞ。我のカワイさはネットに載って千里を駆けるのだ。その我という光がたった一日世界に途絶えただけで、世界は闇に閉ざされ、カワイさを失った人々の心はすさみ、作物は枯れ、水は腐るのだ」

「そもそも、別に毎日アップしてないだろうに……あと君、一時期謙虚になっていたのに、今日はまたすさまじい自信ではないか」

「我の動画の再生数が急に伸び始めたのだ」

「……」

「やはり我は求められていた。ただ、そう、発見されるのに時間がかかってしまっただけだったのだな……世界もなかなか演出を心得ているではないか。勝手に我の苦境を演出し我を不快にさせたのは糾弾すべきだが、成果をかんがみれば、世界のヤツを我担当の演出家に使ってやってもいい」

 世界そのものを見下していくスタイルだった。

 この傲岸さはドラゴン以外の種族にはなかなかまねできるものではない。

「……しかしねドラゴンよ。私は今日、撮影とかする気分ではないのだ。撮影どころか、君との会話も一日か二日ぐらいやめて冷静になりたいぐらいだ」

「貴様にお得な情報を教えてやろう」

「なんだね?」

「動画の再生数はな、伸び始めが肝心なのだ」

「……」

「ここで次々新作を投稿することにより、今まで我のことを知らなかった層が認知しだし、我のカワイさは世界を塗り替えるのだ」

 誰にとってお得情報かはわからないが……

 少なくとも男性はなにも得をしない情報だった。

「私はイヤだ。眷属に頼みたまえよ」

「眷属は今日、大道具として使う」

「君は人の眷属をなんだと思っているのかね?」

「愛らしい少女だと思っている」

「……」

「つまり――我の引き立て役にふさわしい」

「君はすぐ増長するね……動画の再生数が少なかったころは謙虚さを覚えかけていたというのに」

「そのころの我は愚かであった。動画のすべてが最初から十万も百万も再生されていたわけではなかったのだ。たしかにヒットする動画は最初から伸びる傾向にあるが、世の中には『あと伸び』という概念も存在する。当時の我はそれを知らず、キャラを曲げるなどという愚かなことをした。その点は深く反省している」

「いや……」

「これからは二度とキャラを曲げぬ。そも、偶像(アイドル)が惑っては信者も困惑しようというものだ。我はその点も謙虚に受け止め、反省している」

「いや……」

 謙虚に問題を受け止め反省することで生き物は成長する。

 だがどうにもドラゴンは退化しているような気がしてならない。

 あと、すごく前フリくさい。

「……ともかく、ドラゴンよ――君の意見はわかったが、私の意思は変わらない。今日はあきらめてくれたまえよ」

「そう邪険にするものではない。『あなたの悩みズバッと解決!! 超絶カワイイマジカル☆ドラゴン』が貴様の悩みを聞いてやると言っているのだ」

「なんだねその加齢臭のするキャッチフレーズは」

「我はアイドルを目指しているゆえにな。迷えるうつろな魂どもの悩みをコメントでもらい、それに答えるという活動も始めているのだ。主にネット上で文字のみでだがな」

「君は現代を謳歌しているね……」

「我は悩み解決のプロである。もっと早く始めるべきであった。我ほどの知能を遊ばせておくなど、これもまた世界にとっての多大なる損失であるというのに……反省」

「君の反省はポイントがズレている」

「ともあれ、我は悩みを解決するプロである。そして、解決するためには悩みを聞き出さねばならん。よって悩みを聞き出すプロでもある。我のテクニックで貴様の悩みを暴いてやろう」

「君は交渉事が得意そうには思えないのだが」

「本気になれば我にできぬことはない――さあ、悩みを言え」

「いや……ええと、テクニックは?」

「そうであったな。まずは、目を閉じよ」

「……閉じたが」

「そして、これから聞こえる我の声は、甲高い少女の声だと思いこむのだ」

「無理だ」

「思いこめ」

「私の想像力には限界がある。なにが悲しくて地の果てから響くようなしわがれた男性の声を甲高い少女の声だと妄想せねばならぬのだ」

「思いこめ」

「だから無理だと言っているだろう」

「思いこんだな」

「話を聞きたまえよ」

「思いこんだうえで、もう一度言おう。――さあ、悩みを言え」

「……仮に甲高い少女の声に言われたとして、なぜそれで黙っていた悩みを打ち明ける流れになるのか、私は理解できないのだが」

「知らんのか? 人は、カワイさには逆らえぬ。カワイイ声で『悩みを言え』と言われれば、悩みを言うのが人類というものだ」

「そうか。私は人類ではないし、きっと人類のことを理解できる日は来ないだろうことがわかったよ」

 ヒトとの隔たりは広がるばかりだった。

 やはり社会は怖ろしく、危険な場所だ。

「……とにかくだね、ドラゴンよ。私は今日、撮影とかそういうことをする気分ではないのだ」

「ふむ。なるほど、貴様の意思は固いようだな」

「ああ、すまないが……」

「ではそれもきっと、世界が我をより輝かせようとしている『演出』なのであろう」

「……」

「『伸び始めた再生数。しかし急遽カメラマンが精神的事故に遭い、次の動画が撮影できない事態に! このままでは動画の再生数が頭打ちになってしまう! その時マジカル☆ドラゴンを救うために現れた新たなる人物とは……!?』」

「大丈夫かね?」

「『次回! 超絶カワイイマジカル☆ドラゴン第248話! 世界はドラゴンで回っている』」

「大丈夫ではなさそうだね」

「なお、次回予告の最後につけるいい感じのキャッチフレーズは考案中である」

「……」

「アニメーションは、いいぞ」

 ドラゴンが重苦しい声で述べる。

 だが男性には意味がわからなかった。

 ――そうだ。あまりに文化が違うと言語が同じでも会話にならない。

 男性はそのことを深く学び、ますます社会に出ない決意を固めるのだった。