Orc Eiyuu Monogatari Sontaku Retsuden

Semifinals of the second day of the main tournament

控室では、プリメラが緊張の面持ちでバッシュと相対していた。

バッシュは修理された鎧を身に着け、渡された剣を持ち、プリメラを見下ろしている。

その表情の奥底にある感情を、プリメラが窺い知ることは出来ない。

「……悪い。ロクな武具を用意できなくて」

プリメラは自信がなかった。

昨日、一回戦が始まる前より、さらに。

思えばこの数日、自分の未熟さを見せつけられてばかりだった。

昨晩、一睡もせずに剣と鎧を打ち直した。

しかし、それでもバッシュの愛剣には到底及んでいない。

あの剛剣と比べれば、自分の剣など小枝に過ぎない。

バッシュが振り回せば、きっと簡単に折れてしまうだろう。

「いや、昨日より持ちやすい」

バッシュは剣を軽く振ると、そう言った。

「そ、そうか!?」

「ああ」

プリメラは小さくガッツポーズを取った。

が、すぐに首を横にブンブンと振って、握った拳を背後へと隠した。

多少持ちやすいと言われた所で、剣がナマクラであることには代わりはないのだ。

「……」

バッシュはというと、プリメラが手を後ろに隠したことで突き出された胸に夢中だ。

プリメラもその視線には気づいている。

こんなもの見て、何が楽しいんだと思わなくもないが、しかしやはり、悪い気はしない。

(……それにしても)

プリメラはあらためてバッシュを見た。

最初に出会った時はバッシュという人物がよくわからなかった。

子供を産んでくれと言われ、拒否してしまった。

ふざけんなと思っていた。

だが、今は少し見方が変わっていた。

(こいつ、オークだけど結構いい男だよな)

実直だし、強いし、男気もある。

プリメラの与えた剣を使い、プリメラに悪態をつかれ、でも文句の一つも言わなかった。

そして最後には、プリメラの未熟さを気づかせてくれた。

オークということで、色々と常識が違う所もある。

例えば、いきなり襲いかかってきたりだとか、だ。

が、今もなお、プリメラの胸の谷間を凝視しつつ、手を出してこないのは……プリメラに変わらぬ情欲を持ちつつも、オークキングとやらに忠誠を誓っているからだろう。

忠誠心があり、辛抱強く、しかも屈強な男。

そういう男に言い寄られている。

その事実を再確認した所で、プリメラは己の頬が熱くなるのを感じていた。

次いで、口から自然と言葉が漏れる。

「まぁ、なんだ! 優勝すれば、考えてやってもいい!」

「考える? 何をだ?」

「馬鹿! あたしの口から言わせるつもりかよ! あの件に決まってるだろ!」

「……」

バッシュは、内心で焦っていた。

意味がわからなかったからだ。

唐突にあの件と言われても、何なのだろうか。何を考えるのだろうか。

誰かに聞こうにも、頼れる妖精はここにはいない。

バッシュの研ぎ澄まされた勘は、今、何か、とてつもない"予感"を感じていた。

その"予感"が良いものなのか、悪いものなのかはわからない。

これほどの予感は、レミアム高地の決戦以来だ。

あのときは悪い予感だった。

バッシュは予感を信じきれず、その場で戦いを続け、オークキングから命令を受けて現場に急行した時には、すでに手遅れだった。

デーモン王ゲディグズは死んでいた。

今度はどっちだ……。

「バッシュ様。第4試合、そろそろです!」

と、そこで控室の扉がノックされた。

「っ! だ、だってさ! ほら、いってきな!」

「……ああ」

予感がどちらかはわからない。

自分がどう動くべきかもわからない。

バッシュは不可解な気持ちのまま、最初の試合へと赴くのであった。

◆ ◆ ◆

第4試合 バッシュvsアモンド

「勝者、バッシュ!」

次の試合もバッシュは一撃で勝利を決めた。

決して弱い相手ではない。

ドワーフ族の戦士で、第三工兵部隊の隊長を努めていた男だ。

このドバンガ孔でも五本指に入るほどの戦士である。

彼は正々堂々と戦った。

バッシュに対し、愚直なまでに真正面から突進し、そして一撃で仕留められた。

見るものが見れば、それは阿呆にも見えただろう。

1日目のバッシュの試合を見てはいなかったのか。

そう思う者もいたはずだ。

だが、これこそがドワーフなのだ。

己の作った武具を信じ、それに任せて正面突破。

ドワーフにとって、回避とは、臆病者のすることなのだ。

勇敢なドワーフは破れたものの、拍手に包まれた。

そしてバッシュは準決勝進出となった。

◆ ◆ ◆

準決勝の相手は、前回の優勝者である。

バラバラドバンガ。

ドワーフの英雄たるドラドラドバンガの長男である。

「……」

控室に戻ってきたバッシュを見て、プリメラは緊張に震えていた。

バラバラドバンガ。

それはドバンガ一族の中で、最も強く、そして最も鍛冶の腕がいいとされる男。

ドラドラドバンガ亡き今、一族の象徴であり、頂点であり、憧れであり、希望でもある。

己の打った武具で武神具祭に参加しはじめ、優勝経験は三度。

特に去年は比較的安定して優勝しており、今年は連続優勝が十二分にあると言われている、優勝候補の筆頭だ。

プリメラは、昨日までは、自分は本気を出せばバラバラドバンガより上だと考えていた。

が、今は違う。

あの頑固な兄が、いかに鍛冶師として勤勉で、いかに優れているのかがわかる。

きっとそれは父であるドラドラドバンガには遠く及ばないが、今のプリメラでは到底及ばぬ境地にいる。

そんな相手と、今の自分が戦っていいのか。

バッシュの力だけで勝ってきた、自分が。

「安心しろ。負けはしない」

バッシュの言葉は頼もしい。

誰であれ、バッシュのその言葉を信じないものはいないだろう。

戦場においてもこの言葉は絶対であり、あらゆる兵士が安心を感じるだろう。

だがプリメラは思う。

勝っていいのか。

「うん」

せめて、勝った時、自分の勝ちだとは思わないようにしよう。

プリメラはそう心に誓った。

◆ ◆ ◆

準決勝。

バラバラは闘技場の中央で相手を待っていた。

彼は前回優勝者である。

大会が始まる前は、誰が相手でも勝てるつもりでいた。

去年苦戦した相手も、今年は余裕を持って勝てる。

この一年でそれだけの鍛錬を積み、完璧な鎧を身に着けてきたつもりでいた。

相手はオークの英雄バッシュ。

その名前はバラバラも知っていた。

なぜならバラバラも、ドワーフの戦士として戦い、終戦を迎えた者だからだ。

そして自分は、"彼ら"と出会わなかったから、生き延びることが出来たのだと知っている。

彼らとは、戦場を駆け回った最強の戦士たちだ。

バッシュがそうであるように、父ドラドラドバンガがそうであったような。

そんな戦士たちと出会わなかった幸運が、自分を生き延びさせたのだ。

彼らは終戦後、各国で相応の地位を手に入れ、今も国のために働いている。

ヒューマンの王子ナザールも、エルフの大魔導サンダーソニアも。

きっと戦鬼と呼ばれた父や、父と仲のよかったビーストの勇者レトも、生きていればそうだったはずだ。

彼らはこんな祭りになど参加しまい。

あるいは、貴賓席に座ることはあるかもしれない。

だが、こうして闘技場に立つことはないだろう。

彼らに挑戦する機会というものは、永遠に失われたに等しい。

そう挑戦だ。

バラバラドバンガは、この闘技場の王者である。

しかし、今、この瞬間は挑戦者であった。

神に感謝したかった。

挑戦する機会を与えてくれたことを。

(だが、彼を来させてしまった理由は、もっとよく考えねばなるまい……)

オークの英雄バッシュがこの国、このドバンガ孔に来た理由は明白である。

奴隷だ。

この国には、オークの奴隷がいる。

それも、かなりの数だ。

彼らは、ドバンガ孔の近くに出没したはぐれオークを捕らえたものである。

と、言われているが、実際は違う。

大半は、戦時中に捕らえた捕虜である。

12種族が和平に合意し、平和が訪れた時、各国に囚われていた捕虜は、全て解放された。

そういう条約が取り付けられた。

だからオークの国に囚われていた女は全て解放されたし、サキュバスの国に囚われていた男も解放された。

ヒューマンの国に囚われていたフェアリーや、ビーストの虜囚となっていたオーガも。

だというのに、なぜオークは、未だドバンガ孔に囚われ続けているのか。

なぜ彼らは、終戦と同時に解放されなかったのか……。

それを語るのに、さほど長い説明は必要ない。

ドバンガ孔の商人たち。

ドラドラドバンガ亡き後、この町を牛耳る者たち。

彼らが終戦の寸前に、奴隷の存在を隠したのだ。

ドワーフは頑固で職人気質だ。

だが、全員が善人というわけでもない。

ついでに言えば、財を貯めるのが好きな者も多い。

コロシアムの収益と、コストの安い奴隷が生み出す利益は膨大だ。

それを手放すには惜しいと思った商人たちは、徹底的に奴隷と化したオークの存在を隠した。

最初の一年は地下深くに監禁して地下格闘技場で戦わせ、二年目から「はぐれオークを捕まえた」として、存在を明らかにし、表の闘技場で戦わせた。

多くのドワーフが騙されてきた。

バラバラドバンガが真実を知ったのは、つい最近だ。

ドラドラドバンガの誇りを受け継ぐ彼は、すぐに奴隷オークを解放させようと思った。

そして、奴隷オークのリーダーであるドンゾイに出会ったのだ。

ドンゾイは誇り高き男だった、

捕虜になってずっと、己の手で現状を打破しようとしていた。

そして、彼はその方法を見つけていた。

武神具祭に優勝し、自分たちの身を解放するという、確実な方法を。

バラバラドバンガはそれを知って、こう思った。

自分は敵として立ちふさがるべきだ、と。

それが、彼らの誇りを守ることになる、と。

こっそりと、自分の作った武具が奴隷オーク達に渡るように手回しはしていたが、それ以上のことは何もしなかった。

結果、去年のバラバラは優勝、ドンゾイは準優勝。

バラバラとしては心苦しい結果となったが、ドンゾイは諦めてはいなかった。

ゆえにバラバラは、今年もまたドンゾイに武具と、そしてバラバラの武具を修理できる鍛冶師を送り込んだ。

バラバラのこの行動、大抵の者は聞いても理解できないかもしれない。

だがバラバラは、わざと負けたり、棄権すれば、それはオークの誇りを侮辱したことになると考えたのだ。

自分が本気で戦い、そして敗れなければ、3年以上もの年月汚され続けてきたオークの誇りは復活せず、ドンゾイの苦悩も無駄になる、そう信じていた。

しかし今年、バッシュが来た。

オークの、英雄とまで呼ばれる男が。

奴隷となった仲間を救いに。

一人のフェアリーを連れ、たった二人で。

(今になって現れたのは、情勢が安定するのを待っていたか、あるいは去年ドンゾイが準優勝したことでようやく情報が流れたか……)

どちらにせよ、立派なことだとバラバラドバンガは思う。

オークが他国を旅するのは大変だろう。

このドバンガ孔に到達するためには、シワナシの森を通過しなければならない。

あの森を統べるは、エルフの大魔道サンダーソニア。

シワナシ森の悪夢は、ドワーフの中でも有名だ。

長い戦争において、あのサンダーソニアに耐え難き屈辱を与えたのだ。

エルフの陰湿な性質と相まって、通過するだけでも難癖を付けられ、足止めをくらったに違いない。

実際、かの森で何か騒ぎがあったという噂も届いている。

それだけではない。

オークの英雄が国を出たとなれば、かのクラッセルの知将ヒューストンとて黙ってはいまい。

豚殺しのヒューストンの偉業と名前は有名だ。

オークに対し、並々ならぬ憎悪を持っているあの男も、バッシュが出国するとなれば、動いたはずだ。

しかし、バッシュは今、ここにいる。

艱難辛苦を乗り越えて、今ここにいる。

オークは決して頭のいい種族ではないが、終戦まで滅ぶことなく存続している。

それはきっと、この結束力があったればこそ。

今日という日、多少なりとも事情を知るドワーフには、オークという種族の認識を改めた者も多いだろう。

(しかし……)

と、バラバラドバンガの耳にワッと歓声が上がったのが聞こえた。

目を開くと、控室から一人のオークが歩いてくるのが見えた。

(この男が全てを為してしまえば、ドンゾイの誇りはどうなる)

バッシュは強い。

この闘技場の参加者の誰よりも。

いいや、世界中探したとて、この男を倒せる者など、そうそういるものか。

そこそこの武具でパワーが多少抑えられようと、関係あるまい。

きっと今回の大会も、あっさりと優勝し、奴隷のオーク達を、あっさりと解放するだろう。

だが、バラバラドバンガはそれが喜ばしいこととは思えない。

ドンゾイがこの三年。

いいや、もっと長い年月、奴隷からの解放を願い、活動してきたと知っている。

それが全て無意味だったことには、なってほしくない。

「バッシュ殿」

「なんだ?」

「倒させていただく」

「うむ」

当たり前のことを言って、当たり前の返事が返って来る。

だが、これはバラバラドバンガの決意の言葉だ。

自分がこの男を倒す。

この絶対に勝てない相手を倒す。

そうすれば、ドンゾイの苦難は無意味にはならない。

バラバラドバンガはそう思い、バッシュへと剣を向ける。

頑固で無骨で、手先は器用だが言葉は不器用でぶっきらぼうな男は、オークの英雄へと挑んだ。

◆ ◆ ◆

準決勝 バッシュvsバラバラドバンガ

バラバラは、バッシュの弱点を知っていた。

無論、本来であればバッシュに弱点など無い。

オークと言えば、一般的に火や雷の魔法に弱いと言われているが、ことバッシュに関していえば、それが間違いであることは明白だ。

なにせ、あのサンダーソニアと一騎打ちを行い、これを打倒しているのだから。

仮に火や雷の魔法に弱いとしても、相当な威力がなければ大したダメージにはならないはずだ。

それ以前に、大会で魔法は禁止であるが。

バッシュの弱点。

それは装備だ。

この大会の出場者のほとんどが気づいていることであるが、バッシュの装備を打った鍛冶師は未熟だ。

つまり装備を狙い、武具破壊を目指すのなら、勝機はある。

それすら、細い一本の糸を手繰り寄せるような、か細い可能性でしかない。

だが、バラバラはそれができると確信していた。

なぜならバッシュは、手加減をしていたからだ。

バッシュが全力で動けば、武器が、あるいは鎧ですらも破壊され、バラバラになってしまうだろう。

鍛冶師……プリメラを蔑むつもりはない。

バラバラドバンガですら、この男の全力に耐えうる武具を打てる自信はない。

かのオークにふさわしい武器が打てるとすれば、それは伝説の鍛冶師としても名をはせていた戦鬼ドラドラドバンガか、あるいは噂に名高いデーモンの鍛冶師サルモンぐらいであろう。

ゆえにバッシュは手加減せざるを得ない。

膂力を抑え、腫れ物を扱うようにゆっくりと体を動かさなければならない。

それでなお、名だたる参加者を一撃で葬ってきたのは神業としか言いようがない。

誰もがそう思っているだろうが、実際は少し違う。

バッシュは一撃で葬らざるを得なかったのだ。

動けば動くほど壊れる鎧を身に着けているのだから、短期決戦を選ばざるを得ないのだ。

ゆえにバラバラドバンガは恥辱を選ぶ。

「おおっと、これはどうしたことだ!? バラバラドバンガ、逃げ回っているのか!? あの勇猛果敢な男が、無様に逃げている!?」

実況席から驚きの声が上がり、会場がどよめきで包まれる。

自分がどう見えているかなど、わかっていた。

自分の意思でコロシアムに来て、しかも準決勝という場で、うさぎのように逃げ回る。

なんと無様なことだろう。

なんと臆病なことだろう。

バラバラ自身、自分がこんな風に逃げ回ることになるなどと思ったことはなかった。

どんな相手にも正々堂々、立ち向かっていくつもりだった。

しかし、それではダメだ。

それでは勝てない。

ドンゾイの誇りは守れない。

「ふっ!」

逃げ回りながら、バッシュの関節を狙う。

関節、肩口、脇下。

鎧は一つの鉄塊から削り出しているわけではない。

必ず留め具が存在する。

もろい部分が存在する。

そこを狙う。

フリをする。

「むんっ!」

すると、バッシュは的確にカウンターを入れてくる。

バラバラの頭をかすめるように殺意の塊が通り過ぎていく。

もし、もう半歩踏み込んでいれば……と寒気が背筋を走り抜ける。

武具の強度が大したこと無いから、死は避けられるだろう。

だが、頭部に当たれば失神は免れまい。

ともあれ、それだけの威力の攻撃だ。

踏み込む度に、着実に踝の金具に負荷が掛かっているはずだ。

それは着実に足回りを消耗させていくことだろう。

足周りの金具をすり減らすことができれば、次は肩周り。

最後に胴周りの金具を破壊することができれば、鎧の破壊は完成する。

時間を掛け、丁寧に攻撃を誘発し、相手の自爆を誘う。

自分の攻撃は最後の最後だけ。

ゆっくりと鎧を壊す。

おおよそドワーフらしくない戦い方だ。

このプランは単純なミスで破綻する。

攻撃の回避に失敗した時。

あるいは自分の攻撃が本気ではないと、バッシュに悟られた時。

だが、バラバラは最後まで完遂する自信があった。

(次の踏み込みで、踝の金具は壊れる)

自信は、己の見立てへの信頼から産まれていた。

プリメラの鍛冶の腕と、自分の体力。

二つを天秤に掛け、最後までやれると確信していた。

「むんっ!」

「くっ!」

ギャリンと、剣が兜をかすめた。

バッシュの剣は、徐々にバラバラの回避を上回ろうとしている。

当然だろう。相手は格上の戦士だ。

加えてバラバラは、相手の攻撃を回避するのが、それほど得意というわけではない。

どれだけ安全マージンを取ったつもりでも、逃げ続けられるわけは無い。 

(だが、次は無い)

しかしバラバラはそう思う。

なぜなら、今のでバッシュの踝の金具が負荷に耐えきれず、壊れたからだ。

つまり今までのような踏み込みは無い。

だが、それでもバッシュは攻めざるを得ない。

この大会では、膠着状態に陥り、もう二人とも戦えないとなった場合、互いの武具の損傷具合で勝敗が決まることになっている。

バラバラドバンガの鎧はまだ全箇所が健在。

たった一箇所、踝の小さな金具とはいえ、破損箇所のあるバッシュは敗北する。

攻めざるを得ない、しかし踏み込みが甘くならざるを得ないバッシュに対し、バラバラドバンガはカウンターで肩周りを狙う。

「むんっ!」

「なっ!」

気づいた時には、もう遅かった。

バッシュは、それまで以上に深く踏み込んでいた。

まるで、そう、まるで、「おや? 今日はもう少し深く踏み込めそうだぞ」と言わんばかりに。

鉄塊が、とんでもない速度でバラバラドバンガの頭に迫った。

バラバラドバンガは、まるでスローモーションのようにそれを見た。

回避できない、と悟った。

せめて、意識だけはしっかり保とうと、腹に力を入れた。

一撃を受けた。

「――――」

バラバラドバンガの意識は一瞬で飛んだ。

しかしその寸前、彼は見た。

バッシュの踝。

壊れたはずの金具が、健在だったことを。

(プリメラ、成長したな……)

バラバラドバンガの誤算。

それは、うだつの上がらぬ妹が、この大会で腕を上げていたということであろう。

(さすがはオークの英雄といった所、か……)

カルメラが何を言っても考えを変えなかった愚かな妹を、こうまで成長させたバッシュを褒め称えながら、バラバラドバンガは地に倒れ伏す。

「勝者、バッシュ! 決勝進出!」

拍手は起きなかった。