さて、とりあえず何か色々ありすぎてバタバタしていた俺達だが、とりあえずは目的地である球大陸、その東南に位置する小国ダイランへとやってこれた。

 ここでの目的は、ジャジャとナナの体に溜め込まれる精霊を体外に放出するための鉱石『アジンアンカ』を見つけて確保すること。

 アルバ・ジェルマンが言うにはもう一種類の鉱石も必要だそうだが、ソレに関しては情報が一切ないので後回し。

 稀少な鉱物であるアジンアンカは輸出を制限されている代物らしいから、そう簡単には手に入らないだろう。

 と、思ってたんだコレが。

「ん? アジンアンカ石か? 別に大量に余ってるから、1キロぐらいなら持って行っていいぞ?」

「は?」

 二日目の夜。

 風呂前に応接間でアトル王子に旅の目的を今更ながらに説明してたら、あっさりと手に入ってしまった。

「採れる量が少ないし、重要な鉱石だから輸出禁止にしていたんだがな。王族に奉納される分は大して使い道がなくて年々溜まっていく一方だったんだ。己《オレ》に割り当てられた分なら別に己《オレ》が好きに使っても構わないと言われている。お前らにやっても誰も文句を言わないだろ」

「い、いいのか? 輸出禁止なんだろ?」

「王族公認で密入国してるお前らが今更何言ってるんだ」

 な、なるほど。

 いやなるほどじゃない。

 そんなあっさり渡しても良い物なのだろうか。

「アジンアンカ石って言うのは、触れた者の魔力を吸い上げて空気中に霧散させる特性を持つ。加工したアクセサリーなんかは、犯罪者に魔法を使えなくさせるための安全策として用いられてるんだ。これ自体はダイランでしか製造のノウハウの無いモノだから収入源としてはとても重要なんだが、いかんせんそんな莫大な利益にはなっていない。多少他国に流入したとしても問題は無いだろう」

「そ、そうか」

「先に言ってたら、別にダイランまで来なくても済んだんだがな」

「てっきり知ってるもんだとばかり」

 あのネズミがどこまで説明してんのか分かんなかったんだよ。

 詰めの甘い賢者さんだこと。

 なんかよくわからなかったけれど、これで旅の目的は果たせた事になる。

 正直危ない橋を渡るのも覚悟していたんだが、まぁこれで親父も一安心だろ。心配してたからな。

 じゃあ、これからどうしよう。

 時間かかるもんだとばっかし思ってたんだけど、一気にやることが無くなってしまった。

「んー。ナナの体調もまだ戻ってないから、しばらくは屋敷で養生させて貰っても良いか?」

「ああ、別に構わん。お前達が帰る為の王族専用飛行機に関してもまだダイランに戻って来てないからな。今は上から3番目の兄上と一緒にニューヨークに行ってるらしい。ダイラン王墓の転移魔法陣が何者かに干渉されたとあっては、兄上達も転移で帰ってくるわけにもいくまい」

「まだ何があったか分かってないのか?」

 あの転移事故はダイラン始まって以来今まで無かった事らしく、色んなことに影響を及ぼしているらしい。

 別に俺が悪い訳でもないのに、なんだか申し訳なく感じてしまう。

「……さっぱりだ。王墓の転移魔法陣は半ば失われつつある古代魔法《エンシェント・マジック》の一種でな。起動式やシステムへのアクセス方法なんかは王家に代々伝わっているが、肝心の転移ロジックについてはブラックボックスもいいところだ。どういった経路でどのような手段で転移式を書き換えたのか、本当に人為的なモノだったのかすら分かりようが無い。というか、アレに干渉できる奴がいるなんて考えたくも無いな。数十万を超える魔族の遺体からなる魔法陣だぞ? 普通なら魔力の逆流で体の内側から爆ぜて死ぬ」

「つまり……さっぱりって事だな?」

 分かんないって事ですね!?

「理解できないならそう言え」

「言ってることの半分も理解できてません!」

 専門用語で喋るなよ! 素人に優しくして!

 ああ、もう。

 そんな困り果てた顔しないでくれ。

 いい加減俺の頭のレベルを理解してくれてもいいんじゃない?

「……魔法のシステムに関しては、魔法具コレクターであるライオットなんかの方が理論に詳しい筈だ。元々魔法が使える魔族達は感覚と本能で行使してるから、説明となると素人に厳しいからな」

「ガサラにモノを聞くのは俺のプライド的に大問題なんだが」

 アイツ絶対ドヤ顔しながらバカにしてくるからな!

 耐えらんねぇよそんなん!

「今後、龍であるお前の娘様達にも関わってくる話かも知れん。知っておいて損は無いだろ? 我々にとって未知のエネルギーである龍気や精霊の力は、本質的には魔力と変わらないと賢者様も仰ってらしたようだからな」

「ああ、そういやそんな事も書いてあったような……。あっ、そうか。だからアジンアンカが必要なんだっけか」

「お前……」

 あ、やめて。

 その目だけは本当にやめて。

 憐れみを通り越して優しく見守る目になるのだけは本当にシンドイから。

「とりあえず、だ。ナナ様のお身体が良くなるまで屋敷をどのように使っても己《オレ》は気にしない。この国に滞在してる限りどんな援助も喜んで行おう。破産させられても文句は言わんぞ」

「何やれってんだソレは」

 気持ちは嬉しいんだけどさ。重すぎんぜアトル。

 一小市民である俺達の考えつく贅沢なんざ、良い飯と良い宿ぐらいしか思いつかねーよ。

 王族を破産させるって、それ街とか飛行機とか買えってレベルだろ?

 あ、でも翔平が新しいゲーム機欲しがってたな……。

 あと親父のゴルフセットとか、アオイやルージュの服とか……。

 あっ! そうだチビ達の服! 

 ちょうど一新する時期だと思ってたんだそういや!

 最近成長著しいからなぁ。

 動物さんセットもワンサイズ上の物じゃないとキツそうでキツそうで。

 良いかな?

 アトルはどんな援助も喜んでするって言ってるし、そんくらい別に良いよね?

 ついでにウエラやアズイにも土産で買ってっていけるし、全額合わせても日本円で10万行くか行かないかぐらいだろ?

 いや、しかしだな。

 流石にそれは甘えすぎじゃないか?

 風待家としてそれはどうなのよ?

 何事も慎ましく、他人に迷惑をかけるなかれ。

 自分のできる事は自分でやる!

 ……少しぐらいは親父だって見逃すだろ。

 よーし。

 どうせやる事無くなって暇になったんだ。

 あとはアルバが帰っていいって言うまでは初めての海外旅行を満喫しよう!

 ダイランの南海岸はちょっとしたリゾート地だって言うし、観光客用のショッピングモールもあるらしいし。

 ここから少しだけ離れた王都も案内してもらえるみたいだし!

 そこで女子陣の買い物を!

「アトルの金でっ!」

「お前馬鹿だから気づいてないかも知れんが、途中から声に出てたからな?」

「はえっ?」

「まぁ、別に良いんだが」

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「と言うわけでだ。ナナの体調が戻るまではこの屋敷でゆっくりしよう」

「だぁう!」

 お風呂上がりの皆を集めて、今日の成果と今後のスケジュールを発表する。

 ソファに座る俺の膝の上のジャジャ姫様が元気良く相槌を打ってくれた。

 ありがとう。

 お礼にお腹揉んでやる。ほれほれ。

「きゃぁい!」

 お、喜んでますな?

「ん。まだナナの熱下がってないから、それが良い」

 濡れた赤髪を無造作にしたルージュが椅子に座ってシャツの胸元をパタパタと仰いでいる。

 やめろそれ!

 そもそもお前、普段から下着とか着けないから俺や翔平に悪影響な二つの盛り上がりがチラチラ見え隠れしてんだよ!

 そんな思春期の男子を誘い込むような真似すんな!

 お願いします!

「ルゥ姉様、髪乾かさないとダメですよ」

「ん。大丈夫」

「ダメです。ほらこっち来てください」

 部屋に備え付けられていたドライヤーとヘアブラシを両手に持って、アオイが壁側に設置されている三面鏡へとルージュを呼んだ。

 無駄に豪華でデッカい三面鏡だ。

 俺の身長丸々写せるぐらいデカイ。

「せっかく綺麗な髪してるのに、ルゥ姉様は無頓着すぎます」

「アオイの髪の方が綺麗」

「いえ、ルゥ姉様の髪だってちゃんとケアしたら私以上になりますから」

 自分の髪が綺麗な事は否定しないのがミソである。

 アオイにとってその神秘的なまでに自然で艶のある長い髪は自慢らしく、寝る前と起きた後のケアを欠かさない。

 あんまり自分を前に出そうとしないこの大人しい女の子の、唯一誇れる物なのだ。

 いや、そう思ってるのは本人だけで、他にも自慢していい要素いっぱいなんだよこの子。

 頑張り屋さんな所とか、素直な所とか、可愛い所とかさ。

 まぁ、小っ恥ずかしくて褒めてやれない俺も悪いんだけどね?

 もう少し自己評価高くても良いと思うんだ。

「じゃあもう何日かはインテイラから離れないの?」

 ウトウトしてるナナを横抱きに抱えた翔平がベッドであぐらをかいて座っている。

「まぁ、そうなるけど。なんだ? 早く王都行きたいのか?」

「ううん。今日カヨーネさんに案内してもらった時に気になる場所があったから、もしかしたら行けるかもって思っただけ」

 ああ、そういや翔平とルージュはカヨーネの案内でこのインテイラ領の街を見てまわったんだっけ。

 カヨーネとウタイの実家が統治するこのインテイラ領インテイラ市は、ダイランの中で最も端にある田舎の街だ。

 とは言っても、俺達の住む町に比べたら若干栄えている感はある。

 なんて言ったって、街に路面電車(トラム)が走ってるのが凄い。

 この部屋の窓からも路線が見えるんだが、なんでもあれは魔導電車というらしく、日本の技術支援を受けながら試験的に運用しているそうで、ここ数年でダイランの交通事情に革命をもたらしたとかなんとか。

 小難しいこと言われても俺にはチンプンカンプンなので聞き流したけれど、日本で運用予定の魔法的新技術を、ダイランが試験運用する事で精度を上げてるとかなんとか。

 魔法付与(エンチャント)技術で国を支えているダイランは、こういう科学と魔法の融合技術に他国より乗り気なんだそうな。

 まぁよくわからん。

「見たいとこあんなら明日にでも案内して貰えよ。せっかくの海外だ。モジモジしてたらもったいねえぞ?」

「でも兄ちゃんとアオイ姉ちゃんは全然お屋敷から出てないじゃん……」

「そりゃあ、ナナから目離せられないし」

 気にすんなよマイブラザー。

 こちとら好きでやってることですぜ?

「ん。薫平鈍感」

「は?」

 鏡台の前でドライヤーにびゅうびゅう煽られてるルージュが、珍しくジト眼で俺を見た。

 あのドライヤー、魔法具だからすっごい静かに風を出すんだよね。

「翔平は薫平と観光したがってる。私と街を回ってた時も、ずっと薫平の話してた」

「そうなんですか?」

 ルージュの髪を梳かしながら、アオイが鏡越しに翔平へと問いかけた。

「ル、ルージュ姉ちゃん!」

「ぴっ」

 なんだか慌てた声でルージュを咎めた翔平の大声で、抱かれていたナナがびっくりして目を覚ました。

 あー、もうちょいで眠りそうだったのに。残念。

「あ、ナナごめんね? ほーら大丈夫大丈夫」

「ふぇ、ふぁあ、ひっく」

 おっと、あの力み方と息の仕方は……泣き出すカウントダウンが始まったみたいだな。

「よっと、ほらジャジャ。ナナと交代だ。はい翔平にいちゃーん」

 ジャジャを抱き上げてソファから立ち上がり、ベッドへと近づく。

「だぁーい!」

「え、あ、うん」

 翔平の隣にジャジャを座らせて、代わりに今にも泣き出しそうなナナを受け取る。

「ふぇええ、ひっく。あぶうぅう」

「おーびっくりだ。そうかそうか」

 肩にナナの頭を優しく押し当てて、背中をポンポンと叩きながら体を揺らす。

 ちょっと驚いただけで、もう半分ぐらい眠ってんだよなナナは。

 だからこうやって、怖くないって分からせてあげれば。

「ぐすっ、えぐっ、あだぅ……だぁ………スゥ」

 ほら、もう寝んねだ。

 ん、まだちょっと体が熱いな。

 可哀相に。

「たまには翔平と二人で出歩くのも良いと思う。翔平はまだお兄ちゃんっ子」

「ち、違うって。僕そんなんじゃ」

 そっかー。

 そういや双子が生まれてからこっち、あんまり構ってやれてなかったな。

「じゃあ、明日は二人で出かけると良いですよ。ジャジャとナナは私とルゥ姉様で見てますから」

「任せて。というかやらせて」

 龍娘二人がああ言ってくれてんだ。

 ここはお言葉に甘えますか。

「よっし翔平。明日は兄ちゃんと街に出るぞ」

「えっ、うっ、うん!」

 あーら、わっかりやすく瞳を輝かせちゃってまぁ。

 ほんと可愛らしい弟ですこと。

「だぁ!」

「ジャジャはお留守番でーす」

「だぁ?」

 アオイの声にジャジャが首を傾げた。